This is our WORLD!

「・・・ーーー我が名を呼べ。天十也」
轟々と吹き荒れる吹雪の中、凍える体を震わせながら、耳をすませる。
記憶の奥底に沈んだまま浮かび上がることがなかった存在が放つ言葉。
これまでに幾度もともに死線を超えてきたはずなのに、なぜか遠く彼方に消え去った存在。
十也「俺を呼ぶのは・・・だれだ・・・」
途絶えかけた意識がつながる。まるでもう一つの存在が手を差し伸べるかのように。
そして十也は振り絞るようにその名前を口にした。
十也「・・・こい・・・ブレ・・・ク・・・」
岩肌すらも白く染まった山の頂に一人たたずむ彼の言葉は轟音にかき消される。
しかし確かに彼の前に白い輝きが現れ始める。
その姿を見ると心の底から懐かしさが込み上げる。
そして、十也は大地に足を擦り付け、拳を痛いほどに握りしめ、身を起こしてから、今度ははっきりとその名前を力強く口にした!


〜時は少し遡り・ミストラルシティの街中〜
オウリギンとの決着からしばらくして、新生EGOは装い新たにその活動を前に進めていた。
これまでの行動を悪行と省みて、全世界を平和に導くことを目標に掲げた姿勢を見て、多くの人々はEGOを受け入れつつもあったのだ。

十也「それにしても平和だなー」
数多の襲撃により破壊された建物が修復されたことで、争いの痕もなくなり、復興を遂げつつある街並みを見ながらパトロールする十也は、正直なところ持て余していた。
十也「戦うことばっかりだったから事件がないと何をしていいかさっぱりだぜ!」
結利「そんなこと言ってると首になっちゃうよ」
嗜めるように現れた結利に向けて、十也は罰が悪そうな顔で、でも本当のことだし、と答えた。
結利「うーん、確かに、こんなに平和なんだね。能力が消えた世界だって言うのに」

……そう、それはある朝に突然やってきた。
世界中の人々の能力がなんの前触れもなく消えてしまうという奇怪な状況。
当初は相当な混乱が予測されたのだが、新生EGOの的確かつ迅速な措置が功を奏して、ちょうど良いタイミングで様々な法律が整備されていたことも相待って、わずか数日でいつもの日常が戻ったのだ。
もちろん多少の煩わしさはあるだろうが、多くの人々は新たな生活様式を前向きに受け入れた。
とはいえ、こうも簡単に能力の喪失を受け入れたのは些か不可解ではあったのだが…

パン屋の店主「おう結利ちゃん、今日もパトロールかい?」
行きつけのパン屋のおじさんが声をかけてきた。
結利「おはよう♪今から本部に行くところ。どう、パンの焼き加減うまくいきそう?」
実はこの店主。自らの能力「グッドパンクック(考えた人天才)」により、材料を用意した後は、能力により自動作業でパンを焼いていたのだ。そのため火加減調整なんてしたことがないんだとか。
能力を喪失した後、ひどく落ち込んだのは想像の通り。何と言ったって作り方を知らないのだから。
それでも彼は諦めなかった。パン素体のコネかた、オーブンの操作方法を覚え、日に日にその腕は上達してきている。
その過程を楽しむのが結利の趣味になっているほどだ。
パン屋の店主「おう!もうすぐ一級品が仕上がるから、楽しみにしてておくれ!」
そんなこんなで、世界は何とかやっていた。

結利「でもさでもさ、能力がないからってそんなに不便に感じないよね」
十也「あぁそうだな。今のご時世、人間のやる気とちょっと科学技術があれば大方解決できるもんだ」
結利「能力がなくても私たちがすることは変わらない!街の平和は私たちが守るんだ!」
やる気満々の結利を横目に、十也は少し違った感情を抱いていた。
十也「能力だけ消えるなんてことあり得るんだな…切っても切り離せないものだと思っていたぜ」
グッと手を握り、能力の感触を確かめる。しかし何も起きない。
その奇怪な現象は誰に例にもれなく発生し、十也自身もやはり能力を喪失していた。
能力事件どころか些細な揉め事すら起きないため、EGOとして特に活動することがほぼほぼなくなっていたのだ。
念のため懐に忍ばせた電気ティーザー銃が使用されることはないだろう。
それほどに平和、というほかなかったのだ。

そんな話をしているうちにEGOミストラルシティ支部に到着した2人。
入り口のゲートをすんなり通過する結利、だが十也がゲートを通ろうとするとブザーが鳴り響く。
ブーブーブー!
十也「え?俺なんかしちゃいまいした?」
結利「もう。今日から入館証が更新されたでしょう?まさか忘れたわけじゃなないでしょうね」
十也「おーそうだったそうだった」
ポケットから「全世界統合個人情報カード」を取り出し、ゲートにかざす。
ぴっ。電子音とともにゲートが開く。
今度は無事に通過できるようだ。
十也「さすが技術開発部の作ったカードだ。いい性能してるぜ」
結利「さ、長官からの緊急招集なんだから急ぐよ!」

〜長官室〜
リオル「着任してから一番の大事件だわ」
机だけでなく部屋中に散らばった書類を諦めたように見つめながら呟いている。
そこに十也と結利が扉を開けて室内に入ってきた。
十也「リオルさん…じゃなくてリオル長官!…いったいこれは?」
書類のいくつかを拾い上げる結利、そこに書かれていたのは、先日から多発している怪異事件だった。
リオル「能力喪失現象…全世界全ての人々に発生していることがついに今朝判明したわ、EGO各部署のサポートで社会は安定しているのが幸いね」
十也「でもまぁ平和だからいいんじゃないか?」
少し呆れながらも話を進める結利。
結利「・・・リオル長官、もしかして私たちが思っているよりとんでもない事件だったり、するんですか?」
リオル「事件規模の判明以外、今のところ目新しいことはないけど、能力喪失の原因調査を専門機関に依頼しているわ。結果もそろそろあがってくる予定よ」
散らばった書類を集めながら、そうしてもう一つ、と付け加える。
リオル「同時に詳細不明の行方不明事件も発生しているの。昨晩だけで数人、他の街でも同様の事件が発生しているようだわ」
十也「集団失踪事件か?」
リオル「いえ、行方不明者に共通点はないわ。失踪する理由もなければ身の回りはそのまま、まるで神隠しにあったみたいな状況よ」
結利「・・・タイミングが良すぎる。無関係な事件とは思えないわね」
リオル「2人ともいい読みじゃない。でもね、裏付けるにはやっぱり情報が少なすぎるわ」
十也「まぁまぁ。わからないからって行動しないわけに行かないでしょう。リオル長官!天十也と来未結利は早速行方不明者の周辺を調査します!」
結利「今は少しでも情報が欲しいところだわ。やってみましょう!」
リオルは、そのつもりで呼んだのだからと承諾し、けれどもう少し部屋で待機するよう命じた。

しばらくすると、室内に扉を叩く音が響いた。
パルトナー「リオル、失礼しますよ。調査結果を持ってきたけど…あちゃあお客さんがいたのね。後にしようか?」
リオル「あぁ構わないわ。むしろあなたを待ってたのよ」
室内に彼女を招き入れたリオルは、研究所にいたときに共同研究をしていた学者仲間と紹介した。
パルトナーは「能力」の起源を長年研究してきた今回の事件の原因究明を適任者なのだと言う。
パルトナー「もしかして君たちが天と来未かな?いやーぜひ会いたかったよ」
握手を交わしながら、あぁこれは餞別ね、と2人それぞれに小さな石の破片を渡してきた。
するとどうだろう。
身体の奥底から込み上げてくるような、何かを感じる。
十也・結利「!?」
パルトナー「おやおや!君たちは選ばれた能力者か!これはついてるわ!」 
リオル「私の読みどうりだったわ」
十也「どう言う」
結利「ことですか?」

パルトナー曰く、能力者は大きく2種類に分類されると言う。
そもそも能力とは、はるか昔、1人の能力者の手により、世界中の人々に分けられたという仮説があるそうだ。
そして全人類の5%は、選ばれた能力者何だとか。

結利「選ばれた能力者・・・通常の能力者と何が違うんですか?」
パルトナー「いい質問だね。実は・・・」
十也「・・・実は?」
パルトナー「実はまだよくわかっていないの笑」
結利「えー!満を辞してそれ?」
リオル「はっはっは。なんせ選ばれた能力者が圧倒的に少ないからね」
それでもわかってることがあると、二人の手のひらの石の欠片を指差す。
パルトナー「これはソラの落とし物、輝鉱石と呼ばれる宝石よ。この石は選ばれた能力者たちと共鳴し力を与える。もしかしたら…能力喪失下でも君たちが輝鉱石を所持していれば、能力は発現したりするかも!」
輝鉱石とは宇宙から飛来した隕石であり、選ばれた能力者の力を増幅させる効果があるのだという。
とはいえ検体が少ないため大した結果は出せていない。
目の前の選ばれた能力者2人を見て興奮するのも仕方ないことなのだ。

物は試しにと、パルトナーは十也に能力発動を促す。
十也「そういうことなら試してみるか。ふん!」
能力が発動することはなかった、しかしその瞬間、十也は長官室から姿を消した。

〜騒然とする長官室〜
結利、リオル、パルトナー「!!!」
十也が姿を消した後、結利とリオルはパルトナーの手を引いて、一目散に部屋を脱出した。
屋外からの攻撃を警戒したからだ、だが追撃はない。
結利「攻撃を受けた…わけじゃないみたい」
リオル「そうね。でもまだ油断できないわ」
三人は十也の行く末を案じ、ひとまず技術開発部を目指した。そこにある位置情報探索システムを使えば十也の居場所がわかるかもしれない、そう考えたからだ。

〜技術開発部〜
そこには副長官のマードックがいた。
マードック「ああ姉さん。ちょうど報告に行こうと思っていたんだ」
結利「こっちもちょうど良かった!ドク、十也が消えちゃったの!」
えっ、彼の顔が青ざめる。
リオル「…何かあったのですね」
マードック「うん。十也が消えたことも関係があるかもしれない」
マードックは副長官となる前、技術長としてあるものの開発を担当していた。完成間近で異動となってしまい、完成には立ち会えなかったのだが…そのあるものとは…
マードック「これを見て欲しい。全世界統合個人情報カードがおかしな挙動をしているんだ」
管理端末には、カードの情報が集約された画面が映し出されていた。
そこには全世界の人々の情報が表示されている。
一般的なパラメータ以外は秘匿事項となっており、管理者権限でしか閲覧不可能となっている。…だが、その閲覧できない事項があまりにも多い。
マードック「姉さん、長官権限でアクセスしてもらいたいんだ」
リオルが長官権限が付与された自身のカードをかざすと秘匿事項が全て開示され、すると全世界の人々の位置情報やら何やらが表示された。
パルトナー「!?あれや、これ、それにこんなことの詳細までが記録されているなんて!個人情報保護の観点は考慮していないの?」
マードック「やっぱり、おかしい。本来このカードでは個人の表面的なデータだけを記録するはずなんだ」
リオル「あくまでこのカードは生活と経済活動を紐付け、常時非常時とわず、可及的速やかに様々な処理を可能とすることが目的。例えば非常時に一斉に給付金を分配するといったように!他者に知らせるべきではない秘匿すべき個人情報を収集するなんてこと想定していないわ!」
マードック「どれも僕が開発していた頃にはなかった仕様だ。一体なぜこんなことになっているんだ」
開発員らの話によると、マードックが開発から抜けた後、技術的な課題が生じたことから「全世界統合個人情報カード」の開発はとある企業に委託されることになったという。
リオル「…その企業とは信頼にたるところだったのよね?」
マードック「…それもつい先ほどわかったことなんだけど。依頼先を確認したらペーパー企業、実態が全くなかった。会社の住所ももぬけのカラだったんだ」
なぜそんなところに依頼が回ってしまったのか、今となってはわからない。担当技術員は昨今の行方不明事件の被害者の1人だったからだ。
リオル「・・・まさかだけど、能力喪失も、行方不明も、このカードが関係しているんじゃ?全ては裏で繋がっている気がしてならないわ…」
手元にあるカードを不安げな表情で見つめる。
カードの裏面の隅にはSpinozaの金文字が人知れず輝いていた。

考え込む三人。もう1人、結利はというと…
結利「十也はどこにいるの…位置情報データは…え!なんてこと!」
管理端末を操作していた結利が叫ぶ。瞬時に顔色が青く変わっていく。
十也がいる場所、それは地球上で最も高くそびえ立ち、多くの登山家を死に追いやった悪魔の雪山、サガルマータであった。

〜サガルマータ雪山の山頂付近〜
ヒュオオオオォォォォ!!!
突然十也の視界が白くなる。そしてとてつもなく寒い!
瞬きにも満たない瞬間の出来事にたじろぎ、その束の間身体が極寒を浴び震え出す。
十也「くっ…」
体の自由が奪われる。思考すら停止寸前。
さっきまで建物の中にいたのに?ここはどこだ?寒い!敵の攻撃?
もはやこれまでか…と諦めかけたその時!

「・・・ーーー我が名を呼べ。天十也」

轟々と吹き荒れる吹雪の中、凍える体を震わせながら、耳をすませる。
記憶の奥底に沈んだまま浮かび上がることがなかった存在が放つ言葉。
これまでに幾度もともに死線を超えてきたはずなのに、なぜか遠く彼方に消え去った存在。
十也「俺を呼ぶのは・・・だれだ・・・」
途絶えかけた意識がつながる。まるでもう一つの存在が手を差し伸べるかのように。
そして十也は振り絞るようにその名前を口にした。
十也「・・・こい・・・ブレ・・・ク・・・」
岩肌すらも白く染まった山の頂に一人たたずむ彼の言葉は轟音にかき消される。
しかし確かに彼の前に白い輝きが現れ始める。
その姿を見ると心の底から懐かしさが込み上げる。
そして、十也は大地に足を擦り付け、拳を痛いほどに握りしめ、身を起こしてから、今度ははっきりとその名前を力強く口にした!

十也「こい!ブレオナク!」

白い輝きがより強く煌き、雪原を照らす。
大きくも優しい風が十也の周りを包み込むと、それは姿を現した。

白き龍。
その体は氷のように白く、2枚の羽を持ち合わせる。

かつて十也が出会い、共に闘い、そして別れたあの姿そのもの。

十也「なんてこった…こんなところでお前にまた会えるなんて」
言い終えるや否や、十也は意識を失いその場に倒れる。

ブレオナク・ドラゴン「かつては契約者として、そして今は召喚士として交わるとはな。お前との運命はなかなか断ち切れぬようだ」

白き龍はその背中に十也を担げぎ、一度ゆっくりと羽ばたいた後、空高く舞い上がった。

雪山から飛び立ち、大地を遠くに望むその姿は、自由を拘束させない力の象徴で変わりなかった。

〜EGOミストラルシティ支部〜
ピピピ!
不穏な空気が立ち込める技術研究部に管制室から連絡が飛び込んだ。
『未確認飛行物体が本支部に向かって飛行接近中!非常事態宣言を出しますか?』
リオル「ええい、次から次へと!非常事態宣言を発令する!総員戦闘配置に付け!」
結利「ちょっと待ってください!」
彼女が管理端末を指差す。その先には十也の所在地がマークされているのだが、とんでもない速度で移動していることが示されていた。
マードック「まさか、未確認飛行物体は十也?それにして人とは思えない移動速度だ」
パルトナー「もしかしたら輝鉱石の力をうまく使ったのかもしれないわ!」
リオル「ええい!ともかく、もう数分でここに飛来する。敵襲の可能性も捨てきれない。総員戦闘配置から臨戦態勢に移行し警戒を続けよ!」

そして一同は支部屋上へと向かった。
到着とほぼ同時、十也を乗せた白き龍が彼らの眼前に降り立ったのであった。

マードック「この生物は…ドラゴン?まさか実在したのか…!」
その姿に驚きを隠せない中、結利は一目散に駆け寄り十也を受け取った。
結利「ひどく冷たい…でも、まだ息をしているわ!」
パルトナー「私にまかせろ…ひどく冷えているが心臓は動いている。まずは温めないと!」
結利「わかった!備蓄の毛布とか持ってきます!」
2人は即座に治療を開始した。

リオル、マードックは、落ち着いた様の白き龍を見上げていた。
マードック「どうやら敵意はないようだね…」
リオル「…あなたは一体何者なの?人語は伝わる…のかしら?」
残念ながら意思疎通できるのは召喚士である十也だけ。
眼前の2人の人間には何も伝えることができない。
白き龍はそこに伏すように身体を縮め、首だけを持ち上げて、じっと2人の顔を見つめた。


かくして能力なき世界に一石が投じられた。
安寧に至った中、召喚士となった十也がなすべきこととは?
そしてこの世界を生み出したあの組織の目的とはなんなのか!


スピノザ編 開幕
TO BE COUNTINUED

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最終更新:2020年08月21日 22:34