アットウィキロゴ

潮騒


「海辺の家で、暮らしたい。僕の友人、いや、恋人がよく云ってたよ」マッカートニー氏はティーカップを置いてそう呟いた。
「海辺の、家?」ハリスン氏が鸚鵡返しで彼にそう聞き返した。
マッカートニー氏はカップの中の紅茶を見た。彼は重々しい口を開いて話し始めた。ハリスン氏は煙草を取り出した。
「あれはいつ頃だったかな」マッカートニー氏は窓辺から海を見た。今日はやや曇りだ。海の方からは砂浜が打ち上げられてはまた戻る音と、かもめたちの鳴き声が聞こえてくる。
この家はノルウェー風だ。マッカートニー氏は窓を開け放った。海のすぐ傍にこの家は建っているので、かもめが遊びに来たりする。
マッカートニー氏はパンをちぎってかもめたちにあげながら話した。
「昔、まだ僕らが若い頃――まだ大人とはいえない頃、歳を取ったら海の傍に家を建てて暮らしたいねって約束したんだ。
そして約束は果たされて僕らはここで暮らし始めた。勿論、両親から同性愛に対する偏見があったよ。僕らはその頃付き合っていたからね。けど、若い僕らはその反対を押し切って街を飛び出したんだ。
飛び出したはいいものの、最初はお金も住むところもなかった。もちろん、職もね。でも僕らはあるときは人の家に泊まってあるときは道路に寝て過ごした。そんな時だった」
マッカートニー氏は目元をぬぐった。涙が溢れている。彼のその涙を、伝うのがハリスン氏にははっきりわかった。
彼はため息をついてハンカチで目元をぬぐった。
「そんな時、見知らぬ人がジョンの絵をすごいと評価してくれて買ってくれたんです。それからジョンは売れっ子画家として、僕は小さな花屋で働いて生計を立てました。
ある程度のお金が溜まっていい生活ができるようになった頃、海の傍に家を建てないかということを云われました。
僕はやっと二人の夢がかなうと思い、海の傍にこの家を建てたのです。ところが、昨年ジョンは・・」
マッカートニー氏はそこで言葉を途切れた。彼の死の瞬間を思い出したのだ。
ハリスンはメモを取ることを忘れていた。そして、目の前にいるマッカートニー氏を見つめていた。
「この話は、記事にしないで僕が胸に閉まっておくことにします」
「え・・でも」
「いいんです。ご主人が亡くなって、お辛かったでしょう。編集に云ってこの話は載せないことにします」
マッカートニー氏はジョージの配慮に礼を云っても言い切れない顔をした。
玄関のドアが開いて、マッカートニー氏はハリスン氏を見送った。
「一雨きそうだね、ジョン」
マッカートニー氏が空に向かってそう呟いた。涙は何故だか出なかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年05月16日 11:52