殺丸の攻撃は一発も
カオスに当たらなかった。カオスは悠々と攻撃を避け、軽く殺丸の足を払う。
「くそ、カオス!」
膝を立てカオスを睨みつけるが、相変わらずカオスは無表情のまま息も乱していない。
「早津、俺の拳はきっとお前を消すことになる。だから俺はお前に触れることができない」
「なら、その気にさせてやる。そして右手ごとぶったぎってやる!」
殺丸は折れた刀を手にカオスに向かって走り出した。もうそこから力強さは感じられない。
朧月夜の治癒によってある程度の回復は果たしていたが、以前の力強さがあったとしてもこのカオスの前では無力に感じられた。
「早津、無理だ。無理なんだ。お前じゃ止められないんだ」
カオスの蹴りが殺丸の腹に食い込んだ。殺丸は口から血を吐き出し、苦しそうに手を地につくがそれでもカオスを睨みつけることをやめない。
「どいてろ」
我慢できなかった
おいらが殺丸の前にたった。
「おいら! 手を出すんじゃねえ!」
「死に行く友を黙ってみてられっかよ!」
おいらの怒声に殺丸もさすがに驚愕とした。
「安心しろ、こいつを倒すことはさすがの俺でもできねえ」
いつも、どんな相手だって余裕をみせていたおいらはいなかった。額に汗を浮かべ、その表情も優れない。ただの時間稼ぎ。それだけがおいらから感じられた。
「外国人、あんたにはほどほど驚かされた。あんたの力を俺は見くびりはしないよ」
その声は決しておいらに対する皮肉ではなく、賞賛の篭ったものだった。カオスは純粋においらの持つ力に感心し、そしてそれが憎かった。
「外人、俺は間違っていたのだろうか?」
殺丸には向けることのなかった拳をカオスはおいらに向けていた。
「おいら、危険じゃ! それにふれてはいかん!」
「分かってるってよ」
ためらうことなく、全てを無にする拳をカオスはおいらにぶつけようとした。全く動くことの出来なかったおいらに朧月夜が魔法をぶつけて吹き飛ばしていた。
「何してるんじゃ! 死ぬぞ!」
ただ、対象を飛ばすだけの魔法だったようでおいらに傷はない。ただ、カオスが拳を振りぬいた空間だけ妙にゆがんでいた。
「空間すらなくなるのかよ」
「おいら、力を貸すでの! 思う存分やるんじゃ!」
暖かい光に包まれ、おいらの体が軽くなる。
「よし、いけるぜ。朧月夜、今更一人でやろうなんて思わねえ! 援護してくれ!」
「そう言うのを待っておったぞ!」
二人がカオスに向かって走り出すのを殺丸をじっと見ていた。無駄だ。何をしても、この男に適うはずがない。違うんだ、根本的にこの男の持つ強さが。
「外人! 教えてくれよ。何故、人の為にお前は強くなる!」
「は? そりゃあ人によるけどよ、そいつが大事だったら守りたい気持ちが強くなるってもんだ!」
おいらの回し蹴りをカオスは悠々と交わす。風を切るほどのスピードに乗った蹴りだが、ものともしない。
「外人! お前がうらやましいぞ!」
思っていたことをカオスは口にしていた。
どこまでも、うらやましかった。純粋で、馬鹿で、思いやりのあるこの男が。
「お前のような力があれば、俺の未来も少しは違ったのかもな!」
カオスの拳をおいらはぎりぎりで交わしている。朧月夜の魔法の援護がなれけばとっくに消えているだろう。
「おいら、しゃがむんじゃ!」
朧月夜の魔法がカオスに飛んでくる。タワーの入り口を破壊した強烈な魔法だった。
おいらが魔法を避け、カオスに当たった瞬間。その魔法は何もないものになっていた。カオスの右手は確実に魔法を無に返していたのだ。
「嬢ちゃんの攻撃は俺にとって全くの無だ。魔法は効かない」
「ぬう、月でも最高峰の魔法じゃぞ」
「消えてもらうかな、嬢ちゃん」
カオスは右手を大きく振りかぶり、そして空間を裂くように振り切った。
「もう、誰もあんたを覚えていないだろうね」
「やられてたまるかの!」
朧月夜の体が大きく光った。そしてそれが遥か天空の先に貫いた。
「月よ……我を守れ! 月塞!」
何十にもなる月の光でできた結界が朧月夜の前に連なった。何ものも寄せ付けまいとされる結界。だが、カオスの無に帰す波状攻撃はその結界をいともたやすく消し去っていく。
「ふざけんなよ!」
朧月夜に向かって放たれた攻撃を黙ってみているおいらではなかった。
「おらあ!」
「何を? おいら!」
目を疑うのも頷けた。おいらは全てを無にかえす攻撃に向かってパンチをしていたのだ。全てを無に返す攻撃に向かって素手の攻撃。しかも、おいらは全くためらっていなかった。
「朧月夜、この場合。俺は魔人になっていいよな?」
みるみるうちにおいらの表情が鬼の如く狂気的になっていった。
「おいらよ、我はとめん。全力でやってくれ!」
だけど、それでも勝てる気がしなかった。
この男は何か今までの相手とは違った。