踏み込む者のいない魔界の奥地にある洞窟には内部に手が加えられていた。
その一室で椅子に座った男女がテーブルを挟んで座っていた。
室内は暗く、照明の設置の仕方から判断するに明度を重視していないようだ。内装も地味で殺風景である。華やかで趣向の凝らされた造りの大魔宮とは正反対だ。
死神によって案内されたイルミナは第三勢力を睨みつけた。
かたや自分の名を明らかにしない謎に包まれた存在。かたや大魔王の血を引き、遺志を継ぐ決意を固めている者。
どちらも地上に対して好意を抱いているとは言いがたいが、互いに手を取り合い、胸襟を開いて語り合う心境には程遠い。
闇を切り取ったような感情の読めない漆黒の双眸が彼女を見つめている。
「シャドーはどこだ」
「まあ、そう焦んなって」
地を這うような声に対し、男は降参するように手を上げ飄々とした笑みを浮かべた。
「てめえと話がしたくてよ」
話すことなど無い、と表情に書いてあるが気に留めずにもったいぶって腕を組む。
「話?」
イルミナははっきりと冷笑を浮かべた。不気味な魔物を幾度も送り込み、殺そうとしていたのだから今さら話し合う必要などないはずだ。
今ここで部下――シャドーの居場所を聞き出そうとしても無駄であることを察し、衝動を抑えるかのように拳を握る。
「私の部下を使っておびき寄せずとも済んだものを……!」
部下を攫うような真似をしなくても、直接会う機会が与えられたならば罠だと知りつつ応じただろう。
彼女の方も相手の真意を知りたいと思っていたのだから。
一方的に敵視し葬ろうとしていた理由。
表立って反旗を翻したならばともかく、敵意を抱いておらず、実力も未熟な、部下もろくにいない存在など脅威にはならなかったはずだ。
成長して力をつけることを恐れているならば他にも手の打ちようはあった。
秘法が解けて父の死を知らされた直後ならば、もっともらしい理屈をつけて力を利用するため陣営に引き込むことも可能だっただろう。
バーンのように地上を完全に破壊しようという野望も、ヴェルザーのように世界を手中におさめようという欲望も無い彼は何を目的としているのか。
値踏みするような視線と嫌悪感を隠しきれない眼差しが交差する。
「始末を部下に任せてもよかったんだけどよ。やっぱ直接見ときたかったんだ、バーンの家族がどんな奴か」
大魔王の名が出るとイルミナの顔色が変わった。
彼は相手の心の動きに気づいていたが、別のことを口にした。
「いきなり殺そうとした理由は……目障り。そんだけ」
話し合いという名目が虚しく感じられる、吐き捨てるような口調だった。呼んだのも、前向きな関係を築くためではなくおびき寄せて殺すためだとわかる。
敵意がぶつかりあい、氷の張りつめるような冷やかな空気が薄暗い室内に立ち込めた。
「第三勢力と名乗る割にまともな部下がおらんようだな」
出現した魔物は魔界に生息する種類ではない。見たこともない生物は無理矢理生み出されたようないびつな姿をしていた。
意思の疎通をはかろうともせず、淡々と殺そうとするだけの異形の存在。
たった一名とはいえ、忠実で真面目なシャドーのいる彼女の方がよほど部下に恵まれていると言える。
「部下がいたって面倒くせえだけだろ。世界征服とか興味ないし、賭けに参加したのも監視目的で――」
「監視?」
彼は口が滑ったというように顔をしかめた。
言うべきか言わざるべきか、しばらく迷った末に言葉を吐き出す。
「確認しときたいんだが、てめえはバーンの野望を叶えるつもりなんだろ?」
彼女は即座に頷いた。考えるまでもない、当たり前のことだった。
世界が一つだった頃、魔族も竜も太陽の下で暮らしていた。人間に比べると遥かに寿命が長いため、体質もそう簡単には変わらない。
長年魔界で暮らしてきた魔族、バーンが何よりも求め焦がれた太陽。それを他の住人も欲している。
「父の大望を――」
決意を秘めた声に第三勢力は髪をぼりぼりとかいた。聞きわけの無い子供に対するように指を振ってみせる。
「あのな、魔界に太陽をって考えが間違ってンだよ。不毛の大地、暗黒の世界……それでいいだろ。神サマが決めたんだぜ、太陽の恵みは人間のモンだって」
「な……!」
掲げた信念を真っ向から否定され、絶句する相手の顔を見てにやにや笑っている。
魔界の住人が聞けば怒りだすような考えを明らかにした彼は、きっぱり言い切った。
「俺はお断りだね。暗い魔界にひきこもってりゃそれでいい。……たぶん」
彼は光ある世界を求めてはいない。
だから地上を破壊するつもりも、侵略するつもりもない。
彼女を嫌っていたのも根底に流れる価値観が相容れないためだ。
実力はあるのだろうが、部下がいない理由は明白だ。
信念も威厳も覇気もなく、他者を惹きつけ従わせる力が欠けている。己に何も与えない相手に力を捧げる気にはなれないだろう。
「……いざとなったら計画を邪魔しようって思ってた。うまく妨害できなくて焦ってたら潰れたけどな。ホッとしたのなんのって」
欲の無い態度に呆れ返っていたイルミナの表情が一気に険しくなった。
父の野望を侮辱する言葉は許せない。
今にも怒りを爆発させそうな彼女を煽るように、第三勢力は言葉を続ける。
「何千年もかけた計画がワケのわかんねー力でパーになって、化物から自分の信念叩き返されて……同情するぜ。ミストバーンのヤローが見てたらどんな反応しただろな?」
シャドーを相手にした時と同じく、ミストバーン――ミストに言及する彼は不快げだ。
その理由を追求するより早く第三勢力は肩をすくめた。
「ま、どんなにご大層な志を持ってようと死んじまえばおしまいだな。ただの負け犬だ」
ギリ、と歯を鳴らした彼女を宥めるように手を振る。
「バーンが主張してた“力こそ全て”ってのはそういうことだろ?」
闘いに負け、命を落とせばただの敗者でしかない。負けたことを悪しざまに言われようと反論はできない。
彼が最期まで貫き通した非情な理が、遺族の心を重く沈ませていく。
「負けた奴の遺志を継ぐって意気込んでるてめえも、命令を後生大事に守ってるてめえの部下も、物好きなこった」
彼女の目の中に雷光が閃いた。
自分だけでなく大魔王とその腹心、自分の部下をも否定しようとしている相手に殺気を叩きつける。
「シャドーを殺したのか?」
「まだ完全に消えちゃいねえよ」
彼は己の胸を指差した。まるでそこにシャドーがいるかのように。
「でも別に気にする必要ねえだろ。命令だから従ってるだけの――」
イルミナはゆらりと立ち上がり、低い声で告げた。
「今はそうかもしれん。命令が無くとも従いたくなるような主になればいいだけの話だ」
確かに、ミストからの命令で仕えていると宣言された時は素直に頷けなかった。
ただの義務感でしかないのかと思った。
だが、シャドーが彼女の力になったことは事実だ。
心から従わせるには、上に立つ者としての力量を備えねばならない。
そのための努力もしないで相手の態度に不満を漏らすばかりでは、相応しい主とは言えない。
もうこれ以上話すことは無い。
覇権に執着しない理由も、敵対する理由もわかった。決して交わることの無い道を歩んでいると理解できた。
ならば、後は戦うのみ。
第三勢力が立ち上がり、ここでは狭いと言うように場所を移した。洞窟の一部とは思えない大きさの広間に出た二人は向かい合った。
青年は陰鬱な空間に相応しい微笑を浮かべ、泰然としている。
「俺、弱えんだけどなー。必殺技とか奥義とかねえし」
彼が軽く両手を差し伸べると不可思議な紋様がイルミナの身体を包み込んだ。
「く……!?」
急激な脱力感が彼女を襲う。
第三勢力の能力を知った彼女の面に焦慮の色が浮かんだ。
力が抑えられてしまったのだ。
「真っ向勝負は苦手だ。……蝕んだり取り込んだりは得意だがな」
バーンやヴェルザーのような目立つ能力や華々しい強さがない代わりに、特殊な能力を持っている。
己を蝕む力の性質を探ろうとした彼女は目を細めた。
「貴様が取り込んだ力は……天界の」
「正解」
彼は天界の住人の力や知識の断片を少しずつ食らい、我が物としてきた。
魔族たちが相手だとうまく吸収できず、天界の住人の方が効きやすかったため後者を力を食らうための獲物に選んだ。相性があるのだろう。
精霊たちは戦う力は持たないが、封印や結界といった術を扱うことに長け、対象の力を増減させる補助呪文を使うことができる。
部下として出現させた魔物たちは、竜の騎士のような生命を生み出す能力の結晶だった。
だが、不完全でいびつなものである。ゼロから完全な生命体を作りだすのではなく、魔界の魔物たちをベースにして偽りの生命を与えたのだ。
自身の実力は大魔王や冥竜王ほど高くないが、相手の力を落として戦う。力が十分に発揮できなくなるという点で厄介な能力だ。
たとえ強くても正面から戦える相手ならばやりやすいだろうが、思うように力を振るえない感覚のずれが動きを鈍らせる。
彼は速度の落ちた攻撃を容易く避け、反撃を叩きこんだ。常ならば容易く防げる一撃が彼女の身体を吹き飛ばし、荒れた大地に叩きつける。
身を起こし、構えた彼女は相手を詰ることもせず静かに機をうかがっている。
「卑怯とか言わねーのか?」
彼女は黙って頷いた。
勝利のために相手の力を削ぐのは当然のことだ。
己の未熟さが原因であり、真に強ければ少々力が落ちようと容易く勝利できたはず。
大魔王バーンならば。あるいは、腹心の部下ミストバーンならば。
「てめえの部下も俺が食っちまったよ」
挑発するように唇を吊り上げて笑う。取り込んでしまったと知ってイルミナが目を見開いた。
相手の正体を垣間見たかのように。
その一室で椅子に座った男女がテーブルを挟んで座っていた。
室内は暗く、照明の設置の仕方から判断するに明度を重視していないようだ。内装も地味で殺風景である。華やかで趣向の凝らされた造りの大魔宮とは正反対だ。
死神によって案内されたイルミナは第三勢力を睨みつけた。
かたや自分の名を明らかにしない謎に包まれた存在。かたや大魔王の血を引き、遺志を継ぐ決意を固めている者。
どちらも地上に対して好意を抱いているとは言いがたいが、互いに手を取り合い、胸襟を開いて語り合う心境には程遠い。
闇を切り取ったような感情の読めない漆黒の双眸が彼女を見つめている。
「シャドーはどこだ」
「まあ、そう焦んなって」
地を這うような声に対し、男は降参するように手を上げ飄々とした笑みを浮かべた。
「てめえと話がしたくてよ」
話すことなど無い、と表情に書いてあるが気に留めずにもったいぶって腕を組む。
「話?」
イルミナははっきりと冷笑を浮かべた。不気味な魔物を幾度も送り込み、殺そうとしていたのだから今さら話し合う必要などないはずだ。
今ここで部下――シャドーの居場所を聞き出そうとしても無駄であることを察し、衝動を抑えるかのように拳を握る。
「私の部下を使っておびき寄せずとも済んだものを……!」
部下を攫うような真似をしなくても、直接会う機会が与えられたならば罠だと知りつつ応じただろう。
彼女の方も相手の真意を知りたいと思っていたのだから。
一方的に敵視し葬ろうとしていた理由。
表立って反旗を翻したならばともかく、敵意を抱いておらず、実力も未熟な、部下もろくにいない存在など脅威にはならなかったはずだ。
成長して力をつけることを恐れているならば他にも手の打ちようはあった。
秘法が解けて父の死を知らされた直後ならば、もっともらしい理屈をつけて力を利用するため陣営に引き込むことも可能だっただろう。
バーンのように地上を完全に破壊しようという野望も、ヴェルザーのように世界を手中におさめようという欲望も無い彼は何を目的としているのか。
値踏みするような視線と嫌悪感を隠しきれない眼差しが交差する。
「始末を部下に任せてもよかったんだけどよ。やっぱ直接見ときたかったんだ、バーンの家族がどんな奴か」
大魔王の名が出るとイルミナの顔色が変わった。
彼は相手の心の動きに気づいていたが、別のことを口にした。
「いきなり殺そうとした理由は……目障り。そんだけ」
話し合いという名目が虚しく感じられる、吐き捨てるような口調だった。呼んだのも、前向きな関係を築くためではなくおびき寄せて殺すためだとわかる。
敵意がぶつかりあい、氷の張りつめるような冷やかな空気が薄暗い室内に立ち込めた。
「第三勢力と名乗る割にまともな部下がおらんようだな」
出現した魔物は魔界に生息する種類ではない。見たこともない生物は無理矢理生み出されたようないびつな姿をしていた。
意思の疎通をはかろうともせず、淡々と殺そうとするだけの異形の存在。
たった一名とはいえ、忠実で真面目なシャドーのいる彼女の方がよほど部下に恵まれていると言える。
「部下がいたって面倒くせえだけだろ。世界征服とか興味ないし、賭けに参加したのも監視目的で――」
「監視?」
彼は口が滑ったというように顔をしかめた。
言うべきか言わざるべきか、しばらく迷った末に言葉を吐き出す。
「確認しときたいんだが、てめえはバーンの野望を叶えるつもりなんだろ?」
彼女は即座に頷いた。考えるまでもない、当たり前のことだった。
世界が一つだった頃、魔族も竜も太陽の下で暮らしていた。人間に比べると遥かに寿命が長いため、体質もそう簡単には変わらない。
長年魔界で暮らしてきた魔族、バーンが何よりも求め焦がれた太陽。それを他の住人も欲している。
「父の大望を――」
決意を秘めた声に第三勢力は髪をぼりぼりとかいた。聞きわけの無い子供に対するように指を振ってみせる。
「あのな、魔界に太陽をって考えが間違ってンだよ。不毛の大地、暗黒の世界……それでいいだろ。神サマが決めたんだぜ、太陽の恵みは人間のモンだって」
「な……!」
掲げた信念を真っ向から否定され、絶句する相手の顔を見てにやにや笑っている。
魔界の住人が聞けば怒りだすような考えを明らかにした彼は、きっぱり言い切った。
「俺はお断りだね。暗い魔界にひきこもってりゃそれでいい。……たぶん」
彼は光ある世界を求めてはいない。
だから地上を破壊するつもりも、侵略するつもりもない。
彼女を嫌っていたのも根底に流れる価値観が相容れないためだ。
実力はあるのだろうが、部下がいない理由は明白だ。
信念も威厳も覇気もなく、他者を惹きつけ従わせる力が欠けている。己に何も与えない相手に力を捧げる気にはなれないだろう。
「……いざとなったら計画を邪魔しようって思ってた。うまく妨害できなくて焦ってたら潰れたけどな。ホッとしたのなんのって」
欲の無い態度に呆れ返っていたイルミナの表情が一気に険しくなった。
父の野望を侮辱する言葉は許せない。
今にも怒りを爆発させそうな彼女を煽るように、第三勢力は言葉を続ける。
「何千年もかけた計画がワケのわかんねー力でパーになって、化物から自分の信念叩き返されて……同情するぜ。ミストバーンのヤローが見てたらどんな反応しただろな?」
シャドーを相手にした時と同じく、ミストバーン――ミストに言及する彼は不快げだ。
その理由を追求するより早く第三勢力は肩をすくめた。
「ま、どんなにご大層な志を持ってようと死んじまえばおしまいだな。ただの負け犬だ」
ギリ、と歯を鳴らした彼女を宥めるように手を振る。
「バーンが主張してた“力こそ全て”ってのはそういうことだろ?」
闘いに負け、命を落とせばただの敗者でしかない。負けたことを悪しざまに言われようと反論はできない。
彼が最期まで貫き通した非情な理が、遺族の心を重く沈ませていく。
「負けた奴の遺志を継ぐって意気込んでるてめえも、命令を後生大事に守ってるてめえの部下も、物好きなこった」
彼女の目の中に雷光が閃いた。
自分だけでなく大魔王とその腹心、自分の部下をも否定しようとしている相手に殺気を叩きつける。
「シャドーを殺したのか?」
「まだ完全に消えちゃいねえよ」
彼は己の胸を指差した。まるでそこにシャドーがいるかのように。
「でも別に気にする必要ねえだろ。命令だから従ってるだけの――」
イルミナはゆらりと立ち上がり、低い声で告げた。
「今はそうかもしれん。命令が無くとも従いたくなるような主になればいいだけの話だ」
確かに、ミストからの命令で仕えていると宣言された時は素直に頷けなかった。
ただの義務感でしかないのかと思った。
だが、シャドーが彼女の力になったことは事実だ。
心から従わせるには、上に立つ者としての力量を備えねばならない。
そのための努力もしないで相手の態度に不満を漏らすばかりでは、相応しい主とは言えない。
もうこれ以上話すことは無い。
覇権に執着しない理由も、敵対する理由もわかった。決して交わることの無い道を歩んでいると理解できた。
ならば、後は戦うのみ。
第三勢力が立ち上がり、ここでは狭いと言うように場所を移した。洞窟の一部とは思えない大きさの広間に出た二人は向かい合った。
青年は陰鬱な空間に相応しい微笑を浮かべ、泰然としている。
「俺、弱えんだけどなー。必殺技とか奥義とかねえし」
彼が軽く両手を差し伸べると不可思議な紋様がイルミナの身体を包み込んだ。
「く……!?」
急激な脱力感が彼女を襲う。
第三勢力の能力を知った彼女の面に焦慮の色が浮かんだ。
力が抑えられてしまったのだ。
「真っ向勝負は苦手だ。……蝕んだり取り込んだりは得意だがな」
バーンやヴェルザーのような目立つ能力や華々しい強さがない代わりに、特殊な能力を持っている。
己を蝕む力の性質を探ろうとした彼女は目を細めた。
「貴様が取り込んだ力は……天界の」
「正解」
彼は天界の住人の力や知識の断片を少しずつ食らい、我が物としてきた。
魔族たちが相手だとうまく吸収できず、天界の住人の方が効きやすかったため後者を力を食らうための獲物に選んだ。相性があるのだろう。
精霊たちは戦う力は持たないが、封印や結界といった術を扱うことに長け、対象の力を増減させる補助呪文を使うことができる。
部下として出現させた魔物たちは、竜の騎士のような生命を生み出す能力の結晶だった。
だが、不完全でいびつなものである。ゼロから完全な生命体を作りだすのではなく、魔界の魔物たちをベースにして偽りの生命を与えたのだ。
自身の実力は大魔王や冥竜王ほど高くないが、相手の力を落として戦う。力が十分に発揮できなくなるという点で厄介な能力だ。
たとえ強くても正面から戦える相手ならばやりやすいだろうが、思うように力を振るえない感覚のずれが動きを鈍らせる。
彼は速度の落ちた攻撃を容易く避け、反撃を叩きこんだ。常ならば容易く防げる一撃が彼女の身体を吹き飛ばし、荒れた大地に叩きつける。
身を起こし、構えた彼女は相手を詰ることもせず静かに機をうかがっている。
「卑怯とか言わねーのか?」
彼女は黙って頷いた。
勝利のために相手の力を削ぐのは当然のことだ。
己の未熟さが原因であり、真に強ければ少々力が落ちようと容易く勝利できたはず。
大魔王バーンならば。あるいは、腹心の部下ミストバーンならば。
「てめえの部下も俺が食っちまったよ」
挑発するように唇を吊り上げて笑う。取り込んでしまったと知ってイルミナが目を見開いた。
相手の正体を垣間見たかのように。
光の奔流が渦巻き、分身体とヒュンケル、マァムの戦いは終わりを迎えようとしていた。
闘気の波を叩きつけられた二人だったが、ヒュンケルが我が身を盾とし、とっさにマァムを庇ったのだ。
とうに限界に達していた身体を気力だけで動かしていたが、超人的な精神をもってしてもこれ以上戦うことはできない。
威力が軽減されたとはいえ、マァムも動けない。
「いつでも一発逆転できると思ったかよ?」
分身体はぐったりと横たわる二人の身体を抱え上げた。すぐさま生命を奪う意思はないらしい。
「……!?」
不吉な予感を覚えたアバンが眉をひそめたが、その隙に刃が身体を切り裂き鮮血を散らした。
よろめいた彼へ死神が笑いながら鎌を振り上げる。
「そろそろサヨナラ、かな?」
振り下ろそうとした瞬間、金色の光が走った。飛来した黄金の羽根を弾き飛ばし、距離をとる。
現れたのはレオナだった。フェザーで援護したのだ。
死神は乱暴に扱われても壊れなかった玩具に向ける眼差しで二人を相手にしようとした。
が、頭を押さえ後退する。
「あちゃあ、ヴェルザー様ピンチ?」
緊張感の無い呟きを漏らし、鎌をくるりと回す。
「一応主だからねェ」
死神はそう言い放ち、瞬時に移動した。合流呪文を使ったのだろう。
勇者たちを相手に苦戦しているであろう主――ヴェルザーの援護に行ったのだ。
ダイが竜闘気を纏いつつ自分の剣で斬りかかり、ヒムとラーハルトは魔物や竜たちを相手にしている。
ポップはダイの支援に徹し、効果的に魔法を叩きこんでいる。
手にしている杖はブラックロッドのような多彩な変形機能こそないが、魔力を力に変換でき、使いやすい。
歴代竜の騎士の中で最も強いダイは真っ向から戦っている。紋章はひたいに浮かんでいるが、竜魔人化はしていない。
自身の存在を捨てるかもしれない、あまりに危険な能力はできることならば使わずにいたかった。
破壊衝動に駆られ、敵を滅ぼしつくすまで戦う化物としてではなく、地上の平和のため、人間のために戦う“みんなのダイ”として剣を振るいたいのだから。
順調に戦いを進めていたダイたちが勝利を予感した瞬間、トランプのカードがひらりと落ちた。主の劣勢を知って死神が援護に駆け付けたのだ。
「しっかりしてくださいよ、ヴェルザー様」
忠誠心の感じられない態度にヴェルザーが不快げに唸った。
追ってきたアバンとレオナも合流し、向き直る。
仕切り直しかと思われたが、別の方向から光の渦が巻き起こると中から男が現れた。
黒髪の中に金色が混じっている彼は第三勢力の分身体だ。
「よお」
手を上げて呑気に挨拶した彼はヒュンケルとマァムを預かっていることを告げた。
一同の表情がさっと変わったのを見、嬉しげに喉を鳴らす。
彼は喜々として闘いの様子を語りはじめた。
「オレのセリフにいちいち顔色変えて……敵の言うことなんか放っときゃいいのによォ。まったく、虫唾の走るイイ子ちゃんだ」
侵略しようとしていた魔王軍、人々を襲った分身体に対し、使徒をはじめとする人間たちは生命を守るため立ち向かっていったにすぎない。
闘う意志のない者や力を失った相手を痛めつけ、殺すような真似はしない。
それでも彼らは完全に割り切ることはできなかった。
「ちっとも楽しんでなかったって言いきれるか? すげえ技で雑魚を蹴散らした時スカッとしなかったか? そう尋ねた時の顔、面白かったぜ?」
ククッと笑い、両手を広げる。
「返品したいんで取りにきな、ダイ。まさか見捨てるなんてこたしねえよな? 正義の味方の勇者サマは」
行かなければ二人は殺されてしまうだろう。ポップが自分も行くと言いかけたが、分身体は却下した。
本拠地まで案内するのは一人、ダイだけだと言う。
魔界に行くだけならば世界各地に出現した穴を通ればいい。だが、第三勢力のいる場所を自力で探していては時間がかかりすぎる。
手引きが無ければ戦闘に勝利するどころか敵の元へ到達すらできない。
ダイがいればヴェルザーに勝てるはずだった。
レオナは直接闘うのではなく援護に回るため、実質的にポップとアバン、ヒム、ラーハルトでヴェルザーと死神を相手にしなければならない。
ダイも、いくら強いとはいえ、たった一人で敵地に赴くには危険すぎる。バーンのように自分の力をぶつけてくる相手ならばともかく、卑怯な手段も当然のように使う相手なのだ。
「来ねえの? じゃ殺しちまうか。復活しないよう念入りにな」
ダイたちの顔色が変わり――ポップが声を絞り出すようにして告げた。
「二人を頼む」
ダイは頷き、分身体に連れられて魔界へと赴いた。
闘気の波を叩きつけられた二人だったが、ヒュンケルが我が身を盾とし、とっさにマァムを庇ったのだ。
とうに限界に達していた身体を気力だけで動かしていたが、超人的な精神をもってしてもこれ以上戦うことはできない。
威力が軽減されたとはいえ、マァムも動けない。
「いつでも一発逆転できると思ったかよ?」
分身体はぐったりと横たわる二人の身体を抱え上げた。すぐさま生命を奪う意思はないらしい。
「……!?」
不吉な予感を覚えたアバンが眉をひそめたが、その隙に刃が身体を切り裂き鮮血を散らした。
よろめいた彼へ死神が笑いながら鎌を振り上げる。
「そろそろサヨナラ、かな?」
振り下ろそうとした瞬間、金色の光が走った。飛来した黄金の羽根を弾き飛ばし、距離をとる。
現れたのはレオナだった。フェザーで援護したのだ。
死神は乱暴に扱われても壊れなかった玩具に向ける眼差しで二人を相手にしようとした。
が、頭を押さえ後退する。
「あちゃあ、ヴェルザー様ピンチ?」
緊張感の無い呟きを漏らし、鎌をくるりと回す。
「一応主だからねェ」
死神はそう言い放ち、瞬時に移動した。合流呪文を使ったのだろう。
勇者たちを相手に苦戦しているであろう主――ヴェルザーの援護に行ったのだ。
ダイが竜闘気を纏いつつ自分の剣で斬りかかり、ヒムとラーハルトは魔物や竜たちを相手にしている。
ポップはダイの支援に徹し、効果的に魔法を叩きこんでいる。
手にしている杖はブラックロッドのような多彩な変形機能こそないが、魔力を力に変換でき、使いやすい。
歴代竜の騎士の中で最も強いダイは真っ向から戦っている。紋章はひたいに浮かんでいるが、竜魔人化はしていない。
自身の存在を捨てるかもしれない、あまりに危険な能力はできることならば使わずにいたかった。
破壊衝動に駆られ、敵を滅ぼしつくすまで戦う化物としてではなく、地上の平和のため、人間のために戦う“みんなのダイ”として剣を振るいたいのだから。
順調に戦いを進めていたダイたちが勝利を予感した瞬間、トランプのカードがひらりと落ちた。主の劣勢を知って死神が援護に駆け付けたのだ。
「しっかりしてくださいよ、ヴェルザー様」
忠誠心の感じられない態度にヴェルザーが不快げに唸った。
追ってきたアバンとレオナも合流し、向き直る。
仕切り直しかと思われたが、別の方向から光の渦が巻き起こると中から男が現れた。
黒髪の中に金色が混じっている彼は第三勢力の分身体だ。
「よお」
手を上げて呑気に挨拶した彼はヒュンケルとマァムを預かっていることを告げた。
一同の表情がさっと変わったのを見、嬉しげに喉を鳴らす。
彼は喜々として闘いの様子を語りはじめた。
「オレのセリフにいちいち顔色変えて……敵の言うことなんか放っときゃいいのによォ。まったく、虫唾の走るイイ子ちゃんだ」
侵略しようとしていた魔王軍、人々を襲った分身体に対し、使徒をはじめとする人間たちは生命を守るため立ち向かっていったにすぎない。
闘う意志のない者や力を失った相手を痛めつけ、殺すような真似はしない。
それでも彼らは完全に割り切ることはできなかった。
「ちっとも楽しんでなかったって言いきれるか? すげえ技で雑魚を蹴散らした時スカッとしなかったか? そう尋ねた時の顔、面白かったぜ?」
ククッと笑い、両手を広げる。
「返品したいんで取りにきな、ダイ。まさか見捨てるなんてこたしねえよな? 正義の味方の勇者サマは」
行かなければ二人は殺されてしまうだろう。ポップが自分も行くと言いかけたが、分身体は却下した。
本拠地まで案内するのは一人、ダイだけだと言う。
魔界に行くだけならば世界各地に出現した穴を通ればいい。だが、第三勢力のいる場所を自力で探していては時間がかかりすぎる。
手引きが無ければ戦闘に勝利するどころか敵の元へ到達すらできない。
ダイがいればヴェルザーに勝てるはずだった。
レオナは直接闘うのではなく援護に回るため、実質的にポップとアバン、ヒム、ラーハルトでヴェルザーと死神を相手にしなければならない。
ダイも、いくら強いとはいえ、たった一人で敵地に赴くには危険すぎる。バーンのように自分の力をぶつけてくる相手ならばともかく、卑怯な手段も当然のように使う相手なのだ。
「来ねえの? じゃ殺しちまうか。復活しないよう念入りにな」
ダイたちの顔色が変わり――ポップが声を絞り出すようにして告げた。
「二人を頼む」
ダイは頷き、分身体に連れられて魔界へと赴いた。