「……いつまで寝ているつもりだ」
誰かに呼ばれたような気がして、顔を上げる。
牢獄の中で、自分と同じ姿をした何かが嗤っていた。手足を縛っていた鎖は、固定してあった部分が崩れていて使い物にならない。牢獄はボロボロだった。あちこちに穴が開き、鍵は破損している。そこはすでに檻ではなく、ただの袋小路だった。ならそこにいるのは誰だろう。
あぁ……考えるまでもない。私自身だ。私は、この袋小路に逃げ込んだのだ。
「疾く扉を閉めろ。寒いし、まぶしい」
自分と同じ声で、そいつは言った。
でも、それでは同じ事の繰り返しにしかならない。自分を偽って、自分の嫌な部分を閉じこめて。ただ、逃げているだけだ。何も恐れぬと豪語しながら、肝心の自分に怯えていた弱い自分。そんな臆病者に、罪を償う資格なんて無い。それだけの覚悟もできない。いっそこのまま死んでしまった方が……
「あぁ、死ね。その方がせいせいする。だが貴様が死んだ瞬間に、
わたしはあの人間を殺す。わたしはそういう存在だ。貴様がそれを押しつけた。わたしは抱擁でもするかのような気軽さでヤツを殺すぞ?」
それは……嫌だ。守ると誓った。
あの人を傷つけるのはもう、たくさんだ。
「ならば起きて服を着ろ。どうせ貴様は生身では生きられぬ臆病者だ」
「…………」
「今さら謝っても許さぬ。影は光に混ざれぬ。貴様がわたしを受け入れることはできないんだよ」
「でも……ッ……ごめ……なさい……」
嘲笑うでもなく、つまらなそうな顔で『わたし』はこちらを見ている。
「夢にまで見た光景だが……たいした感慨もないな。現実など所詮こんなものか。実につまらない。寝ていた方がマシだ」
そう言って、『わたし』はふてくされたように目を閉じた。
やっと、自分と向き合えた。そんな気がした。すでに自分は、彼女を受け入れているのかもしれない。
「ゆめゆめ、起こすなよ。わたしは、もう一人の世話で忙しいんだ……」
「もう一人……?」
「なんだ。気づいていないのか……つくづく、馬鹿な女だ……」
呆れたように呟き、それきり彼女は動かなくなった。眠ったのだ。あとは私が、明かりを消して扉を閉めるだけ。
『………ス……リース……!』
あぁ……あの人が泣いている。
私は、起きないと。服を着て、鎧をまとって。
二度と止まらぬように、逸れぬように、強く手綱を握ろう。
――私は戦車。決して止まれぬ王なのだから。
。
最終更新:2009年12月20日 11:48