All Together Now!
どうしてか、いつも「迷子」と思われてしまうんだ。
本当は違うんだけどね。
大体、大勢でぞろぞろ歩くなんてかっこ悪いし、皆と同じものを見るっていうのも、なんだか面白くないだろ?
だから昔から、家族や友達と出かけても、いつの間にか一人で行動してたりする。皆と公園に向かう道に、ちょっと脇に入る路地があったらひょいっと入っちゃうし、
逆に皆が怖がる場所とかにも、ワリと平気で行ってみちゃうしね。
よくお袋や友達に言われたよ。「お前からは目が放せない」って。
でも、行く道と帰り道さえ覚えていれば、平気だろ? オレはちゃんと、覚えてるんだ。たとえそうは見えなくてもね。
だから、本当は全然大丈夫なんだよ?
『本当か?』なんて笑わないでよ。オレは本当に、大丈夫なんだから。
『ジョージがはぐれた!』
ポールがそんなことを言ってきたのが、初めての写真集用の撮影が終わった午後の、日暮れに近い時間だった。
その時、ジョンとリンゴは駅の中にあるカフェで一服していたのでポールの焦り方についていけず、ぽかんとした顔つきで彼を見返していた。
「ジョージが、なんだって?」 タバコを咥えたジョンが、いぶかしげに聞き返す。
「はぐれた? 駅に居ないの?」 リンゴが大きな目をぱちくりさせた。二人とも、ジョージはてっきり駅の構内をうろついていると思っていたのだ。
「どうせ駅のスタンドでチョコバーを買い込んでるか、ベンチで雑誌でも読んでるんじゃないのか?」 大体お前は大げさなんだよ、とポールをたしなめる
ジョンだったが、ポールはそんな彼に「呑気なこというな」といいたげに眉をしかめている。
「今言われたところは全部見たよ。トイレもプラットホームも、駅の周りの一応見て回った」
「それで?」
「それでも居ないから、こうして相談してるんじゃないか」
水掛け論のようになりつつあるジョンとポールの会話に、リンゴが『まあまあ』となだめにかかる。
「ジョージも子供じゃないんだし、時計もお金も持ってるんだから大丈夫だよ。もう少ししたら姿を見せるさ」 そんなリンゴに、ポールはため息をついた。
「リンゴはジョージのこと、まだよく知らないからそんなことが言えるのさ」
「え?」
「…ジョージはよく道に迷うんだよ」ポールを補足して、ジョンが答える。
「知らない土地でも平気で一人で動いちまうから、目が放せないんだ。今はまだ国内だからいいけど、初めてハンブルグへ行った時なんか大変だったんだぜ」
うんざりとポールが頷くながら、話を続ける。
「言葉もわからないってのに、ホテルについたとたん姿を消しちまって、探し出すのに苦労したんだ。その日の晩からステージがあるってのにさ」残された形になった
他のメンバーにしても、初めての場所では探しようもなく、イギリスに残ったプロモート役のアラン・ウィリアムズにまで電話して相談したのだ。結局、その日出演する
バーにやっと英語ができるドイツ人の用心棒を見つけ、彼の協力でジョージを見つけ出したのは、それから3時間も後のことだった。
「その時、ヤツは何してたと思う? 立ちんぼの女達に気に入られて、そいつらのおごりでビールとソーセージ食ってたんだ!」
「そこから引っ張り出して、ステージに滑り込んだよ。まったく、その日はヘトヘトさ!」
まったく対照的な表情の2人に、リンゴはなんとなくジョージについて思い出したことがあった。そういえば、自分も彼を初めて見かけたのはハンブルグのバーだった。
偶然自分がその時参加していたバンドも同じステージに立っていたのだが、随分と若いバンドマンがいるな、と目についたのだ。しかし彼は堂々としていた。休憩時間にも
部屋に戻らず、バーの中をうろうろ見て回っては周りの荒っぽそうな男たちにからかわれ、ちゃっかりビールを振舞われたり、バーテンにギターのリクエストを頼まれたり
していた。
外国だから珍しいのかな? と思っていたのだが、どうやら一時が万事、その調子らしい。
思わずリンゴは吹き出した。ビートルズに参加してまだ1年もたっていないが、どうやらこのバンドは自分の性に合いそうだ。きっとずっと一緒にいても、飽きることは
ないだろう。
「リンゴ、笑い事じゃないよ」
しかしいらついた空気を笑ってくれて、ポールの気持ちに余裕ができたようだ。大げさに腰に手を当てて、怒る母親のような顔つきでリンゴを睨みつける。
「じゃあ、どうするってんだよ。ジョージを探しにいけってか?」ポールに余裕が出来たことをリンゴに感謝しながらも、そんなことはおくびにも
出さず、ジョンが言う。ポールは「そうだよ」と頷いた。「ハンブルグじゃないにしろ、ここだって初めての場所だ。あのジョージがここの駅の
名前を覚えてるとは思えないし、この町には離れた所にも、他に三つ駅があるんだ。タクシーを使ったとしても、たどり着くまで待ってるわけにいかないだろ?」
「なんで…て、ああ、今日はキャバーンか」
ジョンはポールがイラついているわけを知って、渋々とだが納得した。これからトンボ帰りでステージに立たなきゃならなかった。やっとファンにもリンゴの
ことを迎える気配が出来てきたので、ここですっぽかして印象を悪くすることは避けたい。
「さ、休憩は終了。帰りの列車がくるまで、もう20分しかないよ」
そういいながら、ポールはポケットから手帳を出して、駅の名前をメモすると二人に渡す。「集合は?」「5分前までに、ここ。見つからない時は…」「そん時は駅に
伝言を置いていこうぜ」「エピーに言っておく?」「いや、うるせえからまだ黙っとけ。他にギターのあては?」「今日、一緒のバンドは、僕が前に手伝ったことがある
奴らだよ」「よし、話は決まったな」
ジョンが一つ、手を打った。
「諸君、道を失った少年を正しい道に連れ戻すがよろしかろう。ガンバッテネ」
「はあ?」
ポールとリンゴが、思わず声を合わせてジョンを見た。彼は椅子に座りなおして新聞を広げると
「俺はここで、ジョージが一人で戻ってきた時に備えてますからネ」そして、ひらひらと手を振る。
ポールは唖然として、リンゴは天井を振り仰いた。

ポールとは右と左に別れて、リンゴはジョージ探索に出た。今聞いた話から、なんとなくジョージのいそうな場所を考えながら見て回る。
そうやって、道をうろつきながらリンゴは、十代最後の歳とは思えない大人びた青年の横顔と、今の子供っぽい好奇心にあふれた様子のアンバランスさをもったジョージのことを思った。
人懐こい子だと思った。ハンブルグでもそう感じた。しかしビートルズに誘われた時、自分が加入することで追い出されることになった ピートのファンから逃げ回っていたジョンとポールの横で、一人、目に青痣を作っていたのもこの少年だった。
ピート解雇に抗議するファンに殴られたという話を聞いて、リンゴはジョージの家まで見舞いにいった。
ハリスン家の居間で、ジョージのママ特製のカスタードクリームを振舞われたリンゴに、ジョージは訪問の理由を聞いて、きょとんとした顔を向けた。
『別に、リンゴのせいじゃないもの。気にしなくていいよ』
『でも』
『だって、おれ達がリンゴに来て欲しかったんだもん。デビューシングルの時はザンネンだったけどさ、ステージで一緒に演奏してて楽しいよ。安心できるってかな』
ピートはいい奴だけど、やっぱ演奏が合わなくなってきてたしね、とジョージは笑った。少し寂しそうな笑顔だった。
デビュー直前のナーバスな時に、メンバー交代することをマネージャーが渋っていたのをジョージが強力に押し切って迎えてくれたのだと後で聞いて、リンゴはジョージの芯の強さに驚き、長年のファンから恨まれてでも自分を迎えてくれたことに、改めて感謝した。
そして見舞いにいった時に感じた、ハリスン家の居心地の良さを思った。突然の訪問にも笑顔で迎えてくれた優しいお母さんに、暖炉に飾られた家族の写真。次々に帰ってくるジョージの兄姉達。みんな気安くリンゴに挨拶をして、必ず一言ジョージをからかっていく。その言葉の端々にジョージへの愛情が見える。
だからなのかな。リンゴはジョージの、無表情に見えてどこかしらユーモラスな様子を思い起こした。気難しくしていると思ったら、どこかよそを見て笑っていたり、辛辣なことを言っているのに、皆に疎まれることがない。
それはきっと、正しい愛情をちゃんと受けて、余所見をしても守ってくれる家族がいるからなのかしれない。だからこそ、時にあけすけなほど無防備になってしまうのだろうか。人を恐れず、向き合えるのだろうか。そうでなければ着たばかりの異国で、土地の売春婦にメシを奢ってもらうなんて芸当は無理だろう。きっと。
そんなジョージが少し羨ましくも思える。自分とは性質の違う人恋しさを持つ彼に、リンゴは胸の奥でかすかな痛みを感じた。しかしそんなジョージの無邪気さを好ましく思うのも本当だ…。
そんなことを思いながら、ふと通りすがった雑貨店のカウンターに、リンゴは見知った青年の横顔を見つけた。
「ジョージ!?」
「リンゴ? よくここが分かったね」
ジョージはカウンターバーで、コーラとF&Cをつまんでいた。なんだい、知り合いかい?と雑貨屋の主人らしき親父がジョージに尋ねる。
「今話したろ? バンドの仲間。ドラムのリンゴだよ」
「リンゴ? 変った名前だな」そう言うと親父はリンゴに「コーラ飲むかい?」と気さくに笑いかけてきた。
「ありがとう。でもまた今度。ジョージ、そろそろ戻らないと列車に遅れるよ」
「え、もうそんな時間?」
そう言って、ジョージは腕時計を見た。そして分かったと頷くと「おっちゃん、ごっそさん!」と手を振った。
「おう、また来いよ。今度はバンドのレコードでも持ってきてくれよ」
「嫌だね。ちゃんと買ってくれなきゃ。ビートルズだよ。他の奴らと間違えないでよ!」
ジョージの生意気な口調に、親父は苦笑で見送った。
「知り合い?」リンゴの問いに「いいや、今日会ったばっか」そう答えてジョージは話し始めた。写真撮影が終わって、皆と歩いてたら喉が渇いたので、目に入った店に
入ったのだと。
「あそこのおっちゃんも、オレと同じ地区に住んでたんだって。懐かしいって話し込まれちゃったよ」
知らない場所でわざわざ自分を探し回っていたリンゴに悪びれもなく、彼は笑った。リンゴはそんな彼に、なにも言わないで優しく微笑んでいる。
「…これからは気をつけて、君を見てなくちゃね」
リンゴの言葉に、ジョージは「なんで?」と尋ねてきた。
「だって、またどこへ行っちゃうか分からないもの。ポールのぼやきが分かるよ」

「なんかいってた?」
「言ってたのはジョンだよ。ジョージはすぐ迷子になるって。知らない場所でもうろつくから、首に縄をつけとかなきゃってさ」
「マジ?」
ビックリした顔でこちらを覗き込むジョージに、「首に縄は冗談だよ」とリンゴは声を上げて笑った。
「リンゴには言っとくけど、ジョンやポールがいうことは大げさなんだよ。オレはちゃんと、道は覚えてるんだよ? それで、あえてあちこち見て回ってるの。道を覚えてるんだから、迷子とはいえないだろ?」
「本当かい?」
「本当さ! 笑わないで、ちゃんと聞いてよ!」
必死で抗弁するジョージの前を、ネコが一匹通りすぎた。すると、今まで話していたことなど一遍に忘れて、彼は立ち止まるとネコを目線で追いかけ始めた。
リンゴはため息をつくと、ジョージに左手を差し出した。
「なに?」
「手。ほら、出して」
首をかしげながらジョージは右手を出した。それをリンゴはしっかりと掴む。
「これでもう、大丈夫」
「ええ?」
「さ、行こう」
そう言って、リンゴは先に歩き出す。
手をつながれたジョージは、しばらく黙ってリンゴの後ろを歩いていた。しかし足早に近づいてきて、彼の隣に並ぶ。
そして、ぎゅっとリンゴの手を握り返した。
ん? と見上げるリンゴに、ジョージはニヤっと笑いかける。子供の面影の強い笑顔だった。
リンゴはその時、先ほどジョージに感じた胸の痛みが温もりに変っていったことに気づいた。
歩きながら、ジョージはいちいち通りがかる店のウィンドウを指差した。それに対してたまに振り向きながら、リンゴはハイハイと聞き流す。ジョージはそんなリンゴに益々じゃれついてくる。
見知らぬ道行きが、小さな散歩に赴きを変えた。
「ねえ、だから、オレは迷子じゃないんだぜ?」
「じゃあ、次の道はどっちだい?」
「次は、…右! 右だよ」
「正解。じゃあ、あの信号は?」
「まっすぐ」
「…渡ったら左、だよ」
「うそ? あれ?」
リンゴは、この道が何時までも続いているようにと思った。ジョージと今歩いているこの道が。彼と共に進むこれからが、こんなふうに楽しく思える道行きになりますように。
彼と共に、ジョンとポールが待つ道の先へ歩み進めることができますように。
考え込んだリンゴに、今度はジョージが「ん?」と首を傾げた。なんでもないよ、とリンゴは答えた。
「…あ、ポールだ」
ジョージが前を振り仰ぐ。「うわ、怒ってるぞ。アレは」
見ると、ポールが駅の入り口で仁王立ちになってこちらを見ている。リンゴがなにか言う前に
「あと3分しかないぞ!!!!!」
電信柱もビリビリ震えるようなポールの声だった。「なんだよ、自分だって遅刻魔のくせに!」
ジョージも負けじと怒鳴り返し、リンゴに八重歯を見せた。「走るぞ!」とリンゴは言うと、ジョージを追い越して駆け出した。
「あ、ずるい!」
ジョージが慌てて追いかける。走りながら、リンゴは笑った。
今の時が楽しくて、後ろからくるジョージの足音が嬉しくて、息を切らせながら走った。
「おせえぞ、お前ら。ポールのお守りをする俺の身になれ!」
改札を駆け抜け、走りこんだ列車の座席にはジョンのぐったりした顔が待っていた。ジョージを見つけることが出来なかったポールの苛立ちをまともに食らったジョンを思うと気の毒ではあったが、やはり笑ってしまう。
「リンゴ、笑いこっちゃねえぞ! ジョージ、お前も…」
そういって、ジョンは手にした新聞を丸めてジョージの頭を一発叩いた。
「いってえな!」と文句をいうジョージに
「うるせえ! またこんなことしたら、首に縄つけるぞ!」と怒鳴りつけた。
ジョージとリンゴは、顔を見合わせた。そして一緒になって大笑いした。
「なんだ、変なこと言ったか俺」
思わぬところで大うけを貰ったジョンは、ポールに理由を尋ねた。ポールはさあ、と首を傾げたが、唖然としたジョンの顔と、二人の笑い声につい釣られてしまう。
「なんだよ、変なやつら」そういいながら、ジョンも困ったように笑った。
プラットホームに、列車が出発するベルが鳴る。
3人の笑い声と一人の苦笑を乗せて、列車は一路、彼らのホーム へと走り出した。
最終更新:2009年11月27日 01:42