It won't be long
Title:It won't be long
Rating:nothing(Fan-fiction)
Pairing:P/J?J/P? I Don't Know!
BGM:I’ll spend my life with you(the Monkees)
1962年10月5日。
リバプールの街は、何も変わったところはないように思えた。
いつもの裏通り、いつもの景色。
通りかかったキャバーンには、ちらほらと女の子の姿が見える。
彼女達はこちらに気付くと、甲高い声を上げて手を振ってくる。
コレも変わらない。
しかし、たった一つだけ違うところがある。
「ねえ、これによかったらサインして!」
女の子達が足早に近づいてきて、ドーナツ盤を差し出してきた。
ソレをみて、彼の目がにんまりと笑う。
「それ、買ったんだ?」
「もちろん! あたし達、この話を聞いて真っ先にNEMSで予約したのよ!」
「あたし達が最初だったわ。私たちの話を聞いて、クラスの子達も予約に走ったの!」
赤い頬をなお赤らめて、少女達が我先にと話しかける。彼は半分を聞き流しながら、それでも「それはありがたいな! それでは最高の広報係に」とちょっと気障に言うと、3つの頬にキスをした。
少女の声がそれぞれの色で高く上がる。
手早くサインをすると、彼は手を上げて足を速めた。少女達は名残惜しげに、何時までも手を振り続けた。
彼は、角を曲がる最後に振り返り、愛想よく笑って大げさに手を振った。
三人が上げたとは思えない悲鳴が通りに響いた。
そうか、売れてるか。
彼は、ともすれば走り出しそうになる足と気持ちを落ち着かせながら、わざとゆったりと通りを歩いた。
人の波は、何も変わってはいなかった。
道行く人は、誰も彼を振り返らない。彼を誰だか知らない。
それも、今だけだと彼は歩きながら思った。
俺達は、とうとう一歩踏み出したんだ。今までのような、せこい自費製作やらバックバンドで演奏したものと違う。ちゃんとしたメジャーのレコード会社から、俺達が、俺達だけがメインのシングルがとうとう出たんだ。それも、今日!!
それは、彼らの新米マネージャーと、彼が必死で探しまくってやっとめぐり合ったプロデューサーの尽力があって
こその賜物ではあるのだが、彼には実際に演奏した自分達だからこそと思っていた。1962年。彼は、世界の全てが自分のためにあると思っていた。それは彼の、そして彼らの持つ血気盛んさだった。
レコードショップについた。いつもの店。いつもの様子。
しかし、そこには自分達が大きく扱われた一角があった。そこには今回の公式盤の他に、昔(と言っても数年前)ハンブルグで録音した、自分達がバックバンドついでに録音させてもらえたシングル盤が並んでいた。
うへ、こんなもんまで並べてんのか!? 彼は一瞬顔が赤くなるのを感じた。それは、確かに出した時は誇らしかったが、今となってはなんだかお笑い種のようにしか感じない。
彼は、こっそり昔の自分達を隠そうとした。しかし、さすがに枚数が多くてそれはままならない。
色々とやってみたが、そのたび人が通りかかり怪訝そうに彼をみたり、ファンの子がはしゃぎつつサインを求め、そして「必ず」昔と今のシングルを手にしていった。
彼としては、そんなファンに「それは置いていけ!」といいたかったが、店員の目が怖かったので、ありがとうと手を振った。
一人になった。棚から自分達のグループの名前が印刷された、ドーナツ盤を取り出して、つくづくと眺める。
レコーディングは大変だったな、と彼は思い出していた。
引き抜いたばかりのドラマーをつれて一路、ロンドンへ。そして、初めてコンプリートされたグループとして、あの紳士然としたプロデューサーとドラマーを引き合わせた…はいいけれど、彼はとっくにスタジオドラマーを用意していた。「ドラマーが間に合わなかったらいけないと思って」と彼は言っていたが、それを信じていいのかなんなのか。
結局、せっかくやる気満々でやってきたドラマーにはタンバリンが渡され、むっつりした顔をなお不機嫌にして、彼はそれでもタンバリンを見事にこなした。
この「破天荒」な自分ですらひやひやしたこの展開を、他のメンバーがどう思っていたのかは聞かずもがなだった。
しかし、それもこれも、この一枚の前ではいい思い出となってしまう。不思議なもんだな、と彼は思った。たった一枚のドーナツ盤に、これだけの思い入れができるなんて。
自分がどれだけコレに賭けているのか、どれほど願いを込めているか。
それが思われて、彼はついぼーっとなってしまった。
その時、彼の肩を叩いたものがいた。
彼らのマネージャーにして、このレコード店の若き社長である青年だった。
言ってくれれば、明日渡したのにと彼は高揚した顔つきで微笑みながら彼に告げた。いや、いいんだと彼は答えた。
「買いたかったのさ、自分で」
そして、彼は「昔の自分達」を抱き合わせのように売っている戸棚に文句をつけた。しかし青年は「しょうがないだろ?
追加追加でいつの間にか余ってしまったんだから」とすまして答えた。ジョンはその気取った鼻先を思いっきりひねり上げると、「じゃあな」と言ってレジへ進んだ。
「…いいんですか?」レジの少女が恐る恐る、鼻を抑えてうずくまる自分の雇い主と、その彼が入れあげているバンドの
リーダーを交互に見ながらこう尋ねてきた。
「いいんだよ。あいつはマゾだから」けろんと彼はそういって、きちんとお金を払って外に出た。
少女の声が「ありがとうございます」と、その背中を追いかけた。
外は暗くなりつつあった。秋の気配は終わりを告げようとしていた。
吐く息の白さを見て、彼は眉を顰めた。もう早やこんな時期か? そしてふと、彼の結婚したばかりの妻の分のレコードを
買うことを忘れていたことに気付いた。
どうしよう、戻ろうか。
しかし、今自分がしたことがことだし、それになんだかかっこ悪い。
まるで自分達の売り上げを伸ばそうとしているように見えないか?
そんなことを考えていると、薄く灯り始めた街灯の中から、見覚えのある人影が浮かんできた。
「あれ?」
それは、やはり聞き覚えのある声を上げた。
「ジョン?」
彼は、普段着になっていた。
履き古したジーンズに後ろを踏んだスニーカー。
そして、ざっくりと羽織った革ジャン。しかし、肩を少し寒そうに縮めている。
いつもはバラ色に輝く頬も、少し白く透けている。
「ポール」
いいところにきた、とジョンは白い息をホッと吐いた。亡くなった叔父の、厚地で暖かだが型の古いコートを着込んだ
ジョンの手の中に、「例のもの」を見つけてポールはにやっと笑う。
「君も買ったの?」
「君も? て言うことは」
ポールは、照れくさそうに笑って、ポケットから手を出した。
そこには、握りこまれた小銭が少々。
ジョンがソレを見て「おまえもかよ」と笑った。そして、ポールの胸に拳骨を当てる。
「ん?」
その手に、小銭が握られていることにポールは気付いた。
「ちょうどいいや。コレでもう一枚、買ってきてくれよ」
ええ、なんでだよ? さも嫌そうにぼやくポールに「シンの分買うの忘れたんだよ。いいじゃんか、これから買うんだろ?」とジョンがあっさりと言いつける。
そりゃそうだけどさ。ポールが言う。
「なんだか自分達の売り上げを伸ばそうと思われそうで恥ずかしいよ」
ジョンが一瞬目を丸くして、それから声を上げて笑った。なんだよとポールがむっとしたが、それもジョンの
笑い声が打ち消した。
苦笑いを浮かべてポールはジョンからお金を受け取ると、待ってろよ、と言いたげに人差し指を上げて、店の
中に消えた。
空はすっかり暗くなっていた。小さな音を立てて街灯が明るくなる。
そして
「お待たせ」
そういいながら、ポールが帰ってきた。その手にはシングル盤が三枚。
「はい、コレでいいかい?」
「なんだ? 一枚多くないか?」
お前とシンの分で二枚だろ? ジョンの問いにポールが「お子さんの分だよ」と微笑んだ。
ジョンの、これから生まれる子供の分だとポールは告げていた。
ジョンはちょっと言葉を失った。そのことを、彼はすっかり忘れていた
そうだ…これから俺は、父親になるんだった。
その事実は、しかしなぜか今の、この出来事に較べたらあまりに遠く思えた。
ジョンは手の中にある三枚のシングルに目を落とす。
父親になる。俺が、誰かの。
それが、どういうことだか俺には良くわからないのだけれども
俺が、俺達が、新しい一歩を進むきっかけにもなったことだ。
一家を構えて、誰かを養って。
それがどういうことか、俺にはまだわからないのだけれど。
これから、何が始まるのか俺にはわからないのだけれども。
一瞬呆然としてしまったジョンに、
「あれ? そういえば」
ポールが、その大きな目をなお大きく見張った。
「そろそろジョンの誕生日じゃない?」
「ん? ああ、そうだったかな?」
そんなことを話しながら、二人は歩き出していた。そこかしこから看板が立ち並びだす。レストランやパブの明かりが道を飾る。自動車のヘッドライトが彼らの脇を流れていく。
去年は、僕を連れてフランスにいったよね。と話し続けるポールに、そうだったかもしれないとジョンはぼんやりと考えた。すごく楽しかったな。嬉しそうにポールが話している。そういやそうだったな、とジョンは思い出した。そしてぶっと噴出す。
「思い出した! …あの…「女」共!!」
「やめろよ、あれは「女」じゃなかったろ!!」
そう言い返してポールも噴出した。それはパリに着いた二人に言い寄ってきた「別嬪さん」のことだった。パリに入ってすぐに声をかけてきた、しゃれた「女性」の二人組にすっかりいい気になったイギリスの「おのぼりさん」は、彼女達が誘うままにのこのこと付いていった。そして同時に二つのドアが閉まり……。
しばらくすると、絶妙なタイミングで「おのぼりさん」は同時に廊下に飛び出した。
彼らを「拾った」彼女達は……「彼達」だったのだ。
しかし「彼女達」は「おのぼりさん」から金もぼったくれず、しかも一人は前歯を折られたていたらくで二人を追おうとしたが、思いのほか素早い二人の「逃げ足」に唖然として、ドアから悪態をつくしかできなかった。
その罵倒を肩越しに聞きながら、二人は足並み合わせてホテルを駆け出した。
その日も、今のような街明かりだった。
「あの時の、お前の顔ったらなかったぜ」
「ジョンだって人のこといえるかよ!」
お互いの肩を殴りながら、ジョンとポールは通りがかる人間達の迷惑になりながら歩いている。時々振り返る人間もいるが、ソレは大概若い男女だった。
月が空に昇っていた。街灯よりも明るく輝くその光に、足元の影が濃く落ち込む。
もうすぐでジョンの家だった。
「寄ってかないか?」
ジョンとシンシアがまだ仮住まいしているミミおばさんの家の前で、ジョンはポールにそう声をかけた。
ポールは「ありがとう」答えると、「でもすぐに帰らないと」と笑う。
「残念だけど、ウチでもマイクと親父が待ってるんだ」
コレを、とポールは手の中のシングル盤を指差す。そっか、とジョンは頷いた。
「これ、ありがとな」
これから来る新しい家族の分のレコードを軽く振って、ジョンが笑う。
そして、玄関に向かおうとした時
「あ、ちょっと待って」
ポールがジョンを引き止めた。
そして、自分の分のシングルを空に掲げた。
「なにやってんだ」
ジョンが引き返してポールの隣に立った。ほら、とポールが見せる。
シングル盤の、大きな真ん中の穴に、白い月がすっぽりと入っている。
まるでシングル盤が、月を抱えているようだった。
へえ、とジョンが思わず声を出す。自分達の、初めてのシングルが月を捕まえている。そんな風に思えて、
なんだかジョンの心が浮き立った。
「さっきから、月が綺麗だなと思ってたんだ」
ポールは、そんなことを言うとジョンの頃合をみて、シングルを紙袋に仕舞い
「はい」とジョンに差し出した。
「ええ?」 とジョンは苦笑した。これ以上はいらねえぞ? いや、ジョンの買ったヤツと交換しようよ。とポールが言う。
「それならいいだろ?」
なるほど、とジョンは頷くと、ポールに自分のシングルを差し出した。
二人は、月を頭上にして自分達の、初めてのドーナツ盤を交換した。
ちょっと早いけど、誕生日おめでとうジョン。 ポールが言った。
自転車、貸そうか? ジョンが答えた。
「いいよ、すぐそこだもの」軽く苦笑を浮かべてポールは首を振ると、そのまますたすたと歩き出す。
「じゃ、また明日。おやすみジョン」
「ああ、おやすみ」
ポールの背中に手を振って、ジョンはしばらくその後姿を見送った。
そして、見えなくなった時、彼はポールがしたように、シングル盤を月に掲げた。
白く光る月が、ドーナツ盤の真ん中で強く輝いている。
へえ、とジョンはもう一度呟いた。そして、なぜだか嬉しくなって一人で微笑みながら、彼の家族の待つ家に帰っていった。
そして、ポールもまた自分の家に入る直前、もう一度シングルで月を捕まえると、ひとつ軽く頷いて、家のドアに手をかけた。
1962年10月5日。
これから、何が起こるのか。
彼らはまだ、なにも知らない。
861Hedge-hog's
「It won't be long(Let's lookup the moonshine together2)」
*the end*
最終更新:2009年11月13日 03:11