~ミストラルシティ「巨穴補修地帯」~
十也の活躍により、スピノザの刺客ブランが放った毒蛇龍シュピーゲル・ヴァイパーを退くことに成功した。幸いなことに死者は出なかったが町の損傷は大きかった。
直後、戦いの中で出来た巨大な穴を塞ぐ作業がEGO主導のもと開始されたのである。
作業は急ピッチで進められ、今、真夜中に差し掛かろうとしていた。
巨穴補修現場のそばに設置された野営所の中で、十也たちは休息をとっていた。
皆疲弊の色が十也はというと、まだ興奮冷めやらぬ様子だ。
十也「みんな見たか!俺が生み出した新たな戦術!その名も...晶煥(クリスタライズ)!そして放った新たな新技が「爆ぜろ!炸裂のリンクストリーム!」ってわけよ!」
自慢いっぱいの話っぷりに、周りで聞いている結利たちの反応はいまいちだ。
なんせ同じ話をもう十回は聞いている。なかばもう聞き飽きているのだ。
十也「晶煥(フォームチェンジ)も捨てがたいんだよな。いや、やっぱり晶煥(クリスタライズ)にするぜ!」
結利「そうだね。うんいいと思うよ」
感情を失った返答。このやりとりも何度目だろうか。
アポロン「呼び方は好きにするといい。重要なのはその使い方だ」
ボルク「いいか十也。さっきも言ったが召喚士の戦いに他人は介入できないルールだ。自然の摂理と思ってくれ。そして戦うのはお前だけじゃない、お前と召喚獣が戦うんだ」
十也「わかってるさ。これからもよろしく頼むぜ、ブレオナクドラゴン」
振り返るとそこには、もとの白い竜の姿に戻ったブレオナクが佇んでいた。
先の戦いで身に着けていたフリントブレードを模した鎧はどこにも見当たらない。
ボルク「晶煥術は一度の戦いで一度だけ召喚獣に追加で力を与えるものだ。お前の場合、他の仲間が持つ輝鉱石を必要とするとみた。一度使用した輝鉱石は消滅しちまうみたいだな」
結利「あ、やっぱりなくなっちゃったんだ。結構気にいってたんだけどなぁ」
意地悪く十也をにらむ。
十也「いやいや、なくなるなんて知らなかったんだ!それに、結利のおかげで敵を倒せたんだからさ!な!」
結利「うん、私も一緒に戦ってるみたいだったね!次に敵が来たときはもっとサポートできるように頑張るよ!」
その様子をみてアポロンは核心に迫る。
アポロン「結利、ソナタはスピノザの呪縛から解き放たれたようだな」
結利「スピノザの呪縛?」
アポロン「攻撃を認識できなかったろう。スピノザが全人類の認識を狂わせているんだ」
十也「え!全人類を狂わせた。それでEGOのみんなもあんな感じだったのか」
あ、と十也は思い出す。
十也「俺は攻撃を受けているって思ってたぜ」
結利「私は、最初はそうは思っていなかったけど。今は攻撃されてたんだってわかる。気づけていなかったことが怖いくらい!」
ボルク「それはな、お前たちが輝鉱石を持っていたからだ。石の加護のおかげで徐々に解呪されたんだな」
結利「え!でも私は輝鉱石をなくしちゃたよ!」
十也「俺もそうだ!ブレオナクドラゴンと出会ってから見当たらない!」
アポロン「石の加護を一度受ければ輝鉱石を持ち続ける必要はない。だが、一度解呪した輝鉱石はもう他人の解呪には使えないのだ」
ほっとする結利と十也。
結利「わかった!そしたら輝鉱石をたくさん集めればみんなの呪縛を解き放せるね!」
ボルク「うーんそのとおりなんだがそれは難しい。なんせ輝鉱石は入手難易度SSSクラスの代物だ。」
十也「俺たちパルトナーからすごいものもらってたんだな」
結利「そうだね(やっぱりなくしたの惜しかったな)」
結利からの視線を気づかないふりをして、十也は、あっもしかして、と話をつづけた。
十也「今俺たちは能力消失事件と行方不明事件を追っていたんだ。もしかしてこれらも...」
アポロン「スピノザの謀略だ」
結利「わ、それもスピノザが関わってたのね」
ボルク「まぁ、認識改ざんと能力消失は原因が違うからな。輝鉱石があっても能力はもどってこないんだけどな」
そこで疑問がわく。たしかにこれらの事件が線でつながっていることはあり得る話だが、どうしてそれをアポロンとボルクが知っているのか。まるで当事者のように。
十也の目がそう訴えているのに気づき、ボルクは重たい口を開けた。
ボルク「実はな、俺もスピノザの一員なんだ」
~「巨穴」の最深部~
EGO補修部隊が地上付近で作業している頃、
トキシロウは「巨穴」の最深部に到達していた。真っ暗闇の中、何かを探しているようだ。
トキシロウ「毒蛇竜の死骸がない。召喚獣とやらは死すると消滅するのか?」
あるいは…まだ死んでいないのか。だとしたらどこから脱出したんだ...
トキシロウ「まあいい。ブランに直接聞けばいいだけだ」
ガサッ
何かが足元に転がっている。
石や木材、建築資材だろうか。毒の影響でところどころが溶けている。
トキシロウ「地上から落下してきたにしては古く朽ちている。そうか…ここは」
そう、ここは白の魔導書が封印されていた神殿。トキシロウはかつてここを訪れ魔道書を回収したことがあったのだ。どこか見覚えがあるのも頷ける。
ちなみにナルが畏怖するマナを回収していたのもこの神殿である。
トキシロウ「白の神殿、ここに再び引き寄せられようとは」
するとその時、巨穴の真上に月が浮かんだ。真円をたたえる月が照らす光が巨穴の中に差し込む。
トキシロウははっとした。
彼の周囲が様々な色に煌き出したのだ。その輝きはトキシロウが長年にわたり研究してきたそれそのもの。
トキシロウ「輝鉱石だ」
彼がいる空間、もともとは神殿があった広大なスペース。神殿の装飾が剥がれた後ろの壁面すべてが輝鉱石なのだ。その数は千を超えるだろう、これほど多くの輝鉱石が自然に発生するなんてありえない。
キィィィィィン!
輝鉱石が煌きをます。
トキシロウ「!」
その光を見た瞬間、トキシロウの記憶が呼び起こされた。
「堕月」
それは強大な力を得るための禁じられた呪術。
宇宙から隕石を堕として地球の底に眠るエネルギーと合成し得られる高密度の輝鉱石、それをどう使うかは無限大。
トキシロウ「隕石の中をくりぬいてそこに神殿を立てたのか。これほどの輝鉱石があったから強力なまじないを精製することができたってことか...うっ!」
続いて呼び覚まされた記憶。それはまだ彼が「
シロウ」と呼ばれていたころの忌まわしい記憶だった。
トキシロウ「...レナ...
タクミ...俺の友を、国を滅ぼしたのは...スピノザ...あぁ!どうして忘れていたんだ!スピノザ!おのれスピノザァァァァ!!」
膝をつき嗚咽しながら倒れこむ。その声は窮苦しそれとも懺悔か。
トキシロウ「...二度も俺を傀儡とするとは、もはや復讐ではたりぬ!」
かっと目を見開き立ち上がる。
うおぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!
その口から放たれた咆哮は天辺の月にまで届いたという。
~巨穴地上部・野営所~
十也「どういう...ことだ...?」
突然の告白に戸惑いを隠せない。この世界を改変した諜報人が目の前にいる?
結利「冗談だよね...ボルク、君は私たちの仲間だよね?」
そのとおり、ボルクはこれまで十也たちとともに世界の危機を救ってきた一人。
その彼が敵の組織の一員とは全く信じられない話だろう。
だが、ボルクと、そしてアポロンのゆるぎない目を見たとき、十也と結利の不安は自然と薄れていった。
十也「事情を教えてくれ。この世界で何が起きているのか、スピノザの一員ということを明かしてくれるってことは、すべて話すつもりがあるってことだろう」
結利「それにボルクとアポロンは、十也に召喚獣の戦い方を教えてくれた。手助けしてくれたんだ、私たちの仲間であることに変わりないわ!」
ボルク「お前たち...もちろんだ。すべて話す!」
その前に、と断ってボルクは二人に土下座した。
ボルク「俺は最善の選択をするために行動した。だが結果として世界を歪める結果を引き寄せてしまった。十也、結利、お前たちが必死に世界を救ってたっていうのに、本当にすまない!」
アポロン「我からも謝罪する。ボルクにその役目を与えたのは我の信託だったのだ」
ボルクに肩に手を置き立ち上がらせる。
十也「みずくせぇじゃねぇか。困ったとき、苦しいときは仲間を頼るもんだぜ」
ボルクはしかと見た。十也もまた、やはり強くゆるぎない目を向けていた。
ボルク「ありがとう。長い話だ、さっそく説明させてもらうぜ」
うおぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!
怒号が天を貫いた。
この場にいるものは知らないが、トキシロウが放った咆哮だった。
結利「な..なんの声?巨穴の中から聞こえたよ!」
十也「まさか、さっきの竜がまだ生きていたのか!?」
アポロン「いや、恐鳴召喚獣の気配は消えている」
ボルク「だが...明らかな敵の意思を感じるぞ!」
巨穴の奥底から数多の石柱が飛び出してくるではないか。
人の二倍はあろう大きさをしている。直方体に近い形状は扉のようにも見える。
特筆すべきはその材質といったところか、まぎれもない輝鉱石を散りばめられていたのだ。
十也「毒竜ではなさそうだが」
結利「ねぇあれって輝鉱石じゃない?」
近づこうとする結利を制してボルクが前へ出る。
ボルク「待て待て。安易に近づくんじゃぁない!」
石柱は空中でぴたりととまり、そのまま巨穴の周りに整然とならんだ。
穴を中心に時計の文字盤のように並ぶとあたりを静寂が包み込んだ。
アポロン「まだだ!」
巨穴の奥底から出てきたのは石柱だけではなかった。
あの咆哮の持ち主のお出ましである。
トキシロウ「天十也。お前に世界を救えるか?」
突如あらわれたスピノザが一人トキシロウ。
彼の真意を知ったとき、十也は何を選択するのか。
そしてボルク、お前はスピノザで何をやっていたんだ!?
TO BE COUNTINUED
最終更新:2020年09月27日 20:55