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あの子、上手くいったかしら──。
ふとそんなことを思ってしまったのは、あいつがネクタイを外そうとしていたせいかもしれない。
目敏くこちらの視線に気付いたあいつは大いに怪訝な顔をした。
理由を訊こうか訊きまいか悩んでいる姿が妙に可愛くて、悪戯心が疼いた。
「ねえ、あんたもネクタイ付けて欲しいタイプだったりする?」
「はあ?」
「朝の新婚さんの風景よろしく、新妻が愛しの旦那様にネクタイを付けてあげるってやつよ」
今頃必死にネクタイと格闘しているであろうあの子の姿を思い出すと、自然と表情が緩む。
だけれど相手はそれをからかわれていると思ったらしく、面白くなさそうにそっぽを向いた。
「そんな訳あるはずないだろ。馬鹿馬鹿しい」
口調は素っ気無いけれど、うっかり想像でもしたのか耳たぶがほんのり赤い。
うん、やっぱり可愛いわよ、あんた。
教えてあげないけど。
乱暴にネクタイを取ろうとする手を止めさせ、それを少しだけ軽く引っ張った。
「お、おい!」
ちょっと意地悪したから、これはそのお詫び──唇を塞いでやると、手塚は顔を真っ赤にさせた。
その反応は遊び慣れていない証のようなもので、それがあたしには嬉しい。
あたしだけが知る手塚──それはあたしも同じなんだけど、こいつがそれに気付いているかどうかは怪しいもんだわ。
何れ気付かれる時がくるんだろうけど、それはまだ先でいい。
「もうすぐ堂上教官の誕生日でしょ?だから笠原、ネクタイをプレゼントするからって練習してたのよ」
挙動不審じゃなかった?と小突くと、手塚は鈍いなりにも気付くところがあるのか頷いた。
「微笑ましいわよねぇ~、こっちが勘弁して欲しいってぐらい練習したのよ」
きっとあの人、困りつつも郁のお願いをきいてあげるんだわ。
だけれど手塚は違ったらしく、面白くないといわんばかりに視線を逸らした。
面白くなかったかしらと内心首を傾げると、
「…………こんな時に他のヤツのこと考えるなよ」
普段は感情を表に出さない手塚にしては珍しい反応で、柴崎は驚いて見上げた。
視線が合ってしまってから、しまったと思った。
今のあたしはいつももソツなくこなしているあたしじゃなくて、素のあたしだ。
本音をひた隠しにし、敵を作らないあたし──あたしがあたしでいるために作った安全なあたし。
それが一番だと思ってたのに──彼らと付き合うようになってから、あたしは変ってしまった。
それはあたしにとって不安定で望まない姿だと思っていたのに、今のあたしでもこいつは気にしない。
そう、あの子も──あんた達、似てるわよ、そういうところ。
「じゃあ、忘れさせてくれる?」
ハニートラップのように、にっこりと笑みを作って腕を伸ばすと、手塚は呆れたように溜息をついた。
「お前なぁ……」
そう言いかけて手塚は結局言葉を飲み込んでくれた。
逆に背中に腕を回され、しっかりと抱きしめられると、その心地良さからあたしは静かに目を瞑った。
最終更新:2008年09月23日 22:59