丘の上で、ばか


 "海の傍で暮らしたい" と、レノンは言った。

 『素敵だね』と、マッカは答えた。

 1963年。彼らは若くて、まだ何も知らなかった。



 海の傍で暮らしたのはレノンの大事な、ミミおばさんだった。レノンはある日、彼女に海の近くのバンガローを贈った。
 彼女は、天に召されるまで、そこで暮らした。

 まるで誰かを、待ちわびるようにね。



 彼らが生まれて育ったトコロ。リバプールは、港町。
 小さくて古ぼけてて、奴隷を売る以外に、なんの取り柄もなかった町。

 まさかそこから、最大の輸出品が生まれるなんて誰も知らなかった。
 本人達も本国も、ね。



 歌は――― 歌は。

 二人が生み出した歌は

 レノンもマッカも、気付かなかった。
 まさか自分達の、戯れにも似た曲が

 苦悩を吐き出した歌が

 苦しまぎれの、ジョークのような瞬間が

 まるで烙印のように、いつまでも世界に残っていくなんて。



 人は生まれ、人は訪れ、人はとどまり、人は、去る。

 歌われる歌は  語られる物語は

 きっとその場に残される、残像のようなもの。

 人は訪れ 人は去る。

 瞬間の、残像を残して。



 町を離れて、マッカと別れて
 レノンは海の傍で暮らした。
 故郷と同じ、港町で。
 人が訪れ、人が去る、移民の窓口の町で。

 人はとどまり、人は去る。

 海の傍の移民の町で、レノンは誰かに撃たれて死んだ。
 ミミおばさんは、海の近くのバンガローで、それを聞き

 マッカは、レノンの言葉を思い出した。


 "海の傍で暮らしたい"

 あれから随分時が流れ、今はもう誰もいないミミおばさんの家に来た、
 マッカは、家のそばにある、海を見渡す丘に立ち、空を見上げて呟いた。

『今、キミはどこにいる?』

 髪にあたる潮風にマッカはふと、
 レノンの手を思い出した。


"海の傍で暮らしたい"

『君は今、どこにいる?』


 丘の上で潮風に吹かれるマッカの問いに、
 レノンの声が、

 マッカの中で昔のままに、明るく笑いかけていた。









861Hedge-hog's
"the Fool, on the hill"


         * the end*

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最終更新:2009年06月10日 12:59