SIDE:T

@アンモライ王国~10年前のアンモライシティ~
轟々とうなり続ける兵器の大群が街中を行き交う。
高く積み上げられたビル群もいまはひっそりとしている。
どうやらだれもビルの中にはいないようだ。
誰だどう見てもこの国は平安の元にはないと感じるだろう。
そう、この国はまさに隣国との戦争真っ只中なのだ。
その目的は領土の拡大。前時代的な軍上層部の思想と力の誇示だ。

そんな国の中央には、我が物顔で軍隊の基地が立ち並んでいた。
疲弊している街中とは裏腹に強固な壁で囲まれている。
敵国に攻め込まれてもこの牙城を崩すのはいささか困難だろう
もっともそんな自体は起こりえないのではあるが…

軍隊基地の一角に研修棟と彫られた看板が下がった建物があった。
かつては軍隊の初等兵らがその腕を磨き、知識を得、切磋琢磨
していたのだが、彼らは全て戦争の最前線に送られたのだ。
その状況から察するに、この国が戦争に苦戦していることは
想像に難くない。

そういった事情はあるのだが、研修棟では現在、ある人物による
研究が行われているのであった。

シロウ「赤色鉄鉱石と黒色水晶の粉体を黄水酸で溶解させたら…」
目にも留まらぬスピードで数えきれない鉱石や薬品を組み合わせ
実験に没頭している彼は、この国のお抱えの鉱学者、の卵。
腕は確かなのだが、いささか行動が突飛なため、彼のためにこの
研修棟あらため研究棟があてがわれている。
もっともそれはていのいい言い訳で実情は厄介者を遠ざけられた
にすぎないが、好き勝手できるので彼にはどっちでもいいようだ。
シロウ「…成功だ!ついに人工的に輝鉱石(アーティファクト)を
合成した!俺って天才すぎる!」

タクミ「へぇーそれってそんなにすごいことなのかい?」
レナ「タクミ!輝鉱石っていったらこの国の輝動兵器の心臓部
クトゥルハートの主要材でしょ?今となっては天然の採掘が
難しいから新しく兵器を製造するには古い兵器から回収しなくちゃ
いけないの!それをシロウはありふれた鉱石を合成して作り出したのよ!
すごいに決まってるでしょ!」
タクミ「そういえば昔研修で聞いたな。ま、俺からしたら
兵器の心臓部はそれを操る兵士、つまり俺だと思うがな」

シロウ「そのとおり!タクミが言うように俺がいくら輝鉱石を
合成しても、兵器を操るタクミのような人間がいないと戦争では
勝てない!だが、レナの言う通り、輝鉱石無くして兵器は動かん、
戦略師も重要な役割なのだ!」

レナ「つまり私こそが最強ってことね」
タクミ「はぁ?シロウの何を聞いてたんだ?兵士のほうが重要だろうが!」
シロウ「みんな重要なのだ!兵士も、戦略師も、鉱学者もな!」

この3人は戦争の最前線に送られず、基地に残ったいわば精鋭である。
彼らは彼らなりの方法で自分が求める成功の姿を目指して
日夜切磋琢磨しているのであった。


しばらくして、シロウが開発した人工輝鉱石は大局を反転させるほどの
おおきな変化をもたらした。
彼らの国において不足していた資源問題が解決したことにより、
兵器をほぼ無尽蔵に生み出し、それらを用いた様々な戦略が展開されることに
なったのだ。
気づけば研究棟に集っていた三人は、この戦争において
欠かすことのできない存在となっていた。

シロウ「ふぅ、人工輝鉱石の製造もかなり安定し、生成速度のスピードもました」
しかし…と彼は腕を組み考える。
俺たちはこの輝鉱石を使うことはできても、その原理を理解していない。
原理を知ればさらなる発展が望めるのではないか…

彼の研究テーマがここに確定した。

@数ヶ月後
待てど暮らせど、戦争勝利宣言がなされない。
…妙だ。明らかにおかしい。

タクミシロウ、俺は最前線で戦況を見てきた。隣国の防御など
おもちゃの壁のようにたやすく崩れ去る。しかし戦いは終わらない」
シロウ「…あまり興味はないが、この戦争の勝利は隣国を撃つことだけ
ではないのだろう。領土を拡げるだけなら既にその下地は整っているしな」
なら、その理由とはなんなのか、タクミシロウに問いかける。
シロウ「はっきりしたことなどわからん。あいつに聞けば別だがな」

顎をくいっと動かすその先にはレナがいつも座っていた椅子が置かれていた。
彼女はこの数ヶ月後顔を見せていない。
これまでにも戦況が悪くなると研究棟にこなくなることはよくあったのだが…
シロウ「仕方ない。研究成果報告のついでによってみるか」
タクミを連れ立って、軍中枢にある戦略局に向かうことにした。

戦略局ではこの国の頭脳達が日夜戦線を眺め次の一手を練り上げている。
レナはその中でも若き指揮官として思巡しているはず、だったのに。

シロウ・タクマ「!?」
そこには誰もいなかった。それだけではない、そこにあったはずの
作戦図書、衛星写真、専門書様々な資料がなくなっていたのだ。
ただ一つ、部屋の中央には置かれた小さな机とその上の厚い書物以外は。

タクミ「これってどういうことだ?まさか戦略局が解散したのか…?」
シロウ「…レナ!ここにいるのか!?レナ!」

レナ「うるさいなぁ。ここにいるわよぉ」
部屋の奥からだるそうに歩きながら、レナが姿を現した。
タクミ「かなりやつれてるな…そんなに大変な状況なのか?」
レナ「……あなたたち、軍部連絡票見てないのね。全く…」
彼女は2人に向かってぶっきらぼうに紙片をつきだした。
シロウ「軍部戦略局の解散と同隊員の前線派遣及び…」
タクミ「…軍事戦略コンサルタントとの共闘について」

とどのつまりこの国は、戦略部門の隊員すら戦争に動員し
戦力を集中化させたのだ。その代わりに戦略部門は外部に
発注している、ということらしい。

レナ「わかった?つまりね私はお役御免ってこと。ただ
戦闘向けじゃないからって、この部屋の管理人に落ち着いたのよ」
ま、特にすることはないんだけどね。彼女は悲しそうに呟いた。


シロウが人工輝鉱石を完成させたことを始まりに、
この国の戦い方はおおきくかわったのだ。
戦闘部門の特化、効果的かつ効率的な戦略の外注、その全ては
それまでとは異なる、ある目的に向かっていた。
ある目的、それなにかというと…

タクミ「俺たちはそれを聞きにきたんだ。この国は何を求めて戦っているんだ?」
レナ「私の考えた戦略ならもっと和平的に手に入れることができたのよ…」
うなだれる彼女に向かってシロウは話を促す。
レナ「この国は…隣国に、水の国レモンドに月を落とそうとしているの。
そして地中深くの龍脈を掘り起こし、強大な力をもつ鉱石を手に入れる。
…重要機密事項漏洩。私はクビね。どうでもいいけど」

月を落とす…?龍脈を掘り起こす…?
それがこの戦争の理由であり目的?

理解が追いついていないタクミを横にして
シロウは研究テーマの深化を感じとっていた。


それからシロウは1人研究棟に篭りきり研究に耽るようになった。
鉱石には未知なる力が秘められている、まだ先がある、その力を解放する手段が実在する。
しかしその方法が…
シロウ「月をおとすだなんてありえない。犠牲が多すぎて全く理解できん」
鉱石学を学び深めてきたシロウにとって、人類の栄華を尊重するために
その他をないがしろにすることは彼の道義に反していた。
シロウ「あの作戦は決行させてはいけない。他の方法を俺が必ず見つけ出す。
その先にある未来が暗闇に閉ざされる前に!」

しかし、その翌日、大きな尾を引いた隕石が水の国レモンドに落下し、国は滅亡した。


シロウ「間に合わなかった…」
彼がその知らせを聞いたのは、隕石によって水の国が焼け野原となってから
数日が経った日のことだった。
そして訃報はさらに続いた。

[戦地レポート]
作戦コード:Good AfterMoon Tea
作戦は予定通り定刻に実行され滞りなく完了した。
龍脈と堕月の反応は著しく、こちらは予定より早く結晶化が進む模様。

なお作戦決行に伴う地上部隊への状況は以下の通り、いずれも想定の範囲内である。
地上部隊…最後方部隊以外全て堕月の落下衝撃に伴い消滅
隊員…高位官を除き死亡。
死亡した隊員…中薙タクミ…荒瀬レナ…他3万3千人余り

以上。


シロウだけが生き残った。生き残ってしまった。
タクミもレナも作戦決行時には現地で行動していたのだ。
それだけ戦力が求められていたのか…しかしながら、彼らは知っていたはずなのに。
その作戦の目的ともたらされる凄惨な結果を知っていたはずなのに。

シロウ「いくら研究を深めても、世に出なければ意味がない。
むしろ俺が生み出した人工輝鉱石がこの結果を加速させた…」
だがそれだけじゃあない。この戦争は国が望む方向から大きく
ずれてしまった。その要因は…
シロウ「必ず見つけてやる!この戦争の在り方を書き換えた軍事戦略コンサルタントを!そして復讐する、俺の手で!」

この日彼は名前を変えた。その決意を忘れぬために。


しかし軍事戦略コンサルタントの情報はなかなかつかめず、
ようやくその断片をつかんだのは、それから10年の月日が流れた後になるのであった。


@時同じくして、水の国レモンド湖跡地では…
黒スーツの男「さーて、これを回収すれば終わりだな」
黒スーツの女「さっさとして」
白スーツの男「慎重に扱うんだぞ。最も簡単には壊れたりしないがな」

彼らの目線の先には指先でつまめるほどの大きさの鉱石が怪しく光り輝いていた。
これこそがこの計画の目的、巨大な輝鉱石!堕ちた月『コズモナウト』!
龍脈に巨大な衝撃を与えることで一瞬の間に凝縮されたエネルギーの塊!

黒スーツの男「よし完了。ところで転がってる輝鉱石の小石はそのままでいーのか?」
白スーツの男「そのままでいいとのお達しだ。微量のエネルギーが含まれてはいるがな」
黒スーツの女「さっさとして。シショウがまってるわ」

そう、彼らこそがアンモライ王国の軍部を事実上乗っ取り、この結果をもたらしたもの。
秘密結社スピノザ。

そしてその頭を務めるのは…
また別のお話で。



SIDE:T(トキシロウ)     Fin

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年08月29日 11:44