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You never give me your money



BGM:Carry that weight(the Beatles)
Title: You never give me your money 
Pairing:Dhani/Ringo(R/D?)



 今年も、この日がやってきた。
 リンゴは、もう何回目か数えることをやめたジョージの命日を、彼の墓の前で過ごしていた。ジョージの好きだったワインとタバコを墓前において、今年一年にあった
ことを胸の中で話す。そんな穏やかで寂しい時間を、毎年のこの時期、初冬の肌寒い空気の中で送っていた。

 天気は晴れていた。空はどこまでも高く、透き通った青い色を頭上に広げていた。

『ジョージ…、またお前から、一歩遠くなったような気がするよ』
 あの日から一日、一年過ぎるたびリンゴは、ジョージが彼から離れていくような気がした。人の心は、辛いことを忘れるように出来ている。しかし、忘れたくない
「辛さ」もあるのだと、リンゴは先に逝った二人の友人から教わった。
 日の光が、サングラス越しに眩しい―――。そう言い訳して、リンゴは目を閉じた。
 逝ってしまう直前の姿より、出会った頃の彼の方を、今のリンゴは鮮明に思い出せる。歳だなあと苦笑いしながら、彼は自分の目の奥で元気に跳ね回るジョージの笑顔に、
ふと涙をこぼしそうになった。

 その時

「リンゴ…?」
 後ろから、懐かしい声がかかった。
 まさか、とリンゴは振り返った。
 逆光になったその人影は、見覚えのある華奢な姿をしていた。
「ジョー…」
 思わずその名を呼びそうになった時、その姿がはっきりと現れた。
 細面の顔、微妙な長さの足(笑)、太くて先が上がってる眉に長いまつげに縁取られた目。
 だが、リンゴにはもう分かっている。これは「彼」じゃない。彼じゃない。
 父親の好きだった花を一抱えもって現れたのは、ジョージの一人息子、ダーニだった。
 彼は、リンゴの姿を見て、嬉しそうににっこりと笑った。
「きてくれてたんですね、有難う!」

 そういいながら、足早に歩み進んできた若者を、リンゴは眩しげに見つめ返していた。


「いいところだね」
 ダーニに誘われるままに、リンゴはダーニのアパルトマンを訪れていた。その場所が、ジョージの…自分の父の眠る場所の近くにあることが、その部屋の意味を語っていた。
 キッチンからダーニが笑顔で、熱い紅茶の入ったポットとクッキーをテーブルに並べた。
「リンゴおじさん、どれぐらいあの場所にいたんですか? 冷えてませんか?」
 そんなことを言いながら。マグカップを二つ取り出して紅茶を注ぐ。
「…あ、ダーニ、砂糖は」
「え?」
 リンゴの呼びかけに青年は顔を上げた。しかし、手元のスプーンから山盛りの砂糖が、マグの中に落とされた。
「どうしました?」
 止める間もなく、自分のマグにも山盛りの砂糖を注ぐ(これでもう、取り替えてくれと言えなくなった)。
 得意げな顔で「どうぞ」と差し出されて、リンゴは一瞬呆然としたが、その後つい吹き出してしまった。
「え…、え?」
 きょとんとするダーニの顔に、リンゴは笑いを大きくした。今のダーニの顔は真に、自分が知ってる「彼」の顔そのままだった。そして、お茶に断りもなく砂糖を山盛り
入れるのも…。
「ごめんごめん」
 笑い以外の涙を浮かべた目尻を、リンゴはさりげなく拭った。そして、今思ったことを屈託なくダーニに告げた。
「…お父さんそっくりになったなあ。今の紅茶の入れ方なんてホントに、ジョージみたいだ」

 『砂糖が入ったって、お茶は飲めるだろ? なんならコレに練乳をたっぷり入れてやってもいいんだぜ!?』

 勝手に砂糖を入れたことに文句を云った時、ジョージが逆ギレ起こして言った台詞を、今でもリンゴは鮮明に思い出す。そうだ、アレはメジャーデビューが
決まった時。皆が短い前髪をして、着慣れぬスーツに戸惑っている頃。デビュー曲のレコーディングでドラムを叩けずイラついていた自分に、ジョージはお茶を
入れてくれたのだった。
 その気持ちが嬉しかった。でも、お茶は思いっきり甘くて歯が溶けるかと思った。
「…父に入れる紅茶が、基本になってるもんで」
 顔を赤くして、ダーニがぼそりと呟いた。
「ジョージに? 君が?」
「ええ、地下でレコーディングしてる時とか…おじさんにも入れてあげましたよ! 確か僕が小学校の時」
「そうだったかな?」
「そうですよ。クリスマスの時、雪だらけでウチに来たことがあったじゃないですか」
「ああ、あの時か」
 あれは、久々のツアーから帰ったきた年のクリスマスのこと。ジョージ達にお土産を渡そうと訪れたその年は、珍しく雪が深く降った。小さなダーニは、
「クリスマスおめでとう」と微笑みながらダーニの前に現れたリンゴの、雪を被った寒そうな姿を見て、プレゼントを受け取るより早く、彼はキッチンに飛び込むと熱い
紅茶を入れてきてくれた。
 …そうだ、その時も今と同じくらい、甘かったっけ。
 あんなに小さかった子が、こうして、いっぱしの大人の口をきいて、優しい気遣いをしてくれるようになった。ジョージ、ダーニはイイコだな。そう思いながら、リンゴは
甘すぎるお茶を啜った。サングラスの奥の青い目は、懐かしさと歓びと、僅かな寂しさを含んでいた。
 ダーニは、黙ってそんなリンゴの様子を見つめていたが、やがて決心をつけたように重く口を開いた。
「リンゴおじさん………」
 一瞬、ダーニは首を振った。何かを振り切るように。
 そして、彼は顔を、目を、まっすぐに、リンゴに向けた。
 リンゴは、真剣なダーニの様子に、カップを置いて向かい合った。和んでいた空気に突然、緊張が走った。
 ダーニは大きくため息をついた。そして席を立つとリンゴの隣に座りなおして、彼がかけていたサングラスを、そっと外した。
「ダーニ?」
「……やっぱり、そんな目をしてたんですね」
 哀しげにダーニは呟いた。彼はリンゴの目を見つめながら、話を続けた。
「僕を、そんな目で見ないでください」
 そして、ためらいがちにその白い顔を近づける。
「…僕は…、僕はもう、小さなダーニじゃありません」
「…そうだな、子ども扱いしてすまない」
 リンゴは優しい笑みを口に浮かべた。それを見て、ダーニは何故か苦しそうに眉を顰める。
「違う…、違うんだ」
「どうしたんだ?」
 気遣わしげにダーニの肩に手をかけたリンゴの鎖骨に、ダーニは頭を預けるように寄りかかった。
 リンゴの胸がずきりと痛んだ。そのしぐさは…彼らがまだグループで、辛く長いツアーを行っていた時、疲れ果てたジョージが自分によくやっていた仕種だった。

『俺達、どこ行くのかな。疲れたなあ。もう疲れたよ』

 ジョージの声が耳に蘇る。あの頃、彼らは一つだった。ジョンもポールも、自分達と同じだった。しかし、今では二人も欠けた。一人は悲劇的な最後をとげ、もう一人は、
グループで一番若いはずなのに、一番の年長を差し置いて旅立ってしまった。大好きな二人だった。かけがえの無い二人だった。今でも思う。彼らがあんなことにならない
ために、自分の命が必要なら、いくらでも差し出そう、と。
 あの、身を裂くような悲しみ苦しみを受けるくらいなら、その方がどんなに楽か知れない、と。
 彼の腕の中で、ダーニは温かかった。震えるような細い肩は、それでも、「彼」の最後の頃に比べたらしっかりと手ごたえがあった。
『似すぎている…』
 リンゴは、胸の中でそう呟いた。「彼」が居なくなってからのこの青年を見るのは、実はリンゴは辛かった。胸の奥で笑う「彼」と、目の前で笑う彼が交差して、リンゴは
どうしていいのか分からなくなるのだ。
「…ダーニ」
 彼は、低い声を尚低くして、呻くように呟くと青年の肩を取って、自分からそっと引き離そうとした。ゆっくりとダーニが顔を上げた。
 しかし、彼は顔をそれ以上離さず、リンゴにしか聞こえないような声でこう囁いた。
「……父とは、何時から?」
「え?」
「父と関係を持ったのは、何時頃からだったんですか?」
 ハンブルグ? それとも初めてアメリカにいった時?
 リンゴは一瞬、目の前が一枚の絵になって全てが封じ込められたように感じた。
 息が止まる。空気が凍る。
 彼の耳は、今のダーニの言葉が信じられなかった。この、目の前の子が言ったとは思えなかった。どこかでTVが、下手なソープオペラを流していると思いたかった。
 しかし、このアパルトマンで、近所の騒音が聞こえるとは思えない。ラジオもテレビも、電源を切られている。
 そして彼の前に、暗い目をしたダーニが…大事な、かけがえのない「彼」の子供が、まっすぐに自分を見つめている。
 もはや、どうにも逃げようが無い。リンゴは思わず目を覆った。そして、ソファの背もたれに自分を預けると、目を覆ったまま「どうして、そんなことを…」と疲れた声で
呟いた。
「父の遺品を整理していたときに」
 そう言いながら、ダーニは上着のポケットから数枚の写真を取り出した。
「クロゼットの奥に…。縁が擦り切れたアルバムがあったんです」
 手渡されたそのどれにも、ジョージとリンゴが写っていた。そして、その内の一枚は世間に発表できないようなものだった。
「…ああ、これはジョンが撮ってくれたヤツだ」 一枚に目を留め、リンゴは苦い顔で懐かしそうに呟いた。
「俺もお返しで、あの二人を撮ったよ。俺達はあの頃一つだった。誰がナニをやろうと、許しあっていたのさ」
 ダーニは、そんなリンゴの言葉を黙って聞いていた。リンゴが写真を返そうとすると、彼は首を振ってそれをリンゴに渡す。
「父のお墓で焼こうと思っていたものです。…その三枚が一番、手脂で汚れていたから」
 きっと何度も取り出して、一人で眺めていたのだろう。俺も同じだよ、と、リンゴはジョージに言いたかった。俺もそうだったよ、ジョー。今は…辛くて仕舞い
込んでいるけれどね。
 青い目を潤ませて、リンゴは何度も写真を眺めていた。しかしその時、刺すような視線に気付いて顔を上げる。そこには、大きい目を針のように尖らせて、自分を
見ているダーニがいた。
「…謝るよ、ダーニ」
 リンゴは、目を逸らしてそう言った。 ダーニと目を合わせているのが怖かった。
「確かに…俺は君のお父さんと……関係を持っていた。俺は、彼を愛していたよ」 
 無邪気な態度。明るい笑顔。鋭い舌鋒。そして…想うことをあけすけに表すその姿。そんなジョージを、彼はずっと愛してきた。そして、ジョージもまた、リンゴを想って
きた。会う機会が減っていっても、次に会った時にはそんな時間の隔たりなど感じないほど、彼らは近しかった。
 旅先から貰う葉書には、「次は(何時何時に)時間ができるよ」と、会う機会を教えてくれた。それは寂しがりのリンゴに、どれだけ慰めになったかしれない。
 その通りに会えなくてもいい、そう言ってくれるのがリンゴには嬉しかった。
 『リッチ、どうかな。この庭』
 綺麗に整えられた英国風のガーデニングを初めて完成させた時、ジョージはリンゴを呼んで、ちょっと得意げに披露した。その様子があまりに昔のままだったので、リンゴは
思わず彼の頭を撫でて、
 『よく出来たな、すごいよ。ジョー』
 と笑った。ジョージは、ちょっとだけ驚いた顔でリンゴを見ると、やめろよ子供じゃないんだぜ、と手を払った。リンゴがそのまま、ジョージの鼻を摘む。
 やめろってば! と声を荒げたジョージの顔は、照れくさそうに笑っていた。そこに、まだ小さかったダーニが顔を出す。「どうしたの、ダッド」 なんでもないよ、
と彼は笑って、幼いダーニを肩車した。リンゴがダーニを見上げて笑う。そんな穏やかな心の交流で満たされるほど、二人の想いは成熟していたのだ。
 しかし、そんなものは子供には関係ない。ダーニにしてみれば、リンゴは自分の父親に手を出していた門外漢だ。自分とずっと接していた大人が、実は自分の親と
…不倫じみた関係を持っていたと知ったら、その相手をどう思うだろう。その思い出はどう変わってしまうだろう。
 すまなかった、とリンゴは呟いた。傷つけてしまって、すまないと。
 しかし、ダーニは許さなかった。言葉に出来ない思いを目に込めて、激しく首を振ると、そのままリンゴに向かって体を押し付けるようにのしかかった。
 驚いて見上げるリンゴの目を、ダーニは白い手で塞ぐと、そのままその唇をリンゴの口に押し付けてきた。
「!?」
 リンゴの息が、時間が止まった。彼の体は、優しい重みを感じていた。彼の息は飲み込まれていた。彼の目は塞がれていた。そして…
 彼の頬に、温かな雨が落ちてきた。
「…………ダーニ!」
 今度こそ、彼はダーニの肩を掴むと、ぐいと自分から引き剥がした。
 ダーニの目から、大粒の涙が幾つも筋を作っていた。怯えたような空気が彼を包み、傷ついた視線を、彼に向けて―――。
 彼は、震えながら、やっと口を開いた。「お願いだから……、僕を、そんな目で見ないで」
 そして、はっきりと彼の名前を呼ぶ。
「リンゴ」 と。
 ああ、とリンゴは思った。これだけだ、これだけは、彼と違う。
 綺麗な発音。優しい声。
 ジョージは、ダーニの父親は、酷いリバプール訛りを決して直そうとはしなかった。その声は独特の、誰かにつっかかっていくような響きがあった。
 いいや、とリンゴは自分の今の思いにぞっとした。違う。彼はダーニだ。いくら外見が似てるからって、その全てが同じはずがない。彼はダーニだ。世界でたった一人の
ダーニハリスンだ。リンゴは、分かっているはずのその事実を、実は、今の今まで受け止めていなかったことに気付かされた。
「ダーニ…」
「僕はとうさんじゃない。あなたが愛した、あの人じゃない」
 だけど、分かって欲しい、とダーニは必死の声を振り絞って、続けた。
「でも…僕は、あなたが…、小さいダーニじゃなく、ジョージハリスンの息子としてじゃなく…、一人の人間として、ダーニハリスンとして、あなたが好きなんだ…、
好きなんだリッチ、リチャードスターキー!」

 誰かが、リンゴの心のレコードに、大きな引っ掻き傷を付けた。
 レコードは、同じところをぐるぐる回り始めた。それは、今のダーニの言葉だった。

 やっとの思いで、リンゴは口を開いた。貧血を起こしているような感覚が彼を包む。きっと顔は蒼白になっているだろう。
「ダーニ…ダーニ、お前……、ナニを言って…」
「この間、兄さんに言われました」
「兄さんって…、ザックか?」
 リンゴの長男の名前に、ダーニはこくりと頷いた。
「『お前は、自分の親父の心を焼き付けられただけじゃないのか』って。僕が、あなたを好きだと思うのは…、父の…、ジョージの
言い切れない心を僕が察して、そう思い込んでしまっただけじゃないのかって」
「そんな話をザックと?」
 ダーニは、もう一度頷く。仲のいい二人だと思っていたが、そういう話まで出来る間柄だとは知らなかった。
 リンゴは、ダーニの肩を掴んだまま、その目をしっかりと見ながら言い聞かせる。
 この、熱に浮かされたような青年の熱を取り去ろうと言い聞かせる。
「ダーニ、ザックの言うとおりだ。よく考えてみろ、俺はお前の親父からも、3つも年上なんだ。おじいちゃんの年齢だよ! それに」
「そうです、あなたは僕の父よりも3つも年上で、僕とは生れた時からの付き合いで、それに…」
 ダーニの、喉の奥が引きつりだす。辛い言葉を話さなければならない心が、彼をためらわせていたが、リンゴの目を見つめ返しながらダーニは言った。
「僕が…、母が、父の女性問題が出るたび泣いていた母を、どうすることも出来なかった時、側に居てくれたのは、あなただった。僕の
隣で笑ってくれたのは、あなただった」
「ダーニ、それは」
「いいえ、父を嫌ってるんじゃない。父も母も、大好きで大事な人です。でも…僕にとって、あなたは…」
 ダーニの顔がうつむいていた。ぱたぱた、と涙がカーペットに落ちる乾いた音が、やけに大きく聞こえていた。
「誰にも換えがたい、だいじな、ひとなんです」
「ダーニ…それは、思い込みだ。誰にだって辛い時がある。俺はたまたま、君のそんな時に」
「これが、ただの思い込みだというのなら」
 ダーニが苦しい声を上げた。
「じゃあ、なんで今渡した写真を見た時……、あなたの隣で笑う父を見た時、こんな…酷い感情が吹き出てきたんだ!! 笑ってください。僕は、彼が、父が羨ましかった。
妬ましかった。アルバムを開いた時、写真を見た時、僕がどう思ったか教えましょうか? 僕は…、僕は、あなたの隣にいるのが僕じゃないことに、ショックを受けた
んだ。あなたの、優しい目を受けているのが僕じゃないことに、はらわたが煮えるような気持ちがしたんだ」
「ダーニ」
「今だって、写真を見ているときのあなたの目、僕があなたから欲しくてたまらない視線を、彼は、父は、あっさりと手にしてしまう。それが僕には耐えられない。
あのアルバムを…写真を見るたび、思ってしまう、…僕が、もしあの頃に生まれていたらと。あの人より先に出会っていたらと、そんな馬鹿げたことを思ってしまうんだ!」
「ダーニ、落ち着け!」
 リンゴの前で、己自身を責めるように声を荒げている青年は、彼の想い人の静止の声を聞けなかった。きっと、一生言わないでおこうと強く決心して
いたに違いない。自分の気持ち…伝えたくても、どうしようもない心。しかし彼は、ダーニは、見つけてしまった。彼の決心を壊すに充分な「証拠」を。

 そこにあるだけで、自分の想いを嘲笑うようなものの、全てを。

 燃やしてしまおうと、ダーニはきっと思っただろう。自分の醜い心を見せ付けられるようなモノなど、しかもそれを思い知らせたのは、彼自身の肉親なのだ。
 しかし…結局はできなかった。それすらも、彼にとっては、大事な父親の思い出なのだから。
 だから、たった3枚。手元にあるだけで、自分の心を壊してしまいそうな3枚だけを選んで、父の元に届けようとしたのだ。
 しかし、そこでダーニは会ってしまった。彼の想い人であり、父の…長年の恋人に。それが偶然だったのか必然だったのか、彼らのどちらにも分からない。
 だが青年にとっては、言わなくてもいい告白をしてしまうには、充分すぎるお膳立てだった。

「馬鹿みたいだ!! 自分の父親に嫉妬するなんて! こんな自分を嫌悪して、夜中に吐いてしまうこともあった……。教えてください。これが、ただの思い込みなんですか? ただ、父親に思い込まされただけの、薄っぺらな代物なんですか!? 教えてください!!!! お願いだ、リンゴ!!!!」

 激しい思いを叩きつける視線を、ダーニはリンゴに向けた。そのアーモンド色の目と、何かが被さる。ああ、そうだ、ジョージもよくそんな目を俺に向けてきた。何かを
話す時、相談する時、そして…「好きだ」と言ってくれた時…。

 一瞬の内に、心が現実に戻る。目の前の青年に、リンゴは心の中で頭を振る。違う、彼は、かれはジョージじゃない。
 細い体、大きな笑顔、太くて先がきゅっと上がった眉、長いまつげに縁取られたアーモンド色の目。

 「彼」じゃない。ここにいるのはダーニだ。ダーニハリスン。ジョージの子供。
 父親に、あまりに似すぎしまった…彼の大事な、たった一人の父親と、同じ人間を想ってしまった、不幸な子供。


 死んでしまった人間は、ただそれだけで、その場を全てさらってしまう。まるでトランプのジョーカーのようなもの。
 残された人間は、手持ちのカードで乗り切るしかない。
 それでは、ダーニのカードは? 彼に残された手札は?
 それを予測しようにも、リンゴにはもう分からない。
 その手を読もうにも、カードを持つ人間の姿は、あまりにジョーカーに似通っていた。
 それは、この勝負には、あまりにも不幸な偶然だった…………。


「ダーニ」
 リンゴもまた、苦しい声をダーニに向けた。
「すまない」

 リンゴには、この言葉しか、言えなかった。
 ただ愛したい人を愛したいだけの、罪のない子供に、その心を引き受けることができない大人のできるコトは、たった一つしかない。
「すまない…ダーニ。本当に……本当に」
 リンゴは、そういってダーニの細い体を抱きしめた。若い姿は、老いた者の腕の中にすっぽりと納まった。
 腕の中で、彼は小さく震えていた。

 いいや。震えているのは、一体、誰だろう。
 誰だったのだろう。

 ダーニは、涙を零しながら、それでもリンゴの頬を両手で包むと、そのまま彼を慰めるように顔を寄せた。
 リンゴは、それに答えようとした一瞬、彼の父親の笑顔が胸によぎった。 
 彼は、ダーニの頬にキスをすると、そのまま彼の肩に顔を伏せて、声を堪えて泣いた。
 ダーニは喉を震わせながら、そんなリンゴの短く切った髪に頬を寄せて、目を伏せることなく涙を流した。

 目を閉じたら、父の姿を見てしまいそうで――――。
 彼にとって、それに怯えてしまうことはなによりも辛く、何よりも腹立たしかった。

 誰に言うでもない訴えを、ダーニは嗚咽の中に紛らわせた。
「お願い…、彼を、僕を、自由にして」

 しかし、その言葉の後に「父さん」と続けることは、ついにとうとう、出来なかった。

 二人は長い間、そのまま抱きあっていた。

 壁にかけられていた、ジョージを囲んだ彼らの写真が、そんな二人を静かに見下ろしていた。






               861Hedge-hog’s
            “You never give me your money”
                   *the end*




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最終更新:2009年07月11日 04:14