神楽を徹底的にたたきのめした翌日の放課後、私はどんな手段で追い詰めて
そして壊してやろうか考えていた。それを止めようとする自分の声が聞こえるが、
壊してやりたい衝動を上回るのを感じていた。しかし・・・
「榊ちゃん?これから予定あるん?」
聞いてきたのは関西の言葉を喋る私の友人の一人春日歩だった。皆からは「大阪」
と呼ばれている。私はそう呼ぶのに抵抗があるので呼んでいない。
「いや、特にない。」
「そうか~。なら、ちょっと体育館まで来てくれへん?大事な用があるんや。」
体育館?一体何の用だろう。今日はどの部も使ってないので、行くのは構わないの
だが・・・・しかし、大事な用と聞かれては断るわけにもいかない。
「分かった。」
「まいど~。そーゆう訳で神楽ちゃん、ちょっと榊ちゃん借りるで~」
「え?あ、ああ。」
私と一緒に帰ろうとした神楽は呆気にとられながら返事した。私達は体育館
に移動した。
「で、大事な話って?」
何の用だか知らないが、早く済ませて欲しいものだ。すると、いつになく真剣
な表情で春日は振り返った。
「榊ちゃん、もし今のままやったら榊ちゃんは自分で自分の身を滅ぼすで~
あたしはそれを止めにきたんや。」
言ってる意味がさっぱり分からなかった。自分の身を滅ぼす?止める?
どういう事だ?
「榊ちゃん、あたしと勝負せえへん?バスケットボールで。」
「勝負?」
「そーや、時間は15分。それで相手より多くゴール入れた方が勝ちや。単純やろ?」
「何で私が君と勝負しなきゃならない?」
「言うたやろ?榊ちゃんの暴走を止める事やて。」
そこまで言われてピンときた。つまり彼女は私が神楽を潰すのを阻止する為に
こんなとこに連れてきたのだ。
「今のまま進んだら、榊ちゃんも神楽ちゃんも破滅するだけや。それは自分
でも分かってるやろ?」
「・・・・・・・・分かった。ただし、どうなろうと責任は持たないぞ。」
それを聞いて春日はニッコリ微笑んだ。私達は体操着に着替え、コートに立った。
正直春日を潰したいとは思わない。私がボロボロにしたくなるのはスポーツを
必死になってやっている人間、そう神楽のような人間だ。
しかし、春日にはそれが感じられない。
でも勝負を挑むからには容赦はしない。己の無力さを嫌というほど味わわせてやる。
心の中の黒い部分が私を突き動かす。
「ほんじゃ、私から行くで~」
春日がドリブルをした。しかし、全然サマになっていない。私はその春日の
ボールを簡単に奪い、先制点を決めた。
「さすがやな~榊ちゃん。」
笑いながら春日は言った。その笑いいつまでもつかな?15分たつころには君の
顔は泣き顔でぐしゃぐしゃになっている事だろう。
私はその調子で10ゴール決めた。その間、春日は私に触れるどころか追いつく
事すら出来なかった。
しかし、それでも春日の表情は変わらない。相変わらず笑みを浮かべている。
「榊ちゃん、やっぱすごいわ~。あたしも本気出さな~」
本気?私は耳を疑った。運動神経はちよちゃんと同じくらいにない君が?
笑えない冗談だ。
「ほな、行くで~」
春日がドリブルを始める。私はすかさずボールを取りにいく。しかし、私の手は
空を切った。目的の人物は私の背後におり、そしてゴールを決めていた。
「初ゴールや~」
嬉しそうにはしゃぐ春日。
油断していた。そうとしか考えられない。でなければゴールを決められるはずはない。
今度は私の攻撃だ。全力で春日を抜く。しかし、すぐに春日にボールをカットされ、
そのままゴールを決められてしまった。
「2ゴールや~」
見えなかった。今までの本気じゃないというのは嘘ではなかったのか?
それからの私は春日に翻弄されっぱなしだった。攻撃を止めようにもあっさり抜かれ、
攻撃しようにもすぐにボールをカットされてしまう。あっという間に同点にされてしまった。
私の中で焦りの感情が生まれた。こんなはずはない。私の方が優れているんだ。
落ち着け!冷静になるんだ!!何度も自分に言い聞かせる。
しかし、そんな思いも空しくあっさり逆転されてしまう。
「どないしたん?あたしを倒すやないんか?」
(カチン)春日の余裕に満ちた態度、人をバカにした表情に私の中の何かが
はじけた。気付くと私はドリブルし、カットしようとした春日の眉間に肘を
ぶつけていた。倒れこむ春日。
それを見て私は「調子に乗るからだ。」と心の中で罵った。段々と闇の部分
が強くなるのを感じる。しかし、春日は額から血を流しているものの何事も
なかったかのように立ち上がった。
「別に怒ってへんよ~。スポーツに事故はよくある事や~。さ、再開しよか~」
笑いながら春日はゲームを再開した。
あとはもう一方的だった。そう、昨日私が神楽にした事を今春日に私がされているのだ。
10分たった時には点差はもう絶望的にまで開いていた。
私の中の何かが突き崩されてゆく。これまで誰にも負けた事のなかったスポーツで
ここまで打ちのめされるのは屈辱だった。しかももともとスポーツをやっていた
人間ならまだしも、相手は自分以上にスポーツに縁の無い人間である。
恐らく誰かがこの場にいたら、私の表情が焦燥と絶望に満たされているのに気付いた
だろう。ガラガラと崩れ落ちる自信とプライド。
自分が今までしてきた事をされて初めて気付いた。私に潰された相手は皆こんな
気持ちだったのか?
いや、それ以上かもしれない。そして、気付いた。春日もまた私と同質の人間なのだと。
「無様やな榊ちゃん。潰される側に立つのはどんな気持ちや?」
これ以上にないくらいに嫌な笑みを浮かべながら春日は言った。私と春日の
決定的な違いは私は時間をかけて潰すのに対し、春日はその場で完全に叩き潰す事
である。
「ハァハァ・・・・ま、まだ終わっていない。」
その言葉を言えば言うほど空しくなる。私に見えるのは深い暗闇だけだった。
春日がドリブルしてくる。私は何とかキッチリマークして春日の進路を塞いだ。
しかし、次の瞬間私は春日に吹き飛ばされていた。ショックだった。自分よりも
小柄な人間にパワーですら負けた事に。
「やる気ないんちゃう?つまらへん。」
春日の言葉がグサグサと私の胸を突き刺す。直後に春日は顔面目掛けて思いっきり
投げ付けてきた。よける事すらままならずボールは私の顔面を直撃した。うずくまり
鼻を押さえる。鼻血が出たからだ。目からは涙も出ていた。
「ホンマ情けないな~かおりんが見たら失望するで~」
もう何も言い返す気力も残っていなかった。もういい、何もかもどうでもいい。
神楽を壊す事も、春日を倒す事も、もういい。このまま消えてしまいたい。
どうせ遅かれ早かれ私は壊れる運命だったんだ。なら、ここで壊れても構わない。
そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
「何やってんだよ!!」
体育館の入口から聞き覚えのある声がした。そこにいたのは神楽だった。
「何ってバスケットの勝負やで。見ての通りあたしの圧勝や。」
「うるさい、大阪は黙ってろ!!」
物凄い剣幕で神楽は春日を睨む。春日は特に気にした様子もなくそっぽを向いた。
そして、神楽は私に近づいてくる。
嫌だ!!来るな!!こんな姿見られたくない!!その思いで頭が一杯になり
私は後ずさりした。
神楽はそれに構う事なく私に近づいてくる。そして、私を抱きしめた。
やめろ!!私に触るな!!私は神楽から逃れようと必死になって暴れた。
「離せ!!離せ!!」
それだけを繰り返し叫んだ。しかし、神楽は動じない。むしろ抱く力が強まる。
「榊、もういいんだ。」
優しく微笑みながら神楽は言った。さっきまで渦巻いていた負の感情が溶かされていく。
涙がより一層溢れた。
「どうして・・・・私はお前に・・・あんな事をしたのに・・・・今の今までそれを繰り返そう
としたのに・・・・どうして・・・・」
言葉がうまくつながらない。涙のせいでうまく声が出ない。
「言っただろ、気にしてないって。だってあたしらライバルで友達だろ?」
私の心の一番奥にその言葉は響いた。闇が消えてゆく。
「榊ちゃん、神楽ちゃんにここまで言わせたんや。榊ちゃんの気持ちも聞きたいわ。」
春日がこちらに向き直って言った。その表情はいつもの優しい顔だった。
まるで悪魔から天使に生まれ変わったかのように。
「神楽・・・・私を嫌いにならないで・・・ずっと友達でいて!!お願い!!」
一杯に声を張り上げて私は嘘偽りのない気持ちをぶつけた。
「何言ってんだ。お前を嫌いになんてなるもんか。私らずっと友達だ!!」
神楽は私の頭を撫でてくれた。私は声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは
何年振りだろう。でもそうせずにはいられなかった。
気付いたから。神楽の優しさに、自分で汚れ役を引き受け私の暴走を止めに
きた春日の勇気に・・・・
「良かった。あたしのようにならんでホンマに良かった。危険な賭けに出て
良かったで。」
と春日は言った。その目には私同様涙が溢れていた。
私の気が落ち着いた後、春日は自分の過去を語ってくれた。
「私もな、榊ちゃんと同じで何もしなくてもスポーツできたんよ~
で、あたしは自分の実力を見せつけ、次々にスポーツに一生懸命な人間のプライド
を傷つけそして壊してきたんや。あたしは榊ちゃんと違って良心も存在せへんかったん
や。潰れる奴が悪い、そーゆう考えやったんや。」
何処と無く寂しそうに語る春日。
「そして、前の学校でとりかえしのつかない事になったんや。あたしと一番仲のええ
子やった。その子が自殺したんや。何でやと思う。あたしのせいや。もうあたしは歯止め
が効かなかった。スポーツをやめさせるだけじゃ収まらなくなっとった。そして死んでしまい
たい思うぐらい追い詰めなきゃ満足出来んようになった。あたしはその友達を大事に思う反面、
潰したいという願望ももっとった。そして、越えてはいけない一線を越えてしまったんや。」
重い、ずっしりと重い告白だった。
「その時、あたしは初めて自分が取り返しの付かない事をした事に気付いたんや。
あたしの精神は一度ボロボロに壊れた。世界の終わりが来たくらい闇に堕ちた。
あたしの担任や家族があたしを励まして続けてくれなければ、私は二度と立ち直れ
なかったやろな。それでも今の様になるまで随分時間がかかった。そのことがあって
からあたしは自分の運動能力を封印したんや。」
昔を思い出したのだろうか?春日の声が震えていた。
「ここに来てからはうまくやってけるようになった。友達も出来た。でも、昨日の
榊ちゃんの行動を見て背筋が凍る思いやった。それはまさに以前の自分そのものやったから。
このままにしてたら榊ちゃんはあたしと同じ運命を辿る。そう思った私は今日この
手段に出たんや。一歩間違えれば榊ちゃんを潰してまう。
あたしは神楽ちゃんの友情に賭けた。そして神楽ちゃんはあたしの期待に応えて
くれた。嬉しいであたしは。」
喋り終わった後、春日は座り込んだ。緊張の糸が切れたのだろう。
「そうだったのか。大阪、その友達の中には私も入ってるんだよな?」
「私もか?」
「当たり前や。」
そう春日が言うと私と神楽と春日は抱き合った。私と春日の溢れていた闇が
消え、光が照らされてゆくのを感じた。
「帰ろうぜ、榊、大阪。それとここであった事はみんなには内緒だぞ。」
「うん。」
私と春日は一緒に返事をして、体育館を後にした。私はひとつの物を失い、それと
引き換えに何者にも変えがたい物を得たのだった。
その光景を近くで見ていた者がいた。にゃもである。
「やれやれ、私の出番なしか。ま、あれを見せられたら出るに出れないわね。
さて私も帰るか。」
にゃももその場を後にした。
LOVELESS END
最終更新:2007年10月21日 16:17