ブラックアイヌ団を倒し、帰国の島田真北。
それから一ヶ月が過ぎた平盛16年12月、真北は電車で買い物に行こうとした。
しかし、駅での出来事だった。
「なになに、『契約社員募集中 京阪津電気鉄道』」とな。
京阪津電気鉄道、それは前世でいう京阪電気鉄道にあたる私鉄。略称は京阪と変わらず。しかし、この後世でも京津線、石山坂本線は赤字で存続問題で揺れていた。
ちょうど帰国し、そろそろ職を探そうとしていた真北には朗報だった。しかも彼は規律の厳しそうな鉄道業界に前々から興味を抱いていた。
「見つけた、よし、買い物が終わったら事業部へ行くとするか」
その日の夕方、真北は錦織にある京阪津電気鉄道の大津鉄道事業部に向かった。
「おじゃまします」真北は事業部に入ろうとすると
「あっ、真北や」どうやら一人の社員が真北の前に姿を現した。
「あっ、江藤さん?」
そう、その社員こそが江藤晋一、真北が中高と通学によくお世話になった運転士である。
「久しぶりやね、今日は何の用?」
「ああ、入りたいんです。京阪に」
「おお、どうしてだ」
「実はまだ僕には職がないんです」
「そうか、俺なら歓迎する。」
「だが我が京阪での駅務はそう一筋縄ではいかんぞ」と、そこに一人の助役が入ってきた。
「あっ、中のおじさん」
「おじさんとはなんだよ」
この助役の名は中敏男、京阪社内では江藤に引けを取らないくらいの真北の理解者である。
「入社希望か」
「はい」
それからして、真北は面接を受け、無事採用された。
一週間後、島田真北の京阪津電気鉄道勤務一日目が始まった。
「島田君、いよいよ今日からデビューだ。京阪の駅員としての自覚を持って勤務に励むように」中は真北に告げる。
「はい」
「さて、鈴木君、今日からしばらく島田君を見てやってくれないか」
「はい」これから当分、見習いである真北の指導を担当する鈴木隆聖が答える。
「よろしくお願いします」真北は鈴木に挨拶を交わす。
さて、記念すべき一日目の勤務は石山坂本線の北側の終点、坂本駅での駅務である。真北はカバンを担ぎ、鈴木と一緒に電車に乗り、坂本へと向かう。
朝、この坂本駅の近くには学校があり、通学生でにぎわっていた。昼が近づいてようやく駅全体が落ち着いてきた、といってもそれが赤字路線の証拠である。夕方、また通学生でにぎわう。
真北はホームに人が通るたびに「ありがとうございます」と挨拶し、困っている人が窓口まで来ればいろいろと手助けしたり案内したりした。最初は軍人みたいな者だから暖かみに欠けると思っていた鈴木や他の助役なども、思っていたより親切な対応を真北はしたので、接客という面では安心してきた。
一日目の勤務を終え、真北は家路につく。なにしろ兵隊のような深緑のブレザーがお気に入りの様子だ。
家に帰ると母が迎えにきてくれた。
「おかえり、どうやったか」母は真北に訊く
「ああ、十分やっていけるさ」
「それは良かったね」
それから数日のうちに、島田真北とある新人駅員の噂は広まった。接客にも力仕事にも定評があり、同僚からも利用客からも好評だった。特に子供達からの人気は絶大で、特撮ヒーローのように扱われていた。坂本〜近江神宮前は無人駅の巣窟で、その区間を走る電車の集札要員に回されると、その車内はまるで子供達を対象とした握手会のような雰囲気になったという。ヒーローというのはガセでもなんでもない。既に真北はアイススクウェアではヒーローである。
真北が勤務に出るたびに、駅や車内はたちまち暖かい空気に包まれた。中や江藤、鈴木、そして他の社員たちも真北の働きぶりには脱帽ぎみである。
それから一ヶ月後、この日非番の真北は母校である西大津中学を訪ねることにした。
すると西大津中学近くの公園で
「青コーナー、西大津の怪物、ジュンキィーーコォーング!!」
10人の西大津中学の生徒と思われる者がいた。何か格闘技でもやるつもりだ
「赤コーナー、ネズミファミリーのエース、チューーチュネズミーーーッ!!」
どうやら彼らは最近はやりの『バトルロイヤル』ごっこをしているらしい。
「黄コーナー、愛知が生んだドッジボール野郎、ドッチャーーーッアルフェンスッ!!!」
「そして緑コーナー、ガーデニング一筋半世紀、庭園!!!」
1人が審判、5人は観客、そして4人がそれぞれ人気のバトロイファイターになりきって、バトルを行うというものである。真北はチュチュネズミ、ドッチャー・アルフェンス、庭園の3人は知っていたが、ジュンキーコングだけは知らなかった。1人だけオリジナルなのか。
「レディ、ファイト!」審判役が試合開始を告げる。
するとジュンキーコング役の男子生徒がドッチャー・アルフェンス役を押さえ込み、そこに審判が1,2,3,とカウントを入れ、ドッチャー・アルフェンスはピンフォール負け。そして庭園役とチュチュネズミ役がジュンキーコング役に襲いかかるも、ジュンキーコング役は圧倒的な強さを見せつけて二人を跳ね飛ばし、あっというまにジュンキーコングの勝利だった。
「へぇ、バトロイはやってるなぁ」
と、真北はつぶやき、公園から去っていって、ついに西大津中学に着いた。
続く
最終更新:2008年12月18日 15:49