■ふれんどりふぁいあっ!■
本州本土の陰へと沈んでゆく大きな夕陽に照らされて、希望崎西端の浜辺も燃えるような赤で染め上げられていた。
(綺麗……)
コンクリート製の防潮壁に腰掛けて、無隅部蓮禍は赤い砂浜をうっとりと眺める。
ここは、蓮禍が最も好きな場所の一つだ。
(こんな素敵な浜辺で、殴り合って友情を深めてくれる人、誰かいないかなぁ……)
そう考えて蓮禍は、時間が許す限りここに来て夕陽の浜辺を眺めているが、まだそのような現場に逢えたことはない。
ボコッ。蓮禍の見つめる砂浜の砂が跳ね上がり、砂中から何かが出てきた。
巨大な両腕の鋏を持った……人間? 番長グループの二〇禾予だ!
砂の中で昼寝をしていて今起きたところである。
「ふあーあ。よく寝た!」
巨大クローを振り上げて大きなあくびをしたところで、蓮禍に気付く。
「んンー? てめェは
生徒会の無隅部じゃねぇか。知ってるぜ、殴り合いが好きなんだってなァー?」
クローの重量で砂の中に深く足をめり込ませながら、蓮禍に近付いてくる。
逆光で表情が読み取りにくいが、確かに笑っていた。
赤い夕陽を反射してサイバネが凶悪に光る。
「い、いえ、私は見るのが専門でして……」
蓮禍は失敗した、と思った。
対話のできる相手ではない。
説得など試みず、すぐに逃げるべきだった。
「つれないこと言うなよ。仲良くしようぜ。……死ねェーッ!」
小ジャンプから挨拶代わりのサイバネ裏拳!
「キャアアーッ!」
悲鳴を上げながら細腕で防御しようとする蓮禍を叩きのめし、砂の上に突き落とす!
(うう……痛い……まるで、金属バットで殴られたみたい……)
腕がビリビリ痺れている。
(……だったらイケる!)
蓮禍は気付いた! サイバネ少女の攻撃は見た目ほど破壊力があるわけではない! 勝てるかも!?
「おっといけねェ。戦闘モードに切り替えるのを忘れちまってたぜ」
サイバネ破壊力はあまりにも危険すぎるため、日常生活ではパワーを抑えているのだ。
「ここからは本気で行くぜ!『サイバネ☆クローの超破壊力でてめェら全
「ガ……『友偽殴(ガチンコ)』っ!」
先に能力発動体制に入ったのはサイバネ少女だった。
だが、能力の早撃ち勝負を制したのは無隅部蓮禍!
能力名の長さが勝敗を分けた!
特殊能力封印! サイバネ破壊力のアクティベート失敗!
しかしサイバネ少女は怯まない!
「ククク……私をサイバネ頼みの弱敵だと思ったら大間違いだ! てめェは古代ローマボックス・カラテの恐ろしさを知ることになるッ!」
巨大クローの重量を感じさせぬ素早いステップで踏み込む!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
二連続の左鋏ジャブから必殺の右鋏ストレート!
大質量打撃を正面からガードすれば防御した腕ごと意識を持って行かれる。
蓮禍は上体を左右に振ってクローをスリップ回避!
そして大振りのストレートをかわしながら反撃の拳を振るう!
「やあっ!」
「グワーッ!」
サイバネ少女にカウンターヒット!
サイバネ少女のカラテ練度はけして低いわけではない。
だが、日常生活用にパワーセーブしたサイバネ☆クローはデッドウェイトそのものだ。
ゆえに、クロー打撃の速度は鈍く、格闘経験のない蓮禍でも対抗しうる程度の実力しか発揮できていないのだ。
「チャンスっ! やあーっ!」
追撃を狙う蓮禍! しかし、これはサイバネ少女が仕組んだ罠だった!
「イィヤアアアアアーッ!」
迂闊に踏み込んだ蓮禍の顎を、巨大クローを軸にバク宙を打ちながらサイバネ少女が蹴り上げた!
古代ローマボックス・カラテ奥義サマーソルトキック!
「あの世で閻魔様に報告しな! 古代ローマボックス・カラテには蹴り技がないと考えていた時期が私にもありましたってなァーッ!」
意識外の角度からの蹴りを完璧に決められ、蓮禍の体がぐらりとよろめく。
しかし……蓮禍は踏みとどまった!
赤い夕陽が、蓮禍に力を与えてくれている!
待ち望んでいた殴り合いの当事者として、無様に負けるわけにはいかない!
「いぃやああーっ!」
カラテ・シャウトを真似た叫びと共に蓮禍が放った最後の技は、ボディ・チェックと呼ぶにはあまりに拙い体当たり!
「グワーッ!」
しかし、死力を尽くしたサマーソルトの着地後で硬直中のサイバネ少女に回避する余裕はなかった。
二人はもつれながら砂浜に倒れ、双方そこで力尽きた。
西には夕陽の名残の赤。
東には迫り来る夜の闇。
たぶん、一日のうちで最も美しい空。
二人は無言で空を見上げ、横たわっていた。
ハルマゲドンでは敵同士として戦う運命にある二人だが、そこには奇妙な友情が、生まれていたかもしれない。
■ふれんどりふぁいあっ!■ おわり
最終更新:2014年04月19日 07:00