日本という国はもっと平和で豊かな国だと思っていた。
しかし、それは何百年も前の話だったらしい。月にある本など役に立たないものだ。空港をでてすぐ目に入ったものは、人間の死体だった。ところどころに転がっていて、その横を小さな子供が走り抜けている。
「酷い有様じゃ。反作用戦争を思い出すの」
火星で起きた水星との戦争。宇宙史では最悪と言われた戦争だ。相反する存在である、火と水の戦争は消してもつけてもどうなるものではなかった。結局立ち上がったのは、月と太陽。
朧月夜はその時にある男と一緒に戦場を駆け抜けていた。
「のう、
おいらよ。我がこれから戦場に向かうのは、主を信頼しているからでの。もしものことがあったら、助けてくれるのであろうな?」
もしものことなどない。もしも、万が一に何かあったとしても朧月夜がやられるということはない。朧月夜は絶対的な防御魔法を使うことが出来、生命に危機が及ぼす場合には戦線離脱を兼ねている。しかも、月人の最高峰である朧月夜は月光に当たるだけで怪我が治癒してしまうのだ。だから、この質問の真意はそれが可能かどうかではない。ただ、おいらに覚悟があるのかということ。協力するに値する人物か、一緒にいるべきものなのか判断するためだった。
「当たり前だろ」
「それは、本当か? 本当に恐ろしい相手が出てきた時、主は我を見捨てて逃げるのではないか?」
「惚れた女を見捨てて逃げる男なんかいねえよ。俺は、お前の為なら命をかけたっていい」
「え……?」
返ってきた返事は予想外のものだった。だが、そんなことを言われたのははじめてではない。
戦場を駆け抜けたあの日。
あの時もまた、あの男はそんなことを言っていた。そしてあの男と我は……。
「なんだよ?」
「なんでもない。昔のことを少し思い出しただけじゃ。それに、すまんの。我は主のような不細工な男など好まんでの」
「いいさ、俺が勝手に惚れてるだけだ。無理にお前を手に入れようなんて思わない。女は餌じゃねえからな。不細工っていうのは否定させてもらうが」
この男は不細工だ。でかくて、はげてて、つるっつるで、あの男と比べると月とすっぽん。誠にその言葉どおりだ。
「主は馬鹿じゃ。限りなくそう思うぞ」
「うるせい」
「じゃが、そんな馬鹿は嫌いじゃなこうての」
おいらの太く、逞しい腕に触れ、頭を胸につける。逞しく堅い腕、だけど温かくて優しい柔らかさもある。少し頭をつけただけなのに、おいらの心臓の音が手にとって聞こえてくる。やはり、人間ではない。
「どどどどどどうした、どうした! いきなり!」
慌てるおいら。腕に触れられただけでとんでもない慌てぶりだ。
「主と我が結ばれることは決してない。ゆるそうぞ、おいら」
おいらの慌てた顔が一瞬真顔になり、そして笑顔になった。
「そうか、でもいいさ」
「ああ、主ならそういうと思っとった。だから、話したのじゃ」
顎に手をかけ、何やら考えているおいら。この男に対して悪いことをしたのかもしれない。でも、言っておかなければならないこと。これで、この男が自分の元を去ろうがそれでもかまわない。善人すぎるのだ。何も見返りを求めないこの男を利用するのには、いささか心が痛んでしまう。
「思いついた!」
「な、なんじゃ?」
おいらが突然大声をあげた。
「結ばれることが決してないなら、俺は愛人を熱望するぜ!」
「アホか!」
善人、いやただの馬鹿だった。
「おい、いちゃついてないで。頼むぜ!」
前を歩む殺丸のからかう声が聞こえてきた。
「あっ」
自分とおいらが腕を組み、頭を胸につけているなんてはたから見ればいちゃついているようなもの。朧月夜は慌てて腕を放した。しかも、自分が考えすぎていたというのが妙に恥ずかしい。この男には、何も観点が存在しなかったようだ。
「おいらよ、何はともあれ我は主の馬鹿さを信用した。我の愛人になりたければ、それ相応に働くがよいぞ」
「おう! がんばるぜい!」