潜入(せんにゅう)

~ミストラルシティ・廃ビル~
人気のない古い廃ビル。その中の一室のベッドの上で眠る零軌。
零軌「…ん」
零軌が目を覚ます。
???「ようやくお目覚めかい」
ベッドの横に立つ黒コートの少女。
???「あんたなんであんなところで倒れてた?誰に追われている?」
零軌「助けてもらってなんだけれど…」
見ず知らずの人間に諜報部の話をしても、消される対象が増えるだけ。話すだけ無駄だ。
零軌「……」
少女の格好をよく見る零軌。顔を隠し、黒いコートを纏う少女。その出立はあまりに怪しい、と同時に零軌はその格好に見覚えがあった。
零軌(この子…もしかして秘密諜報員。でも私のことを助けたということは…)
ミストラルシティの秘密諜報員なら私を捕えるはず。そうしなかったということはこの街の諜報員ではないのだろう。
零軌(だとしても…なんで他のところの諜報員がミストラルシティに…きな臭いわねぇ。でもこの状況を変えるためにも試してみる価値はありそうねぇ)
零軌「街中でデータ端末を拾ったんだけれど、その中によくわからないデータが入っていてねぇ」
???「よくわからないデータ?」
零軌「『member(メンバー)』とS(エス)っていう人物についていろいろ書いてあったんだけれど…」
???「『member(メンバー)』…(聞いたことがあるな。ミストラルシティの諜報部では学生を使った下部組織…たしか構成員(メンバー)だったか。Sについてはわからないが…)」
零軌「それでデータ端末の中身を見てたら突然襲われてデータ端末を奪われてしまったの。そしたらその人たちが今度は私を追ってきてっていうわけなのよぉ」
???(こいつが拾ったデータ端末はミストラルシティの諜報部のもので間違いないだろうな。その中を見たことで消されそうになっているというあたりか)
なぜそんなデータ端末が落ちていて、この女生徒が拾ったという疑問は残るがミストラルシティの暗部に繋がるチャンスには違いない。
???「(この機は逃せないな)その端末の中身は憶えているか?」
零軌「それが詳しく見る前に襲われてしまって…覚えていないのよぉ」
???「(中身はわからない…か)そうか。ならしばらくあんたの護衛についてやるよ」
零軌「え?本当?とっても助かるわぁ!見ず知らずの私にそこまでしてくれるなんてとてもいいひとねぇ」
???「もちろん金はもらうがね」
零軌「えぇ。きちんとお支払するわぁ。よろしくお願いね…あっ、あなたの名前は?」
きゅっぱ「私は傭兵をやっている。名はきゅっぱ。そう呼ばれている」
零軌「傭兵のきゅっぱさんねぇ。改めてよろしく(この情報に食いついたということはやはりよその諜報員…ミストラルシティの諜報部を探って何をしようとしているのかは定かではないけど、利用させてもらうわよぉ)」
きゅっぱ「こちらこそだ(いろいろと怪しいやつだが…ミストラルシティ諜報部の情報に繋がる接点だ。こいつといれば諜報部の追手が現れる。そいつらから暗部へとつながる情報を引き出して見せる)」

~ミストラルシティ・静寂機関(シジマキカン)前~
月明かりが照らす夜。ミストラルシティの工業地帯に聳え立つビル。静寂機関所有のそのビルの前に彼女は立っていた。
一凛「ここが静寂機関…」
正面の入り口には警備員が立っている。正面からの侵入はできない。さてどうしたものか。
一凛「う~ん…」
ビルの壁面はいくつものガラス窓がついているが侵入できそうにはない。となると
一凛「あそこね!」
上空を見つめる一凛。彼女が見据えるのはビルの屋上。
一凛「いっちょいきますか!」

バッ!

片膝をつき、両手を地面につく一凛。

ゴゥ!!

その両手の平に風が渦巻く。次の瞬間!

ボッ!!

両掌から発生させた風で空高く飛び上がる。その体はビルよりもはるか高くに舞い上がる。
一凛「ちょっと飛びすぎたかな」

ゴォォォ!!

上空から屋上へと落下していく一凛。
一凛「よっと!」
両手を突き出し逆風を発生させる。落下の衝撃を打ち消す一凛。

タッ!

屋上へと足をつく。辺りを見回すとビル内へと通じるドアが見える。ドアノブを回してみるが鍵がかかっていて開かない。
一凛「開かないか…仕方がないわね」

ピタッ

ドアに手を当てる一凛。
一凛「はぁ!」

バゴォン!!

ドアが強烈な烈風で変形し、破壊され飛んでいく。
一凛「屋上のドアにはセキュリティはかかっていないみたいね。さ~て探索と行きますか!」

~静寂機関・10階エレベーター前~
屋上から階段を降り、エレベーターの前の案内板に目を通す一凛。
一凛「なになに…」
各フロアの情報が書かれている。彼女が今一番知りたいのは…
一凛「社員の情報…となると人事部ってとこに行けばいいのかしら。え~と人事部は5階ね」

~静寂機関・5階人事部フロア~
一凛「ここが人事部か」

ガチャ!

部屋の扉を開ける一凛。室内は暗くよく見えない。
一凛「電気をつけないとよく見えないわね」

パチ!

部屋の電気のスイッチを押す。するとそこには多数のデスクとパソコンが置かれていた。
一凛「どこを調べたものか…」
やみくもに調べてもこれだけの数では時間がかかる。それに最近のパソコンはパスワード設定がされているのが主である。デスクを見て回る一凛。とあるデスクが目に留まる。
一凛「おっ!」
そのデスクは付箋紙が多く張られていた。それだけ覚えることが多い人のデスクなのかなと思いつつ、付箋紙の一つに目が留まる。
一凛「パスワード…」
付箋紙に書かれているパスワード。それは十中八九パソコンのパスワードであろう。
一凛「これならパソコンを開けるかも」
そのデスクのパソコンを起動する一凛。起動画面に表示されるパスワード入力画面に付箋紙のパスワードを入力する。

ピロン!!

パソコンが起動する。パスワードが合っていたようだ。画面が表示される。
一凛「よし!」
パソコンの画面には様々なフォルダがある。お目当ての情報がありそうなのはと物色していると…
一凛「社員名簿…これかな?」
社員名簿のフォルダを開くとその中にはずらりと社員であろう名前が表示される。あまりの多さに探すのも大変だが…なんとかお目当ての人物を見つけた。
一凛「アンダー・アルス。見つけた!」

カチッ!

アンダーの情報が表示される。

名前:アンダー・アルス
年齢:19歳
経歴:ミストラルシティ付属中学校を卒業後、静寂機関へ入社。現在、構成員(メンバー)へ出向中。
能力:自身を中心とした一定範囲内の対象の能力を極度に弱体化させる能力。能力の使用には大きなリスクが伴う模様。使用中は自身の体力を大きく消費している。
   ※実験による仮定では対象の脳波に作用し、何らかの影響を与える能力と思われる。

一凛「構成員(メンバー)…。実験…」
アンダーの情報の下のほうに動画がある。その動画を見てみると…

実験室の中で能力を使用しているアンダーの姿が録画されている。アンダーの体をつなぐ拘束具。苦しい表情を浮かべながら、能力を使用しているように見える。
一凛「あまり見ていて気分のいいものじゃないわね…」

「だったら見るのをやめることをお勧めするよ」

一凛「だれ!?」
一凛の背後から聞こえる声。声のするほうを見ると部屋の入り口に誰かが立っていた。
???「屋上の扉が壊れていると思ったら…やれやれ侵入者とはな」
警備員…だろうか。会社員を思わせる黒いスーツを着ている。
???「学生か?君が見ていいようなものはここにはないよ。といってもここに侵入してきたってことはなんらかの意図があるんだろうがね」
一凛「くっ…(見つかった…どう切り抜ける)」
???「学校で教わらなかったか?不法侵入はいけないよ」
一凛「(一か八か!)え~っとぉ。ごめんなさい!ついつい魔がさして!私学校を卒業したら静寂機関に入ろうと思っていて。興味が行き過ぎて入ってきちゃいました!」
???「そうか…それはしょうがないな」
一凛「ほっ…(なんとかなるかな…)」
???「とでもいうと思ったか?君は知ってはいけないことを知ってしまったんだ。君のとるべき行動は二つのうち一つ」
一凛「…どちらかえらべってこと?」
???「そうだ。一つ、静寂機関の実験体として生きていく」
一凛「それはお断りね」
???「だったらもう一つのほうだ」

バッ!

黒いスーツを投げ、ワイシャツが姿をのぞかせる。細身だがワイシャツの上からでもわかるほどに肉体が鍛えられているのがわかる。首をコキコキと鳴らし、ネクタイを締める男。
???「ここで僕に消される。それが君の選んだ選択だ」
一凛「生きては返さないってわけね」
???「そういうこと。僕に見つかった不幸は来世で呪うんだね」
一凛「まだ来世にいくほど生きてないっての!」

ゴォォ!!

風を巻き起こし、周囲のデスクの上の書類が周辺に舞い上がる。男の視界が書類により塞がれ、一凛を捉えることができない。
???「目くらましか…」
一凛「(帽子もかぶっているし、マスクもつけている。顔はあまりわからなかったはず…)無理に戦う必要はない。この隙に!」
部屋を出て、階段へと向かう一凛。
一凛(あいつは屋上の扉が壊れているのを見つけていた…だとしたら屋上に向かうのは危険か…行くなら下ね)

タッタッタッ…

一凛が階段を走る音が5階のフロアに反響する。
???「ふむ…」
男は手に持った装置に目をやる。
???「センサーに反応なし。上には行かなかったか。上に行っていれば、楽に逝けたというのに」
男の持つ装置は設置式の赤外線レーザーによる爆破トラップの起動確認装置。5階から上階に繋がる階段に設置されたそれは触れれば人体が木端微塵になるほどの威力の代物だ。
???(一階から逃げ出すか。しかしここの強固なセキュリティを突破できるかな。いや、屋上の扉を破壊したぐらいだ…なんらかの能力者だろう)

ニヤリ!

口を大きくゆがませ笑う男。その笑みは不気味と言わざる得ない。
???「僕の出番があることを祈るよ」

~静寂機関・1階受付フロア~
一凛「まだあいつは追ってこないわね」
入口のドアの前に立つ一凛。
一凛「くそっ!やっぱり開かないか!なら!」

バッ!

指を銃のように構える。
一凛「『風弾(バレット)』!」

ボッ!

指先から放たれる圧縮された風の塊。それが入口のドアを突き破る。
一凛「よし!」

ビービー!!

建物内に響き渡る警報。次の瞬間!

ガシャン!ガシャン!

入口のドアを覆うように次々と分厚い扉が展開していく。瞬く間に入口は分厚い扉で閉ざされてしまった。
一凛「そう簡単には出られないか…」

ウィィン…

天井から何かが出てくる。暗闇でよく見えないが監視カメラだろうか。その先端が光ると…

ババババ!!

銃弾が一凛へ向けて放たれる。天井から出てきたのは監視カメラなどではない。銃だ。

ガガガガ!!

咄嗟に空気の壁を作り出し、銃弾を防ぐ一凛。
一凛「危なかった…『風弾』」
風弾が天井の銃に放たれる。

バギョン!

風弾により破壊される天井の銃。
一凛「さ~て次は何が出るのかしら」

チーン!

エレベーターから音が聞こえる。その階数の表示は1階となっている。

ガコン!

エレベーターの扉が開く。そのなかから現れたのは…

???「お見事。さすがここに侵入してきただけのことはあるね」

さきほどの男だ。
一凛「これだけの警備システムならあなたみたいな警備員はいらないんじゃないの?」
???「警備員?僕のことか」
一凛「?あなた警備員じゃないの?」
???「ぼくは静寂機関の社員だ。と言っても僕以外に所属している人間はいない窓際部署だ」
一凛「窓際部署?社員がなんでこんな時間に会社にいるのよ!怪しいわね…もしかしてブラック企業ってやつかしら?」
???「そうだね。僕の部署は黒も黒。真っ黒だ。全てを黒く塗りつぶす。それが僕の部署、掃除部(スィーパー)の仕事だからね。君のことも掃除させてもらう」
一凛「やれるものなら!」
暗闇の中で男の胸についている社員証に記されている名前が怪しく光る。

静寂機関 掃除部『黒咬 涅尤(くろかみ くりゅう)』

涅尤「仕事を始めようか」

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最終更新:2020年11月24日 22:34