暖かい日差しが恋しくなる季節、冬。
季節風でもある空風が街を通り過ぎるたび、人々は寒さに身体を縮こまらせては夏を懐かしんだ。
学校を目指して住宅街を歩く女性とて例外ではなく、寒そうに身体を縮こまらせたあと、隣を歩いている連れらしき女性に捲し立てた。
「さむっ!!どうしてこんなに寒いのよ!?」
そんな相手の態度が日常茶飯事なのか、ロングヘアーの女性は素晴らしいタイミングで返事した。
「1月だからだろう」「うー でも、1月でも暖かいところはあるよね!?」
「ああそうだな」「差別だ―!」「それは違うだろ…」
あきれた様子の友人をよそにタコさんウィンナーにも似た愛くるしい髪形の女性はしばし考え込
んでいたが、やがて人差し指をぴんと伸ばすと連れの友人に提案した。
「そうだ!よみ、今からハワイ行こう!ハワイ」「寝言は寝て言え」
「だってさー ハワイだったらあったかいじゃん!ね、行こうよー」
「…学校はどうするんだ?」「ハワイの学校に通う!」「ハワイは英語が使えないと無理…」
その後も学校に着くまで常夏の国が二人の間を行き来していた。
「おはよう」「ちよちゃんに榊ちゃん、おっはよー!」
「あ、よみさん、それにともちゃんおはようございます!」「…おはよう」
SHRまでゆとりがあるせいか教室はまだらに埋まっており、学生達はそれぞれのグループで雑
談をしていた。学校に着いたよみと智も一年からの友人であるちよと榊に近づいていった。
「今日も寒いですねー」「そだな。お、ちよちゃんのペン可愛いな」
よみはちよの机に置いてあったねここねこのキャップが着いているカラーペンを手に取って眺め
た。よみに褒められてちよのおさげが嬉しそうにぴょんと動いた…感じがした。
「えへへー それはですね、駅前の…なんですよ…」「へー…今度…」
「ね、榊ちゃん 私と一緒にハワイに行かない?」
唐突に智の口から出た単語に思わず榊は聞きなおした。
「…ハワイ?」「そ!ハワイ!常夏の国で勉強しよう!」「え、えっと…」
「おーい榊、バカの相手なんかするとおまえもバカになるからやめとけやめとけ」
ずいっと近づいて返事を求める智。返事に困った榊が目を白黒させていた時、教室の扉からショ
ートカットの女性が左右に手を振りながら二人に近づいて行った。
「出たな勝負バカ!」「なんだとー この本物のバカ!」
「神楽の方がバカだもーん 神楽さんはこの前のテスト何点でしたっけ?」
途端に顔を真っ赤にして神楽は智に食いついた。
「う、うるさい!それにおまえだって私と2点しか変わらないだろ!」
「2点でも私の勝ちだもーん」「ぐっ…」「バーカバーカ」「ぐぐっ…」「あの、その…」
「どっちもどっちだろう…」「あ、あはは」
よみの適切な表現にちよは肯定とも否定とも言えない引きつった笑顔になった。榊は榊で、両脇
で火花を散らしている智と神楽を止めようと両者をおろおろと見つめた。そんな二人の緊迫を打
破するいつもの頼もしい存在が教室の扉を開けた。
「神楽ちゃんにともちゃん、楽しそうやなー 私もまぜてー」
「大阪 おまえも神楽に言ってやれ!」「何て言えばいいんやー?」「バー…うー!うー!」
素早く智の口を塞いで神楽は大阪に確認した。
「大阪 おまえは友達だよな!な!」「私と神楽ちゃんは友達やでー」
大阪の言葉を合図に智が神楽の手に噛み付いたり、神楽が智の頭に拳を振り下ろしたりするいつ
ものじゃれあいが始めるのを大阪は見守りながら、今日の原因をちよに尋ねた。
「大阪さんおはようございます」「おはようさんやー」
「ちよちゃん、あの二人は何の話をしてたん?」
「え?えーっと…」「ハワイだろ」
すかさず助け舟を出してくれたよみの船にちよは乗り込むことにした。
「そ、そうです!ハワイの話です!」「ハワイかー 行ってみたいなー」
その言葉に反応し、智は神楽とのじゃれあいを中断して大阪の両手をぶんぶんと振り回した。
「やっぱそうだよなー!!よし!大阪も私と一緒にハワイに行こう!」「そやなー…」
「はーい!おまえら朝のショートホームルームの時間だよん♪」
にこやかにうなずく大阪と二年三組の担任教師である谷崎ゆかりが姿を現したのはほぼ同時であ
った。そしていつも通り学校の授業が始まった。
「すぅー…すぅー…」
朝の一時はもっとも睡魔が人を誘惑する。睡魔に誘われて安らかな寝息をたてている大阪にゆか
りは、丸めた教科書を己の手に叩きつけながら怒鳴った。
「こぉら大阪!!」「ひゃ、ひゃい!?」「人の授業中に寝るな!」
「先生、私はねておらんでー…ねてません…ねてませn…ねてま…すいませんー ねてました」
次の国語の授業でつまらなそうに教科書を眺めていた智は、読めない漢字を見つけて少し離れた
席にいるにも関わらず神楽に尋ねた。
「神楽ーあのさ、この漢字何て読むの?」「おまえ、こんなのも読めねーのか?」
「そのとおり!」「自慢するなよ…それは『ただわれどくそん』だ!」
(神楽さんも間違ったこと教えてるわね…っは!そうよこの手を使えば!!)
答える神楽も神楽で、胸を張って智に間違えた答えを教えていた。二人のやりとりを苦笑しなが
らで聞いていたかおりんの目に、不意に希望の光が宿った。
「あ、あの榊さん!!」「…?」「この漢字何て読むんでしょうか!?」
「かおりん、その漢字はげん…」「シャーッ!!」
親切な千尋にかおりんは威嚇でお礼を告げた。休み時間。すべての希望が消え失せたように机に
ぐったりとうつ伏せたままかおりんは呟いた。
「はぁ…結局榊さんに聞けなかったよぅ…」「ところでかおりん、何か質問はあるかい?」
「勝手に教室に入らないでください!!それに、かおりんって呼ばないでください!!!!」
最近よく教室に響く聞くかおりんの魂の声を聞きながら、よみはちよに話しかけた。
「ちよちゃん、すまないけど、今日の宿題を見せてくれないか?」「はい、いいですよー」
「どうぞ、よみさん!…でも、よみさんが宿題を忘れるなんて珍しいですねー」
「つい、昨日のラジオに聞き入っちゃってさー…」「ラジオ、ですか?」
ラジオという単語を耳にした途端、どこからともなく智が忍び寄ってよみの前で昨日一緒に聞い
ていたラジオの内容を口にした。
「次のリクエストソングは涙の…」「うるさいバカとも!」
穏やかに流れるいつもどおりの日常の時。その一瞬一瞬を彼女達はいつもどおり過ごしていった。
授業も終わり、放課後の教室から開放された学生達は徐々に姿を消していき、気がつけば、いつ
ものメンバーだけが教室に残っていた。
「うーん 今日も一日終わったー」
そんな中、智は開放感に満たされたのか、大きなあくびをした。鞄に荷物を詰めていた神楽は智
のあくびを見て今朝の仕返しとばかりに話しかけた。
「智ってさー あくびをする時すっげー変な顔になるな」
一瞬むっとした表情になった智であったがすぐに意地の悪い笑みを浮かべて反撃した。
「神楽だって胸でかいじゃん」「む、胸は関係ないだろ!」
再びトマトのように真っ赤になって胸を手で隠した神楽と離れて智は一同に、次の三連休の予定
を聞き始めた。
「ところで今度の三連休あるじゃん。みんなどうすんの?」
「私はコタツざんまいの休日の予定やー」「そっかそっかー…榊ちゃんは?」
「私は…読みたい本があるから…」「休日も読書とはさすがだな榊!」
智の言葉から立ち直った神楽が、本の苦手な自分とは全然違う榊に羨望の視線を浴びせた。もっ
とも榊が読む本は神楽がイメージするような難解な本ではなく、猫の本であったりする。それは
さておき、智は突進してきた神楽にも尋ねてみた。
「神楽は?」「部活だ!」「え!?冬もプールで塩素を拾うの?」「走るんだよ!!」
「よみさんはどうするんですかー?」「私は授業の予習復習だな。ちよちゃんはどうするんだ?」
「私ですか?私は…家の掃除でもしようと考えています!」
智は自分だけ予定がないので不満げに口をふくらませた。
「何だよー みんな遊ぼうよー ハワイに行こうよー」
「こんな寒い中で遊ぶのか?」
「むー」
よみの言葉に難しい顔をして智は黙り込んだ。口を閉じた智に代わって大阪が一同にナイスプラ
ンを提案した。
「ほなら、ちよちゃんの別荘で遊べばいいんちゃう?」「お、大阪…あったまいいー!!」
素直に感嘆の声をあげた智に神楽が尋ねた。
「でも、3日間も何すんだよ」「うーん…トランプ!」
「却下。ちよちゃんもそう思うよな?」「ちよちゃんはそう思わないよね!?」
智の回答はあっけなくよみの前に散った。振り返ったよみと智はちよに同意を求めた。ところが
不思議なくらいにちよはにこにこしながら隠し技を出した。
「大丈夫です!実は別荘の近くに景色がとってもきれいなスキー場があるんです!」
「スキー場だとーー!!ちよすけそれホントなの!?」
どこから聞きつけたのかゆかりはちよの身体を乱暴にゆすった。衝撃に目をまわしながらもちよ
は律儀にゆかりも誘った。
「は、はいー…良かったらゆかり先生も一緒に行きませんか?」
「よっしゃーー!腕が鳴るわー!にゃもに教えてくるね!」
風と共に去っていったゆかりの行動力に一同はしばし呆然としていたが、やがて恐ろしい予感に
気がついた大阪がぽつりと告げた。
「ジャンケン負けられへん…」
かたかたと震えだすちよの身体の音だけが、教室を満たして静かに消えていった…
最終更新:2008年09月21日 19:18