行先(ゆくさき)

錬金術師との戦いから数日後、

~ミストラルシティ・中央病院~
十一「というわけです」
病室のベッドで横たわりながら十一の話を聞いた彼女はほっとしたように胸をなでおろす。
一凛「錬金術師は全員倒されたんだ…無事解決したってことね」
十一の話では一凛に何かしようとしたフラメルを、EGOの隊員がなんとか止め事なきを得たという話だ。
十一(先輩と賢者の石との同化の話…先輩が覚えていないのならするべきではないです)
一凛が賢者の石と同化し暴走したことを覚えていないならば、わざわざ彼女にその話をすべきではない。いたずらに一凛に罪悪感を植え付けるだけだ。
十一(賢者の石も封印された。もう終わったのですから…)
一凛「でもなんかおかしいのよねぇ~」
首をかしげる一凛。何か腑に落ちない様子だ。
十一「なにがですか?」
自分の話になにかおかしな点があっただろうか。一凛に疑問を与えてしまったのではないかと不安になる十一。
一凛「おぼろげなんだけど…夢のような…私が暴れまわっていろんな人が止めようとして。その中には十一もいて。でも私は十一も傷つけてしまって…」
十一(先輩は…まったく覚えていないないわけではない!…でも)
十一にとってはどうするべきかは明白だ。彼女がとるべき対応は決まっていた。
十一「気のせいですよ先輩!それは夢、夢です!」
何と言おうとあの事態を現実だとは一凛に認識させない。それが彼女のとる最善の一手。
一凛「でも…」
納得できない様子の一凛。だがそんな彼女の言葉を遮り病室の隣のベッドから声が発せられる。

「日頃の行いが悪いからそんな悪夢を見るんじゃないのかしらぁ?」

一凛の隣のベッドで横たわる女性の声。その声を聴いた一凛は不快感をあらわにする。
一凛「ったく…なんであんたがとなりにいるのかしらね。これのほうが悪夢かもしれないわね」
憎まれ口をたたく一凛。最初に口を開いたのはそっちのほうともいわんばかりだ。その声の主はそんな一凛の言葉なども意に介せずに会話を続ける。
零軌「あらぁ?ずいぶん冷たいわねぇ一凛さん。同じ学校の生徒同士仲良くしましょうよぉ」
響零零軌。彼女も錬金術師との戦いで重傷を負い、この中央病院に入院していた。奇しくも一凛の隣のベッドに。
一凛「そう思うなら憎まれ口は慎んだほうがいいんじゃないの?」
零軌「そんなつもりはなかったんだけどぉ。そう思わせたなら悪かったわねぇ」
バチバチと火花が散る二人。相変わらずだ。
一凛「はいはい…わかりました」
零軌はこういうやつだ。これ以上ケンカ腰で話してもしょうがないと一凛はそれ以上突っかかりはしない。
一凛(まぁ…こいつも錬金術師を止めるのに協力してくれたからね。これ以上は…)
と思った矢先に。
零軌「そうそう。協力したんだから感謝するべきよぉ」
一凛「ちょっ!?あんた私の思考を読んだわね!」
零軌「なんのことかしらぁ?証拠でもあるのかしらぁ?」
ふふんと鼻高々にベッドの上でふるまう零軌。
一凛「ぐっ…やっぱあんたとは分かり合える気がしないわ」
零軌「ふふふ」
そんな二人のやり取りを見て十一は少しほっこりした。
十一(響零零軌も先輩の暴走は見ていた。あえて触れないようにして話題をそらしてくれた。感謝します)
零軌「にやり」
十一のほうをみて笑みを浮かべる零軌。十一の考えも彼女に読み取られたのだろう。
十一「じゃあ私は学校に戻ります。先輩お大事に」
一凛「ありがとうね十一」
十一「いえ、先輩のためなら!ではまた明日きます」
病室を後にする十一。
一凛「はぁ~。しばらくは入院生活か」
零軌「いい機会じゃない。休めるときに休んだほうがいいわよぉ」
一凛「それもそうか…。面倒くさい授業もさぼれるしね!」
零軌「そういう発想がいいわよねぇ一凛さんは」
そういう零軌は遠くを見つめるように病室の天井を見つめる。
零軌(EGOのあの人…また会えるかしらぁ)

~ミストラルシティ・中央公園~
涅尤「…」
公園のベンチで缶コーヒーを口元に運ぶ涅尤。
涅尤「…ぬるい」
買ったのはホットコーヒーのはずだ。それにしては嫌にぬるい。
涅尤「…ついてないな」

「きゃぁ~~!!泥棒!!」

女性の悲鳴が聞こえる。目出し帽をかぶったひったくりが女性のカバンを盗み逃走しようとしていた。ひったくり犯のほうを見る涅尤。
涅尤「俺も…おまえも」
ひったくり犯「なに!?」
ひったくり犯の走る眼前に水の壁が形成される。

ドン!

壁にぶつかり転倒するひったくり犯。
ひったくり犯「なんだ!?」
ひったくり犯の前に右腕のない女が現れる。彼女は左腕でひったくり犯の首をつかむ。
ひったくり犯「ぐえっ!」

「つまんねぇことしてんじゃねぇよ!!」

右腕のない女はひったくり犯を投げ飛ばす。
ひったくり犯「ひっ!!」
ひったくり犯は恐怖のあまりカバンを投げ捨てその場から逃亡した。
女性「あの…ありがとうございます」
カバンを盗まれた女性は右腕のない女へ感謝した。

「別に…たまたまだ」

女性「それでも…ありがとうございました」
女性はカバンを拾うとその場を後にした。
涅尤「人助けとはどんな心境だ。元構成員(メンバー)」
右腕のない女性に歩み寄る涅尤。

「はっ…たまたまさ。それに今の私はもうとっくに構成員じゃない」

涅尤「そうだったな。では社長からの任務。さっそく仕事に取り掛かるかリヴィエラ」
リヴィエラ「あぁ。いくか」

~ミストラルシティ・路地裏~
オタクダ「とうとう自由の身だ」
錬金術師の騒動に紛れ、更生院から脱走したオタクダ。
オタクダ「一時はどうなることかと思ったが…」
一凛により力を吸われ、意識を失った彼。目が覚めると辺りは一連の騒動で混乱していた。その隙を彼は見逃さなかった。
オタクダ「さて…とにかくまずは俺の仲間のとこにいくか。そして俺をこんな目に合わせた張本人!あいつをギタンギタンにしてやる!オタクダ様の新たな伝説が幕を開けるぜ!」
彼はこれからミストラルシティ屈指の不良グループ通称チームO(オー)を形成していくこととなる。だがその行くつく先、それは決まっているのだが(本編135話参照)。今の彼に知るすべはない。

~魔導都市メルディア=シール・千百(スィンバイ)家~
???「十一(シィイン)が『千百款染(スィンバイクァンラン)』をまた使ったようですね」
椅子にたたずみ優雅に紅茶を飲む黒い長髪の男。彼が語り掛けるのは年老いた老人。杖を手に持ってはいるがその眼はギラリと光を宿している。
老人「『千百款染』…これで3度目か。あの街に行ってから。やはりあの街にはなにかあるのかもしれん。わが孫がその力を発揮せねばならんほどの事態に巻き込まれるとは…」
???「えぇ。噂では音(イン)家の彼もあの街にご執心だとか…。魔導書に関する事態らしいですが…」
老人「そんなことはどうでもいい。われら千百家にとっては魔導書など関係のないこと。魔導書は所詮書物に術式を記し、後世にその力を残してきた者たちの力の誇示。千百家は違う」
???「そうですね。まぁ音家の件は置いとておくとして。問題なのは十一の『千百款染』の発動。今回は人の眼の前で使ったようですから」
老人「たとえ魔導の理(ことわり)を知らぬものの前だろうと我が家に伝わる『千百款染』の術式を見られてそのままでいるわけにはいかぬ」
それは千百家の掟。どんな理由があろうとも『千百款染』…千百家が長年紡いできた英知の術式を公開するわけにはいかない。
???「はい。なので近々あの街…ミストラルシティに十一を拘束しに行きます」
老人「拘束だと?」
けげんな表情を見せる老人。
???「わが家の掟を破ったのです。たとえ十一といえどその罰は受けねばなりません。その罰を与える役目は兄である私にこそふさわしいかと」
老人「そうか…ならばお前に一任する。十一を捕え、ここへと連れ戻せ!」
一一「えぇ。この一一(イーィン)必ずやおじいさまの命を果たして見せましょう」にやり
不敵な笑みを浮かべる一一。その笑みの奥にある感情はは彼のみぞ知る。

~ミストラルシティ・中央病院・屋上~
病院服に身を包み空を見上げる一凛。
一凛(十一や零軌はああいってたけど…本当は…)
自分の手を握りしめる。それは彼女の…自分の不甲斐なさを悔やんでのこと。
一凛(全部…覚えている。私が賢者の石に呑まれていろんな人に迷惑をかけたこと。この感覚、記憶は偽りじゃない)
どうすることもできなかった。自分の意志などないかのように体が勝手に動いていた。その体は自分の知っている人々を次々と傷つけていっていた。
一凛「うっ…」
口を押さえる一凛。吐き気とともに気持ち悪さがこみあげてくる。確かにあった事象。それは彼女が忘れられることではない。
一凛(でも…それでも世界は進んでいくんだから…)
時は止まらない。不都合な真実。それを飲み込んで前に進むしかない。彼女は一人ではない。支えてくれる仲間がいるのだから。
一凛「よし!」
自分の頬を叩き、気合を入れる。気持ちを切り替え彼女は前を見据える。
一凛「くよくよなんてしていられないわね!」
気持ちを切り替え、前へと進む決意を固めた一凛。彼女たちの物語はまだまだ始まったばかり。こんなところで終わりはしない。
だが世界は混沌としている。異世界からの侵略者、過去の魔導士。さらにはEGOの暴走。それを乗り越えた先の世界で彼女たちを待つものは…

~~

バン!バン!

空砲が空に響く。空には多数のバルーンが浮かんでいる。

一凛「体調は万全!調子もバッチリ!」

体操服に身を包んだ一凛は準備運動をしながら両足に力を入れる。
十一「先輩!」

一凛「十一?どうしたの」

十一「次の競技のスタート地点はプロバンス通りですよ!」

一凛「えっ!?」

あっけにとられる一凛。てっきりここがスタート地点だと思っていた。ここからスタート地点までだと…ざっと見ても歩いても30分はかかるだろう。

一凛「しかたがないわね!」

両手を地面につける一凛。
十一「どうするんです?」

一凛「私の能力で!」

一凛の手と足元に逆巻く風。

一凛「いくわよ!」

ボシュゥ!!

風を纏い、すさまじい速度で飛んでいく。これならなんとかスタート時刻に間に合いそうだ。
十一「まったく…先輩ったら」
十一はポケットから魔導帳の1ページを取り出し、破る。すると彼女の体を風が包み込む。
十一「すぐに追いつきます!」
風を纏い、一凛を追う十一。
一凛「この大会。絶対裳丹高校(うち)が優勝するわよ!!」

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最終更新:2021年07月23日 22:13