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「彼氏になりたい!」


「自分がうぬぼれてるな、と思ったらリンゴを見るんだ。そしたら、自分は万能ではないと我に返れるんだ        ――――J.レノン」

「ジョン、ちょっといいかい?」
 リンゴが珍しく、ステージを降りてすぐに話しかけてきたので、ジョンは「おや?」と思った。コークが少し効きすぎて、ちょっと足元がおぼつかないが、ま、いいやと
ジョンは彼に振り返った。リンゴは、ステージ直後で額に汗を滲ませた、例の、少し憂いを含んだような顔つきで、何時ものあいまいで優しげな笑みを浮かべていた。
いいぜ、とジョンは、後一つ角を曲がれば楽屋というところで足を止めた。リンゴはニコニコ笑いながら話し始めたのは、今のステージのことだった。ジョンの演奏が
酷すぎる、と言うのだ。
「ジョーも困ってたし、ポールもお前さんを取り繕おうと必死だった。分かるだろ?」
 なんだそんな話かと、ジョンは「チッ」と舌打ちをした。リンゴは相変わらずニコニコしている。その青い目のプレッシャーに負けて、ジョンは乱暴にそれを認めた。
 ハイハイ、その通りでございます。でもだからどうだってんだ。誰もなんも言わないじゃないか。リンゴは、それはお前が「ビートルズのジョン」だからだと答えた。
正論だった。ジョンは苦々しい思いを強めた。
「じゃ、オレにどうしろってんだよ。時間を戻せとでも?」
「いや、これから少し気をつけて欲しいだけだよ。せめて仲間を不安にさせるような演奏はしないようにさ」
 かっと頭に血が上ったのをジョンは感じた。
「なんだてめえは偉そうに! 仲間? へええ、仲間、ね!? お前がオレに指図できるようなことを、お前がオレにしてくれたことがあったかね!!??」
「指図じゃないよ、ジョン」
 ステージを思い出しながら、リンゴは一層大きく笑った。
 しかし、その目は笑ってはいなかった。これっぽっちも。
 リンゴは、先ほどのステージの様子を思い出していた。
 ジョージは半泣きでリンゴに視線を送った。 ジョンがめちゃくちゃな演奏をしているのを止められず、かといって彼に合わせて演奏したらそれこそ取り返しのつかない
ことになる。どうしていいのか分からなくて、誰かに助けを求めていた。
 リンゴが、わざとらしいしかめっツラを見せた後笑って頷くと、ジョーはホッとして演奏に専念した。
 そしてステージ終盤に、ポールが…、あの、ステージを誰より大事にする男が、観客に背中を向けてリンゴを振り返った。そして目を合わせて、焦燥とした笑顔を浮かべて
肩をすくめると

 声無き声で、リンゴをシークレットネームで呼んだ。
 弱々しい、迷子の少年のような顔つきだった。

 仲間にしろ、仕事の同僚にしろ、やってはいけないことがある。

 リンゴは、それをジョンに伝えようとしていた。しかしジョンは請合わない。決まりの悪さや罪悪感で嫌気が差していたところで、いらない説教なんかごめんだと彼は思った。
「お前は後ろでドラムを相手にしてりゃいいんだろうがな、こっちゃあ数千数万の餓鬼相手にしなきゃならねえんだ! そのプレッシャーがわかるか? 曲もかかねえような
奴にどうこういわれたくねえな!」
 黙ってリンゴは、ジョンの非道な言葉を聞いた。しかし、彼は表情を変えない。それが返って不気味に思えて、ジョンは楽屋に向かおうとした。しかし
 その腕を、リンゴが取った。
「てめ…!」
 カッと頭に血が昇って、思わずパンチが飛んだ。しかし、リンゴは難なくそれをかわすと、ジョンのネクタイを引っつかんで手前にぐっと引いた。引かれた彼の身体が
ガクっと前のめりになる。リンゴはネクタイを掴んだまま、倒れこむジョンの横側にひょいっと立つと、その膝の裏に思いっきりの蹴りを入れた。膝が折れて、一瞬ジョンの
上半身がまっすぐ立つ。
 そして床に跪く形になったまま、リンゴにネクタイを引っ張り上げられた。
 釣られた形になって、ジョンの息が詰まった。リンゴはそのままで、ニコニコ笑っている。

「やめときな、ジョン。昔はどうか知らんが、ドラッグでヘロヘロの今のアンタじゃ、3歳児にも勝てねえよ」

 口調が、以前に戻っているのをジョンは気付く。まだハンブルグあたりで、一緒にウロウロしていたあの頃の口調だった。
「別に俺がアンタの仲間じゃないって言われても、俺はへたれねえよ? また田舎に帰ってやり直しだ。何にも持ってねえ頃に戻ればいい話しだからね。でも、今はアンタの
バンドで、同じメシ食う者同士だろ? そんな奴の話くらいは聞かなきゃ仁義がすたるってもんじゃねえか?」
「なんだそれ…笑えねえ…」
「笑おうと泣きを見ようと、アンタの勝手さ。でもそろそろ苦しくね? 息できてる?」
 ぐいっとリンゴが笑いながらネクタイを引っ張る。若い奴を黙らせる、凄みのある笑みだ。首が絞まり、ぐう、っとジョンの喉が鳴った。
「な、昔なじみの言い草だと思って、ちっと度量を見せてくれないか? ちょっとだけ、お仕事の間は寝ないよう気をつけてくれたらいいって話さ。そしたら誰も困らないし、
アンタも嫌な思いをしないですむ。どちらもめでたしで手が打てる。―――そうだろ?」
 底光りするリンゴの目に頷いて、ジョンはやっと開放された。咳き込む身体をリンゴは支えて、息が詰らないように背中をトントンと叩く。






 ジョンはぐったりとリンゴの肩にもたれかかった。荒い息をつく薄い唇は血が昇ったことで真っ赤に色づき、何度も咳き込んだせいで、唾液が少しリンゴの肩を濡らした。

「俺の話、聞いてくれるかい?」

 何時もの、優しくとぼけた声がジョンの耳にささやきかける。
 なぜかしら、性的な高揚感にも似たけだるさがジョンを包んでいた。コクコクとその言葉に頷きながら、知らずとリンゴの肩に両腕を回し、その首筋に甘えるように顔を
擦り付けていた。
「ありがとう、ジョン」
 リンゴはそういうとジョンと頬を合わせ、チュッとわざと音を立てて耳元にキスをした。
 極まったように、ブルっとジョンの背中が震えた。

 それから、ライブでのジョンの演奏が、少しだけまともになった。
 それどころか、(しばらくの間ではあったけれども)ジョージやポールだけではなく、周りの昔ながらの仲間にも、ちょっとだけ気を使うようになったジョンでした…(てか、誰かに無茶振りしようとすると、その相手の後ろにいつの間にかリンゴが立ってて、ジョンに向かってにっこり笑って拳を見せていたのだが)。

「自分がうぬぼれてきてるな、と思ったらリンゴを見ます。すると、自分は万能ではないと我に返れるのです
            (大事なことだから、二回言いました)                            ――――J.レノン」



※「リンゴのシークレットネーム」の設定は、売掛金さまのSS「Hold Me Tight」からお借りしました。売掛金サマ、ステキな設定をありがとうございました。861Hedge-Hog 拝

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最終更新:2009年06月08日 02:11
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