Beatiful Boy (Darling Boy)
ジョンは家に向かってのんびり歩いていた。
手には紙袋を持っている。ショーンに読んでやるための絵本が数冊入っていた。
「もうショーンには聞いてくれた?」
並んで歩いているヨーコに尋ねる。
クリスマスに何を贈ればいいか分からず、彼女にさりげなく探りを入れるように頼んでおいたのだ。
「それが聞いても教えてくれなくて」
とヨーコが言う。
「どうして?」ジョンが尋ねると「「サンタさんにはもうお願いしてあるから教えない」の一点張りなの。
「反抗期かしら」
ヨーコは困ったような顔でジョンを見て笑う。
「それは困ったな」
ジョンもつられて笑った。5歳でもう反抗期か。成長の早さに驚くと同時に、ジョンにはそれが嬉しくもあった。
ふと辺りを見ると、すでにクリスマスの飾り付けをしている店がちらほらとあった。
「世間は気が早いんだね」
そうヨーコに言うと「ジョンが世間に疎いだけ」と呆れた顔で言った。
「そりゃ疎くもなるよ。もう5年だもの。早いもんだな」
ジョンはのんびりした口調でそう言うと何気なく空を見上げた。今にも雨が降り出しそうだった。傘を持ってこなかった事を、ジョンは少し後悔した。
もう5年か。ジョンは雲行きの怪しい空をぼんやりと眺めながら、これまでの事を思い返していた。
ショーンが生まれてから、ジョンの生活は一変した。彼を中心に世界が回っていると言ってもいいほどだった。少し過保護過ぎるんじゃない?とヨーコはいつも呆れていた。
確かに思い当たる事が多々あったが、ジョンは意に介さなかった。
それまで続けていた音楽活動も、ショーンの為にあっさりと中断してしまった。
マスコミや世間は騒いだが、それもしばらくすると徐々に収まっていった。日が経つにつれて、自分が世間から忘れ去られていくような気がして一抹の不安や寂しさを覚える事もあったが、日々成長していく息子を見ているとそんな不安は少しずついつの間にか消えていた。
だがここ最近、ジョンは空いた時間を見つけては、少しずつ曲を書き溜めるようになった。
ある日、ジョンがリビングで何気なくギターを爪弾いていると、その音を聞きつけたショーンが、目を輝かせながらジョンの膝に飛び乗って「なにか歌って」と、ジョンにねだったのだった。
初めは困惑して、適当に思い浮かんだフレーズをショーンと一緒に歌っていただけだったが、それが2日、3日と続くと、いつの間にかそれが2人の日課になっていた。
そんなショーンを見ていて、不思議と創作意欲が湧いてきたのだった。
ジョンはショーンの喜ぶ顔がもっと見たくて、彼の為に曲を書き始めていた。
きっかけなんてこんなもんなんだな。いつの間にかジョンの膝の上で眠っているショーンの髪を優しく撫でながら、ジョンは一人つぶやいていた。
ショーンのその寝顔を不意に思い出し、ジョンの顔は知らないうちにほころんでいた。それを見たヨーコが「どうしたの?」と尋ねると、ジョンは慌てて「何でもない」とだけ答えると、少し足早に歩き出した。
ヨーコは不思議そうにジョンの後ろ姿を見て、肩をすくめた。
とうとう雨が降り出した。ジョンは立ち止まって後ろを振り返ると、ヨーコが追いつくのを待った。家はすぐ目の前だ。手に持っていた紙袋を見た。雨で少し濡れている。ジョンは紙袋についた水滴を手で払い落とした。
絵本、喜んでくれるかな。
ジョンはいつも玄関で元気よく自分に飛びついてくるショーンの顔を思い出していた。
「もしかしてジョンレノンさん?」
不意に声をかけられた。
ファンだろうか?そう思いながら、少し警戒心が薄れていたジョンは、ゆっくりと顔を上げた。
少しの静寂のあと、乾いた音が数発、辺りに響いた。
雨が激しく降り出した。
最終更新:2009年12月11日 23:16