Let’em in
BGM: Angel Band(the Monkees)
Pairing: R/G?
Rating: Fan-Fiction
インドは暑い。日差しも強い。
そして、埃っぽくて水辺も遠い。
そんな中で起きていたかもしれない。これはそんな話。
インドに来てからリンゴはずっと、気になっていることがある。
それは
「リンゴ、皆で瞑想しない?」 と言って、毎日彼の部屋にやって来る、ジョージ。
「リンゴ、この曲どう思う? 聞いてみてくれよ」 と、ギターを抱えながら声をかけてくる、ジョン。
「リンゴ…悪い、缶詰一個分けてくれない? もうカレーには飽きちゃって」 と、疲れた顔で泣きついてくる、ポール。
その全てに共通する問題点。
「だあああああああっ!」
インドにきて一週間が過ぎた時、リンゴはとうとう声を上げて叫んだ。
「もうだめだ、ガマンできない!」
彼は部屋で寛いでいたモーリーンに『用意しといてくれ』、と言いつけるとつかつかと外に出て行き、呑気にウクレレで遊んでいるジョージの腕を掴むと、
ぐいぐいと引っ張って裏手へ回った。
なんだ? とやはり周辺をぶらついていたジョンやポール達が、リンゴの勢いの良さに目を丸くすると、どうせ暇なものだから、ぞろぞろと後を付いて
いった。
突然、襲撃されたような気分のジョージは、連れて行かれた先 ―― といっても裏手にある井戸なのだが、そこにあるものをぽかんと見つめた。
まずは、井戸(これはいいとして)。そしてタオル。 そして、ボトルが2本。
そして…にっこり笑っている、モーリーン。
「なにこれ、リンゴ」
いぶかしげにジョージがリンゴを見た。
リンゴはその腕をがっちり掴むと、奥さん同様にっこり笑ってこう言った。
「さ、ジョージ坊や。髪を洗う時間だよ」
ジョージの顔が、恐怖に引きつった。
「やだよ、やめてよ! 自分でできるったら!!!!!」
「それが信用できないから、こうやって洗ってやるんだろ!?」
静かなアシュラムに、にぎやかな声が響き渡る。
建物の影から見ているメンバー達と、一緒についてきた女性達の前でジョージはとっとと上着を剥かれ、井戸の縁に座り込まされた。
「うわっ!! 冷たい!!!!!」
水がまかれる涼しげな音と一緒にジョージの声が上がる。
「こんなに暑いんだから、風邪なんて引かないさ」
無責任なことを言いながら、リンゴは続けて三回ほどジョージの頭に水をかけると、かなり大きなボトルの一つを手に取った。
そして、ジョージの頭にソレを一垂らし。
「……いってえ!」
現役ドラマーの腕力(うでちから)で頭を引っ掻き回されて、ジョージは悲鳴を上げた。
「リンゴ痛い、いたいよいててててて!!!!!」
「ちょっとだけガマンしろ」
ぎゃあぎゃあ喚くジョージをどこ吹く風、とリンゴはすまして答えつつ、わざと乱暴に髪を洗う。あれだけ水で流したのに、シャンプーの泡立ちが少ない。最後に
髪を洗ったのはいつだ、とリンゴが聞くと「ちゃんとシャワーを浴びてるよ!」とジョージが拗ねた声を出す。
「シャワーだけか? ちゃんとシャンプー使ってるか?」
「…身体は石鹸で洗ってるよ」
「よし、分かった」
一回目流すぞー、と宣告して水をかけたのに、ジョージは「うわああっ!」と悲鳴を上げた。
「なんだよ、ちゃんと言っただろ?」
「言われたぐらいで覚悟がきまるかよ!?」
上半身をびしょびしょにさせて、ジョージがリンゴを振り返った。髪から水滴が飛んで、日の光を弾く。幼い顔にヒゲをはやしたその眉を怒らせて、ジョージはリンゴを
見上げている。
「覚悟がいるのか、そりゃたいへんだ!」
リンゴは声を上げて笑った。彼が着ているインド麻のブラウスは、もうあちこち水を受けて重くなっている。とばっちりを受けて濡れた髪が黒く見えた。
そして、再びジョージにシャンプーしながら、リンゴは奥さんに声をかけた。暑くないかい、モーリーン。
「大丈夫、木陰にいるから」
夫とバンドメイトとのドタバタを見ながら、モーリーンは楽しそうな声で答えた。そんな奥さんにリンゴはにっかりと笑いかけ、またもジョージに取り掛かった。
「リンゴ、目に泡が入ったよ!!」
「洗ってる最中目を開けてるのか? お前」
「だってそうしないと周りが見えないだろ!?」
「周りを見る必要なんか無いだろ。だからお前髪洗うのも切られるのも苦手なんじゃないか?」
そんなリンゴの問いかけに、ジョージが「え?」、といぶかしげに声を上げた。
「リンゴ、髪切られてる時、目を閉じてるの!?」
「それはこっちに台詞だよ」
リンゴは呆れてジョージを見ている。
「お前は目を開けてるのか?」
なんだか気恥ずかしくなって、ジョージが声を大きくする。
「だってヘンな風に切られたらいやじゃないか!」
「…はいはい、そうですねえ」
そんな会話の間にも、井戸端に小さな虹が現れては消えていく。
「はい、シャンプー終わり」
「ああ、よかった」
ふう、と息をはくジョージの目に、もう一つのボトルを手にしたリンゴが映った。
「はい次、リンス」
「えーーーーーー!!!!!」
本気で嫌がる声でジョージがリンゴを見た。
「いいよそんなの、やんなくて!!!!」
「ばかいえ、こんな日差しが強いのに洗ったまんまほっといたら、痛んでばさばさになるぞ」
「髪が痛んだって別に気にならないよ!」
「俺が気になるの。さ、ホラ、頭」
ニコニコしながら、リンゴがジョージを手招きする。ジョージは思いっきりぐずったが、結局はぶつくさ言いながらリンゴの足元に座り込んだ。
「一回だけだよ!」
「はいよ」
正反対の表情で、ジョージとリンゴは対峙した。リンゴはその手にさっとリンスを広げると、ジョージの髪に手を差し込んで丁寧にリンスを広げていく。
手の平を使ったり、指先に力を入れたりしながら、リンゴはジョージの頭を撫で上げた。最初はふくれっ面をしていたジョージだったが、次第に顔の筋肉がほぐれて、
リンゴの 手の感触にうっとりと目を閉じた。特に指が頭を通る時の、力の入り具合が気持ちいい。
「リンゴ……」
「ん?」
「なにこれ、マッサージ?」
「ああ」
リンゴはあっさりと頷いた。日本に行った時、スチームバス(サウナ)を使ったろ? その時マッサージしてくれた人に少しだけ方法を教わったんだ。
「どうかな? 嫌じゃないか?」
「全然! すっげー気持ちいい!」
一泳ぎした後のような心地よい疲れと、冷えた身体を照らす太陽の暑さも加わって、ジョージはついウトウトと眠りかかった。
その時
「ジョージ、水行くぞ」
へ? とつい顔を上げたジョージに、思いっきり水がかかった。
「わっぷ!!」
とっさに防ぎきれなくて、ジョージの鼻と耳に水が入りこんでしまった。悪い悪い、と謝るリンゴの顔は笑っている。つられてモーリーンも笑ってしまった。
「…うわっ…鼻痛え…っ! 耳がぼんやりする! ひでえなあ、リンゴ!!!!」
「水が行くぞっていっただろ? 坊や」
「坊やっていうなよ!」
はいはい、分かりましたと言いながらリンゴは、もう一度ジョージに「頭をこっちに向けて」とお願いした。
「早く済ませてくれよ!?」
半分泣き声でのジョージの答えに、隠れて見ていた連中も思わず笑ってしまった。
「あれ、なんだ皆、こっちきてたのか」
声に振り向いて、リンゴが笑う。
「だったら見てないで止めろよ!!」
びしょぬれのまま、ジョージが悔しそうに振り返る。
「がんばれ、ジョージ」
「あともう少しだぞー」
ジョンやポールが冷やかしの声をかける中、悠然とリンゴはジョージに水をかけ、顔を真っ赤にしたジョージは耳を塞いで歯を食いしばった。
「…ハイ、洗うのこれで終わり」
桶を逆さに振って、リンゴがジョージの頭をポンと叩いた。
「うわっ!」
そのとたん、ジョージが思いっきり頭を振った。水をたっぷり含んだ長い髪が振り回されて、かなり遠くまで水滴が飛び散る。
にやっとジョージがリンゴに笑った。水をかぶって、前面水浸しになったリンゴも、やったな? と苦笑い。
「…ま、いいさ」
リンゴはジョージの頭にタオルをばさっと落とすと、その頭をグルグル回しながら拭き始めた。柔らかいタオルに包まったまま、ジョージは頭をブンブンと振り回される。
「うわわ、リンゴ」
「しゃべるな、舌噛むぞ」
「…ごめん、許して。もうだめ」
完全に酔った声をタオルの向こうで出して、ジョージは白旗を上げた。イタズラっぽく笑いながらリンゴがパッと手を離すと、手品師のような手つきでタオルを外す。
下をうつむいて声もでないジョージがそこに現れた。
「ひでえや…リッチ…」
呟き声しかでないジョージに、リンゴは「マジでゴメン」と言いながら、井戸から冷たい水を引き上げると、手の平にくみ上げてジョージの口元に運んだ。
「コップがないから、これでいいかい?」
軽い乗り物酔いを起こしたジョージが、とろんとした目でリンゴを見上げると、あいまいに頷きながらリンゴの指の縁に唇を寄せた。そして軽く咥えると同時に、リンゴがゆっくりとジョージの口に水を注ぐ。二回喉を鳴らして、ジョージは満足のため息をついた。
「もう一杯いる?」
リンゴの問いにジョージは首を横に振った。
「少し気分はよくなった?」
もう早や、軽く乾いてきた髪に手を置いて、リンゴがジョージに尋ねてきた。
うん、とジョージが頷くのを見て、リンゴは「よかった」と呟いた。
「これで仕上げができるよ」
「え?」
ジョージの顔付きが変わった。
「モーリーン、出番だよ」
リンゴの呼びかけにモーリーンがいそいそと出てくる。その手には、赤いギンガムチェックの、使い込まれた道具箱。
「な、なにそれ? 今度はなに?」
「大丈夫よ、ジョージ」
にっこり笑って彼女は箱の蓋を開けた。
そこには、大小さまざまの鋏やカーラー、整髪剤や剃刀が整然と並んでいた。
一瞬、ジョージがそれに目を奪われた隙に、リンゴがジョージの首に、マントのような布を巻いた。
「さ、ジョージ。椅子に座って」
「これって…まさか」
「そうなの、ちょっとだけ付き合って」
リンゴ夫妻が、そろって声を上げた。
「その髪を、ちょっと整えるだけだよ」「痛くしないから安心してね?」
一瞬呆然としたジョージは、すぐに「なんでこんなことに!?」と言う顔でリンゴを振り返った。目を向けられた方は「ジョージ、髪伸びすぎだよ」と眉をしかめて
答えた。
「それじゃ、前も見えないだろ? だからモーに相談して、お前の髪を切ることにしたんだ」
「本人に了解もなく?」
「了解なんてしないだろ? お前」
「するわけないだろ!!」
「だからだよ」
リンゴの言葉は決定的だった。
彼は後ろにいる友人達を振り返った。皆が「OK」と笑って頷いた。
「じゃあ、ジョージ」
優しい声でモーリーンがジョージに囁いた。
「鋏しか使わないから、痛くないはずよ。動かないで?」
「モー!」
「ああ、だめ。そんな顔しても」
彼より年下のはずなのに、年上のような落ち着きを見せたモーリーンがジョージに言い聞かせる。「じっとしてたらすぐ終わっちゃうから」
そうそう、とリンゴが頷く。ジョージが思いっきり膨れる。
「もうなんでもしたらいいだろ!」
「じゃ、行くわよ、ジョージ」
プロらしい手つきでジョージの髪を摘むと、彼女は迷いなく鋏を入れた。シャキっと気持ちのいい音がそこにいる全員の耳に入ってきた。
「モーリーン、腕は落ちてないだろ?」
ジョンに聞かれたリンゴが、自分のことのように得意げに胸を張った。
「俺がウチに居る時は彼女に切ってもらうんだ」
だから、鋏や剃刀の手入れは怠ってないという。道理で鋏が髪を巻き込んで痛い思いをする、なんてコトはない。
櫛がジョージの髪を揃え、鋏が、ガタガタになっていた髪の先を落としていく。
「あなた、ごめんなさい」
「鏡かい?」
奥様の要望にすぐ応えるのはいい旦那様である。
リンゴは道具箱から手の平よりは少し大きめの鏡を取り出すと、眩しくないよう確認しながらジョージの前に差し出した。
鏡を覗いて、ジョージはちょっと驚いた。彼の髪は、今の彼のイメージを損なわず、しかもまったく、綺麗にかわいらしくなっていた。
ジョンたちも感心したが、一連の様子を前のめりに見ていたのは女性陣だった。
リンゴとジョージのおしゃべりを聞きながら、モーリーンが繊細に鋏を操る。その間に、リンゴが桶に水を張ってジョージの両足を浸けた。
「マントみたいなもの被ってるから暑いだろ?」 それはまったくその通りだった。
優しい時間の中、髪をいじられて気持ちよくなったジョージが、うっとりとなったまま、がっくりと頭を前に落とした。モーリーンが一瞬 身をすくめて「きゃっ!」と
小さな悲鳴を上げた。前のめりに倒れこみそうになったジョージをリンゴが「おいおい」と受け止める。「寝るなジョー。後もう少しだから」
「うん」と答えながらも、やはり瞼を重くしているジョージだった。
そして、全てが終わった。
切った髪を払いながら、リンゴはジョージを立たせた。「ごめんな、いきなりなことで」そう言いながら彼は手鏡をジョージに渡す。
目に刺さりこんできた前髪はちょうどいい長さで眉を隠し、襟足に触って痒かった後ろ髪は、襟足を隠す程度に切りそろえられていた。普段は水を被った後、ぼうぼうに
広がる髪は、リンスの効果で落ち着いていた。
「わあ、ジョージ素敵!」
パティが思わず声を上げる。「見違えちゃった!」
ジョージが照れた顔で笑う。
「まだ怒ってるかい?」リンゴのからかいを含んだ問いにジョージはわざと「…ま、今回は許してやるさ」と傲岸に言った。
リンゴはジョージの髪をくしゃくしゃにしながらゲラゲラ笑った。
モーリーンの所には女性陣が取り巻き、やはりインドの強い日差しで痛んでしまう自分の髪の毛の相談をしていた。
「私、ちゃんとシャンプーもリンスもしてるのに、こんなに枝毛ができちゃった!」
「ブリーチ出来ないから髪にいいかと思ってたのに、バサバサに広がってきちゃって…」
モーリーンは一人ひとりに頷きながら、頭をひねりつつ話を始めた。まずは帽子を被ることね、枝毛や痛みはきっと、日差しにやられてるのよ。肌だって、日焼けすると
ヒリヒリするでしょ? きっと髪がヤケドしてるんだわ……。
その後ろから男性陣が「モーリーン」と声をかける。「僕達の髪も切ってくれない?」
モーリーンは笑って頷く。
「さて、じゃあリンゴ、頭洗ってくれよ」
「なんで俺が? ジョン」
「だってジョーの奴、気持ち良さそうだったぜ? いいだろ? なあなあ」
「あ、リンゴ、僕も僕も」
丸い目をほころばせて、ちゃっかりポールも手を上げる。
「お前ら…しまいにゃ金取るぞ」
呆れた声でそう言うリンゴに
「大歓迎」
とお金持ちのロックンローラー二人は、示し合わせたように頷いた。
やれやれ、とリンゴはシャンプーボトルを再び掴んだ。そしてモーリーンに「洗い終わったらよろしく頼むよ?」と声をかけた。
ちょっと意外な方向にすすんだけれど、まあいいさとリンゴは心の中で一人言ちた。これで、ここに来てからの懸念が解決されたと青い目を楽しげに光らせて、『髭も整えてやる』、と心の中で宣言しながら、リンゴはバンドメイト二人に顔を向け
「さ、お次の方、どうぞ!」
と声を上げた。
日差しはまだ強くて、インドにはまだ居続ける。
そんな中で起こったかもしれない、これはちょっとした話。
誰かの思い出の風景。
その目を閉じた時に、もしかしたら見たかもしれない懐かしい景色。
「ジョージ、ヒゲも剃ろうか?」
「カンベンしてよ、リンゴ!」
これは、そんなお話。
861Hedge-hog’s
“Let’em in”
*The end*
最終更新:2009年08月23日 13:35