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見上げてごらん、夜の星を




 とうとう、その日を迎えていた。

 ジョージハリスンは、友と、家族に看取られて、安らかに旅立とうとしていた。見守る皆の瞳からは、逝こうとする人を思う涙が幾筋も流れていた。

 朝日がベッドに差し込む頃、彼は愛しい人たちを一人一人呼んだ。

「ポール…」
 グループで一番最初に知り合った彼は、幼馴染みに呼ばれると、必死で笑顔を作ろうとした。しかしそれは、悲しいくらい失敗していた。
 そんな彼にジョージは、今まで向けたことのないような優しい笑みを浮かべて、こう言った。
「ポール…寂しい時は俺を呼んで? 俺はあんたの後ろに降り立って、あんたの髪にキスを20回送るよ…」
 二人は固く抱き合った。次は
「オリビア…」
 彼の最愛の女性は、もはや涙に暮れていた。苦しい息とあふれる涙で彼を見るオリビアに、ジョージはにっこり微笑むと
「泣かないで、オリビア…。辛い時は、俺を呼んで? 俺は君を抱きしめて、キスを30回送るよ… 」
 彼女は、最後のキスを彼に送った。
「ダーニ…」
 彼は、自分に良く似た息子を呼んだ。すっかり大人になった彼の顔には、覚悟を決めた凛々しさがあった。
 歯を食いしばりながら、彼は最愛の父の前に出た。
「ダーニ…、悔しいことがあった時は父さんを呼びなさい。お前の心が穏やかになる様に、父さんはお前の隣に降りて、お前の頭のてっぺんにキスを50回送るよ」
 その、愛に溢れた言葉にダーニは耐えられなかった。彼は子供のように泣きじゃくり、「逝かないで」と抱きついた。

 そして(Warning!)

「リンゴ…!」

 呼ばれたリンゴは、溢れる涙を隠すことなく、ジョージに歩み寄った。

 その瞬間を先読みしたポールは、ぱっとオリビアの前に立って、感極まって抱きついた…格好で、彼女の視界を遮って、耳も塞いだ。

 リンゴも一瞬の予感に、隣に立つダーニの頭を脇に挟んで、視界と音を奪った。しかもそこで、ジョージがリンゴに抱きついたのだから、長身のダーニはかなり不自然な形で
折れ曲がってしまった。
 『なにが起こったんだ!?』 と、ダーニはもがいたが、長年勤めたドラマーの腕力は、ちょっとやそっとじゃびくともしない。視界も耳も遮られ、何も見えない、聞こえない。

 自分の息子が「リンゴ痛い、痛いよいててて!!」と騒ぐ中、ジョージは、今までの清らかな儚さはどこへやら、きらきらと目を輝かせつつ、がっちりリンゴを抱きしめて、
その耳に熱っぽく囁いた。

「リンゴ、リンゴは何時でも俺を呼んで! 俺は呼ばれる度に数えきれないキスをあんたにするよ!!」

 その言葉を端で聞いてポールは、この後に及んでなんも変わらなかったこの幼馴染みに、いっそ「お見事」と言いたくなった。

「ジョージ」
 もがくダーニを余裕で抱えたまま、リンゴは静かに呼び掛けた。
「…オレだけ、呼び出す理由はないんだね」
「うん、いらない」
 即答だった。
「オレだけ、キスの数を決めないんだね?」
「うん、決めない」
 即答。
 そっと顔を離して、リンゴはジョージに言った。
「…ありがとう、ジョージ」
 リンゴは泣いた。
「最後の最後まで、オレに『どうしたもんやらなー、こいつ』と思わせてくれて」

 その言葉に、オリビアから「ちょっとポール、邪魔!」とか言われていたポールも泣いた。


 この滂沱の涙はどこから来るのか。

 悲しいんだか、呆れてんだか。


 その時
「うっ!!!!」
 ジョージが、コントのような声としぐさで胸を掴んだ。
 動きを押さえられた家族は、耳を塞がれながらも、その様子を見て、表情を変えた。
 ポールとリンゴは、表情を変えない。次にくるジョージの言葉に予測がついていたからだ。

「持病の心臓がっ!」
 ほらな。

「お前、肺と脳腫瘍だろ」
 奥さんの耳、塞いでてよかったとポールは思いつつ、ジョージに突っ込みを入れた。
「あ、そうそう、ううっ! 肺がっ、頭がっっ!!」
「…ヘン、なんだろ?」
 長身のダーニを無理矢理しゃがませて、耳をがっちりホールドしたまま、リンゴはいやいや突っ込みを入れた。
「ああ! リンゴには違うモノをつっ」
「バカ野郎っ!!!!」
 思わず手を離し、二人は去り逝く親友に裏拳突っ込みを決めた。
「あなた!」「父さん!!」
 何も知らない、善良な家族がジョージに寄り添う。彼は、そんな家族達を静かに見回して

「お後が…よろしいようで」

 と呟き、満足そうな「片笑い」を浮かべると、ガクっと頭を落とした。

「酷いじゃないか、ポール、リンゴ!!」
 ダーニが振り返って、二人を責めた。
「リンゴ、父さんはあんたが好きだったんだ。知ってるだろ!?」
 うん、知ってる。
「なのにどうしてこんな…父さんがなにをしたっていうんだ!!」
 知らない方が、いいと思うよ。
 ポールとリンゴは、おんなじ顔をして 並び立っていた。
 親友を亡くし、その奥さんは泣きじゃくり、親友の息子からは厳しい言葉で責められて踏んだり蹴ったりの二人だが、まさか
『お宅の旦那さんは、最後の最後まで昔のバンドメイトにセクハラかまして、笑顔で旅立ちましたよ』
なんてこと言えるはずもなく、ただただ、宿題を忘れたガキのような顔で、立ちすくんでいた。

 彼らは、悲しかった。
 ああ、まったくもって。

 朝日の中で、そんな二人に向けられたジョージの顔は、
「してやったり」
 と、笑っていた。









           861Hedge-hog's
        「見上げてごらん、夜の星を」


           * どっとはらい*

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最終更新:2009年06月25日 02:21