~ミストラルシティ・商店街~
「この女性に見覚えは?」
街行く人々に写真を見せるが帰ってくるのは全て同じような答え。
「あぁ~。たしか裳丹高校の!最近姿を見ないけれど」
彼女の足取りを追う手掛かりは一つも見つからない。
~ミストラルシティ・中央公園~
商店街での聞き込みでは有力な情報は得られなかった。公園のベンチに座り缶コーヒーを飲む男。
「さて…どうしたものか」
社長から与えられた仕事は裳丹高校の
也転一凛の行方を追うこと。
(こうも手掛かりがないのでは見つけることなどの夢のまた夢)
そういえばとふと思い出す。この中央公園では先日事件があった。
(先日の夜。中央公園にいた人々が集団で行方不明になった事件…それは也転一凛がいなくなった時と一致する。もしや…)
中央公園での集団失踪。それに彼女も含まれているとすれば…。
「そっちの線で追ってみるか」
男はベンチから立ち上がる。
「公園にいたのは1人や2人ではないはず…」
ニュースでは数十人もが一晩にして行方不明になったという。それだけの芸当ができるのは何らかの能力によるもの。
「なにか痕跡があるはずだ」
公園内を探索して回る男。公園内の雑木林の中。子供たちが遊びまわっていたのだろう。無数の足跡がある。その足跡の中に違和感を感じる。
(この足跡…)
男が見つけた足跡は前に進んだ後、後ろを向いていた。普通ならばそのまま後ろ向きの足跡が続いているはずだが足跡はそこで途切れている。
「ここでなにかがあった」
後ろを向いた足跡の先には線が伸びている。足先を引きずられながら、つまり抱えられながらどこかに運ばれていったということだ。
「この跡を追っていけば…」
男は引きずられた跡を追う。だがその跡は公園の出口付近で途絶えてしまっていた。公園を出れば、地面は土ではなく舗装された道路。その痕跡を追うことはできない、普通の人間ならば。
「さて…」
スーツの両腕をまくる。露わになった男の両腕は炭のように黒い。
バッ!
腕を振り上げる男。すると腕から炭が周囲に飛び散る。地面に振り撒かれる炭。
「こっちだな」
男は迷うことなく一方向に進んでいく。男は炭を自分の一部のように感じることができる。炭が触れたもの全てを知覚できるほどに。それを地面に撒けば地面のほんの少しの隆起さえ感覚で感じることができる。目に見えないほどのものでさえ。
(地面がわずかに隆起している。土を引きずった跡…視覚はできないが炭では感じられる。この跡を追っていくか)
その跡を追い進んでいく男。そして彼がたどり着いたのは…
~ミストラルシティ・廃ビル~
不良たちがたむろする廃墟地帯。そこへとたどり着く男。跡はこのビルの中へと続いている。
「この中か」
男は躊躇することもなく廃ビルの中へと入っていく。
(跡は上階へと続いている。上に行くか)
ウゥゥ…
ビル内から聞こえるうめき声。
(なんだ…?)
その声は次第に近くなってくる。上の階に繋がる階段から何かが下りてくる。
「ウゥゥ…」
生気のない虚ろな目をした人々(ホムンクルス)。男の前に現れたホムンクルスは男を見るやいなやすぐさまに襲い掛かる。
「情報に会ったやつか。本当にゾンビみたいだな」
ズズズ…
男は両腕から発生させた炭を手元に集める。
「炭刀(スミガタナ)」
炭が日本刀へと形を変える。刀を構える男。それは黒咬涅尤(くろかみくりゅう)。彼は静寂機関が解散させられた後、響零零軌によって雇われた。彼女が経営するなんでも屋の社員という形で働くことになった涅尤。実態は零軌の命令によりなにかあれば動くのだがそれ以外は何をしていてもいいという実に自由なものだ。その命令も多い時もあれば全くない時もあるムラが多いもの。給料は毎月確実に払われるため悪い仕事ではない(その給料がどこから出ているかは定かではないが…)。
涅尤「ふん」
ズン!
炭の刀に切断されていくホムンクルス。
涅尤「まったく手ごたえがないな」
ビクビク!!
切断されたホムンクルスたちが変貌していく。その両腕、両足は肥大化し切断された部位がくっついていく。
涅尤「なに…」
ホムンクルス「グォォォ!!」
ホムンクルスたちが涅尤へと襲い掛かる。巨大な拳が振り下ろされる。
涅尤「ふん」
炭の刀を巨大な拳へ振るう涅尤。
ズッ!
拳の半分ほどへは刀の刃が入るが切断するまではいかない。ホムンクルスの攻撃を止めるには至らない。
涅尤「固いか」
ドゴォン!
涅尤へと振り下ろされる拳。地面を砕くほどの衝撃。その拳を受けた涅尤は…
涅尤「まともにうければ無事ではすまないな」
その身が黒い鎧を纏い変貌していた。全身を覆う炭の鎧がホムンクルスの拳を受け止めていた。彼の能力『炭素装甲(カーボンアーマー)』だ。
涅尤「今度はこちらの番だ」
炭の刀を構える涅尤。
涅尤「外皮が固いのならば内部から破壊する」
ブン!
炭の刀を振るった瞬間、刀が炭になり消滅する。
チリ…チリ…
ホムンクルスの体内から聞こえる発火音。
涅尤「これだけの炭を吸ったんだ。よく鳴いてくれ」
ボン!
ホムンクルスの体内から発する爆発音。次々とホムンクルスたちが口から火を噴き倒れていく。
涅尤「ゾンビといえど耐えられまい」
「いや~、めんどくさいのがきたなぁ」
上階から聞こえる声。
涅尤「犯人のお出ましか」
ゲオルグ「どうしてここがわかったよ。たまたまってわけじゃなさそうだしよぉ」
涅尤の前に姿を現すゲオルグ。
涅尤「也転一凛はここにいるのか?」
ゲオルグ「だれだそいつは?」
涅尤「お前が連れ去った人の一人だ」
ゲオルグ「そんなの名前なんて知らねぇよ。いるかもしれねぇし、いないかもしれねぇ」
涅尤「そうか。なら手っ取り早いのはお前を倒して探すことだな」
ゲオルグ「やれるものならやってみろよな!」
涅尤「そうさせてもらう」
炭の刀を形成し構える涅尤。
ゲオルグ「ここから先にはいかせねぇ!」
ゲオルグが涅尤にむかって突進してくる。
涅尤「単調な動きだな」
ズッ!
炭の刀が上を向く。それは涅尤が刀を振り上げた結果。
ドサッ!
二本の腕が地面に落ちる。刀により切断されたゲオルグの両腕。
ゲオルグ「ぐがっ!俺の腕がぁ!!」
両腕を切断され慌てふためくゲオルグ。
涅尤「素人か。このままお前の命を討つ」
ゲオルグ「なんてな♪」
ニヤリと口元を緩め笑うゲオルグ。
ギュルルル!!
ゲオルグの切断された両腕が何事もなかったかのようにその腕にくっつく。
涅尤「なに!?」
ゲオルグ「ふはは!!」
ゲオルグは高笑いしながら涅尤へと殴り掛かる。
涅尤「ふん!」
炭の刀でゲオルグの腕を切断しようとする涅尤。だが…
バシャン!
刀は水を切るように腕を通過する。
涅尤「なっ…」
ゲオルグの腕が液体へと変化している。
ゲオルグ「おらぁ!!」
ゴッ!!
涅尤の身を纏う炭素装甲へと拳を振り下ろすゲオルグ。だが炭素装甲に身を包んだ涅尤にはその攻撃は届かない。
ゲオルグ「これじゃぁおまえには攻撃が響かないよなぁ。だけどこうすればよぉ!!」
ブブブブ!!
液体となったゲオルグの腕が振動する。
ゲオルグ「骨の髄まで染みろ!!」
ボゴォン!!
涅尤「ぐふっ!」
口から血を吐く涅尤。肉体への液体振動による攻撃。それは涅尤の体内の血液を振動させる防ぎようのない攻撃。その攻撃は炭素装甲をも貫通し必死のダメージを彼に与えた。
ゲオルグ「まだまだぁ!」
再びその腕を涅尤へと振り下ろすゲオルグ。もう一度今の攻撃をくらえば涅尤は耐えられないだろう。
涅尤(…くらうわけにはいかないか。仕方がない)
炭素装甲を解除する涅尤。それに伴い周囲に舞う炭。
ゲオルグ「なんだぁ?」
涅尤「死なばもろともというやつだ」
チリチリと音を立てる炭。次の瞬間!
ドゴォン!
部屋中を包み込む爆発の炎。爆炎に包まれる室内。ゲオルグの体も炎に包まれる。
ゲオルグ「ぐぁぁ…自爆か。くそっ!」
焼け焦げていく体。
ゲオルグ「なかなかいい策だった。だが…俺の錬金術『改貌(かいぼう)』なら!」
ゲオルグの焼け焦げた体がみるみるうちに治っていく。
ゲオルグ「こんなところか。あとはこの炎を消さないとな」
大きく息を吸う。その腹が通常では考えられないほどに膨れていく。まるでカエルのようだ。
ゲオルグ「かぁ!」
その異常に膨れた腹から一気に空気を吐き出す。強烈な風が発生し部屋中の炎がかき消される。
ゲオルグ「鎮火完了ってな。あいつの死体が見当たらない…どこにいった」
涅尤の姿が見えない。
ゲオルグ「逃げたか。まぁいい。次に会ったら叩きのめしてやる」
~ミストラルシティ・廃ビル3階~
ゴゴゴ!!
ビル内に響く轟音。
一凛「う…ん」
轟音の衝撃で目が覚める一凛。
一凛「ここは…」
たしか自分は公園で捕まったはず。ここはどこだろうか。
ガシャン!
両手両足が拘束されている。手術台のようなベッドのうえに自分はいるようだ。身動きをとることもできない。
一凛「なんなのこれ!」
ゴゥ!
風の刃を作り、両手足を拘束している拘束具を切断する一凛。
一凛「ふぅ。とにかくここを早く出ないと…」
バン!
部屋の扉が開く。だれかが部屋に入ってくる。
一凛「え…あんたは!」
それは見覚えのある人物だった。彼は…
涅尤「ここにいたか」
一凛「静寂機関の!なんであんたがここに!」
涅尤「話はあとだ。今は僕についてこい」
一凛「あんたのことを信用しろっていうの?」
警戒心まるだしの一凛。それもそうだ。静寂機関で対峙した彼の言うことを彼女が聞くとは思えない。
涅尤「だろうな。だが事情を話している時間はない。響零零軌からの依頼と言えばついてきてもらえるか?」
一凛「零軌?なんであいつが…」
ますますわけがわからない。だが彼女の名前が出てきたことで少し警戒は解けたようだ。
涅尤「とにかく急ぐぞ」
一凛「え、えぇ!」
涅尤の後をついていきビルの窓から飛び降りる一凛。一凛の能力で風に舞い脱出する二人。直後、一凛が拘束されていた部屋に赤髪の女性が入ってくる。
???「逃げられたか…ゲオルグのやつ、なにをやっていたんだ。よりにもよってあれに逃げられるとは…パラケルに急ぎ連絡を」
~ミストラルシティ・とある公園~
夕暮れの公園。そこに涅尤と一凛はいた。
一凛「はぁはぁ…」
息を切らす一凛。能力を使いここまで飛んできたがさすがに疲れた様子だ。
涅尤「あとは学生寮まで帰れるな」
その場を後にしようとする涅尤。
一凛「ちょっと!いろいろと聞きたいことがあるんだけど!」
涅尤「それは響零零軌に聞いてくれ」
一凛の問いには答えず、いずこかへと消えていく涅尤。
一凛「もぅ…本当になんなのよ」
不完全燃焼でもやもやとするが今は寮に帰ってゆっくりと休みたい。それから零軌に話を聞くとしようかと思い歩き始める。だがそんな彼女の前に彼が現れる。
パラケル「見つけたぞ」
一凛「げっ!あんたは!」
そう簡単には帰れないらしい。目の前の障害をどうにかしなければ帰路に就くこともままならない。
一凛「ったく!」
パラケル「おまえの相手はこいつらだ」
スカイとアンダーが一凛の前に立ちはだかる。
一凛「またあんたたちなの…」
モノ言わぬホムンクルスと化した二人が一凛の前に立ちはだかる。正直今の一凛は調子がいいとは言えない状態だ。能力もだいぶ使い疲弊している。この状況で彼女たちに勝てるだろうか。だがそんな弱音を吐いている暇もない。
一凛「やるしかないか…」
パラケル「いけホムンクルスよ!」
「おいおい…」
公園内の雑木林の中から聞こえる声。
「なんでおまえらがいるんだ?」
暗い声の主が林の中から姿を現す。右腕のない女性。ボロボロの服に身を包むその女性は目の下にひどいクマがある。まるで世捨て人のような恰好の女性。
一凛「えっ…なんであんたが」
その女性をみた一凛は驚きを隠せない。
パラケル「邪魔をするというのならおまえから始末する!」
スカイとアンダーが女性へと襲い掛かる。
ブン!
吹き飛ばされるスカイとアンダー。
パラケル「なにをした…」
何も見えなかった。見えない何かに吹き飛ばされたスカイとアンダー。
「ったくよぉ。なんでスカイとアンダーがいるんだぁ。とうとうあたしの脳みそまでおかしくなっちまったのかぁ?」
一凛「間違いない…なんであんたが!?」
その口調。間違いない。彼女だ。静寂機関での戦いで対峙した彼女が目の前にいるのだ。
リヴィエラ「狂ってんなぁ!!この世界はよぉ!!」
最終更新:2021年01月25日 21:50