アットウィキロゴ

Take it away


BGM:She's electric(Oasis)
Title:Take it away
Pairing:No pairing(Z/R?R/D)
rating:fan-fiction




 その夜のパーティを、ザックスターキーは結構楽しんでいた。
 彼は今のバンドでのツアー先で、土地の名士が開いたパーティに、バンドの顔として出席していた。ザック自身はバンドのサポートメンバーなのだが、マネージャーの
言うには「バンドの名前の入った人間が顔を見せればいい」とのことだった。正直ライブが始まるまで時間のあるザックには、恰好の暇つぶしになる話だったので
「いいですよ」と頷いて、彼は招待状を手渡された。 、

 話は、ここから起きた



 流石に、名士が開いただけあって、酒も料理も上等だった。
『でも…、どうにも落ち着かないねえ』
 そんなことを思いながら、ザックはきらびやかな連中を眺めながら、スコッチの水割りをゆっくり舐めていた。きっと、この土地でイベントを開く奴等が表敬訪問しに
訪れるのだろう。彼の目の前で、数々の著名人達が、現れては入れ替わっていく。
 さて、そろそろおいらも帰ろうか、と思った時、見慣れた顔と聞きなれた声が聞こえてきた。
「あれ?」
 彼は思わず声を上げた。
「親父?」
 声をかけられた方は、小柄な背丈からこちらを見上げると、やはり驚いた顔をした。
「ザック! おお、久しぶりだな!」
「そうだな!」
 そういいながら、二人は親愛のハグを交わした。
「お前、どうしたんだ、珍しいな」
「今参加してるバンドのマネージャーにおおせつかってね。バンドに替わって挨拶にきたのさ」
 親父は? と尋ねると「またここでコンサートをやる予定でね」と笑顔で答える。
「オールスターバンドかい? へえ、すごいね」
「まあな。メンバーも集まったし、そろそろ動かないと」
「またドラマーの口があったらヨロシク!」
「お前のドラムはうるさすぎるよ」
 そういいながら、笑っていると
「まさかと思ったけど…」
 人ゴミの中から、細い人影が現れた。
「やっぱりあなただね、リンゴ!」
 ダーニだった。白い顔を上気させてにっこりと笑っている彼の顔を見て、ザックは『あれ?』と思った。
「ザック兄さんもきてたの? 珍しいね」
 リンゴに言われて、彼はザックを振り返った。やはり嬉しそうに笑っている。しかし、さっきリンゴを…自分の父親を見つけた時の笑顔とは、どこか違う。
『それに…さっきの違和感。あれはなんだ? えーと、ちょっと待て』
「ダーニはどうしてここに?」
「色々と。しがらみって、ごちゃごちゃと絡まってるもんなんだね」
 ザックにそう言うと、ダーニはリンゴに笑いかけた。
 おい、今話していたのは俺だろうが。ザックはなんだか、いやな予感を覚え始めた。
「あなたはどうしてここに? リンゴ」
「ああ、さっきザックにも話したけど、またオールスターバンドでツアーをやるんだよ。それで…」
 違和感の正体を、ザックは思い当たった。名前の呼び方! 
 たしかダーニはずーっと、リンゴのコトは「リンゴおじさん」と呼んでいた。ザックにリンゴへの気持ちを話したときも、ダーニは「リンゴおじさん」と言っていたのだ。
 それに気付くと、色々と見えてきた。ダーニの、明るい笑顔やばら色に染まった頬。こういう席だと実は緊張して表情が硬くなるのに、今は伸び伸びとしている。そして、
リンゴが彼を見る目の優しい色…。
 ザックは顎が外れそうな気分になった。
 なに? まさか、え、なに? まさか。え?…
「ダニー、ちょっとすまん!」
 といいながら、ザックはリンゴの肩を抱いて、ダーニから背中を向けた。
 そしてリンゴに、今の疑問を耳打ちしようとした。
「アンタ、まさかあいつと…」
 その時
「ダーニ君」
「リンゴ、ちょっと!」
 左右から声がかかって、二人は「ハイ」と返事を返す。
「リンゴ、また後で。兄さんにもメールするね」
 あわててダーニがそういいながら、その場を離れた。リンゴとザックはそれぞれの表情で頷くと、ザックは話を続けようとした。しかし、どこかからまた「リンゴ!」と
声がかかる。ザックはチッと舌打ちすると
「親父、このパーティ、最後まで出なきゃならんの?」
 と聞いた。
「いや、もう挨拶も済んだし、頃合いを見計らって出るよ」
「そっか」
 どっか、落ち着いて話せない? と息子に聞かれた父親は、彼が持っているマンションを提案した。
「あ、あそこまだ持ってたの?」
「ああ、バーバラが好きでね。あの場所」
「ご馳走さん。じゃ、鍵貸してよ。そこで話そう」
「鍵はパスワード制にしたんだ」
「…覚えてられるの?」
 いぶかしむザックに、リンゴは「絶対忘れない番号を使っているから」と、照れた顔でそのNo.を教える。
 ザックの顔が、きょとんとなった。そして、ちょっと顔を赤くして
「そりゃあ…ありがとう」と答えた。
 どういたしまして、とリンゴは笑った。

 海岸線近くに建てられた、閑静なマンションの最上階に、リンゴの部屋があった。
 ザックも何度か訪れたことがある。あの頃はまだ…俺が十代で、親父とお袋が大変だった頃か。そんなことを思いながら、ザックは部屋の
ドアにあるボタンに、パスワードを入れた。確かに、ザックには忘れようもない番号だがリンゴにもその数字が「忘れられない」と言ってくれたことに彼はこの歳にも
なって、くすぐったいような気持ちになった。
 パスワードは、ザックの誕生年と月日の数字だった。
 照れた顔をしかめながら、ザックは部屋に足を踏み入れた。
 大きく開かれた窓から、海岸を薄く照らすライトが入ってくる。なんとなく部屋の電気をつけるのが惜しいような静かな空間だったので、彼は薄暗闇の中、なんなく足を
進めると、パーティで染み付いた色んな匂いを払いたくてシャワーを借りた。さっさと上着を脱いでふと見ると
「…ん?」
 洗面所の鏡の前に、なんとなく見慣れたチョーカーがあった。
 綺麗に磨かれた洗面台に、礼儀正しく折りたたまれたリボンの様子から、結構前に誰かが置いていったのを、掃除のオバチャンでも整えてってくれたのだろう。
 よく盗まれなかったなあと思いつつ、彼はそれを摘んで、自分の目の前に垂らした。ちょっと粋がった、真鍮にヘンプのレリーフを刻んだ首飾り。

『えーと、…なんで俺はこれに見覚えがあるんでしょう』

 しばし、それを前に首をひねってると、ポン、と頭の上に電球がついた。
『これ、俺がダーニにやったヤツじゃん』
 それはザックが初めてドラムで稼いだ時の金で、皆にプレゼントを買った時の一つだった(ちなみに父親には、ヒスイのカフスボタンで、貰った方は「使うのがもったいない」
と暖炉の上に飾っている)。

『そうだ…あいつ、かなり気に入ってくれて、大きくなるたびネックレスの部分を取り替えながら、付けてくれてたんだよ』
 しかし、その電球はもう一つの疑問でバリンと破裂した。

『で、誰か説明してくれよ。
なんでこれが、親父の、洗面所にあるわけ!!!!????』

 なんとなく、誰にも答えて欲しくないような問いを心で叫びつつ、ザックは先ほど感じた厭な予感が、また一つ現実に近づいたことに、がっくりと頭を垂れたのだった。

「ザック? いるのか?」
 それから30分後に、リンゴが現れた。電気がついてない薄暗い部屋に、バスルームのドアからの明かりがいくつかの光の筋を作っている。
「シャワーか」
「うわっ、ビックリしたあ!!!!!!」
 遠慮なくバスルームのドアを開けたリンゴに、ザックが本気の声を上げた。
「なんだよ大げさだな!」
 リンゴも、驚いて目を大きくさせながら胸を押さえた。
「大げさもとっくりもねえよ、せめてノックぐらいしてくれ!」
「なんだ、その言い回し」
「口から出ただけだよ、いいから早くドアを閉めろって!!!!」
「いやいや、父親として久しぶりに息子の成長を見たいから…ザック」
「なんだよ?」
「野菜を食え」
「それが何の関係が!?」
「下っ腹出てきてないか? 父さんを見ろ。ベジタリアンになってから、腹が出ることなんて年に数回しかないぞ」
「それでも出てるんじゃん!」
「いやいやそれ以外にもな、ザック」
「後できいてやるから、今はドアを閉めてくれ!!!!! 頼むよ親父!!!!!」
 最後は、半分シャウト気味だった。
「分かったよ」
 閉じられるドア越しに「ちぇ」、と舌打ちをする音が聞こえてきた。
 ザックはトホホな気持ちだった。『あの親父、考えてることがまるで分からん』
 ランドリーでは、ザックのジーンズとシャツが回っている。だから彼はバスローブを着て居間に出た。部屋には今だ電気はついていないが、TVのモニターが白黒映画を
映し出していた。その明かりの中で「お疲れ」と、彼の父親がにっこり笑ってジンジャーエールを掲げている。
「おお」と頷いて、ザックが彼の隣に並んだ。
「…で、ザック。ベジタリアンになってからのことだが」
「今はこっちの話が先決だ」
 あっさりとリンゴの話を切り上げて、ザックがジンジャーエールを干した。
 なんだよ、つれないなあとブツブツいう親に、ザックはちょっともじもじした。 アホか、と彼は自分に突っ込んだ。俺、もう40過ぎてんのに。
 しかし、問題はデリケートなのだった。
「あのさ…親父」
「なんだ」
「えーっと…聞きづらいんだけど」
「なんだ、バーバラのスリーサイズか?」
「なんで義理でも母親のスリーサイズを聞きたがるよ!! そうじゃなくて」
「ベジタリアンとしての生活か?」
「それはもうええっちゅうねん!!!!」
 ザックはやけくそに声を上げた。まったくこの親父ときたら…。ザックが小さい頃から、リンゴはこんな調子だった。このままだったら、ボケ合戦で3日経っても話が進まん!

「はっきり云うぞ。アンタ、もしかして…ダーニとできてるんじゃねえのか!?」

 リンゴの息が、一瞬グッと詰まった。そして
「はっはっはっ、なにいってるんだよ、ザック」 と、リンゴは答えた。しかし、目は明後日のほうを見ているし、声はロボットのように強張っている。
「ソンナワケ、ナイデスヨ?」
 ザックは、頭を抱え込んだ。「なんでウソつけねえんだこの人は」
 ウソでもいいから「違う」と言って欲しかったザックであった。
「ナニイッテンダヨざっく、チガウヨ? カンチガイだよ?」
「うるせえ大根役者! その口塞いどけ!!!!」
「ザック、親に向かって、その言い方はなんだ!!!!」
 リンゴの声が、珍しく怒っていた。はっとザックは顔を改めた。
「お前を、そんな酷いことをいう奴に、モーリーンは育てた覚えはないはずだ!」
 ここで「オレが育てた」って言わないのがこの人だよなあ、とザックは感心した。
 しかし、その後が良くなかった。
「そんな酷いことを言われたら、父さんは泣くぞ!!」
「…せめて「母さんは泣いてるぞ」って言ってくれないか」
 またもガクっと頭が垂れたザックだった。
「とにかく、俺はもうダーニから、アイツがアンタに気があるってのは聞いてた。でも俺は忠告したんだぜ? 「よく考えろ」てさ。でも俺はその時、期待もしてたんだ。
アンタが、きっぱりダーニを断ってくれるって。あいつの目を覚まさせてやってくれるって。 だのに、なんだよコレ! なんでまたアイツの話を聞き入れちゃったんだよ!!」
「…いや、それは…」
「同性だとか、年の差だとか色々あるけど、最大の問題は、アイツがジョージおじさんの子供ってトコロだ!!!! 特上の親子どんぶり、大盛りで食ってんじゃねえよ!?」
「ザック…ちょっと下品だろその物言い」
「うるさいよ! 俺は今、腹が立ってんだ!!!! どうせダーニに泣いて迫られて、断るに断れなかった、てところだろ!?」
「どうしてソレを!?」 語るに落ちてる。
「親父…ああ、もう!!!!」
 ザックは本格的に頭が痛くなってきた。
「なんでアンタ、ハリスンの人間にそう弱いんだよ!!?? そんなだから一瞬でも、お袋をジョージおじさんに食われっちまったんだろ!?」
「ザック、その話をされたらお父さんはホントに泣くぞ」
 そういうリンゴの目が本当に潤みかかっていた。小さい肩が僅かに震えて、大きな鼻がくしゅんと鳴った。
 今度はザックがグッとつまった。自分の親とはいえ…リンゴは、この歳になっても、可愛らしかった。そんな風に弱ったところを見せて、小さい身体をなお小さくして鼻を
すすってティッシュにチンするしぐさなんて、ぬいぐるみのような愛嬌があった。
『な、なんか…俺、悪い人? こんな人を責めてるなんて、俺、悪い人?』
 そんな父親の様子を見ていてザックは何故か顔を赤くした。しかし、心を鬼にして彼は父親に声を上げた。
「泣くなよ、ほんとに!」
 しかし、うっかり自分の親に萌えてしまった照れ隠しで、ザックの声は不必要に大きくなった。
「だって、ザックが酷いこというから」
「ホントは俺が泣きたいよ!」
 彼はずきずき鳴り始めてる頭を抱えて俯いた。
「俺これからどんな顔してダーニに会えばいいんだ…」
 彼とダーニは十歳以上離れてはいたが、親同士の交流の中で自然と仲が良くなっていた。特に一人っ子のダーニは、いろんなことをよくザックに相談していた。
ザックにとってダーニは、大事な弟分のようなものだ。
 その「弟分」が自分の親父とできちまったなんて!!!
 ザックにしてみれば真に、「事実は小説より生成り」である(ん、なんか字が違うか?)。
「まあまあザック」
 リンゴは、がっくりきているザックの肩に手を置いた。
「問題は時が解決してくれる。今は辛くても、明日はきっといい日だよ」
「…て、あんたがいうな、アンタが!!!!!!」
 思わずザックの手がリンゴの胸倉を掴んだ。と、タイミングとバランスが悪く、二人はソファに倒れ掛かってしまった。
 その時、居間のドアがそっと開いた。

「リンゴ、いないの?」

 当のダーニのご登場! きっと驚かせようとリンゴに黙ってここを訪れたに違いない。何故なら、ザックの下でリンゴが驚いた顔を浮かべたからだ。

 当然、ダーニも二人をみた。
 部屋の電気もつけないで、TVの白黒映画の明かりが頼りというムードばっちりの中で、バスローブだけを羽織った子供が、子供よりも小柄で「かわいい」父親をソファに
押し倒しているあられもない姿を。

 一瞬、ダーニの顔から表情が消えた。

 しかし彼は、つかつかと二人に近寄ると、やんわりと、しかしきっぱりと、ザックをリンゴから引き離した。
 そしてリンゴを助け起こすと、その首に腕を巻きつけ、拗ねた目でザックを睨んだ。
 そんなダーニに、ザックは黙ってテーブルからリモコンを取ると、おもむろに電気をつけた。そして、ダーニに無言のまんま左手を上げると平手で思いっきりその後頭部を
張り倒した。
 中身は詰まっているはずなのに、ダーニの頭は「カポーン」といい音を立てた。
「痛っ!!」
 思わず声が出たダーニだった。
「なにすんだよ、兄さん!!??」
「それはこっちのいう台詞だ!!!!!」
 え? とダーニが首をかしげた。リンゴも同じ表情でザックを見た。
『…ダーニは分かるけど、親父にそんな顔して欲しくなかったなあ』
 きょとんとするリンゴを見ながら、『この人、俺の話聞いてねえんじゃねえの?』 といぶかしみつつ、ザックは洗面所で拾った、
「例の忘れ物」をバスローブのポケットから取り出した。「お前、女じゃあるまいし、こんなもん洗面所に忘れるなよ」
 一瞬のうちに、ダーニの顔が赤く染まった。
「な、なんでそれが僕のだって分かるの?」
「これをお前にやったのが、俺だからだよ!」
「そうなのか? 知らなかったよ」
「いらんところで口出すな」
 息子にずっぱり斬り捨てられてリンゴがいじけた。それをダーニが懸命にあやす。
 その様子を見ていて、ザックは、がっかりとしたため息をついた。
「ダーニ…お前、俺の忠告なんてなんにも聞いてねえのな。まったく…」
「兄さん?」
「だったら相談なんかするなよ。心配損だ」
 そう言って、ザックはダーニの手元に、ヘンプのチョーカーをポンと投げ渡した。そして、乾燥が済んでいる洗濯機へ足を向けた。
 その背中がぐったりきてるように、ダーニとリンゴには見えた。

 着替えが終わると、ザックは「じゃあな」と二人に声をかけて、先ほどの半分の勢いもなく、部屋を出て行った。
 なんとなく、ザックはまっすぐ帰りたくなくて、満月が大きく光る海岸を波に足をじゃれつかせながらぶらぶら歩く。その心には、今見た二人の姿があった。
 嬉しそうに、リラックスしたダーニの表情。そして、それを見守るリンゴの顔。
 バカだなあ。そんな言葉がつい口に出た。
『ダーニ…。お前、自分がホントは何を求めてるのか、分かってないのかよ…』
 そして自分の父親に、心の中で呟いた。
『親父はさすがに分かっているみたいだな。でも…、じゃあなおさら、どうするつもりなんだ』
 そこまで考えて、ふとザックは『なんで俺が悩まなきゃならないんだ』と我に帰った。関係ないだろ? 親父だってダーニだって、もういい大人じゃないか。自分の行動に
責任を取れないような歳じゃない。最後になにを迎えようと、それはそれぞれの責任だ。
 …しかし、そう割り切ろうとしても、胸の奥から不安が湧き上がってきて、ザックの気持ちを重くしていた。彼は実際、こんなことで悩みたくなかった。彼としては
恋愛にしろなんにしろ、はっきりと白黒付けたい性格なのだ(まあ、それのせいで某バンドから首を宣告されたり、その他色々とあったけど)。
「これというのも、みんな…!」
 親父が悪い。ああそうだ、いい歳ぶっこいて自分の半分以下の年齢の奴(しかも同性で、もっと云えば昔の…恋人の子供)と
付き合っちまうなんてのが、そもそも悪い!!!!
 しかし、そう思おうとしても、あの幸せそうな弟分の笑顔が思い浮かんで勢いが半減する。
「だああああああああああっ!!!!!!!」
 洗ったままの、ぼさぼさの髪を引っ掻き回して、ザックは思わず夜の海に向かって叫んだ。

「海の…うみの、バッカヤロおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!」

 いきなり八つ当たりされて、海も迷惑だった。変に喉が裏返って、ザックは情けない声で咳こんだ。

 そして、次の日の夜。
 コンサートは成功だった。
 ザックのドラムはリハーサル以上にバンドを支えつつも見事なプレイを見せつけ、他のメンバーに喝を入れたようだった。しかしザックにしてみたら、昨夜の
心のもやもやをドラムに打ちつけたのだから、誉められると返って複雑な気分だった。
 眉をしかめながら楽屋を降りていく廊下で、彼は自分を呼ぶ声を聞いた。
「ザック兄さん!」
 顔を上げると、そこにはカーテンに隠れるようにしてこっちを見ているダーニの姿があった。
「おお…来てくれたのか」
 ザックは、それでも彼に笑いかけながら歩き進んだ。「よく入れたな、何時からだ?」
「残念ながら、アンコールの二曲目から。でも、すごく良かったよ」
 ちゃっかりコンサートスタッフのIDを首からかけていたダーニだった。
「そっか、ありがとな」
 笑いながら頷くザックの目に、ダーニの首に光る真鍮のヘンプが入った。
「…ザック兄さん…、僕」
 笑顔を小さくしながら、ダーニが辛そうに眉をしかめて、ぼそぼそと口を動かす。
 まあ、昨日の今日だしなあ。とザックは思った。そうだよなあ、ウチにしてみればコイツは、俺の…肉親と出来ちまった、スターキー家の門外漢だよなあ。
 しかし、ザックはダーニを嫌う気持ちにはならなかった。ただ、戸惑いと…おせっかいな気持ちがあるだけだった。 
 しょんぼりうつむくダーニの頭に、ザックはポンと手を置くと、わざと乱暴にぐしゃぐしゃと撫ぜた。
 驚いた顔で、ダーニはザックを見た。
 ザックは餓鬼大将の顔つきで、歯をむいてにっかり笑った。
「今のお前に、俺の親父が必要だってんなら、しゃあねえさ」

 でもよ、ダーニ。心の中で、ザックは告げる。
 早く気付けよ。お前の、本当の心に。
 お前が、心の底で何を…誰を求めてるのか。早く、気づいてくれよ?
 お前の心が受ける傷が、なるべく深くならないように。
 お前が少しでも早く、本当の幸せを掴むために。

 ザックの目の奥に、幼い頃初めて出会ったプロのミュージシャンの姿が浮かんだ。
 彼は父と同じバンドのギタリストだった。
 細い体、太い眉、クセのある口調に、口元に光る八重歯。
『まったくアンタは罪作りってか、お騒がせな人だよな』
 ダーニの中に色濃く見える面影に、ザックはため息をつきつつ苦笑を向けた。

「ちょっとだけ、貸しといてやるよ ――― あんなジジイでよければ、持ってきな!」
 そう笑って云うと、ザックは肩にかけたタオルで顔をごしごし擦りながら、ダーニに手を振って楽屋に向かった。
 ダーニが、笑顔で手を振っている。ほっとした、安心した笑顔で。あーあ、とザックはため息をついた。
 なんでもっと、厳しくできないのかねえ。
 …ま、しゃあねえさ。ザックは思った。きっと俺達は…スターキーのヤツは、ハリスンに弱い。そんな風に出来ちまってるんだ。初めて出会ったときからさ。とザックは
一人言ちた。それが、誰が誰に初めて会った時からかはしらない。でも、きっとそうなんだ。 これが、因果律ってやつなのかねえ?
 『ね、ジョージおじさん?』
 彼が知ってる中で、こんなことに答えられそうな唯一の人物に、ザックは心の中で尋ねてみた。

 彼は、にやりと片笑いをザックに浮かべるだけだった。




 そして、なんと宿泊先のホテルのロビーには
「…お、親父?」
 小さい身体を、尚小さくして、リンゴがロビー奥のソファに座っていた。
「どうしたの? なんか用?」
「うん…いや、まあ」
 今度はリンゴが云いずらそうにもじもじしていた。ははあ、とザックは思い当たった。
 そして「海岸を少し、散歩しようか」と持ちかける。
 リンゴは嬉しそうに、席を立った。

「さっき、ダーニがライブに来てくれてたよ」
「会ったのか?」
「うん」
 昨日と同じく、大きな月の元、親子はゆっくりと海岸を歩いた。
 サンダル履きの四本の足に、波がじゃれかかっていた。
「なんつーか…アンタら、どっかこっか似てるんだな。ダーニも今の父さんと同じ顔してたぜ」
 情けない、子供みたいな顔をしゅんとさせて――、とはさすがにザックは続けなかった。
 ふと、ザックの顔から茶化すような影が消えた。真剣な顔をリンゴに向けると、彼はマジメな声で尋ねた。
「ダーニが…アイツが、ホントは何を欲しがってるか。親父、分かってるんだろ?」
 ザックの声と表情を受けて、リンゴがサングラスを外した。
 そして、「ああ」と頷いた。「お前も分かったか」
「まあね…、俺もその点は、親父譲りのところがあるから」
 人の心を敏感に察するところ。それはザックがリンゴから貰った力の一つだ。
「ダニーがホントに欲しがってるのは、あいつの父親さ。きっと、親父とヤッてる時だって、どっかでジョージおじさんの面影を追ってるんだろう」
「ザック…おまえ、ヤってるって」
「ヤッてるでしょ? ダニーの様子をみたら分かるよ」
 あっさりとザックは云いのけると、タバコを一本取り出して、おいしそうに吸い出した。
 「いる?」と差し出されて、リンゴは首を横に振った。
「ザック、タバコは百害あって」「あーハイハイ、耳蛸耳蛸」
 と答えつつ、ザックは苦笑した。
「…で、親父はそれでいいの? ダーニはもしかしたら、アンタを見てないのかもよ」
 キツイ言い方をザックはわざとしている。怒ったらそれもよしだ。しかし、ザックはそれで父親の心が、今どこに向いているのか、今の状況をどう見て
いるのか確かめたかった。
 口元にタバコを咥えて、ザックはリンゴを振り返った。
 月の光を背に受けて、彼の父親はまっすぐ自分の子供を見ていた。
 リンゴの目に、立派に成長した青年の姿があった。
 しっかりと自分の価値観を持って、人生を歩み進んできた者のまっすぐな姿が月に照らし出されていた。
「ザック」
 リンゴは、口元に微笑を浮かぶのを隠し切れなかった。ザックが、自分を、こんな父親を、彼なりの形で心配してくれているのが
たまらなく嬉しかった。
「ザック」
「なんだよ、二回も呼んで」
「お前は、優しいな」
「ってっ! なに云ってるんだよ」
 ザックは 思わず吹き出した。
「俺はやさしくなんかないさ。アンタや、お袋…バーバラさんの方がよっぽどだよ」
「ああ、モーリーンは優しかった…。あんなことになるなんて、思わなかった」
 リンゴの声に、懐かしさと悲しみが篭る。ああ、そうだなとザックは頷いた。
 モーリーンと、ザックの妹にしてリンゴに一人娘であるリーが大病を患い、その看病をしたいからと仕事の大半をキャンセルしたときいて、ザックはリンゴを見直したのだ。
「色んなことがあったな」
「そうだね」
「でも、お前はこうやって、立派に育ったんだよな」
「立派かどうかは、自分じゃわかんねえな。それに、親はどうしたって自分の子供は色眼鏡で見ちまうし」
「お前もか」
「俺の子は世界でNo.1だよ。当然さ」
「だったら、オレの子だってNo.1だよ」
「はあ?」
 二人は顔を「ん?」と見合わせた。そして、声を合わせて笑った。
「親父」
 笑いが収まると、ザックは表情を改めて、リンゴを見つめた。

「俺はさ、ダーニに幸せになってもらいたい」
 うん、とリンゴは頷いた。ザックはそのまま言葉を続ける。
「でもさ、親父にも、幸せでいて欲しいんだ」

 その言葉は、リンゴの心にまっすぐ降りてきた。
 一瞬返す言葉が見つからず、リンゴは、ザックの肩を抱き寄せた。そして、そのまま頬をザックの肩口に擦り付ける。
 ザックは 「あーあ」と小さく呟いて、父親の短い髪に手を置いた。『なんでもっと厳しくできないかなあ、俺』

 でも、しゃあないか。と、彼は思った。

 親父は、大好きな親父で
 ダーニは、大事な兄弟だもんな。

 大事な二人が、これからどうなってしまうのか。ザックにはこれっぽっちも分からない。
 でも、この二人の敵に回ることはきっと、どんなことをされてもありえないと思った。
 彼らにとって、なにが一番いいことなのか、それすら分かりはしないけれど。二人に何かがあった時、側にいてやりたいと、彼は思った。
「ま、なんだな」
 リンゴの肩をがっちり抱きしめて、ザックがわざとうんざりした声で言った。
「俺達は、ハリスン家に弱くできてるんだな」
「…そうかもなあ」

 そうかもなあ、じゃねえだろ。 とザックが突っ込んだ。
 リンゴは、ちょっと鼻声で笑った。

 大きな月の元、波の音がいつまでも優しく、寄り添う親子を包んでいた。








           861Hedge-hog’s
          “Take it away”
            *the end*

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年07月12日 05:52