Catch cold,please!
179 :ホワイトアルバムさん
プリーズミーが1位なった直後ポールがジョンへ
「俺らの母ちゃんが生きてたら何て思うだろな」そしたらジョンが
「お前、それ言うなよ!言わないでおこうって約束やないかぁ~
涙
↑ ビー板内 「ビートルズの泣ける話」スレより
1963年のイギリスは、例年にない寒さだった。
シベリア寒気団が、大気の流れに乗ってヨーロッパを覆い、その後なかなか抜けようとしなかった。確かにイギリスにも寒いところは一杯あるだろう。
しかし、例年にない寒さということは、その寒い地方は倍以上にさむくなる、ということで、そんなところから悪い風邪が大流行した。ちょうどそんな
地方にツアー巡業に出ていた若きビートルズも、もちろんまんまとやられてしまった。
しかも、こういう状態になったらいち早くやられてしまうと思われたリンゴでもなく、喉が弱いジョージでもなく、そのどちらでもないポール、でもない。
なんと、そんな悪い風邪にかかったのは、我らがリーダー、ジョンレノンだった。
考えても見れば、コンサート会場なんてどんな人間が集まるか分からない。もちろん、マスクなんてつけるわけもない。しかし、よりによってなぜ彼が?
その謎は解明されることはなく、かくて一番のダークホースが、熱、頭痛、寒気、咳、喉の痛みに見舞われ、彼はベッドから動けなくなってしまった。
「…ごめんな…お前ら…」
真っ赤な顔と潤んだ目で、彼は自分の仲間達にわびた。
「てか…大丈夫なのか? 俺が(咳)いなくても…」
「大丈夫だよ、ジョン」
ジョージがわけなく答える。
「ジョンのボーカルはオレが代わりに歌うことになったんだ」
確かにジョージとジョンの声は似通っているから、ちょうどいい。
「リズムギターも、オレがすることになったし」
「うん」
「ポールも代わりに歌ってくれるし」
「うん…」
「だから、気にしないで寝てていいよ」
ポールが笑う。
「う…ん」
ちょっと顔つきが複雑になってきたジョンだったが、二人はかまわず話し続ける。
「ジョンが居なくても大体まかなえるから」
「だからゆっくり寝てて」
「もうジョン、いなくても大丈夫だから」
「一生寝てていいよ」
「そうくると思ったぞ、お前ら……」
ここで普段なら、ヘッドロックをかけられるところだが、今のジョンは3歳児にも敵わないだろう。事実、ベッドから飛び出そうとしたが、そのとたん咳と頭痛でベッドに
撃沈した。
しかし、彼らはそんなジョンにも何処吹く風(笑)。自分たちの言い草にげらげら笑って相手にしない。
「病人で遊んでないで、そろそろでるぞ」
若きロードマネージャー、ニールアスピノールがホテルのドアから顔を出す。
「じゃ、いってくるねー」
三々五々に手を振るメンバーたちに、ジョンは枕を叩きつけたが、ぶつかる瞬間にドアは閉められ、ジョンは枕なしで寝る羽目になった。
「あー…あったまいてえ……」
ジョンはベッドで一人ごちた。頭に神経が全て回っているような痛みと、熱いはずなのに体が震えるほど寒い感覚が、ジョンを翻弄する。食欲もない。眠りたくても体が
不自然な熱に浮かされて、どうにも神経がささくれ立って寝付けない。
こういう時、ミミが居たらどう言うかな? ジョンは子供の頃を思い出した。ジョンが熱を出すと、ミミはいつも最初はジョンを叱り付ける。
何時までも寝ないからだ、とか雨の日に濡れて帰るからだ、とか。最初はいつも、お小言から始まった。
だけど、ひとしきり説教が終わると、かならず林檎のすりおろしたものを食べさせてくれた。枕を高く固めて、ジョンの体を起こすと、銀に光るスプーンに黄金色に光る
すりおろしを乗せて、ジョンの口に入れてくれる。その時の彼女の顔を、彼は忘れることができない。今でもジョンの胸を温めてくれる、あの笑顔…。
どうやって、彼女は林檎を金色にとどめて置けたんだろう。ジョンは以前ハンブルグで風邪を引いた時、自分で作ってみたことがあったが、その時はおろすそばから
茶色に変色してしまい、味はいいけど魅力は半減した覚えがあった。
ミミ、どんな魔法を使ったんだい? 俺にも教えてくれよ…。
そうだ、ミミの猫達が俺の肩口を暖めてくれたっけ。熱に浮かされたジョンの考えは取り留めなくなっていく。二匹のチンチラ達も、ジョンの大事なパートナーだった。
彼らはそっとジョンのベッドに飛び上がって、頬や肩口に丸くなって、優しい体温を分けてくれた。
喉が腫れて息が苦しい。荒く息をつきながら、ジョンはミミの家に思いを寄せた。懐かしい…我が家。
ニールが薬を持ってきてくれた。助け起こされながら飲む。
「あい…つら、は?」
先ほどの仕打ちを思い出し、悔しいから名前で呼んでやらない。
「そろそろ帰ってくるかな? 迎えにいかないと」
「どうだった? ライヴ」
「あんたがいない空白はポールがMCで繋いでくれたよ。ジョージも健闘してた。リンゴは相変わらず安定してたね」
ニールが、まるで自分のことのように自慢した。俺のこと、なんか言ってた? ジョンの問いにニールが「ファンが五月蝿くてそれどころ
じゃなかったよ!」と、両手を広げて声を上げた。
しかしジョンは嬉しくもなさそうに「ふうん」と、鼻で答えた。息が詰まって咳き込んでしまう。
「ほら、寝たねた。皆を迎えにいったら、なんかメシでも買ってくるよ、なにがいい?」
「なんもいらねえ」
「そんなこというなよ。インスタントのポリッジでも買ってこようか?」
「食いたくない」
「頼むよ、ジョン。なんか言ってくれ」
すねたように、むっつり押し黙ったジョンだったが、腫れて聞き取りづらくなった声で、ぼそっと呟く。
「…林檎の、すりおろし」
「はあ?」
ニールが、素っ頓狂な声を上げた。
「そりゃ無理だ、ジョン。林檎のシーズンは当の昔に過ぎてるし、大体モノがあっても、どうやってすりおろすんだよ? 洗濯板でも借りてくるか?」
ニールの言い分はもっともだ。しかしジョンはこんな時、もっともなことが言われるのが大嫌いだった。
「じゃ、なんでもいいよ」
「そうか? …すまないな」
「謝るくらいなら、最初から聞くな」
「へいへい、仰せのとおりに」
ニールが、わざと大げさにふざけて頷く。ジョンはニヤッと笑ってコレに答える。「じゃ、行って来るわ」とドアを閉めたニールをベッドで見送り、ジョンはぐったり
目を閉じた。
ああ、だるい。喉が渇いたなあ…。そう思ってジョンは気付く。違う、喉が痛んで乾いたように感じるんだ。彼はうつらうつらしながら、胸の中でぼやいた。なんだよ、
あいつら。俺の心配なんて、ちっともしてねえんだな。大体なんで俺が風邪ひくんだよ? 病気はリンゴかジョーの領分だろ? そういえばあいつら、これからロンドンで
共同生活するらしいけど…うまくやれるのかねえ…。
目にも頭痛が影響したのか、開いていられない。ジョンは目を瞑った。そして、夢に落ちていった。
目の奥で、だれかが笑う。懐かしさがジョンを包む。
誰だ? あんたは? 子供の姿で、ジョンは聞く。
その姿は、大きくて懐かしくて、暖かな感じがする。
ふわりと、林檎の香りが鼻をくすぐる。
ミミ? ニール?
いつの間にか、大人になったジョンが聞く。
影は何も答えない。額に手のひらを感じる。
待ってくれ。知ってるぞ? 俺はこの手を知ってるぞ。
ジュリア? 恋しい名前に、ついジョンの声が潤む。いや、違う。ジュリアは俺が熱を出したことも知らないで、違う家のママになっていた。
それでも、俺はよかったんだ。あんたが生きてくれてたなら。
『俺たちの母親が生きていたら、どう思うかな?』
イギリスでNo.1ヒットを出したときに誰かと交わした会話が、ジョンの中で蘇る。
『俺たちの母親が生きてたら、どう思うかな?』
珍しく、しんみりと言った誰かに、彼は思わずこう言った。
『お前、それは言わない約束だろうよ!!』
ジョンは思い出そうとした。あの時の、誰かの表情を。
その時、アイツはどんな顔したっけ?
泣いたっけ? 笑ったっけ?
それとも…。
「あ、目が覚めた?」
目の前にいたのは、ポールだった。ステージ衣装もそのままに、ジョンの額に手をあてて、その顔を覗き込んでいた。
「…あれ?」
いつもなら、驚いて飛び起きるところだが、熱でぼんやりしている頭と目では、そんな余裕はない。
「ポール、か?」
ジョンのとぼけた言い方に、彼は肩をすくめて微笑んだ。
「ステージは?」
「終わったよ」
「どうだった?」
「まあまあかな?」
そう言って彼はジョンの額をさっと撫でた。そうだ、この手だと、ジョンは思った。
ミミの手とは違う、左手の感触。夢の中で、俺に触れてきた手のひら…。
「…ニールは、大成功とか、言ってたぜ?」
ジョンの言葉にポールは「ニールの言うことだもの」と笑った。
「そりゃあ、ジョンがいないところでがんばったからね。苦しい言い方だけど、「一等賞」てより「努力賞」かな? ジョージはがんばってたよ。
はしゃぎすぎてた感じもしたけど」
いっぱい歌って、ギターも弾きまくってたから。ポールの言葉にジョンが「あの野郎」と呟いて、二人はひとしきり笑った。
「今、リンゴが湯たんぽを持ってきてくれるって。ジョーはお茶入れてるよ」
なんか食べるかい? とポールが言った。そうだな、ジョンが答えた。
なんだかさっきより気分がいい。確かに間接はまだ痛いし、喉も苦しい。頭も痛い。
でも、さっきよりずっといい。なぜだろう?
ポールは、ジョンの枕を高くすると、サイドテーブルの向こうからガラスの器を持ち出した。
その中身を見て、ジョンは驚いた。
「え…?」
そこには黄金色に輝く、林檎のすりおろしがたっぷり入っていた。
「どうして?」
意外な顔をしたジョンに、ポールが「してやったり」と明るく笑う。
「ニールから聞いたんだ。ジョンが食べたがってるって。あいつは無理だって言ってたけど、僕はホテルにならあるだろうと踏んだのさ! そしたら、案の定」
ね? とポールはウィンクする。銀色のスプーンが差し込まれ、ジョンに差し出された。
一匙すくって、口に運ぶ。
甘酸っぱい潤いと、滑らかな舌触りが痛んだ喉に心地いい。
「欲しかったら、まだあるから」
ポールは、ジョンの様子を嬉しそうに眺めながら、おろし金と切り分けた林檎が入ったボウルを取り出した。
「なんだそれ?」
「林檎をもらうついでに、ホテルから借りた」
ちょっとだけ得意気に、ポールは言った。ジョンは感心してしまった。なんとまあ気がつくんだろうな、この男は。
ふと気付くと、このすりおろしは変色していない。ミミが作ってくれたのと同じ、黄金色のままだ。
「なんでコレ、色が変わってないんだ?」
ジョンの問いに、ポールは「ああ」と頷いた。
「作る直前まで、塩水に付けておくんだよ。塩が少し残るけど、おろしたら量が増えるから、気にならないって寸法さ」
なあんだ、そんなことか。ジョンは魔法の正体を知って、なんとなく拍子抜けした。
ああ、でも、わざわざそんなことまでしてたんだな。とジョンは思いなおした。色が変わったって、味に変わりはないだろうに。
でも、彼の目には、これが林檎のすりおろしだった。これこそが。
「なんでお前、こんなこと知ってるんだ?」
「母さんが生きてた頃さ、よくマイクが熱出して、そのたんびに作らされたんだよ。あいつ、林檎の色が変わるのが嫌だっていって、その時ね」
教えてもらったんだと、ポールの目が、ふと懐かしさに緩む。
ジョンは、そんな話を聞きながら、手の中の器に目を落とす。
二人は一緒に、子供時代に戻っているように見えた。
その時
「あれ、邪魔したかい?」
ドアの向こうからリンゴが顔を出した。腕にはタオルを巻かれた湯たんぽが抱えられている。
「いや、いいよ」
振り返ってポールが答えた。リンゴの後ろからジョージも顔を出す。
「ほらジョン。遅くなってごめん」
苦笑いするリンゴからほかほかの、タオルの塊を受け取る。寒気を感じていた体に、生気が戻るような気がした。
「ありがとう、リッチ」
珍しく素直なジョンに、リンゴはポールと顔を見合わせた。
「あ、林檎のすりおろしがある。ちょうどいいや」
そういってジョージが、いきなりジョンの手元からスプーンを借りて、マグカップに大盛りのすりおろしを投げ入れた。
「ジョー、どうするんだよ!?」
ポールの驚きに、ジョージはすましてこう言った。
「おれんちでは、風邪引いてひどい時は、特製のお茶を飲むんだ」
「あれがそうなのか?」
リンゴが眉をしかめてジョージに尋ねた。
「なんだよ?」
スプーンを返してもらいつつ、ジョンが聞いてきた。顔は面白そうだと笑っていた。
「こいつさ、紅茶に皮ごとのしょうがの薄切りを何枚も突っ込んでるんだよ。オレは「ちょっと入れすぎじゃないか」って言ったけど…」
「ひどい風邪には、コレぐらいがちょうどいいの」
そう言って、ジョージは再びジョンからスプーンを奪い、一度ハンカチでそれをぬぐうと人数分のマグカップに林檎のすりおろしを放り込んで、そのまま
たっぷりとお茶を注いだ。
「…まあ、香りはいいよね」
鼻を近づけて、ポールが恐る恐る香りをかぐ。
「そうだな」
大きい鼻でリンゴが答える。
一人を除いて全員が、覚悟を決めて、えいっと飲んだ。
しばし沈黙の後。
「…辛! なんだこれ!!??」「オレ今、すげえもん飲んだ!!!!!」 げほげほとむせるポールとリンゴに、ジョンは詰まった声で笑った。もちろん、
彼も飲み、その不味さにも思わず笑ったのだった。
一人、ジョージだけがポカンとして皆を見ている。
「え、なに? おいしいじゃん。我ながらよく出来たと思うけど」
「お前の家では、コレが基準か!?」
リンゴがぼやく。
「まあ、確かにジョーのとこは、全体濃い味だよね」
ポールがいうと
「…でもなんで、ポリッジだけは薄味なんだろうな?」
ジョンの言葉に、一人を除いた全員が頷いた。
「リンゴ、先が思いやられるんじゃないか? …共同生活にあたって」
腫れた喉でジョンがささやくと
「だからオレは全部外食にするよ」
とリンゴがうんざり頷いた。
「口直し口直し」と、ポールが林檎をおろす。リンゴはボールに手を突っ込んでそのままかじりついた。平気な顔でお茶を飲むジョージに、ニールが顔を出した。
何食わぬ顔でお茶を出し、やはりむせた彼を見て、一人を除いて皆が笑った。そこにブライアンがやってきて……。
明日も、まだ熱は下がりそうにない。
でも、ジョンの心は、何故か弾んでいた。
ポールが、まだ二個残っている林檎をジョンに見せた。
その後ろに、渋い顔をして林檎を齧りながらお茶をすするリンゴやニール、ブライアンと、涼しい顔でカップを空けるジョージが見える。
そんな様子を見ながら、ジョンは腕の中にある湯たんぽに昔相棒だった猫たちの温もりを思いつつ、いつの間にか寝入っていた。
それに気付いたポールは、皆に人差し指で「静かに」と告げた。
全員が、「OK」と頷きあい、それぞれ手に手に荷物を持つと、そっとドアを出て行った。
最後に残ったポールは、高くした枕を下ろし、ジョンの手から空っぽの器を受け取ると、その手を毛布の中にいれた。そして、いたずらっぽくまわりを見回すと、
ちょっとだけ ジョンの頬にキスをした。
そしてサイドテーブルに林檎を二つ置くと、そっと部屋から出て行った。
林檎の香りは部屋いっぱいに広がり、ジョンを守っているようだった。
861Hedge-hog Present 「Catch cold,please!」
* the end *
最終更新:2009年06月11日 01:38