もしも願いが叶うなら 6

 三人とも黙っていた。さっきまで事情を説明していた少女も、壁にもたれて時折それを
補足していた少女も、それを聞いていた少女も。ただ、黙っていた。
その空気の圧迫感に耐えかねて、【神楽】が咳払いをした。それを合図にしたかのように、
【榊】が口を開いた。
「どう……かな」
ややあって、ちよが口を開く。
「……ちょっと、信じられない話です……」
【榊】はうなずいて、
「信じられないのも無理ない……でも、信じてくれなくてもいい」
と言った。
「おい榊、それじゃ説明した意味がねーだろ!」
「すいません、そういうつもりで言ったんじゃないんです!」
残る二人の声が同時に部屋に響いた。
「……いや、こんな話信じろという方が無理だ。ちよちゃんは悪くない。それに、
これは私達が解決しなきゃならないことだ。ちよちゃんが作り話ということで
納得するならそれでいいよ」
二人の気持ちに答えて【榊】が自分の気持ちを伝える。再び沈黙が場を制した。
「でも……」ちよがぽつりと喋りだした。
「榊さん、神楽さんを疑うわけじゃないんですよ! 本当です! それに、その……
さっき話を聞いていたときの榊さんと神楽さん、入れ替わってたって思えば自然ですし……
ただ、本当にこんなことが……」
「私だってびっくりしたさ」と、【神楽】がちよの言葉を受ける。
「目が覚めたら榊だもんな……ともかく、ちよちゃんには余計な心配かけて、
それに嘘ついて家に転がり込んで悪かった。やっぱり私ら帰った方が……」
「い、いえ! ぜひここにいてください! 家に帰っても大変でしょうし……
それに、今日お父さんもお母さんもいなくてさびしいですから!」
ちよが慌てて引き止める。【榊】が、
「いいのか?」
と尋ねる。ちよは、
「はい! とにかく夕ご飯を食べましょう。ご飯を食べながらゆっくりともう少し詳しい
お話を聞かせてください」
と答えた。
 【榊】と【神楽】の二人は、自分達が元の体に戻りたいこともちよに話した。
しかし、ちよが実年齢に対して天才的頭脳を持っていても、それを実行する答えを
知っているわけはなかった。
「ちよちゃんでも知らねーかぁ」と【神楽】。
「それはそうだろう……」と【榊】。
「で、でも、戻る方法はきっと見つかります! あきらめないでください!」とちよ。
【榊】は残ったコーヒーを飲み干し、
「うん……明日図書館に行っていろいろ調べてみよう」
と言った。
「……でも、榊さんが神楽さんみたいな喋り方をするのも、神楽さんが榊さんみたいな
喋り方をするのも、なんだか不思議と言うか、おもしろいと言うか……
あっ、ごめんなさい、おもしろがるようなことじゃないですよね……」
「いや、まぁ……私らも最初は結構こーなってるのを楽しんでたしなー。なぁ、榊」
「私は別に……」
 そんなことを話している間に、時計は8時を指していた。
「もうこんな時間ですねー。お風呂の準備は出来てますから、どうぞお入り下さい。
お二人ともお疲れだと思いますし」
ちよが二人に風呂を勧めたが、
「いや、ちよちゃん寝るの遅くなったら辛いだろ。ちよちゃんが先に入ったら?」
「お邪魔させてもらってる私達が一番風呂をもらうのは悪いし……」
と二人は言った。
「じゃあ、すみませんが、私が先に入らせていただきますね。私が出たら、
お二人ともどうぞご自由にお使い下さい」
そう言ってちよは入浴の準備を始めた。

 風呂場の中。ちよの次に入浴した【神楽】は、風呂場の鏡に写った自分の姿を見ていた。
もともと榊のものだった体を。もちろん、女同士、同じクラス、そしていっしょに
旅行にもいった仲だ。裸を見るのは初めてじゃないが。
「はぁ……、本当にスポーツやらねーのがもったいない体してるなー」
 そう独り言を言い、改めて鏡の中をまじまじと見つめる。その恵まれた体格と運動能力。
もしも榊のような体に自分もなれたらと何度も思った。その願いはこうして叶うことと
なったわけだが。しかし。
(この体でいる限り、私は「榊」なんだよな……どんなにがんばっても、
「神楽」じゃなくて「榊」として評価されるんだ)
 その現実にため息をつく。戻る方法が分からないということが、さらに気を重くする。
が、とりあえずは今は考えることを止めて鏡の中の今度は顔に注目する。
 やや冷たい印象だが落ち着いた瞳。校内の男女両方に人気だといわれる整った
クールフェイス。そして黒く美しい長い髪。正直、【神楽】も変な意味でなく
カッコイイと素直に思える顔だ。ただ、精神が入れ替わっているためか、普段とは
顔の印象が若干変わっている。榊が普段やっている顔をマネしてみようとやってみたが、
うまくいかない。しょうがないので、いつも自分がやっているようににかっと笑ってみた。
(……以外と……かわいいんじゃん)
普段の榊とは大幅にイメージが違ったが、一瞬ドキドキしてしまう。
(な、何焦ってんだ私は……)
何か榊の意外な面を見たような気分になり、後ろめたさに似た感情さえ感じた。
 神楽は入浴を終えた。……しかし、彼女はその直後再び現実を突き付けられることになる。
「そういやこんなの履かなきゃいけねーんだったな……」
あまりにもファンシーな下着が脱衣所で彼女を待っていた。

 【榊】も【神楽】が上がった後に風呂に入った。普段の自分より短い髪を丁寧に洗う。
ややぱさついてしまった髪。日焼けした肌。それが神楽がいかに努力してきたのかを
雄弁に物語っていると【榊】には思えた。
 【榊】は鏡の中を覗き込んだ。普段はまさに元気という言葉がぴったりくる顔。
だが、いまは【榊】が体の中に宿っているせいか、悪く言えばさめた、良く言えば
落ち着いた顔をしている。
(私じゃ、あんなに気持ちのいい笑顔で笑うことは出来そうもないな……)
快活な友人の笑顔を思い出してため息をつく。その明るさはうらやましいが、
かといって体が入れ替わってもその明るさを身に付けられるわけでもないのだ。
(一生元に戻れなかったらどうしよう……)
 不意に不安が【榊】を襲う。心が落ち着いて涙が止まるまで、【榊】は顔を洗い続けた。
風呂から上がったとき、泣いていたことがちよちゃんにばれないように。
これ以上心配させるわけにはいかないのだ。
 涙が止まって、【榊】は、体を温めるために湯舟に入った。その瞬間、
「ごぼっ?!」
危うく溺れそうになった。背が低いのを忘れて普段の調子で湯舟の中で座り、
ちよの家の風呂が大きいこともあって潜ってしまったのだった。
(……なんとしても、元に戻る方法を見つけよう)
決意を新たにする【榊】だった。

(つづく)

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最終更新:2007年10月21日 19:03