もしも願いが叶うなら 1

ボールの弾む音と激しい足音。その音の中で、周囲よりひときわ背の高い少女が
ボールを受け取る。
「いっけー!! 榊さーん!!」
「榊さんがんばってー!!」
周囲の少女たちから歓声が上がりだす。背の高い少女、榊はドリブルしながら全速力で
ゴールに突っ込んで行く。
「させるかぁぁ!!」
ゴールの目の前で、ショートカットの少女、神楽が仁王立ちになる。
「神楽さーん!! 止めて!!」
「神楽ーっ!! 今戻るから!!」
神楽と同じチームの少女たちが叫ぶ。だが間に合いそうもない。榊はスピードを落とさずに
ドリブルを続ける。そのまま、榊は立ちはだかる神楽をかわそうとする。
「あっ!」
「うわっ!」
二人から声が上がる。かわそうとする榊と止めようとする神楽の足が引っかかってしまい、
二人とも倒れこむ。そして、ゴッという鈍い音が上がる。転んだ拍子に、二人がお互いの
頭同士をぶつけてしまったのだ。
「ああっ、榊さんしっかりしてください!」
「神楽ちゃーん。神楽ちゃーん。授業中に寝たらあかんで」
「寝てるんじゃねー!! てゆーか、体育以外の授業中寝たきりのおまえが言うなよ!」
そんな周囲の呼び掛けにも喧噪にも、榊と神楽は答えることはない。

 眠りから少女が目覚めた。まず彼女は思った。頭痛いなー、と。そして、
きょろきょろと周囲を確認し、ここが学校の保健室であることに気付いた。
(何で私がここにいるんだ? そうか、私はバスケしてたんだっけ。それで榊とぶつかって
……気絶してたのか? くそーっ、受け身全然取れなかったもんなー。
今起きるちょっと前何か夢見ちゃったな。 どんなのかよく思い出せねーな。
ずいぶん変な夢だったってのは覚えてるけど。まあ夢なんかどうでもいいや。それより
もう体育の授業は終わって……うわっ! もう六時間目終わってる時間だよ!
そういや榊はどうしたんだ? 無事だったのか?)
 再びきょろきょろと保健室の中を見回した少女は、隣のベッドの中にもう一人少女が
寝ているのに気付いた。
(榊かな?)
カーテンを開けてベッドを覗き込む。そこには見覚えのある少女が寝ていた。
(……ああ、神楽いるじゃん。大丈夫なのかな? まぁ、ここで寝てるんなら
そんな大したことなかった……ちょっと待てぇ! 「神楽」だと!?)
改めてベッドの中の少女を見る。ショートカットの髪。丸顔。胸。うん、この胸のせいで
いつもからかわれるんだよな。日焼けした肌。この季節屋外で泳げば嫌でもそうなるよ。
んで、身長156cm。せめて160cmあればスポーツ人生変わってたのかもしれないのに。
さて、コイツは誰でしょう……?
(私じゃん!!)
 少女の目の前にいるのは、間違いなく神楽と呼ばれる少女だった。だが、それを見ている
少女は、自分のことを「神楽」であると認識している。
(すると、これはあれだ)
【神楽】=自分を神楽であると認識している少女は思った。
(私はまだ夢を見てるんだ。それで自分が二人になったなんて思ってるんだな)
ならばすべきことは一つ。パーンと言う乾いた音が保健室に響いた。【神楽】が、
【神楽】自身のほほを平手で打ったのだ。気合いを入れるというやつである。

(これで夢から……覚めねー)
目の前の神楽はあいかわらずそこにいる。【神楽】は恐ろしい結論にたどり着いた。
(ひょっとして私……もう死んじゃって、自分の体に最後のお別れを言いに来てるのか?
そ、そんなの嫌だ!!)
慌てて鏡を探す【神楽】。姿見が見つかった。自分の姿勢が正しいかを確認するための
姿見だが、この際本来の用途はどうでもいい。そこに自分の姿が映っている。
(よかった、映るってことは私は幽霊じゃない……)
 幽霊が鏡に映る怪談はあるのだが、そんなことは【神楽】は知らない。
彼女の認識では、鏡に映るものは幽霊ではないのだ。だから彼女はほっとした。
それも数瞬しか続かなかったが。
「っっっっ!!」
彼女の叫びは音にならなかった。鏡には、【神楽】のよく知る少女が映っていた。
それを【神楽】が確認したからだ。
(あ、あ、ああああ……)
 足下を見る。いつもより足下が遠く見える。靴のサイズも明らかに大きい。
視線を上げる。普段より視線が高い。幼い頃竹馬に乗ったときのことを思い出した。
私は昔からおてんばで……と、そこまで考えたところで感傷に浸るのを止め手をうなじに
持って行く。髪が手に触れる。そのまま手を下に移動させる。腰まである長い髪。
手のひらを見る。傷だらけの手。手の臭いを嗅ぐ。魚の臭い……はしなかった。
あんな失礼なことを言ったのは謝らなきゃ……それはまた今度だ。覚悟を決めてもう一度
姿見を覗き込む。男子のみならず一部の女子からも圧倒的な人気を得ている
涼しげな瞳が姿見の中で自分を見つめている……。
(榊!! 榊が!! 何で!?)
 自分がまばたきすれば、鏡の中の榊はまばたきする。自分がひらひらと手を振れば、
鏡の中の榊がひらひらと手を振る。ついでにくるっと回ってみた。
鏡の中の榊が360度ターンする。
(これで……私が本当に榊なら問題ないんだけど……)
 自分に関することを思い出してみる。しかし、どんなに思い出しても榊という少女の
持っているべき記憶は思い出せない。自分の記憶は、自分が神楽という女子高生で
あることを力一杯主張した。ならば結論は……。
(私の心が……私「神楽」の心が……榊の中に入った?)
(じゃあ、榊の心は? 私「神楽」の体はどうなってるんだ?)
 そこまで【神楽】が考えたとき、ベッドの方からごそっと音がした。ベッドを見やると、
ベッドの上の少女がむくっと起き上がった。

 神楽の姿をした少女は、【神楽】の姿を認めると、ベッドの上でペコっと
お辞儀をした。つい【神楽】もペコっと頭を下げてしまう。そのまま二人はお互いを
じっと見つめ合った。数秒が経過した。
 神楽の姿をした少女の瞳が大きく広がり、驚愕の色を浮かべた。神楽の姿をした少女の
口が開き、叫び声を紡ぎだそうとした。
(ヤバイ!!)
とっさに【神楽】は神楽の姿をした少女に駆け寄り、口を塞いだ。
「(んん~!! んん~!! ん~!!)」
口を塞がれ声の出ない少女に【神楽】がひそひそ声で話し掛ける。
「(おい、頼むから大声を出さないでくれ! 落ち着け! 大声を出さないでくれれば
放してやるから!)」
口を塞がれた少女が【神楽】の方に目を向け、「本当?」と涙目で問いかける。
「(ああ、本当だ。約束するから。だから落ち着いてくれ。よし、今手を離すぞ)」
【神楽】が手を離すと、神楽の姿をした少女は言われた通り小声で一気にまくしたてた。
「(お願いですまだ殺さないでくださいまだ殺さないでくださいまだ連れて行かないで
くださいあなたが来たってことは私はもう駄目だってことは分かります
でも聞いてください私には友達が出来たんです高校で友達が出来たんです
本当にいい友達なんです私こんなこと初めてで本当にうれしくてだからお願いです
せめて高校が終わるまで生かしておいてくださいその後どんな地獄に堕ちても構いません
だからお願いですそれが無理なら
せめて自分の言葉で友達にさよならを言わせてくださいお願いです……)」
 【神楽】は慌てて口を挟んだ。
「だ、だから落ち着けって。大体私はあんたを殺しなんかしねーし、
てゆーか何で殺さなきゃいけねーんだよ」
神楽の姿をした少女はきょとんとして問い返した。
「え? あ、あなた死神さんじゃないんですか?」
今度は【神楽】がきょとんとする番だった。
「……死神って何のことだよ?」
神楽の姿をした少女は【神楽】を指差しこう言った。
「……ドッペルゲンガー……」

 ドッペルゲンガーとは自分自身の影、もう一人の自分で、ドイツの伝説では、
見てしまうとその人間は必ず死ぬとされている。神楽の姿をした少女は【神楽】が
ドッペルゲンガーであると考えたのだ。そのことを、神楽の姿をした少女が
【神楽】に手短に説明する。
 【神楽】はあることを確信した。目の前の自分の姿をした少女にその確信をぶつける。
「私を見てそのドッペル……なんとかって言うことは、あんた……榊だな!!」
神楽の姿をした少女はこくこくとうなずく。そして、
「ドッペルゲンガー……さんは……なぜここに?」
と問い返した。【神楽】はその質問には答えず、
「私は神楽だ。神楽なんだよ」
と答えた。え? という顔をする神楽の姿をした少女。【神楽】は、
「いいか、気合い入れて見ろよ」
と言いながら神楽の姿をした少女を姿見の前に引っ張った。
「榊、これが今のあんたの体だ」
数秒後、保健室には悲鳴を上げようとする神楽の姿をした少女の口を、
必死で塞ぐ【神楽】の姿があった。

「どういうわけか知らんが、私の体の中に榊が、榊の体の中に私がいるみたいだ。
魂が入れ替わったとでもいえばいいのかなぁ」
 【神楽】が彼女なりにまとめた現状を説明する。立ち直りの早い【神楽】に対して、
神楽の姿をした少女=【榊】は口に手を当ててベッドに座り込みがくがく震えている。
「それで今は大体六時間目が終わったとこで……」
【神楽】が説明しきらないうちに、ガラッという音とともに扉が開いて女教師が現れた。
「おお! 2人とも起きてるじゃーん。二人とも起きないっていうから心配したぞー。
いやー、養護の先生今日休みでほったらかしになっちゃったのよねー。悪い悪い。
あーホームルーム終わっちゃったけど大した連絡もなかったから別にいいやー。
そのまま帰っていいぞー。今日は掃除は二人とも免除!!
念のために聞くけど別にちょーし悪いとかそんなことないよねー」
現れた女教師は二人の担任の谷崎ゆかりだった。ゆかりの姿を見た【榊】は、
はっと気付いて、ゆかりに向かってしゃべりはじめた。が。
「ゆ、ゆかり先せ……」
「二人ともいたって健康です!! 問題ありません!!
お見舞いありがとうございます!!」
【神楽】に遮られてしまった。
「おお、そうか。ほんじゃまた月曜日にねー!!」
「あ、ああ、ゆかり先生、あの……」
「はいっ!! お疲れ様です!! ゆかり先生さようなら!!」
ガラガラ、ピシャ。ゆかりは扉を閉めて行ってしまった。
「今日の榊妙に気合いが入ってたわねー」と呟きながら。

「ああ、待って……」
戸口に駆け寄ろうとする【榊】を【神楽】が引き止めて、
「落ち着けって榊。ゆかり先生に話そうって気持ちは分かるけどさぁ、
どこの誰が『体育の時間にぶつかって魂が入れ替わりました。どうすればいいんですか?』
って質問に答えてくれるんだよ。」
「う……。そ、それはそうだけど……」
「だろ? 人にしゃべったって変に見られるだけだぜ。自分達だけで解決しねーと。
幸い養護の先生もいなかったから誰にもばれてねー。かえって好都合だぜ」
「う、うん……」
「それに私は結構この状況気にいってるんだ」
え? という顔で改めて【榊】が【神楽】の顔を見る。【神楽】はこんな状況にも
関わらず上機嫌だった。それはさっき【榊】がまくしたてた
「高校で友達が出来たんです本当にいい友達なんです私こんなこと初めてで本当にうれしくて」
のくだりがうれしくかつ照れくさかったのもあるが、それ以外にも理由があった。
そっちの方がどちらかというとメインである。そっちの理由を【榊】に説明する。
「だって、理想の肉体が借りられたんだぜ!!」
ますます分からない【榊】。顔が え? から は? になる。
「わかんないかなぁ榊。あんた、自分の体がどんなに恵まれてるか自覚してねーぜ」
説明しながら、【神楽】は、
(しっかし、自分の体と声相手に、榊の体と声で話し掛けるって違和感バリバリだな)
などという感想を持っていた。
「いいか榊。あんたの身長は170オーバー。太股の筋肉、腕の筋肉、腕の筋肉、
体のバランス、もうバッチリ!!」

【榊】は、いきなり自分の体のことを言われてこっぱずかしくなり、
「い、いや……その……好きでそうなったんじゃないし、もっと背の低い方が……」
【神楽】は、今は【榊】が使っている自分の顔を見て、
(うわー、私って弱気のときはこんな顔してるんだー。
うーん案外自分でも分からねーもんだなー)
と感心しつつ話を続ける。
「そう、そこだよ榊!! 『もっと背の低い方が……』なんて贅沢な悩みだー!!
いいか! 背の低い人間が、体格に恵まれない人間が、どんなに辛いかあんたは
分かってない! 毎日牛乳を1リットル飲んで、七夕の願い事に
『背が高くなりますように』って書いても私は背が高くならなかった!!
鉄棒に逆さにぶら下がるという無駄な努力もやったさ!!
ああ、もっと体格が良ければ私の記録は学校の狭いプールをぶち抜いて津々浦々にあふれ出し
バサロが個人メドレーでフライング……」
【榊】は【神楽】が体が入れ替わったショックと興奮でおかしくなっていると思ったが、
あんまり自分の体で変なことをしゃべって欲しくないという気持ちもあったので、とりあえず
「ご、ごめんなさい……」
と謝っておいた。興奮し過ぎて自分でも何をしゃべっているか分からなくなっていた
【神楽】は、榊の謝罪を渡りに船とばかり受け取って、
「う、うん。分かればいいんだ。私も言い過ぎたな」
と、一息おいて、
「つまりだ。榊はあんまりこの体……今私が入っているヤツを有効利用していない。
こんなに運動向けの体はそうそうないのにだ。私は正直うらやましい、もったいないぜ、
なんで水泳部に入らねーんだ、と思っていた。そこへ今回の事故だ。私は榊の体を、
榊は私の体を手に入れた。これはせっかくの稀代の肉体を
有効利用するチャンスだと思わねーか?」

 【榊】にもなんとなく話が見えてきた。
「私の体を使って、いい記録を出したい、そういうことか?」
「まあ、そんなところだ。安心しろ榊。あんたの肉体はきっと日本の水泳界発展のために
役立ててみせる!!」
(すいません親からもらった体なんで勝手に使われるのはちょっと)
と【榊】は思ったのだが、【神楽】は話す暇を与えず、
「よーし、そうと決まればさっそく実行!! この肉体の底力を試してやるぜ!!
生まれ変わった私を見ろーっ!!」
と、【神楽】は叫ぶと扉を開けて駆け出して行ってしまった。
うりゃうりゃうりゃー!! などとドップラー効果つきで叫んでいる声が聞こえる。
榊の声(CV:浅川悠)で。
 【榊】は、元に戻れなかったらどうしようとか、体が入れ替わってしまって
どんなふうに生活に支障が出るのだろうか、という心配よりも、
(私の体で変なことをしないで欲しい……
せっかく、まあ最近趣味の可愛い物好きの副作用で崩れてきたとは言え、
クールでクレバーなイメージでやってるのに……)
という心配をしていた。

 【神楽】はまるでこの世の春を謳歌しているような気分だった。あの榊の体が
自分のものになっているのである。借りると言ったが、返すつもりはなかった。
二人を元に戻す方法が見つかったとしても、地の果てまで逃げ回るつもりだった。
大丈夫、私の肉体より榊の肉体の方が足が速い。校内の女子で追い付けるものはいない。
男子に対しても男子の平均レベルくらいならまず大丈夫。あ、長距離が苦手なのか。
まあなんとかなるさ、榊が返せーって追いかけてきても地の果てまで逃げ切れる。
でも水の果てになると不利か? そんなことを考えながらルンルン気分で校庭にでた。
見る人が見れば、【神楽】の頭にチューリップが咲いているのが見えたかもしれない。
 校庭では陸上部が練習していた。榊の肉体の力を試すチャンスである。
【神楽】は勝手に練習中の女子選手の横について競争した。完勝した。
ついでに男子選手も何人か追い抜いておいた。男女陸上部長と数人の部員が走ってきて
【神楽】にクレームをつけた。練習中に勝手にトラックに入るんじゃない、
そうよそうよあんた帰宅部でしょ何様のつもりよ、と。【神楽】は、
自分が他人から見れば榊であることなどすっかり忘れて、
「うるせーバカ!! 私は走りたいから走っただけだ! 遅い奴はトラックから出て行け」
と、【榊】が見ていたら卒倒しそうなやりとりをしてしまった。このやり取りで
当然男女陸上部員の榊に対する印象は基本的に悪化したが、中には
(ああ……毒舌な榊様も素敵だわ……)
(ああ……あんな風にして榊さんに言葉責めされて肉棒踏まれたいハァハァ……)
という部員もいて、若干人気が上がったのもまた事実だった。
 多数の敵意のこもった視線と若干のえろえろな視線を浴びつつ【神楽】は
トラックを後にした。プールに向かっていたのだ。校舎と校舎の間の人通りの少ない
場所にさしかかったとき、何者かが【神楽】に飛びついた。

(バカな?! 私に気付かれずに近付いてきた? くそっ、榊か!?)
そう思いつつ慌てて不審者を確認……するまでもなかった。
「さーかーきーさーーーん!! ご無事だったんですねーーっ!!」
(かおりんかよ……)
 かおりんは天体望遠鏡を使い屋上から榊……今は【神楽】だが……を監視していたのだ。
榊が本物の【榊】ならばこの程度のかおりんの監視には引っかからないし、
不意打ちで飛びつかれたりもしないのだが、あいにく今日は中の人は神楽である。
「榊さーん!! ほんとにご無事で何よりです!! 私、本来なら保健室で榊さんが
お目覚めになるまでちゃんと看病してさしあげたかったんですけど、
ゆかり先生が『てめえ私の授業に出れねえのか!!』
って無理矢理私を引っ張って行ったんですよ!! ひどいですよねー!!
それにゆかり先生はこんなことまで言ったんですよー! 『ふっふっふっ……かおりさん、
心配しなくてもいいわよ。どーせ榊は神楽と二人っきりでよろしくやってるに
違いないわよー!! だって今日養護の先生休みでいねーんだもんねー!
二人っきりの保健室、起きたばっかでまだ動けない榊に向かって神楽が
「榊ぃ、私はあんたのことが……」、榊が「いけないよ神楽……私にはかおりんが……」、
神楽が「そんなこと言ってここはいやがってないぜおりゃおりゃ」、
榊が「うう……汚された……でも悪くない……神楽に乗り換えよう」って
ちょっとかおりさん何マジ切れしてんのよジョークに決まってるだろジョークに
ええい分かった分かったから廊下でそんな卑猥なことを大声で叫ぶんじゃないわよコラ!』
ってー!! でもね榊さん、こんなことでは私の想いは(以下長文のため1024行略)」
と、このようにまくしたてるかおりんに【神楽】は辟易した。
(ゆ、ゆかり先生……あなた本当に教師ですか……? てゆーか、それかおりんにだけ
言ったんですよね? クラス全員の前で言ったりしてないですよね?
ああ、後で確認取らなきゃ……。ったく、榊と私がデキてるってネタいいかげんに
止めて欲しいぜ。デキてねーつーの! 大体ともとよみの方が怪しいだろうってゆーか
かおりんいいかげん放してくれよどこ触ってんだよったく榊は毎日こんなのに耐えてんのか?)

 実は榊は普段はかおりんが現れると適当にどうとでも取れる言葉を呟いておいて、
かおりんがくらっとなった瞬間にその俊足を生かして逃げているので大事には
いたってないのである。しかし場慣れしていない【神楽】には
それは無理というものであった。ベタベタと触りまくるかおりんに
【神楽】はぶつっと切れてしまい、
「ああもう!! 気持ちわりぃからやめろよ!!」
と怒鳴ってしまった。愛する「榊さん」に怒鳴られたかおりんは、
「うう……榊さん、どうしちゃったんですか?」
と【神楽】を涙目で見上げてきた。
(あ、そっか。榊の背の高さだとかおりんの顔は下にくるんだな。
っと、そんな場合じゃねえ。どうフォローしようか)
【神楽】は榊のイメージにあったフォローを考えたが、ガサツでボンクラな彼女には
2秒が限界だった。彼女が2秒で導きだした結論、それはめんどくさいので
地のままでいく、ということだった。
「あー、私急いでっから。それとあんまりべとべと触るんじゃねーよ。
この時期暑っ苦しいだろ。そんじゃな」
そう言い残してプールの方に駆け出して行った。残されたかおりんは
「榊さん……言葉遣いが悪くなっちゃって……それに冷たいし……どうしたんだろう」
と呟いていた。

 【榊】は困っていた。それはそうである。いきなり友人とは言え他人の体になって
困らない方がおかしい。しかもその友人は榊の体を持ち逃げしてどこかに行ってしまった。
「どうしよう……」
きょろきょろと誰もいない保健室の中を見回す。天井が、棚が、ベッドのカーテンレールが、
全て高く見える。自分が神楽の体を借りているということが実感できた。
(ああ……)
嘆きながら足下を見る。何でこんな風になってしまったんだろう。そう思いつつ床を
はわせていた視線が一点に止まる。
(神楽の上履き……小さい)
さっき立ち上がったときは余裕がなかったため上履きなど気にしなかったが、
よくよく見ているとかなり普段自分の使っているものより小さいのだ。そして姿見を
もう一度見て自分の姿を確認する。
(やっぱり小さい……ともや大阪と同レベル……これは……これは……
可愛い服を着るのにうってつけ?!)
これなら普段自分には似合わないと諦めていた可愛い服が着られるかもしれないのだ。
もちろん、ちよちゃんレベルは無理にしても、工夫すればある程度いけるかもしれない。
もし普段神楽に可愛い服を着ることを頼んだとしても、断られるのがオチだろう。
だが、今は神楽の体は【榊】のものなのだ。
(そうだよね……神楽だって私の体を使うって勝手に行ってしまったんだ、
ちょっとぐらい私も好きなように使わせてもらっても構わないはずだ)
 今の【榊】は、小さい頃から悪ガキに「十六文」、「アッコ和田」などと
からかわれていた大女ではない。「目つき悪い」とか「三白眼」とか、「鉄面皮」などと
詰られていたちょっと怖い印象の女ではない。結構小さいのにやたらとグラマラスな
少女なのだ。ややつり目だけど、くりっとした大きなきれいな目で、
笑顔が素敵なさわやかスポーツ少女なのだ。
(……っ!)
 可愛い想像をし過ぎて、いつもの症状が現れた。姿が変わっても
これは変わっていなかった。【榊】は結局十分ほどそこで姿見を見ながら震えていたのだった。

(つづく)

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最終更新:2007年10月21日 15:50