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聖者の行進


Title:聖者の行進
Rating:Fan-fiction
Pairing:Nothing
BGM:Danny says(Foofighters)

 1963年12月24日。
 午後2時45分。
 ラジオの取材、「クリスマスショー」の昼公演のリハーサルからすぐ本番、寸劇と演奏をこなし、やっと一息ついた彼らの目の前にあったのは、
 クリームのたっぷり乗った、豪華なクリスマスケーキ、
 でもなく
 あめ色に輝くローストチキン
 でもなく
 色とりどりの瑞々しい果物
 なんて夢のまた夢
 目にも鮮やかな、赤ワインベースのよく冷えたパンチ
 でもなく




 数十分前には熱々だった紅茶と、「朝には新鮮だった」薄っぺらなハムと見ているだけで哀しくなる、乾いてよれたレタスの挟まったサンドウィッチが人数分……つまり、4切れ(爆)の乗った大テーブルがしつらえられた寒々しい楽屋の風景だった。



 一瞬全員言葉を失ったが、すぐに言語中枢が復活したのは「瞬間湯沸かし器」のジョンだった。
「ニいいイイいいいいいいいルううううウウううううっっっっ!!!!!!!」
 すさまじい叫びだった。外で地面をつついている鳩が、4階上からの声で全羽飛び立ってしまうくらい、その声には「魂」が篭もっていた。
 しかし、いつもならそんなジョンの声にすぐに飛んでくる「アラジン」は姿を見せず、代わりに出てきたのは、彼ら全員の統率者だった。つまりーーーー
「なんだいジョン、外まで聞こえたぞ」
「ブライアンか!!」
 しかし、ジョン達にとってまさに好都合。頼みはすぐに聞いてくれるがソノ前に必ず一言説教が入る優秀なロードマネージャーよりも、動きはちょっと鈍いが黙って言うことを聞いてくれる「お父さん」の方が頼み事をするにはいいに決まっている。こりゃ一体どういうことだ!? と詰め寄るジョンに、ブライアンは間違った説明をする。
「残念ながら、ニールはこっちにこれないんだ。私の代わりに夜の部を取りまとめてもらうんで」
「そんなことは聞いてねえ!!」
 顔を真っ赤にしてジョンがブライアンの胸倉を掴んだ。しかしもはやそんなことにはなれたこの上流階級出身(ただしリバプールの、だが)のマネージャーは、そんな粗暴な態度も恐れないできょとんとした顔を向けている。
「ジョン、言いたいことがあるなら早く言ってくれないか」
 珍しく、ちょっと「イラっと」した感じでブライアンは腕時計を指した。「これから緊急のミーティングがあるんだ」
「じゃあ、その前にコレを見てもらおうか!!??」
 そう怒鳴りつけて、ジョンは彼を部屋の前に押しやった。
 そこでは、今一番の注目株のバンドといわれているメンバー達が、まるで戦後間もない子供のような姿で、めいめいぐったりと座り込んでいた。ポールは恨みがましい目つきをブライに、リンゴはしょんぼりと背中を丸めてパイプ椅子に、そしてその中で一番の欠食児童のジョージが目に涙をためて、テーブルのサンドウィッチを睨んでる。耐え切れずその手が伸びるたびポールのシッペがその甲に飛ぶ。
「………ポールは何をやってるのかね?」
 子供がよくやる不思議な遊びを訊ねる顔つきで、ブライアンはジョンを振り返った。
「ヘタにジョージが手を出したら、全部一人でかっ食らうどころか返ってすきっ腹を自覚して泣き出しちまうから、ポールが牽制してるんだよ」
 うんざりとジョンが答える。こんなことを適切に解説できる自分がイヤだ、と思いながら。
 ふうん、とブライアンは本気で感心した声を上げた。そしてまた腕時計に目を走らせると「じゃ」と颯爽とそこから離れようとした。
「ちょっと待て」
 その襟首を、ジョンが掴む。
「一体なんだというんだ?」
「どっかに出かける前に、お前の大事な金の卵がどんな扱いを受けてるのかしっかり見てけというんだよっ!?」
 ああ、そうかそういうことかとブライアンはおっとりと頷いた。何故かジョンはいやな予感がした。
 ブライアンは、部屋をぐるりと見渡した。部屋には椅子とテーブルの他には、小さな電気ストーブが部屋の隅をぼんやり照らしているだけだった。各自の顔も見渡した。テーブルの上の姿も見た。
 そして、ジョンになるほどと頷くと「じゃ」と颯爽と出て行こうとした。
「お前、人の話聞いてる!? 俺の声聞こえてる!?」
 三度目の正直でブライアンを止めようとして、ジョンは失敗した。彼はさっとジョンの手からすり抜けると歩きながら「悪いな、これからディック(ジェイムズ)と会食なんだ。ビートルズの版権会社の設立に待ったがかかりそうだと連絡が入ってね」
「なに! いや、確かにソレも大事な話しだけどブライアン」
「悪いがマルを少し借りるよ。みんな今日は忙しくて全員出払ってるんだ。クリスマスではタクシーも捕まらなくてね」
「お前、マネージャーの癖にタレントよりもいいもん食いにでるのかよ!?」
「いいものったって、多分味なんか分からないよ。もったいない。この辺で一番いいレストランなのに」
「なっ!!(腹がなる)おい、俺たちも連れてけよ!!」
「なに言ってるんだ、これから夜の部が始まるだろ! それに、確か夜の部に入る前に記者クラブのメンバー達と立食スタイルでインタビューが入ってる。そこでなにかつまめ」
「俺たちが立食スタイルで食えたためしがあるか!!??」
「今度は上手くいくかもよ。じゃあ悪いが、ジョン」
 公演会場の裏手に回された車に乗り込みながら、ブライアンはジョンに別れを告げた。
「私も頑張るから、キミも頑張れ」
 そんな、端から聞いたら力強い励まし(ジョンにとってはただのたわごと)を車の窓から告げるとブライアンはマルに向かって「ハイヨ、シルバー」といった。対するマルの答えは「ワンワン」だった。狂ってる。
 呆然と車が走り去るのをジョンは見送った。しかしすぐに、会場を取り巻くファンに見つかった。すさまじい悲鳴を上げる少女達から逃げ出すジョンの腹には、もはや胃液と怒りしか残っていなかった。

「ジョン? どうだった??」
 期待を向けた目でポールは、部屋に戻ったジョンに歩み寄った。ジョージの顔がぴょこんと起き上がる。リンゴは部屋の一番奥まったところから、少し困ったような笑顔をジョンに向けた。
「ブライアン、なにか出前でもとってくれるって?」
 ポールの問いだった。ジョンは首を横に振る。「No」
「じゃ、劇場の支配人に頼んで、差し入れ頼んだとか?」
 ジョージが、嬉しそうな笑顔で尋ねる。ジョンはやっぱり首を振る。「No」
「じゃあ……劇場の食堂に、何か頼んだとか?」
 おずおずとリンゴが口を挟んだ。ジョンはきっぱりと首を振った。「No!!」
 一瞬、ジョン以外の全員がぽかんとリーダーを見た。
「みんなよく聞け」
 俺だってがっかりしたいよ、と思いながらジョンは「はい、集合」とばかりに皆を呼びつける。
 とぼとぼと、全員がジョンの前にたった。その、あまりにしょぼくれた様子に「コレが今一番勢いのあるロックバンドの姿かよ」、と男泣きしたいのをこらえて、彼は連隊長のような口調でこう言った。
「俺達は、ナチの森に置き去りにされたイギリス陸軍並みに孤立しているぞ」
「なんだそりゃ!!!???」
 全員一致で、突込みが入った。

「今が3時ちょうど。夜の公演が7時」
「その前…4時半から6時までが立食タイプのインタビューなわけだね」
 作戦参謀のような顔つきで、ポールは腕時計を見ながら口火を切ると、リンゴが落ち着いた声でソレに答える。ジョージは女の子すわりでぺたんと床に座り込んで、そんな二人を見上げていた。
「俺たちがインタヴューで飯が食えないのは、今までの経験ですでに分かっていることと思う」ジョンがなんとなく軍人口調のまま、ポールとリンゴの発言を受ける。
「そこで、これからインタビューまでの1時間半までが勝負だと考えよう。その間に俺達はなんとか食料を調達して、夜の公演に備えなければならない」
 マルはブライアンが連れてちまったから、アテにはならん。だからこれからいくつかアイディアを募集する。
「はいっ」
 真っ先に手を上げたのはジョージだった。
「マルに何か買ってきてもらえばいいと思います」
「お前、人の話ちゃんと聞いてるか?」
 全員がぐったりと椅子に沈んだ。そのままほっといたらジョージ以外の全員がゆるゆると死んでしまいそうだったので、ジョンは気力をふるってジョージに突っ込みを入れた。
「マルはアテにならんと、そう言った気がしたがな、俺は」
「だから、マルと連絡とって、なんか買ってきてもらえばいいじゃん」
「……今、マルがどこに居るのか分かればな」
 ここまで屈託がないと返って気持ちがいいなとジョンは思ったが、ポールの張り手があっさりジョンの気持ちを代弁した。「痛えなっ!!」とジョージが後頭部を押さえつつポールを睨んだが、ポールはどこ吹く風でジョージに視線を返してる。
「きっとブライアンの命令で、お互いの事務所やレストランを行ったりきたりしてるだろうね」
 ポールが的確な予想を告げる。ジョンもそう思っていた。これだけマルの帰りが遅いのも、その予想からして頷ける。
「でも、店に伝言を残すのも一つの手だと思うけど」
 そういったリンゴに、ジョンとポールは目を輝かせた。
「ああ、そうだ!! その手があった!!」
 ジョージとリンゴが、ビックリした顔で二人を見た。リンゴの意見をぐっと進めて、ジョンとポールは頷きあっていた。
「なんだそうだよ、誰にも頼まないで俺たちが出前を取ればいいんだ!」
 ウキウキとジョンが席を立った。
「ダメだねー、人に頼むことばっかり覚えちゃうとさっ」
 ポールがポケットを漁って、電話用の小銭を探す。しかし、あいにくと札しかもって居なかった。
「あれ…、ねえ、誰か小銭持ってない?」
 舌打ちしながらポールが全員を見回す。リンゴが真っ先に首を振る。次にジョン。
「ジョージは?」
「俺、今日財布忘れたもん」
 この状況で屈託なくそう言い抜ける弟分に、ポールは一瞬「殺意」を覚えた。
「じゃ、電話借りにいくか」
 ジョンがポールを無言でなだめつつ、もっともな提案をして楽屋から出ようした。
 が、その時
「ジョンさん!!!  インタビ」
 いくつもの勢いこんで迫る顔が、ジョンをして扉を閉じさせる行為に走らせた。と同時に「ごちん」と何かがぶつかる音が、部屋に響く。
「……なに、今の」
 ドアを背にして、今まさにゾンビと鉢合わせしたような衝撃を受けたジョンが呆然と口を開いた。すると、答えるようにドアが何度も叩かれる。
 それも、一枚のドアのいろんな場所からである。
「ジョンさーーーん、お話聞かせてくださいーーー」
「ポール、そこにいるんでしょう!?」
「リンゴさん! グループに参加してすぐ人気者になった気持ちは!?」
「ジョージ、成人を間近に控えた気持ちは!?(当時のイギリスは21歳で成人なのでした)」
 そんな声がいくつも聞こえてくる。「なんだよ、あいつら!」ジョージが声を上げた。「インタビューは4時半からだろ!?」
「…多分、今回のインタビューから外された雑誌だ」
 ポールが頭を抱えた。「どうやって入ったんだか…」
「3時30分」
 リンゴが哀しげに時間を告げる。あともう1時間しかない。
「いいや、1時間しか、と思うから哀しくなるんだ!」
 ジョンがいきなり、前向きなことを言い出した。
「まだ1時間あると思おう! そうすれば心に余裕ができて、なんかいい案が浮かぶかも知れん!!」
「…それ確か、「フロムミートゥーユー」が出来る前にも言ったよね」
「そうだったか?」
 ジョンの問いにポールが頷く。
「確か、その時は根拠がなかったんだよね」
 演奏公演からの帰り道のバスの中で、新曲をジョージマーティンに聞かせなきゃならない期日が迫ってあせるポールに、ジョンは同じことをいった。その時ポールは、「なんて頼りがいのある!」と思ってそのまま続けて「で、なんかいいアイディアでも?」と訊ねた。ジョンはにっこり笑って「ない!」と答えた。
 と、その時天からアイディアが降りてきたのはまったく偶然もいいところだったが、今回ばかりは、いいアイディアどころか最初にジョンがいった通りの話になってしまった。
 つまり…自分達は補給も退路もない森の中で孤立した、哀れな孤軍である。
「…ジョン、今回のその余裕にも、根拠はないんだね?」
 改めてポールは訊ねた。もしかしたら、「バスの奇跡」が起きるかと思いながら。
「あるわけねえだろ」
 あの時と違い、吐き捨てるようにジョンが答えた。
 ああ確かめるんじゃなかったと、ポールは黙って深く、顔を手で覆った。

 その時、外から声がかかった。
「ポール! 顔を見せて!!」「ジョン!! ジョンはどこ!?」
「ジョージ!!」「リンゴーーーっ!!!!!」
 建物の周りを取り巻いているファンたちだ。この寒い中彼女達は一目憧れのスターを見るべく、驚くべき根性を見せていた。普段だったら、そんなけなげなファンを思って、少しは顔を出す彼らだったが、今はもうそんな話ではない。腹は減ってる喉は渇く。しかしあるのは中型のポットにつまった冷えたレモンティーと、今ではダンボール紙のような外見となったサンドウィッチ4切れだけ。みればみるほど殺伐とした気持ちになる風景から目を逸らして、青年達はまたぞろ「いただけない」妙案をひねり出す。
「そうだ、あの子たちに買ってきてもらおうよ!!」
 ポールは「ナイスアイディア!」と無言ではしゃいだ顔を浮かべた。
 しかし、返ってきたのは
「あ、あれ?」
 3人の、冷たい視線だった。
「え、なんで」
「ここは何階だ!!」
 ジョンがカッとなってポールを怒鳴りつけた。ポールは思い出した。4階。
「………なんでここ、4階なんだろ」
 自分の莫迦さかげんにあきれ果てながらポールが呟いた。
「3階じゃないからだろ」
 うんざりと、ジョンが答えた。

「あのさあ」
 久しぶりにジョージが口を開いた。ただ今4時ちょうど。
「なんですか?」
 ジョンが投げやりに答えた。もはや空腹はピークに達していた。
「空き瓶に「助けて」って書いて、外に投げてみたらどうかな」
 はは、そりゃいいなとジョンは笑おうとした。たまに見せるジョージのユーモア感覚は、時にジョンを驚かせる。
 しかし、ジョンは笑いと止めた。
 ジョージは、真剣だった。
 たまにジョージはジョンを驚かせる。
 ポールがジョージの後頭部に張り手を食らわせた。今のは仕方がないなあとリンゴは思っていた。
 まったくジョージは、たまに皆を驚かせる。
 ジョージの「痛いなあもう!!」という声が響く中、全員がぐったりと沈み込んだ。

「…なあ、俺が電話しに外へでようか?」
 もはや意見が出尽くした感が漂う中、リンゴが気持ちをふるって声を上げた。
「俺、小さいからコートと帽子を着込んだら、目立たないかも知れないだろ?」
「その鼻で一発ばれるよ」
 ぐったりとポールが答えた。でも、やらないよりはとリンゴが食い下がる。
「あ、じゃあ俺の眼鏡貸そうか」
 久しぶりの建設的な意見に食いついたのはジョンだった。勢いよく椅子から降りて、コートを探って黒縁の眼鏡を取り出す。
「あ、じゃあおれのマフラーも貸すよ」
 ジョージが乗ってきて、黒と白のチェックのマフラーをリンゴに巻き始める。
「………じゃあ、僕のコートを着てみる?」
 やっとポールの顔に笑顔が浮かんだ。こげ茶のロングコートを、眼鏡とマフラーをつけて、帽子を被ったリンゴに着せる。体格が違いすぎて、かなりブカブカだ。しかしその姿は後年「萌え」の塊を言われるにふさわしい「可愛らしさ」を見せていた。
「いいね、リンゴ! 似合うよかわいい!!」
 ポールが笑いながらそんなことを言った。
「ホントだ! すんげえ可愛い!!!!!」
 間髪入れずに、ジョージが頷く。
「いやー、外のファンに見せたいな! 俺達だけで見るのはもったいない!!」
 ジョンがそう言って、皆がゲラゲラ笑った。その時
「あ、そうだ!!」
 今度もポールだった。
「ドアの外に居る記者達に、なんか持ってきてもらえばいいんだよ!!」
 もってきてくれたら話をしてやる、とか言ってさ! 「えー、記者を入れるの?」とうんざり顔のジョージに「莫迦、そういうだけだよ」と悪いことをいうポールだった。
「なんか持ってきてもらったら、そのまま「はいご苦労さん」で締め出しちまえばいいんだよ。なにもバカ正直に話をすることもないさ」
 リンゴのこのカッコで釣ってさ! と声を張り上げたポールに全員(リンゴも含む)一致で賛成した。彼らの心に、立ち売りのフィッシュアンドチップスが、コーラが、フライドポテトの香ばしいかおりと姿がよぎった。熱々のコーヒーにちょっと硬くなったピザ。ドーナツもいいな。ワクワクしながらジョンがドアに寄っていく。「みんな、いいな?」と声をかけると「OK、Johnny!!」と元気な返事。
 じゃあ、行くぞ!! と勢い込んでドアをあけようとしたら
「ぶっ!!!!」
 ジョンの意思以外の力が働いて、ドアが勢いよく開いた。「ごんっ」と板に衝撃が走り、ジョンはしたたかにワシっ鼻を打ち付けた。
「なにやってんだお前ら」
 そこにはニールが驚いた顔で立っていた。
「ネル!!!!」
 鼻を押さえるのに忙しいジョン以外の全員が声を上げた。
「ネル!! な、なんかもってきてくれた!?」
 捨てられた子犬が主人を求める必死さで、ジョージがニールに食い下がる。
 返事は「へ? なにを?」だった。
「そろそろインタビューの時間だぞ」
「ネル! 外にいた記者たちは!?」
 自分のナイスアイディア加減が忘れがたく、ポールが今更なことを訊ねると「俺が追い払ったよ、邪魔くさい」とあっさりと答える。普段は頼りがいを感じる言葉が、今は酷く腹立たしい。
「リンゴ、なんだその格好。寒かったのか?」
 すっかりしょぼくれた気分になったリンゴが「なんでもないよ」と呟いて、のそのそと「変装」を解く。涙目のジョンがやっと立ち上がった。
「あれ、そのサンドウィッチ。食わないの?」
 ニールの一言に、今まで無視し続けた存在が急激にクローズアップされた。
「もったいないから食っていい? いやあ、打ち合わせ中も何くれなくつまんだけど、緊張しちゃって食った気しなくてさ」
 ニールはその場で全員から張り倒された。
 そして、4人は我先にサンドウィッチに手を伸ばし、レモンティーをすすりこんだ。

 そして、「立食インタビュー」の幕は開いた。
 この様子は「HDN」のインタビューシーンそのままと言っていい。
 インタビューに来ている全員が、用意されたスナックや飲み物に満足していた。
 主役達を除いて。
 軽食とはいえ、劇場の食堂で働く職員達がせっかくのクリスマスにと、腕を振るった料理だった。食べた者全員が「美味しい」と絶賛した。
 主役達を除いて。
 インタビュー時間の終盤、ジョンの目の前のテーブルに、干からびたチーズサンドが転がっていた。瞬間的に、周りは静まり返っている。今だ! と彼は手を伸ばそうとしたその時
「なんだ、もうこんなものしか残ってないのか」
 どこかの記者が、さっさとそれをつまんで自分の口に放りこむ。
「あ、ジョンさん。お話を聞かせてください」
 記者はジョンに気付いて、モゴモゴと口を動かしながら笑顔を浮かべた。
「お前と話すことは、もう未来永劫ないだろうよ!」
 発言をひねる余裕もなくなって、ジョンはそういい切った。


 そして、地獄のような「クリスマスショー」が始まった。
 しかしそれは、彼らにとっての「地獄」なわけで、他の出演者達やファン達には至福のひと時だった。
 彼らは昼の部よりも、元気に飛び跳ね、明るく声を張り上げているようだった。彼らが大きく跳ねるたび、ファンたちは楽しげな笑い声をあげ、演奏に入ると普段以上に髪を振り乱し、声を上げた。
 彼らは、死にかけていた。
 はねる姿は、断末魔だった。
 張り上げる声は、断末魔だった。
 人は、心と身体に危険信号が出されるとそれを緩和しようと脳内からへんな汁(脳内麻薬)が分泌される。それが今だと4人は脳みその反応を初めて自覚した。「あーなんか、キモチイーナー」と、実際は大ピンチなのだが彼らの脳みそはそれを誤魔化した。そして彼らは誤魔化された。
 自家薬籠もいいところの状態で、4人は(一見)元気一杯の様子で今日最後の大仕事を終わらせた………。

「ジョン……もう、終わったの?」
 アンコールを終わらせて、幕が下りたとたん倒れこんだ4人だった。目の前に転がるジェリービーンズに根性で手を伸ばさないようにしながら、ポールが口を開いた。
「ああ……終わった。やっと、終わったんだ……」
 今だファンの声が消え入らぬ中、ジョンがぐったりと呟いた。
「なんか食える? 食えるの!?」
 仰向けに倒れた形のジョージが、半べそかいて誰とはなしに尋ねると、ポールの隣で倒れこんでいるリンゴが「うん、うん」と無言で頷いた。
 やり遂げた男の満足感のようなものが4人を包んでいた。ちょっと錯覚も入ってるとは思うけれど、とにかく4人は一人として脱落せずに、今日一日を駆け抜けたのだ。
「やあお疲れ様」
 そこへ颯爽と現れたのがブライアンだった。「張り切ってたねえ、みんな」
「…それ以上なんかいったら、殺すぞ」
 へばりきった姿でジョンが地面から飼い主をにらみつけた。
「おやおや、そんなことを言っていいのかな?」
 ご機嫌な様子のブライアンだった。彼は自分を取り繕うのがヘタなので、きっと先の話し合いが上手くいったのだろうと想像がついた。
 彼は後ろ手から、まだ暖かいフィッシュアンドチップスを取り出した。それは魔法のようにジョージには見えた。
 全員が飛びつくように包みに群がった。
「さあ、食べて落ち着いたら、行くぞ」
 うぐうぐと食い散らかす4人の若者達に、成功したばかりの青年実業家が告げる。
「どこへ?」
 頬や口元にポテトや魚の衣をくっつけた4人が、声を合わせる。

 答えは

「ヘリコプター!?」

 全員が、座席に着きながら声を上げた。
 それは、ブライアンが今日のために用意した取って置きのプレゼントだった。クリスマスの大事な夜を、故郷に居る家族と過ごせるようにと、彼らのマネージャーが誰にも言わずに用意した、シークレットギフトだった。
 思わぬプレゼントにはしゃぐ4人の前に、またも食べ物が差し出される。
 顔を上げると、そこには笑顔のマルと、ちょっとすねたようにそれでも笑っているニールの姿があった。
 ゲラゲラ笑いながら我先に手を突っ込んでスナックを漁る。
プロペラが回りだす。
「おおっ!!!!」
 青年達が全員、浮き足立った声を上げた。
「準備はいいかな、ボーイズ」
 特別に助手席にすわったブライアンが、後ろに声をかける。
「OK,Boss!! Get our Home!!!!!」
 総勢6人が、声を合わせた。

 ヘリコプターが、ふわりと浮いた。



                    861Hedge-hog’s
                     「聖者の行進」
                      *The end*

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最終更新:2010年05月22日 14:12