~魔導都市・千百家2階~
千百十(スィンバイ シィ)「十一(シィイン)来てしまったのだな」
車いすに座るやつれた様子の十。
十一「お父様…」
十に歩み寄ろうとする十一を止める一凛。
十一「先輩…」
一凛「下の階であったお手伝いさんの件もあるわ」
十は意識はあるようだが、千百一に何かされた可能性は高い。
十「私に近づけないのは正解だ」
十一「どういう意味ですかお父様?」
十「私の犯した大罪。贖罪にはならぬが…それをお前に話さねばならん」
十一「大罪?」
一凛「何の話なの…」
十「あの男…今この屋敷の上にいるやつのことだ」
十は千百家の再建を目論んでいた。千百家の再建には強大な力が必要。となれば考えられるのは
歴代の最強の魔導士千百一の復活。
十「千百一の復活のために私はその器を用意した」
十一「もしかしてそれが…」
十「そうだ。自身をお前の兄だと思っている千百一一だ」
一凛「じゃあそいつが今上にいるってこと?」
十「正確には違う。体は千百一一だがその魂は千百一となったのだ」
十の話ではミストラルシティの地下にあった大量の輝鉱石と反応し、千百一の魂が器に定着し復活したらしい。
十「これが私の犯した禁忌。千百家の秘伝の術式とその名を守ることに執着したものの愚行じゃよ」
千百一についてはわかったがあの女についての話が出てきていないことに違和感を覚える一凛。
一凛「あの男と一緒にいたフォウバンは?なにか関係があるんでしょう?」
十「
フォウバン?」
まるでそんな人物のことは知らない様子の十。その表情は嘘をついているようには見えない・
十一「全く知らないなんてことないですよね?」
十「知らん…そ…んな奴」
様子がおかしい。頭を抑える十。
十一「まさか記憶捜査の類(たぐい)ですか」
一凛「そういうことか。やっぱり陰で動いてるのはあの女か」
だとすればさっさと千百一を倒して(容易ではないだろうが)フォウバンの行方を吐かせなくては。
十「う…うぅ…」
頭を押さえながら苦しみだす十。その体からどす黒いオーラがあふれだす。
十一「お父様!」
一凛「下にいた林(リン)さんと同じ…」
十「私は…もう…自我を保てない…。本当に…すまない十一…千百一を倒し、この愚かな因果をとめて…くれ…十一」
ビキビキビキ!!
変貌していく十。その全身は鱗で覆われ、手と足の先は猛獣のように鋭くなる。
バシャン!!
十が変貌したと同時に部屋の天井、壁、床それぞれから水が湧き出る。その水は不思議なことに重力の影響を受けずそれぞれ天井、壁、床がプール(ひざ下くらいまでの高さではあるが)になっているようにその場にとどまっている。
一凛「怪異化ってやつね…」
十一「お父様が怪異に…」
十「血だ…血をよこせ!」
一凛たちへ向かってくる十。その動きは水に足を取られる様子もなく走ってくる。
十一「お父様を止めないと!」
水に足を取られる2人はだいぶ動きが鈍い。十の攻撃を避けるのは難しいだろう。
一凛「試してみる!」
集中する一凛。それに呼応するように彼女のポケットの中の輝鉱石が光る。
一凛「来て!エアロ・キーン・ヴィゼル!」
一凛の呼びかけに応じるようにヴィゼルが姿を現す。
一凛「来てくれた!あいつを止めるよヴィゼル!」
ヴィゼルは標的を認識したように十へ狙いを定める。
ブン!!
ヴィゼルが尻尾を勢いよく振るうと真空波のように風の刃が放たれる。
キン!
風の刃は十に当たるが十の体を覆っている鱗に弾かれてしまう。
一凛「弾かれた!?硬い!」
迫ってくる十。
一凛「ヴィゼル!」
ヴィゼルは尻尾にまとわせた風を前面に集中させ風の壁をつくる。壁に阻まれ、十は進めないようだ。
十一(先輩に頼ってばかりで何もできないなんて…)
魔導が使えない今の状況。十一にできることはないのが現実だ。
十一(自分がなさけない…)
だがそれは事実であり、変えることはできない。能力と魔導が消失したこの世界で怪異に対抗できるのは召喚士だけなのだから。
十「わずらわしいな」
十は全身の鱗を魚のえらのように開く。そして水泳選手のように水の中に飛び込む。全身をうねらせ高速で水の中を泳ぐ十。
一凛「はやい!」
バシャン!
床の水の中から飛び出て天井の水の中を泳いだと思えば、そこから瞬時に飛び出て壁の水の中へと移る十。部屋の四方に水が張っているこの空間は怪異と化した十の独壇場だ。
十一「速すぎます!」
十の動きを目で追うことは敵わない。
一凛「どこから来るの?」
バシャン!!
水を移動する音が聞こえた。だがその音がする方を目で追ってもそこに十の姿はない。
十一「先輩!」
気づいた時にはもう遅い。十一の目に映った十は一凛へ襲い掛かる寸前だ。
十一(何もできなくたって!)
一凛に体当たりして、突き飛ばす十一。
十一(代わりに攻撃を受けることぐらいならできます!)
十の鋭い爪が十一に迫る。
一凛「十一!!」
十一「あとは頼みます先輩…」
十一が覚悟を決めた瞬間…
ドゴン!!
突然、十が吹き飛ばされる。何かに体当たりでもされたかのように吹き飛ばされる十。
一凛「なに!?」
今のはヴィゼルではない。だとすればなにが…
十一「あれ?」
十一のポケットの中の輝鉱石が光を放っている。
十一「これって…」
十一の目の前には黒い山羊が立っていた。その体には青い刺青のような線が走っている。この黒山羊が十を吹き飛ばしたようだ。
一凛「召喚獣!」
十一「私の想いに答えてくれたんだね」
黒山羊は力強い眼差しでうなずく。
十一(不思議です…このこの名前がわかる。それにこのこの力も!)
十一は魔導帳を取り出す。
一凛「魔導は使えないんじゃ?」
十一「はい!でもこのこなら!」
魔導帳の1ページを破り黒山羊の口元に差し出す十一。黒山羊はそのページをむしゃむしゃと食べる。
十一「フラッシュ・グリモア・ゴート!閃光弾((シャングァンダム)!!」
黒山羊(フラッシュ)は口を開くと光の弾を四方に放つ。その光の弾は壁、床、天井を破壊し風穴を開ける。その穴から部屋に張っていた水が抜けていく。
十一「これでもう高速移動はできませんね!」
一凛「やるじゃん十一!」
十「小癪な」
水がなくなった今、十の高速移動は封じた。これなら一凛たちにも勝機はある。
一凛「十一」
十一「なんですか先輩?」
一凛「十一は上に行って。十一のお父さんは私が止めて見せる」
十一「一人でなんて危険ですよ!」
一凛「この怪異を生み出したのはあいつでしょ?あいつを倒せばすべて解決する。それにお父さんの言っていた言葉」
十『この愚かな因果をとめて…くれ…十一』
一凛「十一が決着をつけてくれなきゃ!」
親指を立てニコッと笑う一凛。
十一「そうですね!」
一凛に背を押され決意を固める十一。
十一「ここは任せました!私は千百一を倒します!」
十の横を駆け抜け、上階へと向かおうとする十一。だがそんな十一を十は見逃すはずもない。十一へ襲い掛かろうとする十。
一凛「やらせない!」
ヴィゼルが尻尾に風の刃を纏わせ、十の攻撃を受け止める。
一凛「いって十一!」
十一「はい!」
十一はフラッシュとと共に上階へと駆けていった。
一凛「さ~て!」
十と対峙する一凛。
一凛「ヴィゼル!いくよ!」
ヴィゼルは風の刃を尻尾に纏わせ切り付ける。だがそれは先ほどと同じく獣の鱗には通らない。
十「無駄だ」
一凛「そうでもないかもよ!」
ヴィゼルの風の刃が収束していく。収束しさらに鋭くなった風の刃は十の鱗を破り、その体にダメージを与える。
一凛「まだまだぁ!いっけぇーヴィゼル!!」
ヴィゼルは収束した風の刃で次々と十を切り付ける。鱗を破り、何度も切り裂くその風の刃は十の体を切り裂いていく。
一凛「水がなければこんなもんでしょ!」
十「図に乗るなよ人間風情が」
十の体に青い文字が浮かび上がる。
十「『千百款染(スィンバイクァンラン)』」
全身が青く輝く十。
一凛「これは十一と同じ…」
気づいた時にはもう遅い。ヴィゼルは弾き飛ばされ、一凛の目の前には十の足があった。とっさに両腕で顔をガードする一凛。
ドゴッ!
両腕が衝撃で顔にめり込んだと思った瞬間、その体は弾き飛ばされ壁に激突していた。
一凛「がはっ…」
そのまま地面に倒れる一凛。
一凛「痛…」
十「すぐに楽にしてやる」
瞬時に倒れた一凛の前に移動する十。その爪を一凛へ向け振り下ろす。
ザシュ!!
爪により引き裂かれたのはヴィゼルだ。とっさに一凛をかばうように割って入ったヴィゼルが十の爪によりその身から多量の出血をしている。
一凛「ヴィゼル!!」
十「次で終わりだ」
再び爪を振り下ろす十。
ブン!!
目を閉じた一凛。だがその身にいつまでも爪による攻撃は振り下ろされない。目を開けるとそこには両手で何かを受け止めている十の姿があった。
一凛「機械の腕…?」
十に放たれたであろう機械の腕を十は受け止めていた。それはロケットパンチのように敵意をもって飛んできたようだ。受け止められた機械の腕がそれを放った人物のもとへと戻っていく。
「この不意打ちを防ぐとは。なかなかの手練れか」
機械の腕をその腕にはめ込む男。赤い髪に白いジャケット。それだけなら普通だが、その男は両腕に機械の腕を生身の腕にはめ込むように装着していた。
十「戦い慣れをしているな」
男の雰囲気からわかる。数多の戦場を渡り歩いてきたであろうということが。
「その姿…怪異とかいうやつか」
赤髪の男は両腕に装着した機械の腕を構える。
「乗り掛かった船…いや乗せられた船か。なんにしてもこの状況。戦うほかはなさそうだ。こいつがな」
最終更新:2025年09月20日 23:29