相手だって片手しかない手負いのはず。だが、その壁は高く見えた。身体能力でいえば、
おいらよりも上。そして殺傷能力も殺丸の上を行く。それは、片腕を失い、相手を強者として認めた
ザリデの潜在能力が開花されていたというのもある。
「ひゃひゃひゃ、やっぱり三人とも食べよう。思ったよりも美味しそうだ。この腕はその代替、美味しいものを食べるには犠牲が必要なんだ」
そしてザリデが飛ぶ、狭い壁を何度も何度も跳ね回り、その動きがどこに行くのか分からない。予測不可能の動き。
「うっ!」
標的はおいらでも殺丸でも無かった。
一瞬の跳躍からザリデの改心の一撃が
朧月夜の月の守りを打ち破り、また魔法によって炎に包まれながらもザリデは朧月夜に爪の一撃を食らわしていた。それは、爪の先が肉に少しだけ刺さるといったもので、彼女の能力からすればあっという間に回復も可能なほどの裂傷。血が軽く飛ぶくらいのものだった。
しかし、それがいけなかった。ザリデの敗因ともいえただろう。
そこにいたのは、ザリデ以上の怪物だった。肉弾魔人そのもの。魔人は怒りに震え、咆哮するとゆっくりとザリデに近寄り、何度も爪で裂かれようと追い詰め、腕をへし折り、掴みあげた。
「ひゃひゃ……」
魔人は無表情のまま、拳をふりあげそのままザリデの顔面にそれを思い切りめり込ませた。何度も、何度も。血が吹き出て、ザリデの顔面が原型を止めなくなっても、慈悲のない魔人は拳を叩き込んだ。
壁に顔が埋まり、倒れることすらゆるされないザリデ。魔人はやがて、その表情を緩め、おいらに変わっていった。
「朧月夜! 大丈夫か!」
もう、彼女の怪我は全快していただろう。何事もないように涼しい顔をしていた。だが、あのおいらの変貌ぶりに動揺は隠せずにいたようだ。
「主、いったい何者じゃ。何じゃ、さっきの力は」
殺丸には分かっていた。
おいらの新の力は怒りであり、それは何かを守る時にもっとも発揮されるであろうことを。だから、おいらの力の真骨頂は格闘技のトーナメントでも
バトルロイヤルでも発揮されることはない。それは、愛であり、それがおいらの力の源であった。
「知らねえよ、お前が斬られたのを見たら頭がカーッとなるのと同時に冷めていってな。それよりもすまない。お前を守ると約束しておいて、これだ」
血まみれのおいらが無傷の朧月夜の傷跡を探った。だけど、どう見ても怪我などない。
「主は馬鹿じゃ。我は怪我などしてないのに、こんなになって……」
朧月夜が優しくおいらを抱き寄せると、二人の体に光が伴い、おいらの傷跡がふさがっていった。
「我の命じゃ。もっと自分を大切にせい。我は重症を負ってもすぐに回復するでの」
「駄目だ。俺は約束する。もう、誰にもお前を傷つかせない」
そして、おいらの力はリスクがあればあるほど発揮することができるなど、誰にも分かっていなかった。