道は入り組んでいて、どこがどこだかよく分からなくなっていた。それが、タワーの連中にとっては好都合なのは間違いない。
「それにしても暗い建物じゃ」
朧月夜の言うとおり、タワーの中の電気は薄暗い。窓がないせいで、よけいに暗く見える。
暫く、入り組んだ道を進んでいくと遥か上に続く階段を見つけた。
こういう場合、エレベーターに乗るなどご法度だ。こんな危ない連中がエレベーターに乗って上に上がろうとしているなどばれたら止められるに決まっている。しかも、セキュリティーが万全のミッドナイトタワー、監視カメラがそこらじゅうにあるのは間違いない。言い切れるのは、あの男が逃げるということをしないこと。そして、このタワーの頂点にいることだ。
誰よりも、あの男は頂点を目指している。上から、すべての人間を見下そうとしている。
「気配がするな。まあ、当然といえば当然だが」
前を走る
おいらの速度が遅くなる。
「まさかとは、思うぞ。だけど、この音……」
「ひひ、間違いない。転がってきてるぜ」
遥か上空に続く螺旋階段。どんどん、何かが転がってくる音がこちらに向かって大きくなっている。
「こりゃあ、速いぞ! おいら、朧月夜を守れ!」
おいらは朧月夜の前に立ち、殺丸は刀を構えた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃああああ!」
異形と見えるその姿が見えた。丸、円、そのものの姿をしている。いや、細身の男が丸まり、壁やら何やら全てを破壊しながら近づいてくる。
「一般的な力を使う者の様じゃな。下がれおいらよ」
朧月夜の体が光り輝く。そして、ぶつかる瞬間。
「ぎゃああああああああああああああ!」
男の体が燃え上がった。丸まりから解けると随分と長身な男だということが分かる。そして壁や階段を破壊していたのは歪に飛び出た男の長い爪。まるで、肉食獣のような目つきでこちらをにらみつけ、裂けた口からは長い舌がちろちろと蠢いている。
「熱い熱い! うわあああああああああああ!」
大きく体を動かし、火が一瞬で消え去った。
「三騎士、人喰いの
ザリデか」
「うひゃ、うひゃひゃ! そうだ、俺は人喰い族の末裔ザリデ!」
爪をちゃっちゃっと鳴らし、涎を垂らしながらこちらをぎょろりと見てくる。
三騎士のザリデ。ただの人喰い族ではない。通常の人喰い族は自ら動いて進んで人を食べるようなことはしない。食べるとしても、侵入者や対立する部族の者である。
だが、このザリデのような悪の種族と呼ばれる人喰い族は自ら人の肉を求め、村を襲う。悪魔のような外見、そして戦闘に特化した身体能力。軍隊が動き、彼らは殲滅させられたと聞くが稀に彼のように知力のある悪の種族は息逃れ、こうして肉を求めている。
「ひゃひゃひゃ、綺麗な女がいる。その肉を裂いて、内臓を食い破りたいなあ! ああ、その血が飲みたい、白い肌を裂いて頭を割って。ひゃひゃひゃひゃ!」
目がもういっちゃっている。ザリデがこちらを見て思うのは、ただの餌としてである。食べることしか考えていない。
「やらせるかよぉおおおおおお!」
怒りのおいらがザリデに突っ込む。危険だ、このおいらの肉体としてもザリデの爪にかかれば真っ二つにされかねない。ここは、殺丸の刀で応戦するのが理想的。
「お前の肉は不味そうだ。体積はあるが、筋肉がかたい。そして何より、美しくない!」
動物的な動きでザリデは体をうねらせ、そしておいらにその鋭い爪を突き刺そうとする。
「俺にはきかん! それに美しくないというのは否定する!」
殺丸は納得した。
この男、確かアマゾンの奥地で体を鍛えていたと言っていた。対、動物とあればおいらの右に出るものなどいなかったのだ。
おいらは細く長いザリデの腕をへし折ると、その爪を持ちザリデの顔に向けた。
「弱すぎるぜ。悪魔さんよ」
だけど、その行為は駄目だ。おいらは知らなかったのだ。ザリデの力の本来もつ強さを。
「ひゃひゃ、強い。強い! あの方の次に強いかも!」
ザリデは押さえつけられていた腕を残った片方の爪で切り落とし、すかさず身を翻すとそのままおいらの胸板を爪で抉った。
「うっ」
おいらから鮮血が吹き出る。だが、血色の多い男のおいらだ。このくらいの出血では眩暈すらおこさないはずだ。
「おいらよ、大丈夫か!」
「来るな!」
おいらが制止するのも分かった。ザリデの間合いが恐ろしいほどの広いことであった。その長い手足、爪が到達するのに1秒もかからず何十メートルといった距離に届くことができる。おいらのいる距離から朧月夜までそう遠くない距離であるが、彼女をかばうにしても敵の間合いに近すぎるとかばいきれない。
よってここは。
見えない一撃、居合い斬りを見舞った。
横一線に、最大の踏み切りからの一撃だった。それが、ザリデに与える不意の一撃であるはずなのは確かだった。
「当たってない?」
刀には何も感触がなく、しかも肩口が温かい。触ると、どろっとした血が流れていた。
「ひゃひゃひゃ、危ない危ない」
普通じゃなかったのだ。このザリデという男は動物的勘というものが働き、殺丸の殺気を感じ取り、その見えない一撃を完全に避けきった。おいらの血は相変わらず流れ続け、そして殺丸も意外にも大きな一撃をもらった。
おいらがいれば、楽勝だと思っていた戦況ががらりと変わった。