アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年8月15日放送


マクロライド新作用の皮膚疾患への応用

自治医科大学皮膚科 准教授 小宮根真弓

本日は、マクロライド新作用の皮膚疾患への応用という題で、マクロライド系抗生物質の新規作用と、その有効性が期待される皮膚疾患について、お話したいと思います。


広義のマクロライド薬

 マクロライド系抗生物質は、1952年に放線菌が産生するエリスロマイシンが発見されたことが始まりで、1957年には、「放線菌が産生する物質で、大員環ラクトンに塩基性の糖鎖のついた一連の構造物をマクロライドと総称する」と定義されました。その後、マクロライドは、「中員環ラクトン、大員環ラクトンを含む天然物の総称」とされ、アンフォテリシンBや、免疫抑制作用の強いFK506、ラパマイシンなども含むより広い概念で用いられるようになりました。

本日お話するのは、このような広い意味のマクロライドではなく、抗生物質としてのマクロライド、すなわち、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、アジスロマイシン、ジョサマイシンなどといった、いわゆるマクロライド系の抗生物質として知られるもの、についてです。

マクロライドの抗炎症作用

 マクロライド系抗生物質(以下マクロライド)に、抗炎症作用があることが広く知られるきっかけとなったのは、びまん性汎細気管支炎に対してエリスロマイシンの長期少量投与が有効であることを、1980年代初めに、工藤らが明らかにしたことです。それまで、びまん性汎細気管支炎の5年生存率は42%程度でしたが、エリスロマイシンの長期投与を始めたことにより、5年生存率は90%台にまで急激に改善しました。

それ以降、慢性副鼻腔炎や気管支拡張症、気管支喘息などにも応用され、さらにクラリスロマイシンやロキシスロマイシンなどのニューマクロライドにも同様の作用があることが明らかとなり、抗炎症作用は14員環マクロライドに共通する性質として捉えられるようになりました。
マクロライドの抗炎症作用としては、まずびまん性汎細気管支炎に関連する事項について研究が進みました。好中球遊走因子であるインターロイキン8の気道上皮細胞からの産生抑制をはじめ、好中球からのインターロイキン8、ロイコトリエンB4産生抑制、血管内皮細胞における接着因子発現抑制、エラスターゼ、活性酸素による好中球機能亢進の抑制、リンパ球増殖抑制、単球からマクロファージへの分化を促進、細菌によるバイオフィルム産生の抑制、など、さまざまな作用が報告されました。
さらに最近では、マクロライドの抗ウイルス作用や、癌転移抑制作用、血管新生抑制作用、病原大腸菌O-157からのベロ毒素産生抑制作用などが報告されています。また、アジスロマイシンは14員環ではなく、15員環のマクロライド系抗生物質ですが、14員環マクロライドと同様、抗炎症作用があることが明らかとなっています。それらの作用は抗炎症作用にとどまらないため、最近ではマクロライドの新規作用、と呼ばれるようになっています。


マクロライドの皮膚疾患への臨床応用

これらの事実を踏まえ、皮膚科領域の疾患においても、マクロライドの有効性についての検討がなされています。
これまでに、掌せき膿疱症、尋常性乾癬、色素性痒疹、ジベルばら色ひこう疹、酒?、痒疹などに対しての有効性についての報告があります。
これらの報告の大部分は個別の症例報告や少数のコホート研究で、ランダム化比較試験ではないので、エビデンスレベルとしては高いものではありません。また、本邦では保険適応がないので実際の臨床上使用しづらい面がありますが、他に有力な治療法のない疾患では試みるに値するものと考えられます。

皮膚科領域での、マクロライドの有効性を裏付けるvitroのデータとしては、次のようなものがあります。

1.表皮細胞からのサイトカイン、ケモカイン産生の抑制、として、我々はHaCaTケラチノサイトからのTARC/CCL17産生抑制を報告しています。またKobayashiらが、Th2ケモカイン産生抑制と、その受容体の発現抑制を報告しています。
2.またOshimaらは、マクロライドが、表皮細胞や、表皮ランゲルハンス細胞の抗原提示能を抑制することを報告しています。
3.Takahashiらは、マクロライドが転写因子であるAP-1やNFκB活性抑制を介してインボルクリンの発現を抑制することにより、表皮細胞の異常角化を抑制する可能性を示しています。
4.さらにリンパ球や好中球、好酸球、マクロファージなどの浸潤細胞にたいする抗炎症作用は、他科領域からも多数の報告があります。

マクロライドの?瘡への作用機序

次に、抗生物質としての働きによって保険適応のある、?瘡の病態について簡単にご説明し、新規作用からみたマクロライドの作用機序についてお話したいと思います。
痤瘡の病変は毛嚢を中心に生じますが、毛嚢の入り口の部分、すなわち、漏斗部といわれる部分には異常角化があり、毛孔をふさぐように角質物質が蓄積しているのが観察されます。出口が狭まった毛嚢には、年齢、体質的なものから分泌の亢進した皮脂腺からの分泌物が蓄積し、毛嚢の常在菌であるプロピオニバクテリウム・アクネスが繁殖して、病原性を持つようになります。プロピオニバクテリウム・アクネスによって表皮細胞のToll like recepterが活性化し、さまざまなサイトカインが分泌されます。そのサイトカインにより、リンパ球や好中球、マクロファージが活性化し、毛嚢周囲に浸潤してきます。活性化したこれらの浸潤細胞からはさらに多種類の炎症性サイトカインが産生され、炎症がさらに拡大します。ここでは、マトリックスメタロプロテイナーゼなどの蛋白分解酵素の産生、活性化が亢進しており、組織のリモデリングや瘢痕形成も促進しています。

このように、?瘡は、毛嚢脂腺系の疾患で、プロピオニバクテリウム・アクネスがその病原菌としてよく知られていますが、?瘡には、プロピオニバクテリウム・アクネスの感染性皮膚疾患としてだけでは説明しきれない、炎症性皮膚疾患としての側面があることを認識することが重要です。

マクロライドは、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する抗菌作用によって保険適応が認められているのですが、実際には、?瘡の炎症を抑制する効果によっても、その有効性が発揮されると考えてよいと思います。ミノサイクリンはマクロライド系ではなく、テトラサイクリン系の抗生物質ですが、以前から、?瘡に対する有効性が臨床的に明らかで、?瘡治療薬として頻繁に使用されていました。ところが、プロピオニバクテリウム・アクネスに対する抗菌剤としての感受性の面から審査されたために、?瘡に対する保険適応がなくなってしまいました。しかし、?瘡に対する有効性にはこれまでどおり変わりはなく、これはやはりミノサイクリンの抗炎症作用によるものと考えてよいと思います。

マクロライドの痤瘡に対する有効性の機序としては、以下のような報告があります。

1.まず、第一にはやはり本来の作用でるプロピオニバクテリウム・アクネスに対する抗菌作用です。
2.次に、前述したTakahashiらの報告にもあるように、毛孔異常角化の抑制作用です。
3.また、これも前述しましたが、マクロライドが表皮細胞からの炎症性サイトカイン・ケモカイン産生を抑制することにより、炎症を抑える働きをします。
4.リンパ球、マクロファージ、好中球からの炎症性サイトカインやマトリックスメタロプロテイナーゼなどの蛋白分解酵素産生も抑制します。
5.また、プロピオニバクテリウム・アクネスはトールライクレセプターを活性化することにより、炎症を惹起しますが、マクロライドはトールライクレセプターの活性化を抑制するとの報告があります。
6.さらに、血管内皮細胞での炎症性接着因子発現抑制作用もあります。
7.また、直接好中球に作用してその機能を抑制する作用を持ちます。

これらの作用の総合的な働きにより、マクロライドは、?瘡に対して有効性を発揮すると考えられます。
一般的に、マクロライドの抗炎症作用が臨床的に明らかとなるには、通常の抗菌剤として使用する場合よりも、より長期、具体的には4週間から8週間、場合によってはさらに長期の使用が必要となることが多いようです。


これらの疾患に対するマクロライド使用の際の注意点

 最後に、副作用の面から、耐性菌の出現について一言触れておきたいと思います。マクロライド系抗生物質が、市中肺炎の第一選択薬として頻繁に用いられるようになってから、耐性菌が増加しているとの報告があります。抗炎症作用を期待してマクロライドを用いる場合には、4週間から8週間、あるいはさらに長期の投与になることが多く、やはり耐性菌の発現の可能性は否定できません。この点については、十分認識した上で使用する必要があると思います。


 以上、マクロライドの新規作用発見の経緯と、主に皮膚科領域の疾患への臨床応用について、基礎的データの解説も含め、お話しいたしました。このように、マクロライド系抗生物質には、本来の抗菌作用以外にも、さまざまな新規作用があることが明らかとなっており、皮膚科領域では、すでにいくつかの難治性炎症性皮膚疾患に対しての有効性が報告されています。これらの報告はエビデンスレベルとしては高いものではありませんが、他に有力な治療法のない疾患では試みるに値するものと思います。また、尋常性?瘡のように、保険適応のある疾患においても、新たな作用機序が次々と明らかになっています。テトラサイクリン系やニューキノロン系でも類似の抗炎症作用があることが報告されており、もしかするとマクロライド系のみならず、ある種の抗生物質一般に、こうした作用があるのかもしれません。

今後、マクロライドの新規作用はさらに拡大する可能性があり、注目すべき領域と考えています。
最終更新:2012年07月14日 10:36