図書館シリーズ郁×堂上 1スレ170-183

1スレ目 170-183

「ど、どうしよう。柴崎ー」

困ったときの柴崎頼りというべきか、柴崎はいきなり郁に抱きつかれた。
女の同士の抱擁と言えば可愛らしいかもしれないが、170cm級の大女に抱きつかれると、むしろ巨大なクマのぬいぐるみと抱き合っているような気がしないでもない。
そんなことを言ったら馬鹿正直な郁はますます落ち込むであろうから、とりあえず柴崎は頭を撫でてやった。

「まずは落ち着きなさいって。ちゃんと聞いてあげるから」

お茶を一杯出してやり、柴崎もそれに一口つける。
少しだけ落ち着いたのか郁は大きな溜息をついてから、話し始めた。

「最近の堂上教官って変だよね?」

「そお?いつも通りの堅物じゃない」

そもそも郁の質問は心当たりがあるから訊ねているのは分かっていたが、実際の話、柴崎は変わりがないように見えた。
堅物のくせに純情で、自覚しているくせにそれを素直に認められない様は思春期の男子高校生かっ!と何度突っ込みたくなったことか。
観察する側としては、またとない獲物ではあるが。
以前と変わらず郁とは口を開けば喧嘩が始まり次第にエスカレートしていく様は油に火を注ぐ関係といえば分かりやすいだろうか。
まあ郁の友人としては、すったもんだの末に落ち着くところに落ち着いてくれて一安心なのだが。

「ちょっと前の飲み会だって二人でいい雰囲気だったじゃない」

丁度、堂上班と柴崎の休日が重なった先日、小牧が外に一緒に飲みに行かないかと郁を誘ってくれたのだ。
以前に男三人だけで飲んでいることを郁が羨ましがったのを覚えてくれていたようで、話を聞きつけた柴崎と一緒に参加した。
確かあの時は飲みすぎた郁を心配し、堂上は郁と先に帰ったはずである。
というか、そう仕向けた。
あの時の不服そうな堂上の顔はなかなか傑作だったのだが、それはとりあえず心の隅にしまっておく。

「良くないよ。あの後が問題だったんだから……」

思い詰めたように俯く郁に、柴崎はあらあらと意外そうに目を瞬かせた。

「じゃあ、聞かせないよ。事と次第によっては助けてあげるから」

それが堂上の弱みになるなどとは思うはずもなく、郁は喋り始めた。

あの後、三人と別れた郁と堂上は公園にいた。
あまりに足元がふらつく郁に強引に歩かせるよりは少し酔いを醒ました方がいいと堂上が判断したのだ。
ベンチに座らされると堂上はすぐに何処かに行ってしまった。
何処に行ったのかすら考えられず、ぼんやりとしていると、ほんのり上気した頬にひんやりとしたものがくっつけられて、郁は慌てて顔を上げた。

「これでも飲んどけ」

渡されたのはミネラルウォーターのペットボトルで、郁は素直にそれを受け取った。
飲みながら、そういえば昔、酔っ払った手塚にスポーツドリンクを渡してしまい、完全にノックダウンさせてしまったことを思い出した。
今更ながら悪いことをしたなぁなどと思いつつ、堂上の横顔を伺うと見るからに苦い顔をしていた。
その頃には大分酔いも覚めてきたのか、冷静に考えられるようになっていて、

「……教官、もっと飲みたかったんですか?」

だったら自分につき合わせてしまって、すみません、そう謝ろうとすると、堂上は素っ気無く突っぱねた。

「そうじゃない」

「でも……」

「いいからお前はそれを飲んでろ」

人が殊勝になってるのに、そんな言い方はないじゃん。
毎度のことながら、むうと脹れっ面をした郁に、堂上は不請顔になった。
してから、ああまたやってしまったと郁は後悔した。
どうして思っていることの半分も伝えられないのか、それがとてももどかしくて悔しい。
本当は自分につき合わせてしまったことを謝り、それでも一緒にいてくれることが嬉しいと伝えたかっただけなのに。
無意識についてしまった溜息に、堂上はばつが悪そうに視線を逸らし、

「言い方が悪かった。酒のことは本当に気にしなくていい。ただ、連れて来た場所が──」

「場所?」

そこそこ大きな公園には池もあり、その遊歩道には多くのベンチが並んでいた。
初夏とあって親しげに歩く恋人達の姿も多く見受けられた。
別におかしな場所では──と思った瞬間、郁は固まってしまった。
うわっ、なんて大胆。
っていうか、ここにいる人達って、みんな、そーゆー関係なのっ?!
よくよく見ると親しげに歩く恋人達は、皆、大胆で見ているこちらが目のやり場に困ってしまうほど情熱的だった。
ベンチに座っているだけかと思っていたら、イチャイチャ抱きあっているだけでは飽き足らずキスまでしている者もまでいる。
もしかしたら、その先までしてしまっている者だっているかもしれない。
って、ここは外だぞ、いいのか、おいっ! そんな郁の突っ込みも虚し
く、恋人達は人の目も気にせずにイチャイチャし続けていた。
これでは堂上も困惑するに違いない。
そもそも超堅物石頭の堂上がこーゆーことを許せるのかどうかすら怪しい。
今時珍しいぐらい硬派な堂上だから、こーゆーことは婚約や結婚をしてから、とか思っていても不思議ではないような気がする。
もしかしたら、そんなつもりで連れて来たとか思われてるのが嫌なのかもしれないなぁと郁は堂上の不機嫌な顔の理由を思い浮かべていた。
だから、いきなり手を握られた時は、自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
反射的に見上げてしまった自分の顔はかなり間抜けだったろうが、それを斟酌する余裕なんてあるはずがない。
堂上はといえば、しれっとした様子で郁を見ようともしない。
もしかして、あたし、かなり酔ってるとか?でもって、これは夢とか……。
そう思えば思うほど、触れられる手の平の感触はリアルで、どう考えてもこれは現実で、気付いた瞬間、顔から火が出るんじゃないかと思うぐらい熱くなった。
ど、どうしよう。
反射的に振り払ってしまいそうになる自分を寸でのところで抑えたものの、動悸は激しくなる一方だ。
嫌ではないのだけれど、どうすることもできなくて、恋愛初心者の郁には、そのままでいることで精一杯だった。
でも自分達だって、そーゆー関係になったのだから、何れそーゆー機会が訪れるであろうことは予測していた。
それが自然の流れであるし、期待していないといえば嘘になる。
そっと肩を掴まれ、顔を上げて欲しいと顎に手を置かれてしまった。
ただ促されるままに顔を上げると、そこには当たり前だが堂上の顔があって、それだけで頭の中は真っ白になってしまった。
これからキスしちゃうんだと胸を高鳴らせているが、一向にそれは訪れようとしなかった。
堂上は呆れたように溜息をついて、

「……おい、こういう時は目を瞑るもんだろうが」

「で、でも……教官がどんな顔してキスするのか見てみたい──って、あ痛っ!いきなり、何するんですかっ!!」

「真面目な時に何を考えているんだ、貴様はっ!!」

思わず普段の叱り口調になり、堂上は慌てて周囲を見渡した。
静まり返った公園にはあまりに場違いな怒鳴り声だったことに気付いたようだ。
こうなると先ほどまでの色っぽい雰囲気は微塵も残っていない。
不貞腐れるように唇を尖らせた郁に、堂上の表情は険しいままだ。
だが、すぐに深い溜息と共に、

「キスしてもいいか」

その言葉に郁は不貞腐れていたのも忘れ、まるで魚のように口をパクパクとさせてしまった。
それを一々聞くのは反則じゃないのか、そう言い返したいのだが、言葉が出ない。
真剣な堂上の表情を前に、郁は小さく頷いた。
先ほどはああ言ってしまったものの、半分は正しくて半分は嘘だった。
実はあまりに緊張してしまって、目を瞑ることも忘れてしまっていたのだ。
だから今度は約束通り目を瞑って──思わず身体に力がこもってしまったのは仕方ない。
すると、やんわりと何かが唇に当たる感触がした。
ゆっくりと唇が離れていくと、ああ、これがキスなんだなぁと郁は胸が熱くなった。
堂上は照れくさいのか一向に視線を合わせようとしないが、それがちょっとだけ可愛く見えて、郁は好意を示すように堂上のシャツを掴んだ。

「…………いいのか?」

それに郁は頷いた。
恥かしいけれど、もう一度したいと素直に思った。
もっともっと堂上に触れて欲しいと思ったことは事実なのだが、いきなり舌が入ってくるのは思いもしなかった。
先ほどのキスなんて本当に可愛いもので、二回目のキスはそれとは比べ
物にならなかった。
頭がクラクラして、強張っていたはずの身体には何故か力が入らない。
気付けば堂上の手が背中に回されていて郁を支えていた。
その手が這い上がるように背中に触れられると、悪寒に似たぞくぞくっとしたものが背中を走った。
その瞬間、郁はあることに気付いた。
非常に重要で肝心なことに。
このままではそれにぶち当たることは確実で、それは何としても避けなければならない。
だって、そうしなければ、がっかりするのは堂上の方なのだから。
だから──、

「や──っ、」

微かに漏れた郁に悲鳴に堂上ははっとしたように身をたじろかせた。
そして狼狽した表情をそのままに、手を放した。
行為が嫌だった訳じゃないのだと郁が教える前に、

「すまん」

そう告げると、堂上はそれから一言も喋ってはくれなかった。


「それはまた……」

郁の話を聞き終えて、柴崎は気の毒そうに口を開いた。

「堂上教官もあんたの性格を知ってるんだから、ちょっと性急すぎたわね」

まあ、堂上からすれば彼だって健全な男子であるし、恋人というポジションをやっとの思いで確保したのだから、そういうことを望んだって間違ってはいないだろう。
今までよく我慢したもんだと逆に褒めてやりたいとぐらいだ。

「あの日から堂上教官、余所余所しくて……」

「そうなの? 今日も普通に怒鳴ってたじゃない」

「仕事の時は同じなのっ!でもそれ以外は二人っきりになりたくないみたいで、なっても、すぐにどっかいっちゃうし……話しづらいし、話しかけても会話は続かないし……」

原因はどう考えてもアレで、元気が取り得の郁にしては珍しいぐらいに気落ちしている。
無理をしても空元気の郁が、こうもしょんぼりとしていると何故かぎゅ
っと抱きしめてやりたくなるから不思議だ。
今も柴崎は郁を抱きしめてやっている。

「そう落ち込まないの。一度ぐらいの失敗で落ち込むなんてあんたらしくもないじゃない」

でも、と反論する郁の不安は手に取るように分かった。
初めて好きになった人なのだ、例えどんな些細なことでも不安になるのは乙女としては当然の心理だ。

「……しかしさ、あんた、どうして拒んだりしたの? とっさのことで驚いたの?」

うっと言葉に詰まった郁には違う理由があるらしい。
どうしようかと迷った挙句、柴崎だからと白状した。

「私、あの日、いつもの着てたから……」

「何、もっとはっきり言いなさいよ」

「柴崎と一緒に買いに行ったじゃん!」

「……もしかして、勝負下着のこと?」

それに郁は頷き、柴時はあちゃーと天を仰いだ。
なんて直結回路の持ち主なんだ。
いやいや、そんなことは今更か……それにしても気の毒ね、あの人……。

それはちょっと前の出来事だった。
あの晩も風呂の脱衣所で当然のように服を脱ぐ郁に、

「ねえ、あんた、いっつもスポーツブラだけどさ、それ以外持ってないの?」

「だって大きくないし、必要ないじゃん」

そうじゃない、と突っ込みをいれたくなる欲求を抑え、

「大きさの問題じゃなくて、その格好で一晩共にするつもりなのかって話よ」

「ひ、一晩って……!」

思わずひっくり返った声を上げた郁は顔を真っ赤にしている。
なんて初々しい反応だ。
そんな態度を見せられるとますます困らせたくなる自分はちょっとSの毛があるのかもしれない。

「あんたね、何歳だと思ってるのよ。これが学生同士の清く正しい交際ならまだしも、あんた達は立派な大人でしょうが。そういう関係になったって自然なのよ?分かってる?」

「そ、それは、わ、分かってる……つもりだけど……」

話題にするだけでこんなにしどろもどろになられては堂上でなくても手を出すのを躊躇うかもしれない。
郁がどれほど色恋が不得意かは知っているし、堂上の性格を考えれば自重に自重を重ねるはずだ。

「……で、でも、そーゆーことって暗いところでするんでしょ?だったら見えないんじゃ……」

「朝になって色気の無い下着が落ちてたら興醒めもいいところよ。あんた、相手より早く起きれる自信あるの?」

「……ないです」

唯一の反論もばっさりと斬られ、郁はがくりと肩を落とした。

「別にそれをずっと着続けろって話じゃないんだし、一枚ぐらいは持ってた方がいいんじゃないの?勝負下着ってやつ」

「で、でも……下着売り場で選んで買ったことなんてないもん。それじゃなくても行きづらいし……」

まるで恋人に付き合わされる男のような発言だ。
とはいえ女の子コンプレックスの塊である郁にとって、下着売り場はその総本山に感じられるものなのかもしれない。
それこそピンクの生地に華やかなレースとリボン、まさに可愛らしいという言葉をそのまま表現したような場所が下着売り場なのだ。
しかもメーカー専用の売り場には必ず店員がいて手取り足取り世話をしてくれるのだから、郁の苦手意識は強いに違いない。
ちらりちらりと先ほどから視線を向けられているのは柴崎も感じてはいる。
これほど言いたいことを顔に出てしまう人間はお目にかかれないんじゃないかと思う。

「どうしようかなぁ。昼食を奢ってくれるなら、考えてもいいんだけど……雑誌に載ってたレストランとか行ってみたいなと思っているんだけど」

郁はあっさりそれで手を打ってきたので、頼みの綱だったのだろう。
自分達の昼食の値段からは少し高い店だったので、柴崎は渋る郁を強引に連れて店員のいる下着売り場に連れて行くと、店員と一緒に鬼軍曹の並み厳しさで下着を選んだ。
とにかくシンプルの一点張りの郁に、白地に草花のモチーフがふんだんにされたショーツとブラ、それにキャミソールを買わせることに成功したのだ。
それがまさかこんな悲劇を生む結果になるとは思いもしなかったが。

「……よく考えなさいよ。あの日、あんた外出届、出してなかったじゃない」

そう柴崎は言ったが、郁は分からないようできょとんとしている。

「だから、もしそういうことをする気があったならの話よ?堂上教官だったら、そういうことをしておくように先に言っておくんじゃないのかってこと」

やっと指摘された意味に気付いたのか、郁は口をあんぐりと開け固まった

柴崎が一口お茶を啜り終える頃になって、ようやく頭が動き始めたのか、

「じゃ、じゃあ、教官はそういうつもりじゃなくて、ただキスするだけだったかもしれないんだ……」

抑えきれなくて暴走ということだって可能性としてはあるのだが、それは
言わないでおいた。

「ど、どうしよう、柴崎」

「どうしようって言われても、あたし、堂上教官じゃないし」

「やっぱり怒ってるのかなぁ……」

「……どうしてそう思うのよ?」

「だって、自分からして欲しいって言ってきたのに、いきなり嫌がった
りしたら、普通、怒らない?」

そう思う気持ちもあるかもしれないが堂上の性格を考えれば、豹変した態度は怒っていることには繋がらないだろう。
逆に性急すぎたと自分を責めているのではないだろうか。
損な性格だなと思うが、それが堂上の可愛いところでもあるのだから、困ったものだ。

「……仕方ないわね、とっておきの解決法を教えてあげる。言っとくけど、手荒いから覚悟しときなさいよ?」

容赦のない言葉とは裏腹に、にこりと笑った柴崎はとても愛らしかった。

無意識に出てしまう溜息に気付き、堂上は全てを振り払うように頭を振った。
こんな様子だから小牧に

「どうしたの?」

などと面と向って訊かれてしまうのだ。
理由は説明できるはずもなくて一度は突っぱねたが、この調子が続けば今度は的確に理由を指摘するに違いない。
──分かったところで、どうしようもないのだが。
公園での出来事がショックでないといえば嘘になる。
あれほどはっきりと郁から拒否されることは珍しく、だからこそ自分のしてしまったことの大きさを自覚する。
驚いていたというよりは恐怖を抱かせてしまったのではないか──とも思わせる郁の顔が忘れられない。
自分は郁よりも年上でそれなりの判断は出来るつもりだと思っていたと
いうのに。
その場の雰囲気に流されて年甲斐もなく舞い上がり、その結果、相手を怖
がらせてしまうなど──情けなくて言い訳も思いつかない。
あの日以来、自分の前に立つ郁の様子は不自然で、原因がそれであることは明白だった。
どうして以前は、あれほど無意識に頭を撫でることが出来たのだろう──そうされると、はにかむように表情を崩す郁を不意に思い出し、胸が締め付けられた。
収蔵庫の鍵を閉め、西日が差し込む廊下を事務室に向って戻ろうとした堂上は思わず足を止めてしまった。
笠原、と名を呼ぶ前に、先手を打たれてしまった。

「堂上教官!お話がありますっ!!」

見るからにいっぱいいっぱいの郁は自分の失態を如実に示しているようで、胸が痛む。
そんな顔をさせている自分が許せなくて、卑怯だとは分かっていたが、

「お前が気にすることじゃない」

悪いのは自分なのだから、そう心の中で続け、堂上は足早に郁の横を通り過ぎた。
ちらりと盗み見た郁の横顔は適当にあしらわれ、失望しているようにも見えた。

「教官! 待って下さいっ!!堂上教官──!」

階段の踊り場までやってくると、背後から必死に呼び止める声がした。
思わず足を止めてしまう自分は未練がましくて、ますます自己嫌悪を深くさせる。
耳を塞ぐように階段をかけ下りようとした、その時、

「堂上教官、避けて──っ!」

"待って"じゃなく"避けて"──?


そういえば郁の声は悲痛というよりは絶叫に近いような……。
一体何がと振り返ろうとした瞬間、予想していなかった重みに身体がぐらりと揺れた。
そして、けたたましい物音と共に、そこで堂上の記憶はぷつりと途切れてしまった。

続く

タグ:

図書館堂郁
+ タグ編集
  • タグ:
  • 図書館堂郁
最終更新:2008年09月23日 22:55
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。