東京ミッドナイトタワー。通称、自殺塔。
入ったものは必ず死ぬといわれる塔であり、その高さは東京タワーを遥かにしのぐ、歪な建物だ。入るものを拒むことを前提につくられた巨大な門に、外から中が何も見えないように窓が一つもない。黒塗りにされた外壁は夜をあらわすと言われるが昼間に見てもまるで闇である。
「奇妙な塔じゃな」
「ひ、自殺塔だからな。死を誘う塔、この中に居る奴らは半端じゃないぜ」
おいらを見ると、なにやらぶるぶると震えていた。
「おい、怖いなら帰ってもかまわないぜ」
返ってくる答えなんて知っている。だけど、聞かずにはいられない。
「武者震いだよ」
「知ってたさ」
怖くて震えるような男じゃない。むしろ、自分の力がどれだけ発揮することができるのか楽しみで仕方がないといった男だ。そんな男は無限の強さの可能性を秘めている。どこまで強くなるのか、なりたいのか。
「じゃあ、行くぜ。だけど、一言、言っておく。この門を突破する方法は正面突破しかない」
裏口など、はじめから存在しない。中の人間は暗証カードを持っているが、指紋センサー、網膜センサーの三重になっていて手間がかかる。ただでさえ、無策な男がパートナーだ。冷血で残忍な奴がパートナーなら、タワーで働くサラリーマンでも拉致して目と手を奪えば良い。だが、この人のいい男と女。こんな手を納得するはずがないのは目にみえている。
「おう、気合入るぜ」
普通なら、そんな正面突破など絶対に考えたりしない。お互いに本当に信用できるのか、違う仕事を重ねたり、戦う前に一度休んでおき、体調を整えたりするのが普通だ。
だが、パートナーなこの強すぎる男。そんなものはまったく必要がないのだ。
それに、休息なら飛行機の中で十分にとった。何せ、地球のうらがわからやってきたのだ。
「なあ、主達。この門を破壊したいのなら、我に任せてもらおうか」
「ん、どうするってんだ?」
殺丸が言うと、
朧月夜の体がまた光はじめた。
「我に光を与え、破壊を生み、そして無に返したまえ」
朧月夜の手のひらに光が集まり、それが一直線に塔に放たれた。
「うお! なんだこりゃあああ!」
おいらの絶叫。門が崩れ落ちる音がして、そこからすぐさまにたくさんの人が出てきた。
「飛んで火にいる夏の虫じゃ」
指でパチンと空を切ると、崩れた門が燃え上がった。門はコンクリート、燃える物質などではないはずだ。
「どうじゃ、これが我の使う月光と呼ばれる魔法じゃ。地球人は見たことがなかろう」
門を守ろうとした人々がどんどん逃げ回っている。銃を捨て、その身一つで逃げ回る。
「これで、手間は省けそうじゃの」
「とりあえず、サラリーマン達は逃げるだろうな」
だが、すぐにその火は消えてしまった。水や消火器のようなものが使われたようには見えない。
「ひひ、どうやらミッドナイト3騎士の登場みたいだぜ」
タワーの遥か上空から降ってくる人影。地上につく寸前に重力が消え、ふわりとその足を地につける。
長く、流れるような銀色の髪。そして、感情の無い表情。殺気すら感じられない。
「隠れてすらいないのですか。良い度胸です」
男の周りにいたタワーの従業員の表情が固まっている。
「ミュータ様、ここであれを使うのですか! やめてください」
「だまれ、ゴミ」
ミュータと呼ばれた男が男の頭に手をかざした。
「みゅ、ミュータ様!」
何もしていなかったはずだ。ただ、手をかざしただけ。それなのに、男の頭は血もなく粉になり消えていた。
「絶対零度の能力、ミッドナイト三騎士のミュータさんだな」
「よくご存知で」
噂には聞いていた。タワーの三騎士は人でありつつ、人でない。妙な力を持っていると。
「火が出たら、私の出番。絶対零度の力で鎮火させます。そして、あなた達はうっとうしい放火魔。ゴミは塵になるべきです。消させてもらいましょうか」
ミュータが手をかざす。どこからともなく、風が吹荒れ、ここら一帯の気温がぐんぐんと下がっていく。
「……ツララ」
「上だ!」
おいらの声とともに三人が左右にとんだ。
「なんだよ、こりゃあ」
堅いコンクリートにぐっさりと、氷の塊が突き刺さっていた。
「私のつららは槍よりも鋭く、刃物よりも斬れますよ」
「おいらよ、行くのじゃ! サポートするぞ!」
朧月夜の体がひかり、それがおいらに重なる。
「殺丸、主にもじゃ!」
暖かい光がこちらにとどいた。この感覚ははじめてだった。全身の疲れというものが全て消え、そして体中の筋肉が踊っている。いつも以上に動ける。そして、またとない力が発揮できる。
「ほお、あなたも魔法が使えると。おもしろい」
ミュータが手を振ると、その動きにそってつららが飛んでくる。
「朧月夜、お前は俺の背中に隠れろ。槍や刃物くらいなら俺の体には刺さらない!」
「強がりを抜かすな、我の魔法が無ければもう死んでおるぞ」
おいらの体のまわりには不思議な結界が浮かんでおり、それがつららを叩き落していた。
「月のお守りという奴じゃ。ほれ、行くがよい。我につららは通用せんでのう」
「おう、頼れるねえ!」
次々につららがおいら目掛けて飛んでくるが、それらは全て結界によって封じられている。
「厄介な結界ですね。ならば」
ミュータの腕がピキピキと音を立て、氷はじめた。
「アイスブランド。この世で最も切れ味の良い剣です」
腕を大きく振り、ミュータは剣を構えた。
「行きますよ」
ミュータの進む方に一直線の氷の道が出来、ミュータはそこに乗った。
「死の進む道、貴方に天の極楽があるように」
少なくとも、人間が反応できるスピードではなかった。風を切る音が二度聞こえ、ミュータが地にたった。
「いってえ!」
おいらのまわりにあった結界が凍りつき、おいらの背中に大きく切り傷が刻まれていた。
「我の結界をいともたやすく……」
「うおおお、いてええええええええ」
「ふふふふ、では次はあなたです」
ミュータが朧月夜に向かってアイスブランドを向ける。そして、そこには一直線の氷の道。
「では、いきま……あれ?」
ミュータのアイスブランドが粉々に砕け散り、ミュータはそのまま音もなく倒れた。
「う、動けない。何が……あはは、目の前がぐちゃぐちゃだ」
「ひひ、俺の存在を忘れてもらっちゃあ困るぜ。ミュータさん」
殺丸が動けないミュータを見下ろす。
「あ、あなたがいつのまに……」
刀をミュータの首筋に立て、殺丸は笑う。
「あんたの剣での一撃、振りきった後に隙がありすぎだぜ」
「ああ、ぬかりました。本当に、情けないこと」
「ここで、冬眠でもしてるんだな」
殺丸は刀の反対側でミュータの首筋を軽く叩いた。
「ひひ、三騎士も大したことないぜ。ほら、中に行くぞ!」
「さすがじゃな、ほれおいらもかすり傷に何しておる」
「かすり傷なんかじゃ、ってあれ。治ってる?」
意気揚々に殺丸はタワーの中に入っていき、その後をおいらと朧月夜も追っていった。