脱出(だっしゅつ)

~静寂機関・1階受付フロア~
セキュリティシステムが作動したことにより部屋の電気は消え、暗闇の中で対峙する涅尤(くりゅう)と一凛。
一凛「くっ…あいつの姿が見えない…」
黒いワイシャツに黒いズボンを履いている涅尤の姿はこの暗闇では視認するのも難しい。

ヌッ…

一凛の背後から手が近寄る。

ガッ!

だがその手は一凛に触れることはなく弾かれる。
涅尤「見えない壁か…」
自身の周囲に風を纏い、空気の壁を展開していた一凛。
一凛「後ろか!」
後ろを向き、涅尤の姿を確認する一凛。この距離なら相手の姿も見える。彼女はその目に涅尤の姿を捉えた。

バッ!

指を銃の形に構える。
一凛「『風弾(バレット)』!」

ボッ!

一凛の指先から放たれる空気の塊。
涅尤「むっ!」
両腕を合わせ、とっさに防御する涅尤。

ゴッ!

涅尤へと衝突する空気の塊。

ドゴォン!

そのまま壁へと吹き飛ばされ、激突する涅尤。
一凛「防御したようだけど、しばらく起き上がっては来れないでしょう」
自分の『風弾』の威力は自分がよく知っている。両腕で受けたら、しばらく両腕も使えないほどのダメージだろう。
一凛「さ~て今のうちに脱出する…ん?」

チリ…チリ…

なにか摩擦音のようなものが聞こえる。自分のすぐ近くからだ。
一凛「何の音?」

カッ!

一凛の眼前が光ったと思った瞬間!

ドゴォン!!

一凛の周囲に爆発が起きる。爆発に飲み込まれる一凛。

ゴォォォ!!

爆発の衝撃で激しい炎が地面から上がる。明かりがなかったフロア内を炎の明かりが照らす。
涅尤「消し飛んだか…」
壁に吹き飛ばされた涅尤が立ち上がる。さきほどの一凛の攻撃を受け、頭からは血を流しワイシャツはボロボロになっている。ワイシャツの両腕部分は切り裂け、その腕が露わになっている。
涅尤「子供が大人の闇に突っ込むからこうなる。その命をもって知れたことを、次の人生に生かすんだな」
手袋をして長袖のワイシャツを着ていたためわからなかったが、露わになった涅尤の両腕は異常に黒い。何かで塗った…といよりもまるで

一凛「その炭(すみ)みたいな腕がさっきの爆発と関係あるのかしら?」

炎の中から聞こえる一凛の声。

ゴゥ!!

炎が一点を避けるように吹き飛ばされる。その中から一凛が姿を現す。
涅尤「あの爆発を耐えるか…これは驚きだ」
一凛「おあいにくね。あの程度じゃ私はやられはしないっての」
空気の壁を作って防いだ一凛だが、そうは言ってもさすがにさきほどの予想外の爆発には反応が遅れた。服は各所が破れ、体の各所には爆発に巻き込まれた軽いやけどの跡が見える。
一凛「それにしても…さっきの爆発。それがあんたの能力ってわけ?」
涅尤「そうだ」
涅尤の両腕。真っ黒く、亀裂のようなものが入っている。見ればみるほど炭のようだ。

パキパキ…

涅尤の腕が焼ける炭のように剥がれていく。剥がれた炭が周囲に舞う。
涅尤「人間の体を構築する成分。その50%を炭素が占めている。僕の体は特殊でね。両腕が炭化している。アドレナリンの放出や運動を行うことで、体細胞が活性化し体温が上昇すると炭化した細胞は剥がれる。そして」

バッ!

右腕を下から上に振り上げるような動作をする涅尤。涅尤の腕から剥がれ、空中を舞っている炭が巻き上げられ一凛のほうへ飛んでくる。
涅尤「この炭を操ることができる」

チリチリ…

空中の炭が音を立てる。
一凛「この音!さっきの…」

カッ!

ドゴォン!

爆発する炭。だが空気の壁を張った一凛には通用しない。
涅尤「これが僕の能力だ」
一凛「爆発は効かないわよ。それでもわざわざ自分の能力をしゃべったってことは他にも手があるってことかしら」
涅尤「そうだな。だがそれ以上に必要だろう。子供の相手をするんだ。大人はハンデをあげないとな」
一凛「ずいぶんと余裕ね。その余裕いつまで保てるかしら!」
両腕を後ろに向け、その両手に空気を圧縮する一凛。

ボッ!

圧縮した空気を爆発させ、加速して涅尤へと突っ込む。
涅尤「接近戦か」

バッ!

右手の平を開く涅尤。

ズズズズ…

空中に舞う炭が右手の平に集まっていき形を成していく。長い刀…日本刀のような形に形成される炭。それを右手で握る涅尤。
涅尤「ふん」

ブン!

下から切り上げるように突っ込んでくる一凛へと炭の刀を振り上げる涅尤。

ガキン!!

炭の刀と一凛の空気の壁が激突する。
一凛「どんな攻撃でも!」
涅尤「防げるか?それは経験不足だな」

ズブズブズブ…

炭の剣が空気の壁にめり込むように少しづつ入っていく。
一凛「えっ!?なんで!」
涅尤「答えに気づくのは死と同時だ」


ザシュ!!

振り上げられる炭の刀。その切っ先は一凛の顔をかすめる。すんでのところで体を反らし、刀を躱した一凛。
一凛「あっぶな!」
態勢を崩した一凛。その隙を涅尤は見逃さない。
涅尤「隙はあたえない」

ブン!

炭の刀を一凛へ向かって投げる涅尤。この至近距離で躱すのは不可能。空気の壁も貫通してくる。絶体絶命の一凛。
一凛「くっ!」

バッ!

突然、女性が一凛の前に現れる。瞬間移動でもしてきたかのように突如現れた女性。
メルト「あわわ!」
突然現れた女性は目の前に迫る炭の刀に驚く。このままでは自分に突き刺さる。

ガキン!

咄嗟に手に持った剣で炭の刀を弾くメルト。弾かれた刀は炭の塵になり消えていく。
涅尤「だれだ…仲間か」
一凛(突然現れた…十一(ともろ)の使う魔導と同じ)
突然現れた彼女は十一の使う転移魔導を髣髴とさせる。
メルト「あ、危なかった~」
ふぅと息を吐くメルト。
メルト(十一(シィイン)にこのビルに向かった十一の先輩をサポートしてくれってお願いされたけど…思った以上に大変な状況だよ~)
ビルの前についたメルトは入口全体が分厚い扉に閉ざされているのを不審に思い、恐る恐る近づいた。すると中で誰かが話し合っているのが聞こえたのだ。もしかしてと思い、転移魔導を使い中に入ったところで今につながる。
メルト(転移魔導の位置も失敗しちゃうし…危うく死んでしまうところでした。でも…)
自分を奮い立たせるメルト。
メルト(ガオミン様に会うまで死ぬわけにはいかない!)
一凛「あなた、何者なの?」
メルト「あなたが一凛さんですか?」
一凛「そうだけど…」
メルト「私はメルト。シィイン…えっとこっちでは十一(ともろ)ですね。彼女にお願いされて助太刀に参りました!」
一凛「十一の友達…(メルトってたしか十一が前に話していたわね。十一の故郷の…)」
十一の故郷メルディア=シールの親戚にメルトという子がいると話していたことがある。少し?おっちょこちょいな子だと聞いていたが…
一凛「ありがとう。助かったわ」
メルト「いえいえ。それでどうするんです?二人であいつをケチョンケチョンにしてやるんですか?」
一凛「いや…今は逃げれるならそっちが優先。さっきの急に現れたのは魔導ってやつ?」
メルト「はい!転移魔導です。ビルの外からこの場所に転移してきました」
一凛「その転移魔導っていうのでこのビルの外にでれる?」
メルト「お安い御用です!」
一凛「じゃあお願いするわ」
メルト「はい!」
涅尤「こそこそと相談していたようだが作戦は決まったかい?」
一凛「えぇ」
涅尤「いいね。それじゃあやりあおうか」
一凛「メルトさん!」
メルト「はい!」
一凛の手を握り、手にした宝剣を構えるメルト。

シュン!!

一凛とメルトの姿がその場から消える。
涅尤「姿を消す能力か…いや」
周囲に一凛の気配が感じられない。それにいくら立っても攻撃が来る気配もない。
涅尤「上階には行ってはいない…瞬間移動のような能力か。一本取られたね」

スタスタ!

部屋の隅へと歩く涅尤。

ガッ!

そこにある消火器を手に取る。

ブシュゥゥ!!

消火器を使い、部屋の炎を消化していく涅尤。

シュゥゥ……

炎は鎮火され、再び室内は暗闇となる。暗闇のなか一人佇む涅尤。その肩は少し重そうに見える。
涅尤「侵入者…しかも子供をとり逃すとは。これは減給かな…」

~ミストラルシティ・某所~

シュン!

一凛とメルトが転移した先、そこは…
一凛「空中!?」
メルト「あれ!?入口の外に出る予定だったんですけど…」
下を見ると川の上だ。このまま落下すれば水浸しになってしまう。
一凛「よっと!」

ゴゥ!

一凛が能力で風を操り、川を避け地面へと着地する一凛とメルト。
メルト「助かりました~」
一凛「私のほうこそ助かったよ。メルトさんのおかげで静寂機関を脱出できたし(それに収穫もあった)」

スッ!

複数のデータ端末を服の中から取り出す一凛。静寂機関の人事部で涅尤から逃げる際どさくさに紛れて盗んできたのだ。
一凛(これだけあればなにか静寂機関、構成員(メンバー)のこともわかるかもしれない)
メルト「それでここはどこでしょう?」
一凛「ん~と」
辺りを見回す一凛。
一凛「来たことがないとこね」
携帯端末を取り出す一凛。端末の地図機能を使い、自分たちのいる場所を確認する。
一凛「ここって…」
商店街近くの廃ビル地帯。かつては多くの商業施設でにぎわっていたが、今は寂れている場所だ。夜は街の不良グループたちのたまり場となっているため近づく人もいない。
一凛「早くここを出たほうがよさそうね。いこうメルトさん」
メルト「はい」

タッタッタッ!!

廃ビルが雑居するなかを走る2人。すると…

男「おい!」

男に呼び止められる。ガラの悪そうな男だ。
男「こんなところに子供が二人で肝試しでもしてんのか?」

ゾロゾロ…

男につられるように次々とガラの悪そうな男たちが集まってくる。
男B「ここがオタクダさんの縄張りだって知ってて来たんなら、どうなるかわかってんだよな?」
一凛「めんどくさそうなやつらに見つかったわね」
メルト「どうします?」
一凛「強行突破…するしかないか」
とはいえ、涅尤との戦いでだいぶ疲れている今、これだけの数の相手をするのは正直厳しいというのが本音だ。さてどうしたものかと考えていると…

ドタッ!

突然男たちの一人が倒れる。
男「なんだ!?」

ドタッ!ドタッ!

次々と倒れていく男たち。
男「な、なにが…うっ…」

ドタッ!

一凛の前には意識を失い倒れた男たちが転がる。
一凛「なにが起きたの…」
メルト「わかりません…」
突然の事態に驚く二人。
一凛「今のうちね。いこう」
廃ビル街を走り去っていく二人。

スッ!

それを確認したかのように黒いフードを被った少女が物陰から姿を現す。
きゅっぱ「この程度のやつらなら姿を見せずとも倒すことなんてわけない」
零軌「ありがとう。礼を言うわぁ」
ビルの中から現れる零軌。
零軌「まさか一凛さんがこんなところに来るなんてねぇ。一緒にいた子は見たことない子だったけどぉ」
きゅっぱ「一応いっておくがあたしはあんたの駒使いじゃあないからな。学友がいたから助けてほしいなんてのはこれっきりだ」
零軌「(そういいつつもお願いを聞いてくれるなんて甘いのね)わかったわぁ」

???「おい!」

零軌たちの前に現れる人物。
???「こいつらをやったのはお前たちか?」
零軌「だとしたらどうなのかしらぁ?」
オタクダ「このオタクダ様の縄張りを荒らすとはいい度胸じゃねえか。痛い目見せてやるぜ」
きゅっぱ「身の程しらずだな…」

スッ…

前に出ようとするきゅっぱを制止する零軌。
零軌「一凛さんたちを助けてもらった分よ。私がやるわぁ」
オタクダ「お前からやられたいようだな!いくぜ!」

~~

オタクダ「……」
その場に倒れ意識を失っているオタクダ。
零軌「能力者だったのは予想外だったけど…所詮はチンピラってところねぇ」
きゅっぱ「おもしろい能力を持っているね。精神干渉系の能力か?」
零軌「ヒ・ミ・ツよ♡」
口に一指し指を当てかわい子ぶる零軌。
きゅっぱ「いいさ詮索する気もない」
零軌「ノリが悪いわねぇ。まぁいいわぁ。行きましょう」
廃ビル街の中へ消えていく二人。二人はどこへ向かうのだろうか。そして一凛が手に入れた静寂機関のデータ端末の中にあるものは…。

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最終更新:2020年11月27日 22:28