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「ビートルズで801 実質9スレ目」より
ポールは今日も朝一番にスタジオに入る。
いつもはセッション開始ギリギリになってものんびりスタジオに現れて周りを呆れさせていたが、今回はそうはいかない。
スタジオに入るとついいつもの癖で中を見回した。メンバーは自分以外まだ誰も来ていない。
ほっとする様な、寂しいような。彼はピアノの前まで行くと、椅子に腰掛け、一息つくと軽く伸びをした。まだ頭が冴えておらず、肩慣らしのつもりで軽く弾いてみる。ポロン、と軽やかな鍵盤の音が誰もいないスタジオに響く。発声も兼ねて少し歌ってみるが、起き抜けのせいなのか喉の調子がすこぶる悪い。煙草の本数を少し減らしてみるか、ぼんやりと頭の片隅で考える。 ここ最近は同じ事の繰り返しだ。何度歌っても自分が納得する出来にならないのだ。
少し落ち込む。無意識にピアノの上に置いてある煙草に手が伸びそうになり、慌てて手を引っ込める。自然に深いため息が出た。
「5年前ならこんなのあっという間に出来たのにね」
突然、後ろから声がかかる。
誰もいないと思い込んでいたので、内心驚いたが、極力何事もなかったかのように後ろを振り返る。
ジョージがそこにいた。
「今日は早いんだな」
ぶっきらぼうにそう言って、ポールはさっき言われた事を思い出し、少し腹が立った。自分の心の中を見透かされたような気がしたからだ。
「朝だから声が出ないだけさ。それよりいつからそこにいたんだよ」
「ついさっき」
ジョージはポケットから煙草を取り出し、火を点けながら答えた。
「俺も誰かさんを見習ってこっそり練習しようかな」
とジョージが笑いながら軽口を叩く。
「俺は別に好きでこんな事やってる訳じゃ」
その言い方にまた少し腹が立った。何か言い返してやろうと思案していると
「俺も練習に付き合おうか?」
ジョージが静かに言った。突然のジョージの申し出にポールは軽く面食らった。
「え?」
あとに続く言葉がしばらく出て来なかった。
最近は顔を合わせれば喧嘩ばかりしているジョージに、そんな事を言われるとは思わなかったのだ。
そういえば昨日も些細な事から喧嘩になったっけ。
「なんでそんなに驚くんだよ」
ジョージが不思議そうな顔をしてポールを見ている。こいつは昨日の事も憶えてないのか?そう思いながらも「練習に付き合うって言ったって、おまえは何をするんだよ」慌ててそう答える。
しばらく間を置いて「それもそうだよね」と、天井を見ながら煙を吐き出しジョージがのんびり答えた。
「俺の手拍子でも入れようか?」
本気なのか冗談なのかも分からない間の抜けた答えを聞いて、なぜか急に笑いが込み上げてきた。
ポールは辺りをはばからずに笑い出してしまった。ジョージはなぜ彼が笑っているのか分からずしばらくポカンとしていたが、やがて「そんなに笑うなよ」と顔を少し赤くしながらポールにつられて笑い出した。
笑いながらこんなに腹の底から笑ったのはいつ以来だろう、とポールはふと思った。
ジョージを見ると彼も心の底から楽しそうに笑っている。まだあどけなさが残る笑顔を見ていると、これまでの嫌な出来事や不安な気持ちが、何だかバカバカしくちっぽけな事のように思えた。2人は顔を見合わせながらいつまでも笑っていた。
心に絡まっていたものが解けたような気がした。
「なんだよ、おまえら楽しそうだな」
ジョンの声が遠くから聞えてきた。声がする方向に顔を向けると、リンゴは何事かといった感じで興味津々にこちらを見ている。笑いながら、ジョンやリンゴに早くこの話を聞かせなきゃ、とポールは思った。
窓の外を見ると、雲ひとつない青空が広がっていた。今日はいい1日になりそうな気がした。
終わり
最終更新:2009年11月26日 23:16