「は!!」
何時間、いや何分眠ったのだろう。山田は意識を取り戻すと休憩所のベッドの上にいた。
「夕陽が、やってくれたのかな」
ゾンビに噛まれた傷は手当てがされていた。
そして、部屋の奥の行くと作業員が座るらしい椅子で彼女は眠っていた。
「可愛い」
山田はいけない気持ちになった。そしてちょっとくらいはいいだろうと思った。
夕陽のそばに行って、半開きになっている彼女の唇に自分の唇を近づける。
だがその瞬間……
「山田さん!!」
彼女の目が開いた。
「うわ!」
山田は心臓が止まりそうになりながら後ろにはねのけた。
「山田さん? 起きたと思ったら、本当に油断も隙もないですね」
夕陽の目がすわっている。
「いや、違うってあれ、そう、あれだよ!」
山田はパニックで言葉が出てこない。
「何が違うんですか? もう最悪ですよ、これはここから脱出したら高級料理をおごってもらわないといけませんね」
夕陽は勝者の笑みを浮かべた。
「え!? だって、もうあれ、まだ何もしてなかったじゃん!!」
「何もしてない? そうですか?」
そう言った瞬間、山田の前には夕陽の顔があった。そして自分の唇にやわらかくて香りの良いものが一瞬ふれる。
「あ……」
山田は一瞬時が止まったのを感じた。実際には一瞬なのだが何時間、何年もこのままでいたような錯覚を経験したのだ。
「ゆ、ゆううゆう?」
夕陽を見ると、朱色に染まる肌を両手で隠そうとしている。またその姿がとても愛しい。
「こ、これでもうだめですよ……」
ちょっと矛盾があったような気がしたが山田には問題なかった。
「ぬおあおあおあおあおおあおあお!!」
「え?」
「夕陽、行くぞ! 絶対にここからでるんだ! 俺が何百万の料理をおごってやるぞ!」
「は、はい!!」
ここに来る前とはうってかわって山田は別人のように元気になった。そして休憩所にあったパイプを持って山田達は部屋から出た。
「山田さん、ここからもうかなりの近くに地下鉄への入り口があるはずです。探しましょう!」
入り口を探すと本当にすぐ近くに地下鉄への入り口を見つける事ができた。
「ここから、脱出ができるのか……」
山田と夕陽は地下鉄のホームに降りた。
「……山田さん、なんだかこの地下鉄、長い間使われないようですね」
地下鉄はひどく汚れていて、動く様子がまるでない。
「とりあえず、中に入ってみるか」
山田と夕陽は電車の中に入ろうとした。
「山田さん! あれ!!」
夕陽が何かを指さした。
「なんだありゃあ!!」
山田はまた絶叫を上げる、それは警官の服を着た怪物だった。身長は山田の三倍はありそうで汚い顔は溶けているが奇妙に膨れあがった筋肉はその力強さを物語っていた。それも山田の絶叫を聞いて襲いかかってきた。
「夕陽、俺があいつを食い止めている間にこの電車を動かすんだ! いいな!! 落ち着けよー!!」
「はい! 山田さん、高級料理をおごるんですからね! 絶対に死んじゃだめですよ!」
「わかってらあ!! 落ち着いてやれよ!!」
興奮と動揺を隠せない山田を尻目に夕陽は電車の中に入っていった。
「このだめ警官が!!」
警官は山田に一直線にとっしんしてきた。
「うわ! こいつ速い! ギャ!」
山田はまともに警察にぶつかり、何メートルもふっとんだ。
「い、いててて」
山田のあばらはもう何本も折れてしまっただろう、山田はふらふらだ。
「やべえ、またくる……」
警官の化け物はまた山田に向けて突進してきた。
「うわ!」
今度はぎりぎりで避ける。すると化け物はそのまま壁に突っ込んだ。
「俺、あれくらったのかよ」
化け物がつっこんだ壁は奇麗に穴が空いている。しかし化け物にもダメージがあるのだろうか、警官は頭から血を流している。
そしてまた、山田を見ると走り出した。
「ま、また来るのかよ」
山田は避けようと体をずらす、すると化け物は横に手を出してプロレスのラリアットのようなものを山田にくらわした。
「ぐわ!」
山田に胸に強烈な一撃をうけて体が回転した。胸の骨も粉々だろう、肺も息が出来ないほどのダメージをうけた。
「……やば、意識が」
化け物はまた壁につっこんだらしく、やはりダメージを受けていたがまた山田のほうを見ると急発進した。
「くそ、また同じ事を何度も何度も!」
山田にはもう避ける力はない。だが、化け物はもう寸での所だ。
山田は化け物とぶつかる寸前でパイプを構えた。
「くらえ! 化け物!」
パイプのおかげで化け物と山田の間には隙間ができ、二人はそのまま壁までふっとんだ。
「ああ、きつ……」
山田は意識がもうろうとするなかで生きていた。
「うお!?」
となりを見ると、化け物は壁にささったパイプに体を貫かれていた。
「グギャーグギャー」
だが、今にも自力で抜き出す勢いである。
「山田さん! 電車が動きます! はやく来て!!」
夕陽の声がした。
「くそ、動けないんだよ。ちくしょう……」
山田は限界の体を無理矢理立たせるとふらふらと電車に向かった。
「はやく! 電車が行っちゃいますよ!!」
だが、あばらの骨が折れ胸の骨が粉々の山田ははやく動く事ができない。
「夕陽……だめだ、俺は一緒に帰れないよ」
そう言うと山田は倒れ込んでしまった。
その姿に夕陽は顔を真っ青にして飛び出してきた。
「ばか……来るな、電車がいっちまったら、どうにもならないじゃねえか。頼む、引き返してくれ……」
しかも山田の後ろには化け物がもう下半身をちぎって襲いかかろうとしている。
「山田さん! 後ろ……!!」
後ろを見ると化け物の上半身が消えていた。
「まじかよ!?」
上を見る。すると上半身だけになった化け物が宙を泳ぎ、その腕で山田に襲いかかる寸でだった。
「終わった……」
山田は目をつぶり自分の最期をさえぎろうとした。
「……あれ?」
目を開ける。
「夕陽!?」
夕陽が山田の上で、あの朝日のような笑顔を浮かべている。
「よかった……間に合って」
そしてそのまま夕陽は倒れこむ。
「おい、どうしたんだよ? おい!」
よくみると夕陽から滝のような血が流れている。誰が見ても一目で致命傷と言える血の量だ。
「夕陽ぃい!!」
山田は夕陽を一度抱き上げるとその戦慄の光景に絶叫した。山田は夕陽を地面にゆっくり下ろすと最後の力でしまってあった包丁をだす。そしてなお向かってくる化け物に突き刺した。何度も、何度も突き刺した。砕けた骨が肺に刺さり、口から血が流れるが山田は化け物を刺した。
「くそ、夕陽! はあはあ……」
夕陽も致命傷であったが、山田も致命傷であった。そしてそのまま倒れている夕陽の所に行く。
「う、夕陽……逃げよう、もう少しだ。もう少しだよ……」
夕陽のそばまでいって山田は倒れ込んだ。
そして後方で電車の音がすると、誰も乗せていない地下鉄は去っていった。
「ほら、行こう! まだ助かるさ! まだなんとかなるよ!!」
もう、どこにも行けないのに山田は必死に夕陽を揺らす。
「山田さん……。もう、休もうよ。私、ちょっと疲れちゃった」
弱々しく夕陽は言うと優しく山田を抱きしめた。
「ばか、お前だけ行けば助かったのに……なんでだよ!!」
山田の目から涙がこぼれる。
「だって、山田さんが死んじゃったら……おごってもらえないじゃないですか」
夕陽は優しくほほえみかける。
「ごめん、ごめんな夕陽……ごめんな」
今度は山田が強く夕陽を抱きしめる。
「山田さん、ありがとう……ここまでこれたの山田さんのおかげだよ」
「最後まで、夕陽は……」
そういいかけて、山田は首を振ると夕陽にキスをした。周りでは大きな爆発が起きていたが二人にはお互いの息の音しか聞こえない。そして二人は、やけに落ち着き安心してそのまま目を閉じたのだった。