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すったもんだの末、落ち着くところに落ち着いた郁と堂上の関係はといえば以前とさして変わりはなく、あえて変わったことといえば時々二人で外食をしているぐらいだろうか。
とはいえ出向く店は今時の居酒屋レストランで、小牧や手塚、柴崎など
も参加するので二人っきりというのは数えるぐらいしかないのだが、その僅かな一時を堂上を密かに気に入っていた。
酒に弱い郁は進んで飲むことはないが、ビール一杯で頬を赤くし、ほろ酔い気分の郁は滅多に見られるものではなく、それを肴に酒を飲むのが堂上の密かな楽しみだった。
「堂上教官、これ」
居酒屋の個室に通されるなり、郁はいきなり包みを差し出してきた。
受け取る理由が見当たらない堂上は思わず怪訝な顔をすると、郁ははぐらかされたと思ったのか子供のように唇を尖らせ、
「もうすぐ教官の誕生日じゃないですか」
だからと強引に渡されてしまった包みを堂上はまじまじと見てしまった。
ああそうか誕生日か……などと冷静に考えると、途端に顔が熱くなった。
三十路過ぎて誕生日で嬉しいと思ってしまうことが恥かしくて仕方ないのだが、それでも誕生日にプレゼントを貰うという行為自体はやはり嬉しい。
その相手が特別ならば尚更だ。
「……すまん」
本来ならば「ありがとう」と言うべきところをそんな言葉で誤魔化してし
まう自分が情けない。
これが小牧ならばしれっとした顔で郁が喜ぶような言葉を口に出せるだろうに。
無意識に苦い顔をしてしまった堂上に、郁は他に思うことがあるのか、ちらちらと様子を伺うように見ている。
どうしたと訊くと、普段の紋切り口調からは想像も出来ないようなしおらしい態度で、
「えっと、その……続きがあって……」
まず包みを開けるようにせがまれ、開けてみると中身は紺色のストライプ柄のネクタイが入っていた。
「男の人にあげるものってそれぐらいしか思い浮かばなくて……って、そうじゃなくて、」
口をつけば言い訳ばかりしてしまうらしく、郁は意を決したように深呼吸をしすると、
「それっ、あたしに締めさせて欲しいんです!」
その言葉で郁が何をしたいのか堂上も分かったが──ちょっと待て、お前、その光景は傍から見たら新婚の朝の一場面──などと堂上が冷静に突っ込めるはずもなく、
「…………ダメですか?」
更に止めとばかりに上目遣いで訊かれてしまえば断れるはずもなかった。
これは別に変な意味合いはないんだ、ただこいつがしたいが為にしているだけであって、決してさっき考えていたような光景を望んでいたつもりはなくて──と一人勝手に言い訳をしている時点で冷静でないことは堂上も理解している。
だが、真向かいに座り真剣な眼差しでこちらを見ている郁を前に冷静でいられるはずもない。
俯き加減で自分を見つめる郁の姿などというものは滅多に見られるものではなく、酒が入っていない状態で良かったと堂上は心の底から思った。
少しでも入っていたら、うっかり抱きしめてしまったに違いない。
いやいやいや何を考えてんだ俺は──堂上は慌ててそんな考えを捨て去
るように頭を振り、
「おい、本当に大丈夫なのか?」
じっとしていると、ろくでもないことばかり思いつきそうで、堂上はそう声をかけてみたのだが、
「大丈夫です!この日の為に柴崎に練習相手になってもらったんですから、教官は黙って見てて下さい」
口調は強気そのものだが、郁の手つきはかなり怪しい。
しかも練習相手が柴崎とは……これでは筒抜けもいいところだ。
これを仕事着に付ければ付けたで柴崎にからかわれ、付けなければ付けなければで郁に詰め寄られる自分の姿が安易に想像できてしまい、堂上は無意識に溜息を吐いてしまった。
次の瞬間、思いっきり、首を圧迫された。
反射的に郁の手元を抑えると、あまりの息苦しさから咳き込んでしまった。
「バッ──何やってんだ、お前っ!!」
「えっ? あ、あれっ、おかしいな」
手元で順番を確認し始める郁は、自分のやからしたことの大きさに全く気付いていないようだ。
「勢いよくネクタイを引っ張る奴が何処にいるんだ!俺を絞め殺すつもりかっ!!」
「で、でも、ちょっときつく締めた方が見た目が格好良くなるって」
「限度を考えろ! 限度を!!」
郁の火事場の馬鹿力っぷりがどれほどかは堂上も身を持って知っている。
このままでは本気で絞め殺されかねないような気がして、もういいと郁の手を制止すると郁は頬を膨らませ、
「ちょっと力が入っちゃっただけじゃないですか。今度は気をつけますから!」
あれのどこがちょっとなんだ、本気で生命の危機を感じたぞ、俺は。
誕生日の贈り物に貰ったネクタイで絞殺事件など──今時、三流のサスペンス小説でもありえない展開だ。
全く反省の色がない郁は取り上げられたネクタイを再び渡すように手を伸ばしてきた。
本質が善意なだけに性質が悪いとは今の郁のようなことを指すのかもしれない。
結局お互いに引かず、堂上が指示し郁はそれに従うことで折り合いをつけたのだが──その光景が傍から見れば実に微笑ましいものになっていたなど、当の本人達が気付くはずもなかった。
<居酒屋絞殺未遂事件・完>
最終更新:2008年09月23日 22:57