rapamycin
Streptomyces hygroscopicsが産生するマクロライド系抗生物質

mTOR
mammalian target of rapamycin
哺乳類で見出されたホモログ



Sirtuin
AMPK
S6k
ERK1 ERK2



ラパマイシン標的タンパク質(TOR)とアンチエージング食品開発の可能性
石川 英司

ラパマイシンは,1970年代にイースター島の土壌か
ら分離されたStreptomyces hygroscopicsが産生するマク
ロライド系抗生物質である.本物質には,当初は予想を
もしなかった魅力的な効果(延命,抗がん,免疫抑制な
ど)が見いだされ,今日,医薬品としての開発のみなら
ず,生命科学の進展にも大きく寄与している1).本稿で
はこれら作用に関わるラパマイシン標的タンパク,
TOR(target of rapamycin)の研究を概説すると共に,
TORをターゲットとするアンチエージング食品の開発
の可能性について論じたい.
TORは,1991年に酵母のラパマイシン標的タンパク
として同定されたセリン/スレオニンキナーゼである.
1994年には,TORが酵母から哺乳類まで高度に保存さ
れていることが明らかになり,哺乳類で見出されたホモ
ログはmammalian TOR(mTOR)と名付けられた.こ
のように,TOR自体の発見をはじめとした多くの知見
は,哺乳類に先行するかたちで酵母において明らかにさ
れ,酵母での知見は,mTOR経路の解明に少なからず
有益であった.以下,哺乳類のTORをmTOR,それ以
外の生物のものはTORと区別して表記する.2002年に
なって,mTORにはmTORC1とmTORC2が存在し,
細胞内で独立な2つの複合体を構成し,それぞれ異なる
機能を担うことが明らかにされ,ラパマイシンの標的は
前者であることが報告された(図1).
(m)TORが関与する生理反応にはDNAの転写・翻訳
の制御,細胞の大きさや細胞骨格の再構成の制御,自食
作用(オートファジー)の制御などがあげられる.また
mTORの活性化は,さまざまな病態・疾患と関連して
いることが示されており,特にがん,糖尿病などの生活
習慣病に関しては枚挙に暇がない2).
昨今,マスメディアを通じて注目されている長寿遺伝
子Sirtuinは,ポリフェノールの一種,レスベラトール
によって活性化することが知られており,赤ブドウ由来
のレスベラトールは,寿命を延ばす健康食品・サプリメ
ントとして注目されている.一方で,mTORシグナル
伝達経路も長寿と関係があり,ラパマイシンを投与して
mTORを阻害するとマウスの寿命が延びることが知ら
れている.しかも,前述の長寿遺伝子SirtuinとmTOR
のシグナル伝達経路とはクロストークしているとの報告
もある3).一般に食事(カロリー)制限が寿命を延ばす
ことは良く知られているが,カロリー制限は長寿遺伝子
Sirtuinを活性化する一方で, 細胞老化を促進する
mTORを抑制し,どちらも延命の方向に働くという考
え方が有力である.前述のレスベラトールは,カロリー
制限しなくとも,摂取するとことでSirtuinが活性化す
ることが知られている.一方,mTORはウコンに含ま
れるクルクミン,お茶に含まれるエピガロカテキンガ
レート,カフェインなどで阻害されるという報告がある
が4),動物実験やヒト試験による詳細な検証が必要な段
階である.これらの物質は健康食品としてすでに知名度
が高く,mTOR阻害を基調とした老化防止,長寿を訴
求する食品素材として有望といえよう.
一方で,昆虫を用いた系では,TORを活性化するこ
とで成長が促進されるという報告も存在する.ミツバチ
において,ローヤルゼリーに含まれる女王蜂誘導因子,
ロイヤラクチンは上皮成長因子(EGF)受容体を介し
てTORを活性化し,体型を増大させて,女王蜂への変
態を誘導している5).また,ショウジョウバエの常在細
菌,Lactobacillus plantrumは,タンパク質の消化を促
進して遊離の分岐アミノ酸を増やし,TORを活性化す
ることで,ショウジョウバエの成長を促進する6).いず
れの報告も,経口摂取された食餌成分や微生物がTOR
活性化を介して,成長期の宿主に有益な効果をもたらす
興味深い結果である.高等動物を用いた検証が待たれる
ところである.
ラパマイシンの予想もされなかった生理活性から,
TORが発見され,現在ではmTORシグナル伝達経路を
ターゲットとする創薬が試みられている.しかし,老化
防止や長寿を実現するためにラパマイシンのような免疫
抑制剤を日常的に摂取することは非現実的であろう.
Sirtuinを活性化するレスベラトールのように,mTOR
を特異的に阻害する食品素材が開発されれば,アンチ
エージングを目的とした健康食品,サプリメントとして
利用できるかもしれない.
日本は超高齢化社会を迎え,健康長寿は国民の最大の
関心事である.このような要請に応えるべく,基礎研究
者,医薬品研究者,食品研究者などが連携し,健康長寿
に関する学際的研究を展開すべき時期に来ていると思わ
れるが,(m)TOR研究がそのモデルケースになるのでは
ないだろうか.
1) 猪木健ら:実験医学,29 (6),羊土社 (2011).
2) Zoncu, R. et al.: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 21 (2011).
3) Ghosh, H. S. et al.: PLoS One, 5, e9199 (2010).
4) Zhou, H. et al.: Anticancer Agents Med. Chem., 10, 571
(2010).
5) Kamakura, M.: Nature, 473, 478 (2011).
6) Storelli, G. et al.: Cell Metab., 14, 403 (2011).
最終更新:2013年06月22日 06:06