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アイデンティティ



薄暗いスタジオに、煙草の煙が充満している。ポールは、ある一定の場所に来るとベースのチューニングを始めた。
「よう、来たのか」ジョンはポールにわざと冷ややかな視線を向ける。そして、煙草を揉み消した。
ジョンはソファに寝そべる。
ポールは何も云わずチューニングを続けている。ジョンは彼をからかうように辛辣な言葉を向ける。
「お前、世間じゃ誰もお前の作品なんか期待してないのによく出せるよな」
「・・・」
その辛辣すぎる言葉に、ポールはちくりと胸が痛む。確かに、事実だ。けれどそれでも少しでも、期待して待っている人たちがいるかもしれない。
だからどんなに酷いバッシングをされてもこうして続けてきた。その延長で今回の映画も少しでも自分達が頑張ってる姿を見せようとポールなりに考えたのだ。
だけど、だけど――。結果とは皮肉にも何時も真実な物だ。自分の功績はイエスタディだけだという。
「知ってるか?評論家や街中の間ではお前の曲の評価、低いんだぜ?」
「知ってる・・・君もそう思ってるの?」ポールは震える声を抑えながら涙を堪えた。
「ヨーコだってお前の評価読んで笑ってたぜ」
「・・・世間では確かにそれが正しいのかもしれないけど、でも、リンダが云ってくれた。“結果が全てじゃないのよ”って」
ジョンはポールのはっきりとした意思表示に驚いたが、辛辣な攻撃を止めなかった。
「じゃあお前は期待されてもいないのにそれでも曲を出すってことか?」
ポールは小さく頷いた。そしてチューニングを終えると、ピアノに向かった。こうしていると、何故だか落ち着く。
自己のアイデンティティとは何か。
アイデンティティとレーゾンレーテルは同じことだ。
己の過去を追及する娯楽が持ち合わせることの恐怖の意味。
いやだ。いやだ。いやだ。
誰かが云った。“羊の血で洗え”と。
生贄が残酷に笑う。・・残虐パーティー。血まみれバライティ。
十字架を取り上げられたキリスト。やもめになったマリア。
神様なんていない。信じるものは救われない。


end

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最終更新:2009年05月16日 11:34