再戦(さいせん)

~更生院(カリキュラム)~
涅尤「更生院か…」
更生院の中を進む涅尤。彼は静寂機関に所属していた時、何度かここを訪れたことがあった。
涅尤(敵の立場で考えれば潜むなら状況を全て把握できる場所…管理室か)

~~

オタクダ「ぬぅぅん!」

ボッ!

体から飛び出した棘が周囲のホムンクルスたちを貫く。
オタクダ「これで片付いたか」
ホムンクルスがオタクダが入っていた部屋の扉を壊したおかげで脱出できたのだが、外に出ればそこにはホムンクルスたちの群れが徘徊していた。
昨日見かけたやつまでもがホムンクルスと化していた。自分も彼らと同じくゾンビのようになってしまうのだろうか。脳裏によぎる不安。
オタクダ「こんなところで俺の野望は終わらねぇ!」
そう自分に言い聞かせ、不安を消す。

コッコッ

足音がオタクダのほうに近づいてくる。ホムンクルスだろうか。
オタクダ「なんだってきやがれ!相手してやる!」
足音の主が暗闇から姿を現す。

「あらぁ?ちょうど良さそうなのがいたわねぇ」

オタクダ「あん?」

~~

一凛「くそ~!いったいどこにいるの!」
更生院内を駆ける一凛。ホムンクルスを操っているパラケルを探し回るが、あてもなく探していてはなかなか見つからない。
一凛「早く見つけないと…」

「おいおい…」

前方から聞こえる声。
一凛「だれ!?」
警戒する一凛。
ゲオルグ「まさか当たりを引くとはな。ついてやがる」
一凛「あんたは!錬金術師!(でも違う…操ってる奴はこいつじゃない。今はこいつにかまってる時間はない)」
ゲオルグから距離をとり、両手を地面につける。
ゲオルグ「なんだ?」

ゴゥ!!

両掌から風が巻き上がる。ジェット気流のような風の勢いに任せゲオルグの横をすり抜けようとする。
ゲオルグ「逃がしはしねぇ!」
ゲオルグの腕が細いひものように変態していく。周囲に網のように腕を張り巡らす。
一凛「くっ!」
網に衝突する一凛。
ゲオルグ「おらよっと!」
網状になった腕を切り離し、一凛を捕える網を形成する。
ゲオルグ「いっちょ上がりだ」
一凛「止まってる場合じゃないのに…」
ゲオルグ「他の侵入者も気になるがまずはこいつを…」
一凛へと手を伸ばす。

バチ!

だがその手は風の壁に弾かれる。
ゲオルグ「っと、往生際が悪いな」
ゲオルグを睨みつける一凛。
ゲオルグ「助けなんて来やしねぇよ。おとなしくしな」

チリチリ…

ゲオルグ「なんだ?」
何か音が聞こえる。そしてほんのり焦げ臭い。この状況、ゲオルグには見覚えがある。
ゲオルグ「これは!?」
だが気づいた時にはもう遅い。

ボン!

ゲオルグの周囲で爆発が巻き起こる。
一凛「きゃぁ!!」
とっさに風の壁で爆風を防ぐ一凛。彼女を覆っていた網は爆風で焼け溶ける。
ゲオルグ「くそっ!」
爆風の中から姿を現すゲオルグ。全身が焼けただれ、ボロボロになっている。見ているだけでも痛々しい姿だ。

涅尤「驚いたな。今の爆発を受けても動けるか」

通路から姿を現す涅尤。
ゲオルグ「やはりテメーか!生きてやがったとはな」
涅尤「それはこちらのセリフだ」

ビキビキビキ!

ゲオルグの皮膚が修復していく。やけど傷などなかったかのように体が元通りになる。
涅尤「やはりこの程度では倒せはしないか」
一凛「ちょっとあんた!」
涅尤「なんだ?」
涅尤へと怒りを露わにする一凛。
一凛「どういうつもりなの!さっきの爆発巻き込まれたら私も死んでたじゃない!」
涅尤「あー…いや」
一瞬言葉に詰まる涅尤。
涅尤「おまえならば大丈夫だろうと思ってな」
一凛「今の間はなによ!」
涅尤「そんなことよりも」
一凛「そんなことって…」

ブン!

一凛の頭上に何かが振り下ろされる。

ガキン!

一凛「えっ!」
涅尤「今はこいつを仕留めるのが先だ」
振り下ろされた何か。それは巨大な刃物に変形したゲオルグの右腕。涅尤はそれを炭の刀で受け止める。
ゲオルグ「いい反応だぁ!」
涅尤「こいつの相手は任せろ。お前は先へ行け」
一凛「先って…どこに向かえば」
涅尤「管理室だ。おそらくそこにこいつの仲間はいるはずだ。早くいけ!」
一凛「え、えぇ。わかった!」
涅尤にこの場を任せ、管理室を目指す一凛。
ゲオルグ「くくく!お前は俺を楽しませてくれよ!」
涅尤「あいつを追わなくていいのか?」
ゲオルグ「必要ないな。自ら捕われにいってくれるんだからよ!」
涅尤「そうか。ということはお前の仲間が管理室にいるのは間違いないらしいな」
ゲオルグ「それが分かったところでお前はここで俺にやられる!」
涅尤「重要なのは情報だ。相手の手を知りもせずに、情報を漏洩するのは三流のすることだ」
携帯を操作し誰かに情報を流す涅尤。
ゲオルグ「仲間か?」
涅尤「いいや、社長だ」

ブン!!

ゲオルグの刃物の右腕を弾き飛ばす涅尤。そのまま刀の剣先をゲオルグへと向ける。
ゲオルグ「テメーも情報を出してるじゃねぇか」
涅尤「敵に情報を出すのはその敵が100%情報を外に出せないと確信した時だ。つまり」
刀を勢いよく前へと突き出す。刀がゲオルグの腹部を貫く。
ゲオルグ「ぐっ!」
涅尤「相手が死ぬ時だ」
突き刺した刀が炭へと戻る。
涅尤「爆散しろ『残心(ココロノコリ)』」

ボン!

ゲオルグの体が爆発していく。
ゲオルグ「ぐぉ!」
爆発は一度ではない。何度も爆発していくゲオルグの体。
涅尤「跡形も残さん」
激しい爆発に包まれるゲオルグ。体の内部から爆発し、その体は原型が残らないほどに焼け散る。
涅尤「僕もあいつの後を追うか」

「おい…待てよ」

爆発の中から聞こえる声。
涅尤「なんだと…?」
さすがの涅尤も本気で驚いたようだ。ありえない…自己治癒能力だとしてもあれだけの状態になりながらも生きているというのか。
ゲオルグ「まだ…終わっていないだろうが!」
焼け散ったゲオルグの体がウジュウジュと部分ごとに生きているかのように集まっていく。次第に元の姿へと形を成すゲオルグ。
涅尤「こいつ…不死身なのか」
ゲオルグ「俺の錬金術『改貌術(かいぼうじゅつ)』は肉体を細胞レベルで変態させる術。散り散りになった体もそれぞれを単細胞化させることで修復可能!俺を殺すことはできない!」
涅尤「それがお前の力のからくりか…そしてそれを僕に話したということは」
ゲオルグ「ここで死ねってことだぁ!!」

バキバキ!!

ゲオルグの体が変化していく。背中から巨大な羽が生え、その両腕は刃物を思わせる。両足は獣のように強靭になり、力強い爪が生える。
涅尤「まるでキメラだな」
ゲオルグ「いくぜぇ!!」
地面を勢いよく蹴り、飛び上がるゲオルグ。そのあまりの速さに涅尤はゲオルグの姿を見失う。
涅尤「どこにいった…」
薄暗い室内。ゲオルグの羽をはばたかせる音が反響する。だがその姿は見当たらない。
ゲオルグ「うぉらぁ!」
涅尤の背後から聞こえる声。咄嗟に炭刀を形成し構える涅尤。

ガッ!!

ゲオルグの両腕の刃物を炭刀で受け止める。
ゲオルグ「あめぇ!!」
ゲオルグの強靭な蹴りが涅尤の腹へと放たれる。
涅尤「『炭素装甲(カーボンアーマー)』」
炭の鎧を纏う涅尤。

ゴッ!!

吹き飛ばされる涅尤。
涅尤「くっ!」
いきおいよく吹き飛ばされ、体を壁に打ちつけられ倒れる。すかさずゲオルグは涅尤に馬乗りになり両腕を振り下ろす。
ゲオルグ「串刺しにしてやるぜぇ!」

ガキン!

ゲオルグの両腕をはじく炭素装甲。
ゲオルグ「かてぇな。なら!」
ゲオルグの両腕が巨大な拳へと変化する。その拳は水のような液体へと変化している。
ゲオルグ「おら!おら!」

ドゴン!ドゴン!

液体へと変化した巨大な拳で振動を起こしながら炭素装甲を纏った涅尤を何度も殴るゲオルグ。物理的なダメージは炭素装甲で防げるが、液体振動により体内部へのダメージは防げない。
涅尤「がふっ!」
口から血を吐く涅尤。だがゲオルグの攻撃は止まらない。
ゲオルグ「さっきまでの威勢はどうしたぁ?おら!!」

ドゴン!!

涅尤「ぐっ…」

パキン…

炭素装甲が砕けて消える。もう維持するだけの力は涅尤には残っていない。
ゲオルグ「こいつで…」
拳を大きく振り上げるゲオルグ。
ゲオルグ「終わりだぁ!!」
勢いよく拳を涅尤の顔面へと振り下ろす。涅尤にはその拳を受け止めるだけの力も残っていない。

ピタッ…

ゲオルグの拳が涅尤の顔前で止まる。

ググググ…

ゲオルグがどんなに力を籠めようとも拳がそれ以上前に進むことはない。
ゲオルグ「なんだ?」
涅尤「ふぅ…」
圧倒されていたはずの涅尤。だがその表情はしてやったりとしたり顔だ。
ゲオルグ「何をしやがった!?」
涅尤「バカの一つ覚えみたいに何度も殴ったのが間違えだったな」
ゲオルグ「なにを…」
ゲオルグが自分の腕を見ると、黒い小さな粒が無数についている。いやついているというより、腕と一体化している。
涅尤「これだけ殴り続ければお前の体にはびっしりと僕の炭がついている。痛みも感じない体のようだ。そんな勢いで殴れば、体の内部にも炭はびっしりと入り込んでいる」
ゲオルグ「炭?それがなんだと…」
涅尤「僕は炭を操る。操るの定義は曖昧なところが多いが。その炭一つ一つが触れるものの状態をも理解できる。つまりはこういうことだ」

ビタン!

ゲオルグの両腕が手の甲から地面に打ちつけられる。両手を開いた状態でまったく動かすことができない。
涅尤「炭を練りこんだ状態…お前の腕だけじゃない。液体化したおかげでお前の全身に炭を流すことができた」
炭素装甲に攻撃するたび、ゲオルグの体に入り込んでいた炭。それはゲオルグの体の隅々まで浸透している。
ゲオルグ「か、体が動かない!足までも!」
ゲオルグの体に浸透した涅尤の炭は彼の体の自由を否応なしに奪う。
ゲオルグ「肉体を変化させれば!」

バキバキ!

体を変態させるゲオルグ。だが…
ゲオルグ「なぜだ!動かない!」
涅尤「お前ができるのは自分の細胞の変化。体に取り込んだ僕の炭を変化させることはできない」
ゲオルグ「だ、だが俺は不死身だ!殺すことはできない!」
涅尤「それはどうかな?」
体が動かずその場に倒れるゲオルグの前へ、ふらふらと立ち上がりながら涅尤が見下ろす。確かにゲオルグはどれだけダメージを与えてもよみがえる。だが…
涅尤(こいつの体…)
先ほどまでと違い、ヒビのようなものが見える。
涅尤(不死身はありえない…細胞の限界を迎えれば…)
右腕を大きく振るう涅尤。その腕から炭の粉がゲオルグへと降り注ぐ。
涅尤「炭素装甲(カーボンアーマー)」
炭が鎧へと変化していく。だがその鎧を纏ったのはゲオルグだ。
ゲオルグ「俺に鎧をかぶせてどうするつもりだ?」
涅尤「こうするのさ」

ボッ!!

炭素装甲の中で爆発するゲオルグの体。
涅尤「これならお前の体は飛び散らない」
ゲオルグ「ぐぁぁ!…だが無駄…だ!」
涅尤「無駄かどうかは僕が決めることだ」
何回も繰り返される爆発。しだいにゲオルグの叫び声も聞こえなくなる。そして…
涅尤「炭素装甲解除」

サァァ…

炭素装甲が炭になり散っていく。そのなかから、赤く燃えるゲオルグの姿が露わになる。
ゲオルグ「はぁ…はぁ…バカな」
ゲオルグの体は各所が炭化し、もう回復さえもできないようだ。
涅尤「やはりな。お前の力はあくまで細胞を変化させている。細胞が限界を迎えれば変化もできない」
度重なる延焼で細胞が限界を迎えたゲオルグはもう変態を行うこともできない。
ゲオルグ「こんなところで…あと…少し…だったのに…」

ボロボロ…

ゲオルグの体が朽ちていく。その顔がだんだんと老化していき、先ほどまで若者だった顔が老人へと変貌する。
ゲオルグ「われらの…願い…は」
体が崩れ消滅するゲオルグ。
涅尤「やったか」

ガクッ!

膝をつく涅尤。対峙していた敵との戦いが終わった安堵感から疲れが一気に来たようだ。ゲオルグから受けたダメージは重症と言わざるを得ない。だが彼はここで止まる気は毛頭ない。
涅尤「也転一凛のあとを追う」
そう自分に言い聞かせ彼は管理室へと向かうのであった。

~更生院・管理室前~
一凛「ここね…」
管理室の扉の前へと到着した一凛。扉に手をかけ、そのまま扉を開ける。その扉の向こうにいたのは…

フラメル「ようこそ。待っていたぞ。お前がここに来るのを」

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最終更新:2021年05月23日 14:16