バトルグランプリが終了したその夜...
@アンモライシティ市内ホテル
結利「それじゃあ十也また明日!」
部屋の前で結利と別れた十也は部屋の中に入る。
どさっとベットに倒れこむ十也。
今日はいろいろなことがあった。自然と様々な出来事が思い浮かんでくる。
バトルグランプリは無事に終了したが、優勝はできなかった。
途中、
アポロンに頼まれていた通り、主催者の一人と戦うことになった。
十也「できれば正面から戦ってみたい相手だったな」
拳を強く握りしめる。
十也「そうしたら俺はあいつに勝てたんだろうか」
これまでにも様々な相手と戦ってきた。
この世界に来る前も。来てからも。
いつも勝てたわけじゃあない。当然負けることもあったがその度に
十也はさらなる強さを求めて足を進めてきたのだ。
十也「まだだ。まだまだ俺は強くなる!そして守りたいものを必ず守る!」
程よい疲れが十也を眠りの世界に誘いはじめた。
眠りに落ちる一瞬の最中、十也はふと思った。
十也「…変わりたい。もっと強く…」
それは特別な願いではなく、凡庸な日々を打開したいという凡庸な感覚。
明日は楽しい日にしたい…そんなささやかな願いと同じもの。
脳裏に浮かんだ願いを知覚することすらなく、十也は眠りに落ちる。
その瞬間、「その願い、叶えてあげましょう」そんな声が聞こえた気がした。
@四季の部屋「春の間」
十也はは頬をなでる暖かく優しい風に目を覚ます。
風に乗って柔らかな香りが十也の鼻孔をくすぐる。遠くで鶯の鳴き声がする。
十也「ここは…どこだ?」
目が覚めたばかりだからか頭がまだうまく働かない。
ふいに鳥の声に耳を傾けると、聞き慣れない女性の声が聞こえる。
「さあ、四季を巡り、その成長を見せてくれ」
そして声の主の気配は消えた。
はっとして周りを見渡すとそこは雲一つない青い空の下の一面の花畑。
どうやら花に囲まれて眠っていたようだ。
だがよく見ると一面の空と思っていた場所は青い壁。花畑をよく見れば花の下の床も青かった。
そう、そこは青い部屋だった。正面に青い扉があるのがわかる。
視線を巡らせながら体を動かすと、十也の右手に何か冷たく固い物が触れた。
それは【羽を広げた鳥のモチーフのついた赤い鍵】だった。
@中央の部屋
青い扉は軽く押すだけで開いた。
十也はその先に足を進める。そこは黄色い部屋だった。
その部屋は壁も天井も黄色かった。そして足元には室内にもかかわらず土があった。
室内を見回すと中央に丸机があり、四角い部屋の四辺の壁にはそれぞれ色の違う扉がある。
机の上には燭台に置かれた火のついていない蝋燭と、正方形のプレートが置かれていた。
正方形のプレートの枠の中には小さな正方形のパネルが5枚置かれている。
真ん中に正方形のものが1枚。その上下左右に1枚ずつ同様の物があり、きっちり枠内に収まっている。
中央のパネルは黄色で、真ん中には灰色の石がはめ込まれている。
上側は赤いパネル、右側には青いパネル、下側には黒いパネル、左側には白いパネルがあり、
各々その真ん中には何かをはめ込めそうな丸い窪みがある。
また、部屋の四辺にはそれぞれ、白い扉、赤い扉、黒い扉があり、いずれも鍵がかかっている。
十也「そういえば赤い鍵を持っていたな…」
赤い扉に近づくと、その扉は飾り気がないが、扉に鳥のモチーフが彫られている。
鍵穴に鍵を差し入れ回すとかちゃりと音がなり、扉が開いた。
@四季の部屋「夏の間」
その部屋は随分暑い部屋だった。
汗ばむジメジメした暑さと、どこからともなく聞こえる蝉の声。
部屋の床、天井、壁は全て赤い。
そして十也は驚く。目の前にキャンプファイヤーのような燃え盛る矢倉があったからだ。
よく見てみると、炎のゆらめきの中にキラリと光る何かが見える。
触ってみようとするが、とても熱くやけどをしてしまいそうだ。
十也「そういえば黄色の部屋に蝋燭があったな」
一度黄色の部屋に戻り、蝋燭を持って帰った十也は燃え盛る矢倉の火を蝋燭にともした。
十也「どうしてだろう。火を見つめていると何か燃やしたくなる…」
踵を返して、十也は黄色の部屋を通り抜け、青い部屋へと戻った。
@四季の部屋「春の間」
十也「でっへっへっへ」
花々に火を付けると、火はあっという間に広がり部屋全体の床を燃やし尽くした。
燃え残った灰の中に、キラリと光る何かを見つけた。それはビー玉のような【青い宝石】だった。
十也「この宝石…どこかで見たような…」
一瞬の記憶だったため、十也は思い出せなかったが、その石はバトルグランプリにおいて戦った
ルージュやロン、そして
トキシロウが身に着けていたそれに似ていた。そう、輝鉱石に。
@四季の部屋「夏の間」
十也「とりあえずまた来てみたはいいけれど」
どうしたもんかと思案する。。。そしてついにひらめいた。十也は能力を持っている!
十也「ブレオナク・アンカー!」
十也の声に呼応して、長い槍が出現した。そして槍の先端が矢倉めがけて突きはなった。
矢倉は大きな音を立てて崩れ去り、火は立ち消え、そして十也はキラリと光ったビー玉のような
【赤い宝石】を手に入れた。
十也「ブレオナク・ホールドでつかみ取ればよかったかもな」
すこし反省して、十也は部屋を後にした。
@中央の部屋
十也は手に入れた【青い宝石】と【赤い宝石】をパネルにはめることにした。
すると机の下のほうからカチャッと音をたてて何かが落ちた。
それは虎のモチーフの白い鍵だった。
十也「宝石をはめ込むと鍵が出てくる仕掛けってことか。それで、次は白い部屋にいけってことね」
今まで不測の状況に流されるまま行動していた十也は、ここで嫌な感覚を覚えた。
(どうして俺はこんなことをしている?それにここはどこなんだ!)
十也のココロに反して、そのカラダは白い扉に近づいていく。
白い扉に白い鍵を差し込んだ。かちゃりと音がなり、扉が開いた。
@四季の部屋「秋の間」
室内は書庫のようだった。壁には隙間を惜しむように本棚が並べられている。
その間に窮屈そうに曇り硝子のはめ殺しの窓があり、そこから差し込む光は
オレンジ色をしている。壁、床、天井は全てオレンジ色に照らされているのが見て取れる。
よく見ると、どうやら窓の外に楓の葉がみえる。紅葉した楓の葉。オレンジ色はこの葉の色が
映ったものなのだと十也は思った。
十也「もともとはこの部屋は白色の部屋なのか。外からの光に照らされてオレンジ色に染まっているのか」
本棚に近づき、一冊の本に目が留まった。
その本は【現世と隠世】という書物だった。
~
世界中を見ても、生の世界を示す言葉は多くない。「現世」「人間界」などがこれにあたる。
現世とは、我々人間が現在暮らしていると思っている(認識している)世界、または、その認識自体を指す。
それに対して、死後の世界を示す言葉は各地に多く残されている。
呼び名は多岐に渡り「隠世」「常世」「冥府」「冥界」「異界」「幽界」「根の国」など様々である。
隠世とは永久に変わらない神域。黄泉や地獄もそことされる。
世界各地の神話で多く語られ、見てはいけないものや、食べてはいけないなどの制約を守らなければ
隠世から現世に戻ることはできないという記述が多い。
~
書物を本棚に戻す。嫌な予感が再び十也の身体を走り抜けた。
隣の棚には【四神について】 という書物があり、表紙にビー玉のような【白い宝石】がついている。外せそうだ。
十也「この玉がカギだな。とはいえまずは内容を見てみるか」
~
四神とはタウガスの神話、天の四方の方角を司る霊獣のこと。青龍・朱雀・白虎・玄武の四柱である。
五行説に照らし合わせている場合、中央に黄龍を加え数を合わせた上で取り入れられている。
青龍
五行説では青。方位は東。木を司り、季節は春。
長い舌を出した龍の姿。
朱雀
五行説では赤。方位は南。火を司り、季節は夏。
鳳凰の姿、不死鳥の姿とも言われる。
白虎
五行説では白。方位は西。金を司り、季節は秋。
白い虎の姿。最も高齢とも最年少とも言われる。
玄武
五行説では黒。方位は北。水を司り、季節は冬。
亀に蛇が巻きついたような姿。
冥界と現世を往復して神託を得ると言われている。
黄龍
五行説では黄。方位は中央。土を司り、季節の移り変わりを示す。
四神の長であり黄色または黄金の龍といわれる。
~
十也「タウガスにいた黄静もそんな技を使っていなあ」
とつぶやきながら、表紙から【白い宝石】を取り外した。
部屋を後にしようとしたとき、理路整然としっかり並べられている部屋の中で、無造作に放りだされたように
床に落ちている書物に気づいた。
漆黒に包まれたその本に近づくと、得も言われぬ存在感があった。手にとってもいないのに、なぜか背筋が
凍るような恐怖を感じる。
タイトルは【Nameless Spinoza】。異国語の本のようだ。
手に取ってみると、中身を見る間もなく違和感を感じる。チラチラと本の隙間からカラフルな紙が見える。
本にはなぜか付箋が貼られていた。
十也はそのページを開いてみる。
~
第3章の呪文『龍脈の輝鉱石化』
その儀式は、莫大な力を得られる代わりに、壮絶な犠牲を伴うだろう。
その方法とは…
~
それ以上十也は読み進めることができなかった。
先ほどからの嫌な予感がさらに強まり、誰かに見られているような感覚がしたからだ。
手から本をさっと離し、黄色い部屋に戻ることにした。
@中央の部屋
十也「ふぅ...」
白い部屋を出ると、先ほどの気味の悪い視線、のようなものは感じられなくなった。
奇妙に思いながらも、部屋の中央にあるプレートに【白い宝石】をはめ込む。
先ほどと同じように、机の下には蛇が絡まった亀のような生き物のモチーフの黒い鍵が落ちてきた。
十也は黒い鍵を手に取ると、黒い扉に近づき、そして鍵を回した。
@四季の部屋「冬の間」
その部屋はひどく寒く、十也が吐いた息は目の前で白く広がる。そんな十也の目の前に、
白いものがチラチラと落ちてくる。雪だ。
雪は黒い床に積もり、その黒さを打ち消そうとするかのように所々積もっている。
黒い壁、黒い天井の中の白は、十也の目にひどく異質に映るかもしれない。
しかしさらに異質な存在が目の前にいた。
恐ろしく整った容姿をした青年だ。
淡い微笑みを浮かべながら、黒い部屋、純白の雪の中、ティーテーブルにティーセットを並べ、
アンティークな椅子に腰掛けて紅茶らしきものを飲んでいる。
十也「お前は誰だ?」
トキシロウ「私の名前はトキシロウだ」
十その名前に聞き覚えがある気がするのだが、なぜか思い出せない。
十也「トキシロウさんはなぜここにいるんですか?」
トキシロウ「それは当然だ。この空間は私が用意したんだからね」
十也「俺が閉じ込められているのはお前のせいなのか?」
トキシロウ「まぁそういうことになるね」
十也「どうすれば俺はここから脱出できるんだ?」
トキシロウ「そこは自分で考えてほしいなぁ」ニヤニヤ
十也「これはお前の能力なのか?」
トキシロウ「いやいや私の能力ではこんな空間を用意できないよ」^^
十也「お前の協力者か」
トキシロウ「そういうことだね」
十也「お前はここから出られるのか?」
トキシロウ「私の力では出ることはできない。君の協力があれば出られるかもね」
十也「協力者に裏切られでもしたのか?」
トキシロウ「信頼の裏返しさ」
十也「じゃあ俺と協力して脱出しないか?」
トキシロウ「そうしよう♪」
十也「ところで黒い玉を知らないか?」
トキシロウ「知ってはいるけど...まずは紅茶でも飲まないかい?」
十也「そんなことをしてる暇は…」
有無を言わさず、トキシロウは紅茶を準備し、十也に勧めてくる。
十也は紅茶を一気に飲み干すと、カップの中に【黒い宝石】が残っていることに気づいた。
トキシロウはニヤニヤと十也を見つめていた。
十也「あ...ありがとうトキシロウ」
トキシロウ「とんでもない」
そそくさと十也は黄色い部屋に戻ることにした。
@中央の部屋
部屋の中央にあるプレートに【黒い宝石】をはめ込む。
カチリと音が鳴ってパネルがスライドで動かせるようになる。中央の黄色いパネルの灰色の石が
黄色の宝石に変わり、プレートからカチリと音が鳴り、プレートが少し揺れた。
どうやらプレートを持ち運べるようだ。
十也は振り返り、開け放しにした黒い扉越しにトキシロウに話しかけてみた。
十也「それで…どうしたらいいんだろうか?」
トキシロウ「気づいているだろうけど、パネルと部屋は連動している。さて出口はどっちかな?」
パネルを触ると対応する色の部屋が動いた。
しばらくむーと唸り、ぴこーんとひらめいた十也は、黒い部屋に飛び込んだ。
そしてトキシロウの手をつかみ、赤い部屋へと移動した。
@四季の部屋「赤の間」
十也はパネルを操作して、赤いパネルを黒いパネルのあった部屋へと動かした。すると部屋自体も動き出す。
十也はトキシロウを盾にするように扉の前に立った。
トキシロウの右手をつかみ、ドアのノブを回させた。
扉はガチャリと音を立ててひらいた。
@四季の部屋~現世への道~
扉を開けると目の前が真っ白になる。
十也の身体はふわふわと浮かび上がり光に向かって漂いだす。
すると背後で「待った甲斐があった。君に会うのが楽しみだ。ぜひまた遊ぼうじゃないか」とトキシロウの
笑い声が聞こえる。
立ち眩みのような感覚の後に目を開けると、そこはホテルのベッドだ。窓から差し込む朝日が眩しい。
十也は自分が少しだけ成長したように感じるだろう。
十也はあの空間で四季を巡り、行動力や知識を手に入れて、今、帰ってきたのだ。
...
......
同時刻、瀕死の状況にあったトキシロウが、スピノザの拠点で目を覚ました。
培養液に満たされたカプセルの中、トキシロウが見たのは、にこりと笑うかもめの姿。
トキシロウはあの空間で死期を巡り、新たな思想と経験を経て、今、帰ってきたのだ。
かもめ「十也君、あなたの行動力でトキシロウの魂を現世に呼び戻すことができたわ。あなたなら必ず、
トキシロウを連れて現世に戻ることを選択するって信じてたのよ♪ありがとう♪」
装置がゴウンゴウンと唸りながらトキシロウの命を紡ぐ。
まだ彼はここから出ることはできないのだろう。しかし、彼は望んでいる。再び十也と会うことを。
そして必ず、トキシロウは十也と会いまみえたときに囁くだろう。「待っていたよ」と。
この夜に起きたことは、夢だったのか、それとも現実に起きたことなのか。
十也は目を覚ましてからすぐに、その出来事のことを忘れてしまったため、それを判別できるだけの
情報はすでにない。
だが、この真実はまもなく明らかになるだろう。トキシロウと十也が出会うその時に。
SIDE:F(フォーシーズンルームの怪異) Fin
最終更新:2021年08月29日 11:43