にゃも、本名黒沢 みなもはため息をつきながら学校の廊下を歩いていた。
今日は給料日で、さらに必ずといっていいほど給料日には「呑みにいこう!」と誘ってくる長年の友人、谷崎 ゆかりも風邪で休んでいるので、本当なら嬉しくてしょうがないはずなのだがなぜか素直に喜べなかった。
―――馬鹿は風引かないって言うけど……あれは嘘ね―――
みなもは長年の友人に対して普通に「馬鹿」と思ってしまう。いや、長年の友人だからそういえるのかもしれない。
「あ、にゃも。さよなら。」
古文の木村がみなもにあいさつをする。木村は変人だが善人でもある。
その後もみなもは幾人かの生徒と挨拶を交わした。
―――今日は一人で呑みに行こうかな……―――
いつものゆかりはいないので、今日はゆっくり呑める。みなもはそう思っていた。
学校帰りにみなもが寄ったのは、風邪で休んでいるゆかりの家だった。
ピンポーン。
みなもがチャイムを押すと、ゆかりのお母さんが出てきた。
「あぁ、ちょっと上がってってね。ゆかりは多分おきてるわよ。」
みなもはお見舞いのりんごを持ってゆかりの部屋に歩を進めた。
ゆかりの部屋に入ると、いつもどおりの汚い部屋だった。
「あ~にゃも~・・・お見舞いちょうだい~」
ゆかりが少し虚ろな目をしてお見舞いを欲しがる。
みなもがお見舞いをわたすと、ゆかりは不機嫌そうに「メロンが良かった」とつぶやいた。
「馬鹿なこと言わないの。はい。今日は給料日でしょ。」
みなもはそういってゆかりに給料袋を手渡した。
「頑張って風邪治しなさい。」
それだけいってみなもはゆかりの部屋をあとにした。
部屋からは、風邪だというのに嬉しさのあまり狂喜乱舞しているゆかりの声が聞こえてくる。
みなもがゆかりの家をでると、そのまま駅のほうまで向かった。この前見つけた美味しそうな居酒屋がそこにはあるのだ。ただ、静かそうな雰囲気だったのでゆかりをつれてこようとは微塵も思わなかった。
ガラッ。
いい音を立てて居酒屋の扉が開いた。
中には何人も先客がいた。
みなもは席につくと早速、ネギマと中ジョッキを頼んだ。
みなもがまったりとした時間をすごしていると、みなもと同じくらいの男女が入ってきた。
―――あっ!あの人は―――
みなもは男性のほうには見覚えがあった。前に一度、大学時代にラブレターを出そうと思った相手。勇気がだせずに、結局気持ちを伝えられないまま卒業してしまった相手。(そのときのラブレターはどうしてかゆかりの手にわたっている)
男性は後ろの女性と楽しそうに話をしている。二人の指には結婚指輪と見られるものがあった。
―――・・・くそぉ!なによ!いまどき高校生でも彼氏がいるってのに!今日は呑んでやる!どうせ私は一人身よ!―――
そのあとみなもは何を頼んだのか覚えていない。ただ会計が五千円前後だったのは覚えている。
会計を済ませて街中を歩いていると、ホストと見受けられる人物がみなもに近寄ってきた。
「どうしたの?何か悲しそうな顔をしているね。ホストクラブでパーッと遊んでみない?」
「結構です。」
みなもはそれだけいうとわき目も振らずに帰ろうとした、だが、ホストはみなもの腕をつかんで話さない。
「見るだけでもいいからさ。一回来て見てよ。」
「ちょっと!離してください!」
しかしホストは一向に離そうとしない。
ホストの肩に何者かが手をポンと置いた。
「強引過ぎる男は嫌われますよ。」
ぬっと木村の顔がいきなり出てきたことにより、ホストは驚いて逃げてしまった。
木村はみなもを見たまま動かない。
「大丈夫ですか?嫌なら嫌ってきっぱりいったほうがいいですよ。それに女性一人で夜道を歩くのは危険だ。家まで送ってあげます」
木村はそういいながら近くにあった募金箱に一万円を入れる。
みなもは不意に、子供のころ見た戦隊ものの特撮番組を思い出した。
―――そういや、ああいうのも、ピンチになったところに正義の味方が助けに来るんだっけな・
木村はみなものマンションまで本当に送ってくれた。
「それじゃあ、おやすみ。」
木村はそれだけ言うと、自宅の方向に向かって歩き出した。
翌日、ゆかりは復帰し、職員室に賑わいを越えたうるささが戻った。
木村に礼を言っても「当然のことでしょう?」というばかりだった。
―――あなたは、奥さんもお子さんもいます。でも、近くから見守るだけなら、いいですよね―――
みなもは木村を見つめながら、にっこり微笑んだ。
END
最終更新:2007年10月21日 18:56