大阪@大阪編第一回

「ボレロって…ホンマかわえぇなぁ…。」

 自室で,学校へ行く準備のさなか,春日歩はボレロに袖を通しながらつぶやいた。
小さいころからあこがれていた「ボレロ」。セーラー服が覇権を利かせ,
ブレザーがその勢力を伸ばしている女子高生の制服の中でも,
ボレロは採用している学校が少ないだけに,格別の扱いだ。

 そのボレロを制服として採用している名門進学校,「菊仙女学院」。
難関と言われる名門へと,ほぼ奇跡に近い合格を,
彼女は二人の親友とともに果たした。
今まで努力した結果が,現在の今に至っている。
そんな満足感に浸りながらも,学校への準備を着々と進めていく。

「歩~,はよしないと純ちゃんとまーやちゃん来るで~。」
「はいはいは~い。」

 台所からおかあちゃんの声がかかる。
中学校の頃はいつもおかあちゃんのこの声で起こしてもらっていた。
だけど高校に入ってからは,今まで,学校に行く日は自分からちゃんと起きている。
こんな小さな事の積み重ねが,高校に受かった実感を盛り上げていくものだ。

 ダイニングへ行くと,既に妹の翔が4人がけのテーブルについて,
朝ご飯の白味噌汁をすすっていた。
手間がかかる二つの編み込みお下げを結い終わり,
糊で直線的なラインのシルエットを持つ,
洗い立てのセーラー服を着込んでいた。
つい先月まで,歩が着ていたセーラー服のお下がりだ。
 この春から中学生になる翔の現在の体格は,
比較的成長の遅い歩とほとんど同じで,身長も,座高も,ウェストも,
ただ,胸のサイズが歩に輪をかけて小さい以外は,
それでこそ双子と見間違えるほどそっくりだ。

 歩も翔の隣に席につき,箸を手にとり,
小鉢に盛られたほうれん草のおひたしに箸を伸ばした。
アジのひらき,ほうれん草のおひたし,白味噌汁。
関西系味付けを好むの春日一家の朝は大抵は和食から始まる。
ただ,歩も翔も寝坊した日は早く摂れるトーストやシリアルで済ませる事もある。

 あめ色に漬かった奈良漬をかじりながら翔は黙々とご飯を口に運ぶ。
藍く飾り絵の施された男性用の大きめのお茶碗を右手に,
少々長めの朱色の塗り箸で,テンポよくご飯を平らげる翔。
ウサギのプリントのついた子供用のお茶碗を左手に,
カエルのプリントの入ったプラスチックの箸でご飯を食べる歩。

 容姿,体格こそ似ている二人であるが,
性格や趣向など,ほとんど中身は別物といっても差し支えは無いかもしれない。
食事だってその一つだ。早食い,大食いで辛いもの好きの翔に比べて,
歩は甘い物好きで食が細い。だから時々,歩が妹に間違われることもある。

「PLLLLLLLLLLLLLLLL!」

 電話から,無機質な電子音がダイニングに響き渡る。
昨日水に漬けておいた食器を洗っていたおかあちゃんが手を止め,
エプロンで水気をふいて壁に掛けてある受話器を取る。

 「はい,春日です。」

 先ほどまで歩と翔を送り出す朝の修羅場に身を投じていたとは思えない,
社交的な明るい声でおかあちゃんは電話に出た。

 「あ,おとうちゃん?…うん…わかった…歩と翔にもゆうとくわ…はい~。」
 「おとうちゃんから?」

 おかあちゃんに負けず劣らない明るい口調で,翔がおかあちゃんに問い掛けた。
おとうちゃんは最近は出張続きで家に帰ってこない,
たとえ帰ってきたとしてもほとんど夜遅く。
だから歩や翔とはぜんぜん親子の会話を持つ機会が無い。
歩も翔もおとうちゃんの事が好きという,ほぼ理想的な父娘関係なので,
今現在の状態みたいに親子の会話が持てないのは非常に残念だ。
だからこそ,おとうちゃんからの電話の内容が気になるし,
電話口から聴くには,歩と翔にも何かメッセージがありそうな雰囲気だ。
おかあちゃんは受話器を静かに置いて口を開いた。

 「おとうちゃん,今日は5時ぐらいに帰ってこれるって。
久しぶりに歩と翔と話ができるんやって。」
 「きゃほ~!」

 満面の笑顔で,翔は隣の歩にハイタッチを求める。
素直に笑顔で応じる歩。乾いた音がキッチンを駆け抜ける。
そして何事も無かったのかのように,再び食事に戻る二人。

 「ごちそうさま!」

 まったく同じタイミングで歩と翔が最後の味噌汁のひとすすりをした後,
テーブルから離れ,翔はソファーにおいてある真新しい学生カバンを手に,
歩は同じくソファーにおいてある背掛けカバンを背に少し遅れて玄関へと向かった。

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最終更新:2007年10月21日 19:11