おいらの見る月夜 壊れる時

「薫」
 ずいぶん昔に捨てた名前を呼ばれた。
「なんだ、亜璃の方か」
 いつも早津と一緒にいる女だった。栄養不足のせいか弱々しく、この場で指一本でも殺すことができそうだ。
「私、きっとそろそろ死ぬと思う」
「まあ、そうなるだろうな」
 彼女の方が察していた。このまま、二人で逃げ続けていてもいつか死ぬ。そして、体が弱っている彼女の方が先に死ぬのは当然だ。早津も彼女が死ねば後を追うことになる。そういう運命だ。二人は二人で一つなのだから。
「で、俺んとこにわざわざ危険を顧みずに着たというのは援助を求めてかな?」
 ミッドナイトタワーもそろそろ完成する。そうすれば、親友とその彼女くらいは匿うことができる。
「援助なんかいらない。早津を助けて欲しいの」
「助ける? 早津は元気じゃないか、何年もずっと」
 早津の精神は病んでいた。襲い掛かってくるものを殺し、そして金を奪い、食べ物を得る。剣術を習っていた早津は強く、強盗などものともせずに殺していた。
「彼が、これ以上狂う前になんとか」
 ミッドナイトタワーはまだ完成しないが、親友が狂うのは嫌だった。少ししか援助できないが、助けてやりたい。
「明日、早津も連れてきてくれ。もうすぐタワーも完成するが、それまで俺んとこで住め」
「ありがとう、薫。ありがとう」
 亜璃とはそんなに接点はなかった。ただの一生懸命色々とやる奴という印象しかない。ガキの頃に同じところに住んでいたから早津とこの亜璃という女は自分の本名を知っている。戦命と呼ばれる名前を戦いに生きるものはつけることになる。混沌の世に血を求めた薫はカオスという名にした。
 カオスは心から早津と亜璃を助けたかった。数少ない心許せる存在だったから。
 しかし、二人はやってこなかった。
 やってきたのは全身を血に染め、生臭さを放つ早津だった。
「カオス、戦命を聞いてくれ。俺は殺す、殺して殺しまくる。殺丸。俺は今日から殺丸だ」
 鬼が生まれた瞬間だった。
 カオスは同時に感じ取った。亜璃が死んだこと、早津が変わってしまったこと。
「殺丸、一緒に日本を変えよう」
「ひひ、生憎俺はずっと一匹狼なんでね。戦争があるときは呼んでくれよ。ひひひひ」
 カオスは頭を抱えた。
 遅すぎた。何もかも……。
最終更新:2009年06月02日 17:18
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