DJはそんな一リスナーの心境などお構い無しに、ハガキを読み続けた。
「ラジオネーム『涙のダイレクトメール』さんですね。今晩は、いつも楽しく聞いております…」
何っ?『涙のダイレクトメール』だと!よみのハガキじゃないじゃん。何だよ、人を期
待させておいて、このオチは…。
智は思わず、がっくりとした表情を浮かべそうになったが、その瞬間、次の企みが脳裏
に浮かんだ。
その間、ラジオからはDJがラジオネーム『涙のダイレクトメール』がハガキにつづっ
た小話を紹介していた。
別に読まれた記念じゃなくてもいいや。読まれなくて残念賞として、犯人の名前をバラ
してもいいや。名目なんてどうでもいいか。
ラジオが別の話題へと移ると、智はよみと思わず視線が合った。よし、今だ。
「よみ~、残念だったなぁ。で、残念賞って事でさっき言いそびれた犯人の名前を教え
てあげよう」
智はよみの顔を指差して宣言した。
「バカ、やめろ」
よみはそう言ったまま、少しうろたえいる様子だった。
ふふーん、そんなうろたえたところで、やめるような智ちゃんではないのだ。かえって、
そんな仕草を見せると余計に言いたくなるんだよな~。
智はよみの仕草などお構い無しといった具合に、笑みを浮かべた。
「犯人は…」
智の口から遂に犯人の名前が出るときが来た。
「犯人は…」
遂に智の口から犯人の名前が出るときが来た…はずだった。
しかし、智はそう言ったまま、黙り込んでしまった。
あれー、誰だったっけ?えーと…。あいつか、いや違うな。誰だっけ、えーと、うーん
と、えーと、うーんと…。うそー、思い出せない…。
「犯人は…」
智は指を突き上げたまま、黙り込んでしまった。
よみが、智の顔を覗き込むように見た。その次の瞬間だった。
「へへへ、犯人が誰だったか忘れちゃった」
智は舌をぺろっと出して、あっけらかんと言った。
あれー、おっかしいなー。誰だっけ、うーん、さっきまでは覚えていたのになぁ。
まあいいや、よみに聞くか。
「あれぇ、誰だったっけ?よみ、知ってるか?」
智は何食わぬ顔でよみに訪ねた。その次の瞬間だった。
「ダブルチョーップ!!!」
よみが智の頭めがけて渾身のチョップを繰り出してきた。今日食らった攻撃の中で一番
痛い。思わず涙が出て来そうになった。
「痛ったー」
智はもろにチョップを受けた頭部をなでる様に抑えた。
「そんなこと私に聞くな!」
よみは怒り冷めやらぬ様子で一喝した。
そんなに思い切り叩くなよ。それよりも、今の一撃で完全に忘れちゃったよ。犯人は誰
だっけかなー。うーん、胸の中がモヤモヤする…。何か、こう喉元まで出てるのに…。
必死に思い出そうとしている智に向かって、よみは不敵な笑みを浮かべていた。しかし、
智はそんなよみの笑顔を見る余裕もなく、必死に思い出そうとした。
「犯人の名前を教えてやろうか?本当はもう全部読んだんだ」
「本当か?」
良かった。これで思い出すことができる。こうなったら、よみでもいいや。誰だか思い
出さないと今夜は気分よく眠れそうにない。
頼む、教えてくれ。
智はよみの顔をじっと見つめた。
「泣いて頼むんだったら、教えてやってもいいぞ。今日の宿題と一緒にな」
よみが智を見下すように言った。ついでに鼻であしらうように嘲笑してやがる。
智は急に自分が主導権を握ったかのようなよみの姿が癪に障った。
「けっ、誰がそんなこと!」
智はよみを睨むような表情を浮かべて言った。
「じゃあ、どうやって犯人を思い出すんだ」
よみは更に意地悪い表情を浮かべて、智を見ている。
「それは…」
智の声が途切れた。確かによみの言うとおりだ。今よみに聞かない限り、犯人を思い出
す手段はない。
よみが智の下へとにじり寄った。
今日のところは仕方がない、こうなったら逃げるしかない。
「よーし、今日のところは見逃してやろう。じゃあな!」
智はそう言うと、一目散に窓から飛び出して、自分の家へと逃げ帰った。
くそー、何で肝心なところで忘れるんだ。
智は悔しさのあまり、夜空に向かって叫びだしたくなる衝動を覚えた。
その衝動をかろうじて抑えながら、自分の部屋にもどった智は早速、犯人の名前を思い
出すべく、本を探した。
しかし、本はなかなか見つからなかった。
「あれっ、何でないんだ…。あっ!ブッ○・オフに売っちゃったんだ!くっ、だめじゃ
ん。調べられる手段がないじゃないか!くけー!」
智は自分のふがいなさに苛立ちを覚え、思わず叫び声を出してしまった。
智は未だに思い出せない犯人の名前を思い出そうとして、眠れない夜を過ごしたため、
翌朝、寝坊してしまった。
そのため、普段一緒に登校しているよみに先に学校に行ってもらう羽目になった。
うーん、誰だっけ…。本当に思い出せない…。
智は駆け足で学校へと向かいつつも、まだ思い出せない犯人の名前を思い出していた。
走り続けたおかげで、何とか時間前には学校に着き、智は遅刻は免れた。
「ふぅ、間に合ったー。よみ、置いてくなんてひどいじゃないか」
智は教室に入るなり、自分の席よりも先によみの席へと駆け寄った。
「寝坊する奴が悪い。それより、思い出したのか?」
「うっ、それは…」
智はうろたえた表情を浮かべた。
「だから、頼んだら教えてやるってのに、強情なんだからな、智は」
「うるせー、誰がお前なんかの頼りになるか!」
智は両手を上下に振り回して言った。それだけは、それだけは、自分のプライドが許さ
ないんだ。よみにだけは教えてもらいたくはない。まぁ、宿題は別だけどな。
「昨日あの本を読み返したんだろ?何で思い出さないんだ」
「あの本はもう読み終えたから、ブッ○・オフに売っちゃんたんだよ。だから、もう持
っていないんだ。だから確かめることができないんだ」
「ったく、ちゃんと読まないから思い出せないんだよ」
よみは智を諭すように言った。その口調の思わず智はカチンと来た。
「なんだよー、お前が早く私に犯人の名前を言わせないからいけないんだぞー」
その言葉に、今度はよみがカチンと来た。
「人のせいにするな!お前ももう一度ちゃんと読め!」
よみがそう言った途端、智とよみの二人の間で小競り合いが始まった。
「あー、また二人のけんかが始まっちゃいました~」
「ほんとに、二人とも元気やなぁ」
よみと智の小競り合いを見ながら、ちよちゃんと大阪はただ唖然としていた。
(完)
最終更新:2007年10月27日 20:06