「リオ!」
年配の女性にしてはよく通る声で呼び起こされる。
「はっ、はい!」
反射的に返事をし、ぼんやりした頭で辺りを眺める。
ここは・・・ネクロマンサー協会本部の書館・・・?
そうか、この寓話を読んでいて・・・そして枕にして、私は寝てしまっていた様だ。
私を呼んだ紅色の髪の女性はすたすたと近くまで歩いてくると、
「呪術盤の設計に必要な器具、協会長から貰ってきてくんないっ?」
メモを私の目の前にぴらっと取り出し、にこやかにそう言った。
この人はディーナと言う。
私のお師匠様だ。
ネクロマンサー協会という死霊術師達の巨大組織の中において、最高峰の一人らしい。
私は見習いとして、彼女と協会本部の塔内で暮らしている。
師匠と言っても彼女は特に何かを教えようとするでも無く、私は日々雑用をこなしては、空いた時間を書館で過ごす。
時折、傍を漂う魂を感じる力のチェックと称して、彼女の部屋の魔方陣の上で精神を集中しなければならない事もある。
量り終えると彼女は手製の計測器で結果を見せてくれ、いつも『良好、良好』と頭を撫でてくれた。
彼女は日中度々出かける。
だが私は留守を任されていたし、彼女が帰ってくると土産の紅茶を一緒に飲む。
寝る前には魂や星についての話をしてくれ、寂しいと思うことは無かった。
その時私が修行について尋ねると、今やっている事それが全て修行だと彼女は言った。
当たり前の様に旅立ちの日はやって来た。
魔方陣の中に居る私の力を計測し終えた師匠が、『よし!』と頷く。
いつもより上機嫌の師匠に、私はきょとんと目を向ける。
「リオ。大事な話をするわね。私は今まであんたの素質が完全に育つのを待っていたの。
今、あんたにはネクロマンサーに必要な、霊魂を感じる力が充~分、あるよ」
私は意味が分からず首を傾げた。
「気付かなかった?この塔は霊力が充満しているのよね。あんたは生活しながら、それを身に取り込んでたってワケ。
それでね、本題なんだけど」
師匠は勿体をつけた後、遠足の発表でもするかの様に、楽しそうにこう言った。
「リオの進級試験をしようと思うの!」
「進級試験、ですか?」
「そう!一人前のネクロマンサーになる為のね。これをクリアすればリオ、あんたも晴れてネクロマンサーの仲間入りよ!」
私は胸が高鳴った。
私には子供の頃の記憶が無い。
捨て子だった私を、ネクロマンサーの素質があるとかで師匠が気に入り、この塔へ連れてきてくれたらしい。
ずっと師匠のお世話になってばかり。
一人立ち、それは私が密かに夢見てきた事だった。
「で、リオにはね、ある事件を解決して欲しいの」
「・・・事件・・・ですか?」
「そう。最近、キメラって魔物が人ばかり襲う事件があちこちで起きているの。リオはその解決に当たって貰おっかなって」
師匠はいつも突飛だ。
「まっ、まま待って下さい!!私そんな大事・・・!」
「だ~いじょうぶ、何の為のディーナ様よ。リオには最高のアンデッドをつけてあげる」
そして師匠は私の立っている魔方陣の周りを、光る粉を巻きながらゆっくりと歩き出した。
「今から行って貰うのは、鎮魂の町ラーバリス。前に話した事があるわよね。そこには生前悲惨な死に方をしたアンデッドがゴロゴロ暮らしてるの。
どいつもこいつも強い上に自我を持ってるから、あんたが操る必要も無い。緊急事態だって説明すれば解かってくれると思うわ。オッケー?」
魔方陣が粉に触れた部分から淡く光ってくる。
「旅費と、地図はこれ。大体の発生源は掴めてるから、マル付けておいたわね」
「魔方陣の座標は完璧・・・だと思うわ。何か聞きたい事、ある?」
「あのっ、これが終わったら、私本当に一人前のネクロマンサーになれるんですよね・・・!」
師匠は、少し驚いた顔してから、とびきりの笑顔で『もっちろん!』と言った。
「じゃ、リオ、気をつけて。行ってらっしゃ~い♪」
師匠が最後の粉を降り終えると、私の眼前から見慣れた部屋が消えた。
次の瞬間現れたのは、薄い霧に覆われた黒い枯れ木林と、薄らと遠くに見える寂れた町の門だった。