「一塁ランナー、かわりまして御手洗」
ゲームは9回裏、一点差のビハインド。2アウト、ランナー一・三塁。
声援は俄然、熱気を帯び、両軍の声援がぶつかり合う、まさにその中心に俺がいる。
野球の全てが凝縮されたこの瞬間が、俺のステージ。
声援に応えるように、俺は観客席を見回す。いろいろな横断幕が波打っている。
「走れ佐々木」「粘れ丹羽」「魅せろ滝川」「飛ばせクレメンテ」「守れ設楽」 しかし、いくら探しても俺の名はない。
なぜ!? 佐々木ほど打撃力はないが、外野守備はヤツより上手い。丹羽より足は速いし、滝川にはない内野適性もある。クレメンテより守備は上手い。設楽よりパワーがある。
なのに、誰も俺には注目していないだと・・・。 猿ファンの目は節穴なんだろうか。
まあ、いいだろう。この御手洗の俊足でファンの目を覚ましてやる。
どれ、手始めに二塁を狙ってやるか……。高浪の肩なら余裕さ。
自信満々に長めのリードをとり、ボカネグラの打席をじっと見る。 ふとバックネットの向こうに探していたものを見つけた気がした。
……あ、あれは俺の名前、横断幕か!
「御手洗い この先真っ直ぐ→→→」なんだトイレか
その瞬間、相手守護神の澤井の目が光った。はっ、と察するも時すでに遅し。
牽制球を受け取った一塁手・大津のグラブが顔面に叩きつけられる。
「アウツッ!! ゲームセット」
「コラァ、どこ見てんだ御手洗!」
さっきまでの熱気が嘘のようにサーッと静まる客席。
俺は全速力でベンチ裏に逃げ帰った。
「ううむ! 御手洗、もの凄い速さで撤収……見たこともない俊足です!」
そんな実況が脳裏をよぎったとき、俺の俊足はこのためにあるんだと悟った。
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