alone 4 hedge-hogs 4
chap. 4 :「Octpus's Garden」
「あれ…リンゴだけ? ジョンとポールは?」
黒いテンガロンハットを被ったジョージがスタジオに現れたのは、ポールが出て行ってから1時間ほど経った頃だった。その間、リンゴは辛抱強く、誰かがやってくるのを
待っていた。マルやニール、撮影スタッフが顔を何度か出していたが、飲み物やタバコを差し入れていくだけで、他のメンバーについての話はなかった。
「よお、ジョージ。お連れのものは、今日はいないのかい?」
イラつく影もない笑顔で、リンゴは最近のジョージをからかった。「レットイットビー」撮影兼レコーディングに入ってからというもの、ジョージは誰か彼かを
連れて参加していたのだ。
「ああ…ビリーは自分のレコーディングの打ち合わせ。たまには一人もいいかと思ってね」
苦笑を浮かべながら、ジョージは帽子とコートを脱ぐと、適当に椅子に放った。何時もは人だらけのスタジオでも、たった2人には広すぎる。なんとなく、ジョージは
リンゴの隣に座った。タバコを差し出されて、肯いて受け取る。
何か言いたげなジョージに、リンゴは「ああ」と呟くと、
「ポールはジョンを向かえにいったよ。ちょっと前にね」
「…来るかな、2人とも」
それよりも、ジョンがポールに会うだろうか。ジョージは険悪な状態の2人を思い、タバコに火をつける前に深く息を吐いた。どうだろうねえと リンゴは答えて、
こちらはふうっと長い煙を吐いた。
「もうちょっと待ってみて、それで連絡なかったら帰ろう」
スティックをそろえてドラムに乗せながらの提案に、ジョージはあいまいに頷いた。
静かな時間が、少しだけ2人を包む。カラッポのスタジオは底冷えがして、居心地の悪さをジョージは覚えた。それに比べると隣にいるリンゴは、どこも見てない目をして、
ゆったりと構えている。ジョージはそんな彼につい、今の気持ちを口に出していた。
「…これから、どうなるんだろう」
「ん?」
声が強張るのはここが寒いからだ、とジョージは心の中で言い訳をした。
「ジョンはいっつも酔っ払った感じで、誰の話も聞かないし。会社も…ポールはなにも言わないけど、全然見通しは立ってないみたいだし」
「そうだなあ」
ちょっとだけ眉をひそめてリンゴは、あっという間に短くなったタバコを灰皿にこすり付けた。大きめの灰皿は、すでにいっぱいになっていた。
「ニールもマルも、表には出してないけど憔悴してるよ…。でも、リンゴ。あんたは、なんていうか…そんな周りから、ぽっかり浮いているみたいなんだ。
オレから見ると。だってあんたは、今のレコーディング状況がめちゃくちゃであろうと落ち着いているじゃないか。スタジオに誰がこようと…ステラが
きてもちゃんと相手をするし、ビリーとも笑って話すし、ジョンとポールのメッセンジャー(R「笑」)もしてやってる。それに…例の」
「ヨーコかい?」
「そう…彼女とも、普通に話してる…。なんでそんな…余裕があるのかな。リンゴは今の状況、不安じゃないの?」
ジョージの目は、緊張していた。リンゴはその視線に「うーん」と考えてから
「まあ、不安だよ」
と答えた。
ジョージがなにか言おうとしたのを、リンゴは笑って制した。言葉が足りないことを自分でも分かっているようだった。
「俺が落ち着いて見えるのは…そうだな、多分、きっと俺がビートルズに初めっから関っていないから、かもな」
ジョージの顔が、一瞬曇る。
「ああ、「他人事」って訳じゃないんだよ。なんていうのか…、ずっと昔、俺が扁桃腺でツアーに出られなかったことがあったろ?」
「うん」
「あの時は代わりのドラマーが入ってなんとかなったけど、これがジョンやポール…それにお前とかだったら、ありえないと思うんだよ」
え? とジョージは声なく尋ねた。うん、とリンゴは頷いた。
「俺以外はパーマネント、てことさ」
自分についての、かなり冷たい見解をリンゴはあっさりと言い抜く。
「ブライがあの時、俺をバンドから外そうとしたって聞いた時、なんでか俺「そうだよな」って思ったんだよ。…別にグループが嫌いなわけじゃない。皆、本当に
いい奴らで大好きだし。でも、お前と他の2人は一緒にいるのを見てると、やっぱり「適わないなあ」と思うんだ。どんなに一緒にいようと、な」
ジョージは言葉を失った。リンゴがまさかこんな風に、自身やグループ内を見ていたとは思ってもみなかった。この眠たげな青い目は、実は一番シニカルに周りを
見ていたのかもしれない。
「でも、そのお陰で少しは冷静に、周りを見ることができるのかもな。「呑気」って言ってもいいか。お前が俺を「落ち着いてる」っていうのは、俺が俺の「立ち位置」
にいるからなのさ。余裕とか、そんなもんじゃないよ」
「…じゃあリンゴのところから、オレ達はどう見えてるんだい?」
きつい口調で、ジョージは問いただした。今、一番大変な時期ですら、彼は「一歩」引いてるのだろうか。そう思うと、ジョージはリンゴを「卑怯」だと思った。
これまで一緒に歩いてきたと思っていたのに、ふいに「仲間じゃない」といわれたような感じがしたのだ。
「さぞや、バカみたいに見えてるんじゃないの? こんな小さいところで、右往左往していがみ合う「オレ達」なんか、さ」
リンゴは「ん?」とジョージを見た。冬の空のような眼がジョージをしっかり捕える。
なんとなく、バツが悪くてジョージは眼をそらした。リンゴは口元に小さな笑みを浮かべて、冷え切ったコーヒーを飲み干した。
「バカだなんて…もしお前達がバカなら、俺だってそうだよ。長い間、一緒にやってきたんだから」
あっさりとリンゴは言った。
「バカ、なあ…。そうだな、俺達バカみたいだな。なんだって、こんなにいがみ合わなきゃならなくなったんだろ。ブライが死んで、俺達で会社を作って。それが
ケチのつき始めかな? 友達が社長になったら、やっぱりダメだよな。今までタメだった奴の言いつけなんて、聞く気にならんもん。ジョンだったら、特にそうさ。
…まあ、ポールはポールで、考えがあったんだろうけどなあ…」
だから、さ。とリンゴは続けた。
「ポールやジョン、そんで、お前の思い入れがちぐはぐになっちまった。一枚板じゃなくなったのが最大の失敗だよ」
「思い入れ?」
「そう、バンドへの」
ジョージの問いに、リンゴは淡々と答える。
「俺は…そこまで強くない、と思う。俺が口出しできることじゃない、と思ってるし」
「どうして」といいかけて、ジョージの口がとまる。それはもう、リンゴは説明している。
「俺にせいぜいできるのは、大好きなみんなと楽しく過ごせるよう、俺の仕事をこなすことだけさ。ポールとジョンのつなぎが誰か欲しければ、俺がやるし、ステラがきて
ポールが気持ちよく仕事ができるなら、それに越したことはない。ヨーコやビリーもしかり。だからって、いやいややってる訳じゃないぜ。そのへん、誤解すんなよ」
そこまで話すと、しばしリンゴが口をつぐんだ。そして、何処も見ていない目で、ぽつりとつぶやく。
「…だからさ、俺はいいんだ。こうしていられるだけで幸せだよ」
「リンゴ?」
ジョージの声に小さく頷いて、そのままリンゴは話し続けた。
「知ってるだろうけど…、俺、ガキの頃は体が弱くて、入院ばっかしててさ」
「うん」
「元気な時の方が数えるくらいでさ、しょっちゅう熱やら出したり手術したりで、まともに学校も行けなかった」
「…」
「仲良くなった子も、すぐ退院して…。自分一人で病室で居残って、熱出して寝込んでたりするとさ、なんかすげー不安になるのよ。「オレ、死ぬんじゃないかな」
とか「もうここから出られないんじゃないかな」とかさ」
ジョージは黙り込んでしまった。リンゴの横顔は、語る話に比べると恐ろしく静かで穏やかで、それがジョージには何故か痛かった。
「大人になっても、その気持ちがなかなか抜けなくてなあ…。いつもどこかで、気持ちがヒヤヒヤしてんだよ。「コロっと死んだら、どうしよう」って。バカだろ?
ホント…。でも、お前らと知り合って、それこそ怒涛の勢いだった。もう心配する暇もないって感じで、毎日が楽しかった」
「だから多少のことがあっても、あんまり感じなくなっちゃってるのかもな。「死なないだけ、いっか」って」
「だから、ジョージ。今の状況に不安を感じるお前は、俺なんかよりちゃんとしてるよ」
リンゴはそう言って、照れ隠しのようにたばこをくわえた。
ジョージは、今まであまり考えたことのない、リンゴの過去を思った。自分は、確かに小さい頃、病気がちだったかもしれないが、熱を出したら必ず母親か、
兄妹の誰かがついてくれていた。父親は必ず、ジョージが好きなものを買ってきてくれた。だから、病気に対しては深刻に考えたことは今まで一度もなかった。けれど、
本当に病弱なものにとっては、熱は一つ出るだけでも、それは恐怖だったに違いない。幼少期の大半を片親で過ごしたリンゴは、きっと病室で一人戦ってきたのだ。何時
勝てるかしれない、負けてしまうかもしれない、静かな戦いを。
「それに、今の状態がいつまでも続くなんて、俺は思っていないよ」
と、リンゴは笑った。
「確かに今は辛いけどさ、それでも少したったら、また仲直りできるさ。それがいつかは分からないし、まだガキだった頃みたいにはいかないだろうけど。いつか
きっと、「バカやったよな」って皆で笑えるさ。だって俺達これからだろ? 終わるにしろ続けるにしろ、変われる機会はイッパイあるんだから」
なんたって20歳まで生きられないって言われてた俺が、ちゃんとここまで生きて、しかもこんなすげーグループに参加できたんだからな、と、リンゴは笑った。
屈託のない笑顔だった。
ジョージは、リンゴの言葉の一つ一つを、心にしみこませた。その言葉は凡庸だったが、それゆえに不思議と冷たく固まった心を、温かくほぐしていく。
そうか、そうだな。とジョージも笑って答えた。しかし、笑ったつもりなのに、喉が詰まって声が出ない。眼が熱くなり、周りが歪んで見えてくる。
泣きそうになっているのを気付かれたくなかったのに、リンゴの手がジョージを呼んだ。
「ほら」
ジョージを見ないで、彼に手を差し出して誘う。ジョージは少しためらったが、そのまま素直にリンゴの肩に顔を伏せる。
それが、あんまり子供っぽくて弱弱しかったから、肩が温かく濡れていくことには触れずに「困ったヤツだな」とリンゴは言った。おい、ジョージハリスン。 お前、
幾つになってんだ? 肩を抱き、髪に頬をよせ、わざと明るく言葉をかける。
「…悪かったな…、26だよ」
篭る声で、それでも悪態をついたジョージにリンゴは声を上げて笑った。
「26だあ? 俺がその頃には、ブイブイ言わせてたぜ。あのチョー人気バンド、ビートルズでな! なんだよ、お前。やっとその歳に追いついたってのに、ガキみたい
にベソかきやがって」
「うるせえな、オレもその頃ビートルズだったんだよ!」
「ああ、そうだ。そうだったよなあ」
笑いながら頷いた時、リンゴの口からはしゃぐ声が止まった。長い時間が、リンゴの中を駆け抜けていった。
そうだ、楽しかった時間も、辛かった時も、生きていく中で、思い出として流れさっていく。
それでも、そんな中にあっても
変わらないものも、確かにある。
間違ってないだろう? リンゴは、ここにいない2人に問いかけた。声を堪えて泣いている青年を支えながら。彼の代わりに。自分の心で確かめようとする。
なあ、そうだろう? ジョン。そうだろう? ポール。
今は憎みあっていても、時間は流れているのだから。
そして、その流れの中にあって、変わらないもの。俺達は、それをお互いの掌に掴んでいるハズだ。
そう信じていいだけのものを、俺達は築いたのだと。
闇雲に、無条件に、盲目的に、
自分の人生の一時(いっとき)を全て懸けたものを、人は信じていいはずなのだ、と。
しかし、そう思うリンゴの胸に、風が吹き込むような哀しさが、一瞬ふとよぎった。
なぜかその時、彼は納得した。「ああ、そうなのか」と。
しかし、彼はそのことを話さなかった。
そうだ、今だけは。-------―今だけは。
せめて、大事な友人が、泣き止む時まで----。
「…だから、ジョージ。俺達はきっと」
やっとリンゴは口を開いた。ジョージの髪に手を入れて、くしゃっと掴む。
「これからもきっと、変わらないよ」
顔を伏せたまま、ジョージが大きく震えた。
リンゴは切なく笑った。自分の言葉を信じたくて、失敗した牧師のように。
最終更新:2009年06月11日 03:16